第20話・2ndプロローグ
だいぶ遅くなって申し訳ないです。
創世暦1208年4月
「はぁはぁ、やっと、撒いた」
「あ、国王様、今日は来ないのかと・・・」
「宰相がこ~んな量の書類に印をしろなんて言うから、全力で逃げたらこんな時間に・・・」
高さ一メートルはあろうかという紙の束が五列、執務室の机に並べられ宰相の監視の下、内容を見て認可か非認可の印を押す作業をしていた。
一列分の処理を終えたところで「疲れたでしょう。 お茶を入れさせますね」と宰相が席を立った隙を見て脱走してきた。
脱走に気付いた宰相に追いかけられる事、三時間、向こうの体力が尽きたのでやっと撒けた形になる。
途中、王宮にいる数少ない騎士も混ざって追いかけられる形となったが宰相ほど脅威ではなかった。
宰相に関しては途中、弓を持ち出し狙撃してきた時は危なかった。
老いても元トッププレイヤー、全盛期から全く衰えていない見事な腕前だった。
「国王様、仕事して下さい」
「え?」
昨日にはいなかったメイドで名前はアヤネという。
典型的な金髪碧眼のハイエルフであり、侍女服を着ているにも関わらずどこかしら気品を感じられる。
元々は、傭兵としてソロで活動していたが十数年前にヴェユスにいた所を捕まえてメイドへとスカウトした。
弓の腕は目を見張るモノがあり、単独で大型魔獣の撃破を難なくこなす事が出来る。
特に遠距離狙撃は、祖母と母をも超える実力があり重宝している。
まぁ、彼女の家系は少々特殊でこんな彼女でも家族と比べられると霞んでしまう。
祖母が宰相、父が傭兵ギルド本部ギルドマスター、母が宰相補佐官。
つまり、宰相の身内だ。
「母が全然帰って来ないと父が嘆いておりました」
「あ、何か、ごめん」
今回、彼女の母である宰相補佐官は別の仕事で執務室にいなかった。
もし、いたとしたら今頃ボクは執務室で印押し作業をしていた事だろう。
補佐官もまた弓の名手であるからだ。
流石にボクでも二人に狙撃されたら捕まっていた。
「では、母を呼んできますね」
「え、ちょ、ま」
「印を押しながらでも昔話出来ますよね?」
「まぁ、うん、かなぁ?」
「祖母を呼ばないだけマシだと思って下さい」
彼女はそう付け加えると団欒室を出て行った。
一時、団欒室には沈黙が生まれる。
「ハイッ! 今日は、どんなお話デスか?」
そんな沈黙を破ったのは昨日もいたアイラだ。
目をキラキラさせて今日も元気いっぱいである。
「昨日の続きなんだけど少し暗い話かな」
「暗い話デスか・・・」
「はいはい、そんな残念な顔をしないの」
横にいるのは昨日に引き続いてミリアニアだ。
彼女も何だかんだでボクの話を聞きたいのだろう。
二日続けて団欒室にいるのはこの二人だけの様でそれ以外の者は今回からとなる。
今日、団欒室にいるのは計六名、昨日よりも少ない。
近衛侍女隊―――、ゲーム時代よりも遥かに多種多様な種族の侍女達で構成されている。
その一人がリミエラ、褐色のハーフエルフだ。
E/Oで褐色種族と言えば、ダークエルフとアキレウスとアマゾネスで、彼女はその中のダークエルフとヒューマ(ヒト)のハーフ種族だ。
ゲーム時代に全くいなかった訳ではなかったが、褐色のハーフエルフなんてほとんど見なかったと記憶している。
そもそも種族として成り立っていないハーフ種族は、デメリットの方が多く好き好んで選択するものがいなかった。
でも、転移してから一千年以上過ぎた今は彼女らも一つの種族として確立しそれほど珍しい存在ではなくなっていた。
それでもゲーム時代の知識のあるプレイヤー達にとっては珍しい存在で、五大老の中にはやたらと侍女に褐色ハーフエルフを推す輩がいる。
まぁ、それはさておき・・・。
「お待たせしました」
アヤネが母であるアヤメと男性騎士を一人連れて団欒室に入ってきた。
赤の王国では珍しい騎士であるが、全くのゼロという訳ではない。
また、この世界では、武官であろうが文官であろうが剣士であろうが魔術師であろうが、国に仕えている者全般を騎士と呼ばれている。
そして、アヤメと一緒に来た騎士は、文官の部類に入りアヤカやアヤメの手伝いなどをしている。
ちなみに五大老などの重鎮を除くと王宮内で働いている男女比は2:8ぐらいとなる。
「今回は仕事もして下さるという事で母には黙っておきますね」
アヤメはそう言うと騎士に目配せしテーブルの上のカップやら茶菓子などを片付かせ代わりに書類の束をドンッと置く。
ちなみにこの書類には、公共工事や改善願いや個人の願望まで含まれてある。
「私も手伝います故、頑張ってやり切りましょう!」
一番上の書類を手に取り認可印を持ち、内容を確かめたと同時にアヤメの表情が凍りつく。
「ん?」
『そろそろ、侍女に褐色ハーフエルフの娘を足しても良い頃合ではないでしょうか』
匿名で投稿されている様だが、内容が内容だけに誰が投稿したのか丸分りだ。
「カールハインツ様には困ったものです・・・。 否認可、っと」
カールハインツとは、褐色ハーフエルフ好きの五大老でプレイヤー時代からその信念が変わっていない。
ボクを含めこの王宮で働いている者の中では有名な話で、ある種の病気という事で周知されている。
だから、こんな要望が来たとしても「また、始まった」で終わる。
それはアヤメも例外でなくボクも同じ事するだろう。
「さて、それじゃ・・・。 話のつ「やっぱり、ここに居たわね」えぁ!?」
談話室の扉に鬼の形相・・・にはなっていないけれど宰相の姿があった。
まぁ、うん、遅かれ早かれこの談話室に来るとは思っていたけれど話し出す前に来るとは・・・。
「あら、お母様、来られましたか」
「アヤメ、何で貴方がここに?」
「お母様には内緒でと娘に頼まれましたので」
書類の束をポンポンと叩きながら答える。
「私には内緒ねぇ? まぁ、仕事もしているみたいだし許しましょう」
「ほ・・・」
「ただし、私もここで仕事をします。 良いですね? 国王さま」
「うっ」
「反論は許しませんよ」と言わんばかりの視線で睨まれる。
ゲーム時代および千年前の頃から何故か宰相には頭が上がらない。
家系的に全く縁がない筈のボクと宰相だが、何故か親戚同士という事になっている。
恐らくは、ゲーム時代のリアルに関係していると思われるのだが転移の影響でその記憶が一切ない。
それを差し引いたとしてもボクは宰相に大きな恩がある。
「それじゃ、私も残りの書類を持ってくるので待っていなさいね」
◆◆◆
宰相が団欒室を退室してから五分ほどで騎士二人を連れ戻ってきた。
「ご苦労様。 書類をテーブルに置いたら戻って頂いて良いですよ」
「「ハッ」」
書類を持って来たのは宰相付きの騎士ではない様で宰相の指示のもと書類を四人掛けテーブルの上に置くとさっさと退室していった。
「ごめんなさいね。 あなた達二人はソファーの方へ移動してくれるかしら」
「「はい、どうぞ」」
ハーフリングの侍女とアイラが四人掛けテーブルからソファーのある方へと移動する。
「はい。 あなたはこっち」
代わりに宰相とボクは四人掛けの方へと移動し宰相と対面になる様に椅子へと腰を掛ける。
勿論、アヤメが持って来た書類一束を持って行っている。
四人掛けテーブルには合計三列の書類があり、反対の席が見えないほどの大きな壁を作っている。
「では、お話の続きをどうぞ・・・。 勿論、処理をしながらね」
書類の壁の向こうから宰相の声が聞こえてくる。
「はぁ・・・。 じゃ今からする話は”異世界転移の陰”って感じでアヤカと出会う前の話かな」
ボクはそう話を切り出し書類の束の一番上を手に取った。




