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第百四話 彼の笛の音は、二度聞こえる

 慎重に行動していたつもりだったが、いつの間にかストーキングされてしまっていた。相手の尾行が下手くそだったおかげで、すぐに気付くことが出来たが、追われる身として反省しなければなるまい。


 だが、その前に、ストーカーを退治するのが先か。


 シロは不可思議な笛の音で、能力を封じられているようなので、今回は俺が一肌脱ぐことにした。


「お前、何者だ……? 後をつけてきたということは、俺たちの正体には気付いているってことで良いんだよな?」


 黒フードからは返答がなかった。無理もない。笛を吹いているのだから。返事をしたくても出来る訳がない。言葉にこそ出さなかったものの、シロと城ケ崎からは冷ややかな視線が向けられているのが恥ずかしかった。


 格好をつけるあまり、間抜けなことをしてしまったと、顔を赤らめながらも、次にやるべき行動は決まった。


「シロ! 俺があの黒フードに突進して、笛の音を強制的に中断させるから、その瞬間を狙って、瞬間移動を行うんだ!」


「アイアイサー!!」


 黒フードが何者かは知らないが、笛を叩き落とすくらいなら、俺にだって出来る筈だ。最悪、叩き落とせなくても、俺が突進することで、笛の音のリズムを狂わせることが出来れば上出来だ。


「うおおおおお!!!!」


 異世界勢の後塵を被ることの多い俺にとって、数少ない見せ場だ。勇気を奮い立たせて、得体の知れない男に向かって、渾身の突進! ……を仕掛けたが、男に激突する前に止められてしまった。


「! フードから別の長い手が出て、宇喜多さんを抑えつけていますよ……!」


 俺の突進を防いだのは、黒フードの中から出てきた三本目の手だった。腕は細くて、力を込めれば折れそうなのに、これが結構な重量級だ。


 取り外すのに苦労していると、四本目となる筋骨隆々の手が出てきて、俺の横っ面を強打した。堪らず吹き飛ばされてしまう。


「い、いででで! 何て馬鹿力だ……」


 こいつ……。手が複数あるっていうのか……!?


 殴られたところがズキズキと痛む。尋常じゃない痛さだ。ひょっとして骨にひびが入ったか?


「お兄ちゃん! 意識はある?」


「ああ、何とか……!」


 何とか大丈夫と言いかけたところで、胸倉を掴まれて、今度は黒フードの方から俺を近くに招きよせた。そして、また筋骨隆々の手で、強烈なグーパンチを見舞ってきた。今度は腹を狙われた。


 また吹き飛ばされて、胸倉を掴まれて、引き寄せられて、殴られる。この組み合わせが繰り返される。


 くそ! こいつめ、自分の体の特徴を生かしたコンビネーション攻撃を仕掛けてきた。しかも、これが地味に強力だ。新たに殴られた箇所が、またもズキリとする。このままじゃ、全身複雑骨折だぞ。


「宇喜多さんに手を出すな!」


 攻撃のラッシュを食らって、ノックアウト寸前の俺に助け舟を出してくれたのは、城ケ崎だった。道端に置かれていた小麦の詰まった麻袋を、黒フードに向かって投げる。袋は脆く、ガードした際に粉末状の中身が四散してしまった。


 黒フードは咄嗟に空いている手で顔を覆ったため、笛の音が収まることはなかったが、視界を防ぐことには成功した。


「今の内に逃げましょう。笛の音の範囲外に逃げてしまえば、瞬間移動も可能になります!」


「悔しいが……、やむを得ないか……」


「無念だよ!」


 走ろうとするだけで、殴られた箇所が悲鳴を上げて、崩れ落ちそうになってしまう。こんな状態で全力疾走しなきゃいけないなんて、とんだ拷問だ。


 内心で泣きそうな思いをしているが、その心配は杞憂だった。何故なら、逃げることを強制的に中止させられたからだ。


 シロを先頭に逃げようとした矢先、また別の笛の音が聞こえてきた。とても甲高くて、下手なバイオリンの演奏を無理やり聞かされている気分だ。その音を聞いた途端、体が動かなくなってしまった。


「こ、これも、あの笛の能力なんですか?」


「そ、そうだよ。魔力の差に関係なく、聞いた者の動きを止めちゃう能力なの……!」


 魔力で勝っている筈のシロまで、動きを封じられている。つまり三人とも、黒フードに料理されるのを待つしかないということか!?


「う、嘘だろ……! あいつ、異なる曲を同時に引くことが出来るのかよ!?」


 いくら異世界だからって、それはないだろ。そう思っていたら、シロに否定された。


「違うよ! あいつは一つの口で二つの曲を吹いているんじゃないんだよ! お腹の辺りを見て!」


 お腹の辺り……? シロは何を言っているのかと思って見てみると、ちょうど男の上半身が露わになっていた。さっき城ケ崎が麻袋を投げつけた際に、黒フードがずり落ちたらしい。


「な、何だ……! あいつ……!?」


 露わになった腹部に、もう一つ顔があるではないか。元々二つあったというよりは、腹部に顔を強引に繋ぎ合わせただけだ。縫合する時に使った縫い目が、遠目にも確認出来るほど、雑なもので見るからに痛々しい。


 一見して、趣味の悪いアクセサリーと思ってしまいそうだが、問題はその縫い付けられた顔に意思があるように見受けられることだ。どうやら新しい笛の音を吹いているのは、腹部の顔の方らしい。


 一つの体に二つある顔が同時に俺たちを嘲笑している。夢に出てきそうな気色悪い画だ。


「何て事です……。複数の顔と手を持つ魔物が存在するなんて……。異世界は何でもアリですね……」


「違うよ! 確かに、そういう仕組みの魔物だって、中にはいるよ! でも……、こいつは違う!!」


 率直な感想を漏らす城ケ崎を、シロが声高に罵る。


「シャロンの配下に生物の体を改造したり、繋ぎ合わしたりするのが大好きな、筋金入りの変態がいるんだよ! おそらくあのお兄さんは、やつの手術を受けて、ああいう体になったんだ!」


 にわかには信じがたいことだが、黒フードが手の一つの人差し指を高らかに天に向けた。正解とでも言いたいのだろうか。


「手術の倫理性はともかく、彼は新しい体をお気に入りのようですよ。体をいじる方も常軌を逸していますが、あの人も相当頭のネジが飛んでいますね」


 頭のネジどころか、体のネジが飛びまくっているだろ。改造のし過ぎで、もう原型は留めていないんだろうな。


「あのお兄さんを魔物にした、そいつの名は……、アルル……!!」


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