第17話・マッスルブレイン
「旅路の安全と武運長久をお祈り申し上げます」
今回から始めた開拓パーティへと向けた言葉らしい。
それはさておき、ボク達三人は傭兵ギルドを後にし北門へと向かう。
今回、選択したルート・・・と言うより、ひたすら北へ向かう事に決定した。
余談だが、アイリーンさんがルーティングを開始した時点で三箇所のルートがすでに確立されており、その一つがこのヴェユスから東にある町のルートで、そこはヘイアンという元々華朝連邦の街だった。
縮尺から考慮すると直線距離で大体徒歩で四日ほど掛かるぐらいなので実際は六日ほど掛かっているかもしれない。
とはいえ、あくまでも徒歩なのでこのルートを確立した人達が騎獣に乗っていた場合はもっと早いと思う。
「そう言えば、アイリーンさん達は、騎獣に乗らないのですか?」
「ああ、その事ですか・・・」
「・・・いい」
「ぇ?」
「セバスチャン、その事は話さなくていいですわ」
「ふむ・・・。 分りました。 お嬢様」
アイリーンさんは、むすっとした表情で先頭を歩く。
必然的に後ろに下がる事になったイカロスさんは、ボクの耳元へ口を寄せる。
「実は、前の時代、ユニコーンに乗ろうとして押し潰してしまったんですよ」
何となく想像が出来る。
未婚の清楚な女性(もちろん処女)しか乗せないとされているユニコーン、一応条件としては問題ないアイリーンさんが跨り体重を乗せた瞬間、押し潰された様に動かなくなった・・・と言う事なのだろう。
というか、出会う事さえ奇跡、人の美醜はユニコーンに関係がない、心が綺麗な(犯罪者ではない)人、しかも、アイリーンさんは『聖女』、最高の条件と言える。
それなのに乗れないなんてショック以外の何物でもない。
ま、ボクは興味ないけど・・・。
「ご愁傷様です」
「セバスチャン!!」
「はいはい、お嬢様」
「余計な事は仰ってないですわね?」
「勿論です。 お嬢様」
◆◆◆
ボク達は、ヴェユスから真っ正直に北へ向かっている。
アイリーンさんが持つ世界地図と地域地図を眺めながら歩いていると、正に魔法といった感じに白紙の地図が少しずつ書き込まれて行く。
基本的に前も向いていて歩いているので左右の景色を然程気にしてはいない。
なのに、地域地図には見えない所の段差などが書き込まれていくのが面白くて仕方がない。
当然、世界地図の方は、縮尺的にほとんど線として書き込まれているので何なのかよく分らない。
確かギルドのお姉さんは、詠唱者より半径十メートルと言った、つまり、書き込まれる範囲は円ではなく球体という事になる。
最も速く移動する事が出来る騎獣の竜種では、この開拓には不向きと言える。
速く移動出来ても地図に書き込めないと意味がないから、だから開拓パーティの募集から一週間以上経っているにも関わらず、まだ三箇所しかルートが確立していない。
そういえば、彼是一時間ほど歩いているが魔獣に襲われる気配がない。
見た目は大きいがこの辺の魔獣は草食の様だ。
「あれは、ホーンキャトルですね」
「へぇ」
「元々は、ユライトやイスハルトで飼われていた草食動物です」
「じゃぁ、ホーンドバイソンとは別もの?」
「別と言えば別、同じといえば同じ、根本は同じ魔獣です。 酪農用に品種改良した設定の様ですね」
「何でそんな事知っているのですか?」
「お嬢様の為に色々調べましたからね」
その後、イカロスさんに色々教えてもらいながらひたすら歩いた、
そして、出発から三時間ほど経って中々に幅の広い河へと辿り着く。
河辺には数箇所ホーンキャトルと思われる白骨化した死体があった。
少なくともこちら側に肉食らしき魔獣がいなかったので、ホーンキャトルを食ったのは河の中か空にいる可能性がある。
「どうします?」
「そうですね。 いきなり河を渡るのは辞めておいた方が良いですね。 お嬢様、地図をお貸し下さい」
「ん、何ですの?」
アイリーンさんから渡された世界地図を広げ、イカロスさんはある一点を指差す。
「ここです。 見て下さい。 この東のルートは、ある箇所から急激に北方面へと進路を取っているのが分りますよね」
「確かに」
ヴェユスから真東に進んでいたにも関わらず、ある箇所から真北へ進んでいる。
これは世界地図の為、詳しく分らないが恐らく同じ河の下流へと行き着いたのだろう。
残念ながら地域地図には、離れすぎた位置の様で記されていないので確証がない。
そして、河沿いを進み浅瀬へと行き着き、また真東へ進んでいる様に見える。
つまり、この先行したパーティが河を泳いで渡るのを躊躇した理由がある筈だ。
「じゃあ、ボク達も浅瀬探します?」
「河を飛び越えたらダメですの?」
「ダメです。 お嬢様」
「何故ですの? そっちの方が手っ取り早いじゃないですの」
「では、逆に聞きますが、お嬢様はこの幅を飛び越えられるのですか?」
「気合で何とかしますわ。落ちても泳げば良いじゃない」
「勿論、私やアキラさんは飛び越える事も出来なくはありませんが・・・」
うん、出来なくはない。
『縮地法』と『跳脚』を駆使すれば可能だろう。
けれど・・・。
「もう一つ聞きましょう。 何故、東ルートを行ったパーティが浅瀬を探したのか分りますか?」
「飛び越えられなかったから? もしくは、流れが強すぎたか深すぎたか、水中に肉食の魔獣がいたからですの?」
「はぁ、お嬢様。 この川を渡るのを前提にしないで下さい。
では、アキラさん質問です。 お嬢様の言った理由以外に何が考えられますか?」
「えっと、”誰でも”通れるルートでないとダメだから?」
「そう、正解です。
隣街の発見は、過程であり目的ではありません。
東ルートで例えて言うならば、ヴェユスとヘイアンとの間に人の行き来を可能にするというのが目的です。
人の行き来は傭兵の事ではありません。 騎士、商人、職人、そして、彼らが運ぶ物資です。
分りますか? お嬢様」
「え、ええ、そうでしたわね。 うっかり、忘れてましたわ」
絶対、うっかりではない。
元からそんな考えがなかったとしか思えない。
「勿論、私達傭兵の目的は、隣街の発見で間違いありません」
アイリーンさんが一応納得したところで河の浅瀬を探しながら川沿いを歩いて行く。
注視して分った事は、河の中には一メートル大の肉食の淡水魚がいる様で、時折餌を探しに降りてきた鳥(ハゲタカ似)を逆に捕食している。
また、共食いもしている様なので入るのは非常に危険と言える。
しばらく進むと若干河幅が狭くなった浅瀬を発見し、例の肉食魚が入ってこれないのを確認した後に渡った。
対岸に着き尚も北上していると数グループのMobと戦闘になったが、アイリーンさんをはじめボク達三人には大した障害にもならなかった。
ボクに関しては、抜刀術を使うまでもなかったと言えば分ると思う。
というか、アイリーンさんは法術師と見るより鈍器戦士として見た方が良いと思った。
あの丸太の様なメイスは、もう副武装というより主武装でも問題ない。
「さて、もう良いでしょうか」
街からずっと起伏があまりない草原が続いていたが、それも終わりを告げ数十メートル先から森林が広がっている。
そして、イカロスさんだけでなくボクやアイリーンさんも気付いていたとある気配に対してコンタクトを取る事にした。
まぁ、とあると言ったがあの食堂で感じた視線と同一のものなんだけどね。
「後ろの方。 気付いていますので出てきても良いですよ」
イカロスさんが丁度大の大人三名ほどがすっぽりと隠れるほどの岩へと視線を向ける。
すると、岩の陰から三名の傭兵が姿を現す。
「気付いていると言ったでしょう? そことそこにいる方も出て来て良いですよ」
もうちょっと後方にある二つの岩陰から五名の傭兵が姿を現す。
計八名、食堂にいた人数と一致する。
容姿は、残念ながらあまり覚えていないけれど雰囲気から彼らと断定できる。
「それと・・・、そこの茂みにいる方々も出てきて良いですよ」
あ、やっぱりいたんだ・・・。
明確な視線を感じていた訳ではないけれど違和感を感じていた。
ただ、動物なのか魔獣なのか人なのかが分らなかった。
茂みから出てきたのは、明らかに傭兵ではない方々で二十名ほどいると思われる。
「ハッ、気付いてたのかよ」
二十人の中で一番まともな防具を来た男が厭らしい笑みを浮かべ彼らを代表して喋る。
「これはどういう状況なのかしら」
「おいっ傭兵。 聞いていた顔ぶれと違うじゃねぇか!」
代表の男がボクらを挟んだ反対側にいる傭兵に叫ぶ。
どうも、ボクから見て彼らは結託している様に見える。
「ああん!? 違ってねぇよ!」
「てめぇが言っていたのは、勇者、聖女、ガキだったろうがっ」
「だから、勇者、聖女、ガキじゃねぇか」
「勇者はそこのあんちゃんとして、ガキがそれだろ・・・? じゃ、そのデカイおっさんは誰だよ?」
「んまっ!? おっさんですってぇ!?」
アイリーンさんは、鬼の形相になりメイスがより一層強く握り締められる。
ボクは身の危険を感じ彼女より二メートルほど後ろへ下がる。
「貴方達ぃ、覚悟は良いですの?」
「お嬢様、抑えてっ!」
イカロスさんがアイリーンさんを抑えようとするが彼女の歩みが止まる事はない。
「くっ、アキラさん。 そっちの傭兵は任せますっ!!」
「え?あ、はい」