第九話 あいつの秘密に触れた夜
俺たちが賞金探しをしている部屋の中に、ドアが一つ新設された。その向こうには、何故か洞くつが広がっている。
シロが作ったもので間違いなく、今夜の賞金がこの中にある可能性も、非常に高かった。
賞金探しは、安全な室内でのみ行なわれるとばかり思っていたので、面喰った部分はあったが、相手が相手なので、このくらいのハプニングで動じている訳にはいかない。
気持ちも新たに、皮靴に履き替えると、早速洞くつ探検へと移ったのだった。
洞くつ内は、懐中電灯を使わなければならないほどに真っ暗で、本当に魔物が出てきてもおかしくない雰囲気をまとっていた。
「もし出てくるなら、どんな魔物がいいですか? 僕はドラゴンかな? 一度実物を見てみたいんですよ」
「俺は蛇の化け物とかがいいかな。アナコンダとか」
「出てきたら、瞬殺されるけどな」
縁起でもないことを話している城ヶ崎と間宮を、軽くけん制する。そんなに魔物の出現が楽しみなら、いざという時には、お前らを盾にさせてもらうよ。悪く思わないでくれ。
「私はスライムね。か弱い私でも、あいつなら瞬殺出来るから」
いやいや! あんた、絶対にか弱くないだろ。男三人が内心で突っ込みを入れる中、ハイヒールの音を響かせている。こんな走るのに適さない装備で、ダンジョンに挑むのは、藤乃くらいだろうな。だが、何が起こっても、一番最後まで生き伸びそうな気はする。
魔物が出るにしても、せめて俺が賞金を獲得した後にしてくれよと思いつつ、進んでいると、だんだん移動が速くなっていることに気付いた。
慎重に行かなければいけないと思いつつも、賞金を先に取られてなるものかと気持ちが焦ってしまい、ついつい早足になってしまうのだろう。
これって、結局は何も考えずに突進しているだけってことじゃないだろうか。
物陰からドラゴンが出てきて、火を吹かれたらおしまいだなと思いつつ、全力疾走を続ける。向かう先が、賞金なのか、それとも死なのかは定かではない。
しかし、道の先に待っていたのは、どちらでもなかった。
「行き止まり……?」
洞窟には分かれ道もなく、ひたすら前進しただけだ。それで行き止まりということは、この洞くつは引っかけだったということか?
また来た道を戻らなければいけないのかと、重い気分に浸っていると、藤乃が静かにするようにと、右手の人差し指を唇の前に置いた。
「待って。何か私たちが走って来た方から音がしない? 何かこう……、水が押し寄せてくる音っていうか……」
藤乃の言っていることが戯言でないことは、すぐにハッキリした。実際に、濁流が俺たちめがけて押し寄せてきていたのだから。
だがね。分かったところで、どうしろというのだ。俺たちが通ってきたのは、長い一本道だ。そこを水が押し寄せてきている。逃げ場がないことなど、馬鹿にも分かることだ。
それから間もなく、俺たちは水の直撃を受けることになった。みんな口々に叫んでいたが、聞きとっている余裕はなかった。まさしく阿鼻叫喚という言葉がぴったりと当てはまる状況だったのだ。
この様子を観ている魔王とシロが、俺たちの痴態を高らかに嘲っているのが、手に取るように分かるぜ。
幸い、俺たちが意識を失うより早く、水は消滅してくれた。これだけの量の水がどこから来て、どこへ行ったのか、今更疑問に思うことすら馬鹿馬鹿しい。全部あの幼女の仕業だろう。
その幼女は、水攻めでぐったりしている俺たちの前に、後から追い付いてきた。
「心配しなくても、四万円コースで魔物は出てこないよ~!」
開口一番、そんなことをほざく。俺たちを担いだのだ。魔王の使いじゃなかったら、頭をポカリといっているところだね。
だが、それはつまり、今日は出てこなくても、いずれは出てくるってことだろ? 魔物の出現を確約されてしまったせいで、俺たちの気持ちは、更に沈んだ。
「なあ……、これ……」
疲れた表情で、間宮が俺たちに見せてきたのは、四枚の福沢諭吉だった。水と一緒に流されてきたのか、元々ここにあったのが濡れてしまったのか。どっちかははっきりしないが、そんなことはもうどうでも良かった。
元はピン札だったろうに、水のせいで、すっかりしわくちゃになっているのが物悲しく見える。
「どこも破けていないみたいだし、乾かせば使えるか……」
金を手にしているということは、今夜の賞金獲得者は、間宮ということになるのか。また、獲得し損ねてしまった……。俺の気持ちが、さらに沈んだのは言うまでもない。
ていうか、ここまで一切宝探しらしいことをしていない気がする。ただシロに遊ばれて、気が済んだらお駄賃を貰っている気分だ。
どっちにせよ、金は丁重に扱ってほしいものだね。
いくら価値が分からないからって、金を粗末に扱うと痛い目を見るぞ……。仕掛け人の幼女を、恨みがましく睨むと、俺は立ち上がった。金がない以上、こんな摩訶不思議な場所にいる理由などないのだ。服も乾かさないといけないしな。
だが、俺以上に、悲惨な目に遭っている者もいた。藤乃だ。薄着で来てしまったせいで、体温の低下が激しかったのだ。
「ひ、ひどい目に遭ったわ……」
気の毒なくらいに、全身を震わせている。すぐに部屋へ戻ったが、この調子だと、藤乃は明日風邪だな。
もっとも俺たちだって、安心は出来ない。藤乃に比べて厚着というだけで、全身がびしょ濡れなことに変わりはないのだ。
俺も藤乃の後に続こうとしたところ、城ヶ崎に申し訳なさそうな顔で呼び止められた。
「あの……、お願いがあるんですが……」
「何だよ。金なら貸さないぞ」
「違いますよ。その……、シャワーを貸してもらえませんか? ずぶ濡れのままで帰ると、友達がうるさいんで……」
潤んだ瞳で、すがるように泣きついてきた。その友達に怒られるのが、怖いのかね。
そういえば、女友達の家に泊めてもらっているとか言っていたな。きっとそういうのにうるさい性格なんだろう。
「まっ、シャワーくらいなら使ってもいいぞ」
恩に着せようとまでは考えていない。困っているみたいだし、それくらいならいいかと、軽い気持ちでOKを出しただけだ。シャワー程度で、恩がどうのというほど、俺は器量の狭い人間ではない。
俺からOKを出されると、城ヶ崎は救われたような顔をしていた。後ろから、シロも私も一緒に浴びたいとせがんできたが、あいつとだと、倫理的にまずいことになるため、やんわりと断った。
「俺はテレビでも観ているから、ゆっくり使えよ」
「恩に着ますよ」
城ヶ崎を自室に案内すると、エアコンのスイッチをつけながら、テレビのスイッチもオンにした。
男同士なので、隠すものはないが、狭い室内で、一緒にシャワーというのもゾッとする。なので、城ヶ崎から使わせることにした。その間に、俺は濡れた頭だけでも、タオルで拭いておくことにしよう。しばらくすると、シャワーからお湯が出る音が聞こえてきたが、そこであることに気付いた。
そういえば、あいつ、着替えの類を一切持っていなかったよな。それどころか、体を拭くタオルすらない。これじゃ、シャワーで体を温めても、意味がないじゃないか。
正直、そこまでする義理などないのだが、シャワーを貸してやったよしみで、タオルと簡単な着替えも貸してやることにした。う~ん、俺って親切。
タオルと下着を片手に、脱衣所のドアを開ける。城ヶ崎は気付いていないのか、シャワーを浴びるのに夢中だ。
「む……?」
男の入浴など興味もないので、すぐに退散するつもりではいたのだが、脱いだままで放置された、やつの衣服を見て、動きが停止してしまう。
衣服に交じって、ブラジャーが置かれていたのだ。
「……」
え~と……。これは何?
意外なアイテムの出現に、思考が停止しそうになる中、頑張って納得できる解答を弾き出す。
あ! そうか。男性用のブラか!
いや~。ビックリしたぜ。最近は男性もブラをつけるというからな。あいつも愛用者だったんだろう。
そう思って納得しかけた時、ブラジャーの下から覗いているものに目が留まった。
女性物のパンツだった。
手に取ったのは一瞬で、すぐに元通りにしたが、錯覚などではない。
もしかして……、城ヶ崎って、女なのか?
外見で勝手に男だと判断していたが、女だと言われれば、それで通ってしまいそうな貌ではある。
「……嘘だろ」
今度こそ思考停止になってしまい、着替えだけを置くと、そそくさとリビングへと戻ったのだった。
投稿時間が徐々にではありますが、早まってきていますね。




