第13話・螺旋剣
「何か負けた気がしますわ」
「はぁ?」
ボクの自宅前に着いてお嬢様が発した第一声がそれだった。
「あなた、結構大きな邸宅に住んでいますのね?」
「え、まぁ、初代から数えてボクで八代目ですからね。 それなりに蓄えはありますよ」
自宅の門を開け自宅の鍵及び防犯用の魔法を解除する。
解除と言ってもドアノブを握って数秒待つだけの簡単なものだ。
中に入ると誰一人として居らず物音一つしない。
右の方にある応接間へと二人を案内した後、キッチンへと向かう。
確かそれなりに良い茶葉があった筈だ。
少し前にボクの致命的な料理センスで全ての料理が謎の物質へと変質してしまう事が判明したが、紅茶など調理工程の少ないものに関しては変質しない事も分っている。
自分が飲む分だと茶葉の量も湯の温度もテキトウにするのだけど、一応、応接間にいるのは『聖女』と『勇者』である為、そういう訳にもいかない。
というより変なのを出したらお嬢様に撲殺されそうな気がする。
「ん、まぁまぁですわ」
お嬢様は、紅茶の入ったカップを人差し指と親指で摘み人差し指を立てながら飲んだ。
「ふふ、美味しいですね。 お嬢様」
逆にイカロスさんは非常に気品のある飲み方であった。
「・・・そうですわね」
「よいしょっと、取り合えず今日はここに泊まって下さい」
ボクはお嬢様とイカロスさんの対面になる様に座る。
自宅までの道のりで二人が安宿に泊まっていると聞いた為、どうせ今は一人で住んでいるという事もあり泊まる様に薦めた。
「申し訳ない」
「感謝しますわ。 そういえば、まだ私名乗っていませんでしたわね」
「あ、そう言えばそうですね」
「私の名前は、アイリーン=ブリストンですわ」
「・・・・・・アイリーン、様ですか・・・」
「何ですの? その目」
「!?」
アイリーンさんの一睨みで寿命が三日ほど縮まった気がする。
「失礼ながらお嬢様。 恐らくアキラさんはこう言いたいのでしょう。 男性なのに女性の名前なのかと」
「ぁ、いえ、そんな事思ってもいません・・・事もなくもないです」
「どっちですの!?」
「まぁ、それは正解であり不正解でもあります。
何故なら、お嬢様の種族は、ヒューガントだからです。
アースガント(巨人)ほどではありませんが、見た目での区別がし難いのです。
と言うより両性です。 個人の趣向によって男寄りだったり女寄りだったりするだけです。
お嬢様は、男寄りな外見に女寄りな精神という事なのです」
ヒューガント、見たのは初めてだけど少しだけ聞いた事がある。
端的に言えば、ヒューマとアースガントの混血種族だ。
文で書けば簡単な事なんだけど、ヒューマとアースガンの体格差から来る問題がある。
ヒューマの大人とアースガントの子供を比べてもアースガントの方が大きい。
大人となると優に二倍以上の体格差がある。
そうなるとアレの大きさも二倍以上、アレがアレしてアレすると≪自主規制≫・・・。
ま、まぁ、ヒューマの方が女性と決まった訳ではないか・・・。
いや、そんな事はどうでも良い。
元々アースガントは、古代エルフほどではないけれど稀少種族という設定な上に筋肉の塊かつ巨体という事もあり、プレイヤーキャラとして選択する者がほとんどいなかった。
アースガントだけで構成されたクランと出会うなどしない限り、例え街中でも会う機会がほとんどない。
初代アキラを除くとアースガントを見たのは戦争時に数回だけというぐらいだ。
また、一部の|特殊な趣向≪ガチムチ好き≫以外は、あえて結婚のパートナーにアースガントを選ぶ事はないだろう。
もしくは、ボクの様に戦闘マニアぐらいで、アースガントは長寿種族の中で圧倒的なほど筋力と体力が高く、さらに専用の武器(兵器)がある。
もし、ボクの中の人が長寿種族を選んでいたらアースガントを選択していたかも知れない。
「唐突で申し訳ありませんが、アキラさん、この辺で腕の良い鍛冶師はいないですか?」
「?」
「ああ、まぁ、見て貰った方が早いですね」
イカロスさんが自身の剣を鞘から抜く。
白銀色に輝く非常に綺麗な刀身をしている。
凝った装飾が一切ないシンプルなデザインで鍔の中央に白銀製の十字架が埋め込まれている。
「綺麗ですね」
「近くから見るとそうでもないのですよ。
元々手入れをする機会があまりなく、とうとうアキラさんとの戦闘で刃毀れしましてね」
ボクはイカロスさんから剣を受け取り近くで見ると共に刃を指で這わせる。
確かに三箇所ぐらい刃毀れがある上にその一つは浅く罅まで入っている。
「ちなみにこれってアイテムランクは何ですか?」
「確かユニーク級だったと筈です」
「ユニークか・・・」
ユニーク級以上のアイテムは、最低”名工”以上の二つ名を持つ鍛冶師にしか直せなかった筈だ。
現実になった事でその辺の規制がなくなった可能性はあるが、失敗すれば最悪折れてしまうので中途半端な鍛冶師を紹介する事が出来ない。
ボク及び父様の友人で”名工”またはそれ以上の二つ名を持つ鍛冶師、残念ながらこの街にはいない。
どの街、どの国を拠点に活動しているのかは知っているが、異世界転移騒ぎでそれも不明になってしまった。
転移前なら隣街のアビスタに”名工”の二つ名を持つNPCのドワーフがいた。
「ん~、ちなみにこの剣の効果はどんなのですか?」
「これかい? 確か、光属性エフェクトダメージ+300%、不死特攻、運・魅力+15かな。
ま、所詮これはユニークだからね、そんなに凄い効果はついてないよ」
武器自体の攻撃力にもよるがエフェクトダメージ+300%っていうのとイカロスさんの流派スキル≪属性倍加≫と合わさって+600%の属性ダメージか・・・。
よく最後の攻撃を防げたものだと今更ながらに安堵する。
この効果なら多少劣るけどボクの所有する武器で何とかなりそうな気がする。
「イカロスさん」
「なんですか?」
「この家の地下に工房兼倉庫があるのですけど、直す事は出来ませんが代わりの剣を探しましょうか?」
「代わりになる様な剣があるのですか?」
「なくはないです」
応接間から一旦廊下に出て地下と二階へ続く階段へ向かい、目的の工房兼倉庫へ行く為に地下へと降りる。
そして、地下には他の部屋と違い鋼鉄製の扉があり、それを開けると敷地面積ギリギリまで使った広い部屋が目の前に広がる。
工房というぐらいなので部屋の隅に申し訳程度に鍛冶一式があり、それ以外は初代から集めたアイテムがギッシリと陳列されている。
鍛冶一式が申し訳程度なのは、主な利用が修理ぐらいな為である。
七代目最後の日にカテゴリー別アイテムランク順に並べておいたので、目的の物を探すのはそう難しくないだろう。
ただし、ノーマル以下のアイテムは、木箱やらに詰め込んで部屋の最奥の隅へ固めて置いてある。
「こっちです」
二人を目的の棚へと案内する。
「剣ばかりですわね。 杖や鈍器はないのかしら?」
「初代から剣しか使ってないので・・・」
案内した棚には、金属プレートに騎士剣と書かれている。
そして、その棚の中盤には螺旋状の刀身をした剣が合計十四本並んでいる。
十四本とはいえ雷属性を除き無属性を入れた七属性二本ずつあるだけで実際は七本である。
これらは、父様(ヴォルト時代)の”剣匠”持ちの友人に作って貰ったプレイヤー生産品の剣だ。
雷属性の二本は、父様が持っていっている為、七属性分しかない。
この剣の最も特徴的な所は、螺旋状の刀身だろう。
斬る事を捨て突きに特化させた剣で月守夢想流とは絶望的に相性が良くない。
ただし、無属性以外の属性は、属性ダメージが+400%とイカロスさんの剣を上回っている。
とは言え、エフェクトダメージ以外の効果が一切ないので使い所が難しい。
抜刀術との相性が悪いと言ったが、逆に鎌鼬との相性がバッチリで本来なら追撃用だったのが主力へと病変する。
当然そうなると属性ダメージの高いイカロスさんの流派と相性が良いはずだ。
「これです」
その中で一本の剣を手に取りイカロスさんに渡す。
光属性の螺旋剣「リヒトシュピラーレ」、父様の「ブリッツシュピラーレ」の兄弟剣。
「ブリッツシュピラーレ」と同様、属性ダメージが+400%される以外に大した効果がない剣だ。
螺旋状になった剣身は、白銀色をしているが輝いている訳ではなく、光が漏れている感じだ。
「これが・・・、あの雷迅が愛用していたのと同等の剣・・・。
アキラさん、試し切りして良いですか?」
「ええ、そこに狭いですけど、そういうスペースがあります」
指差した方向に横幅二メートル奥行き十メートルばかりのスペースがあり、奥には的となる藁人形が簡素な鎧を着た状態で立てられている。
その両端には行き場を失った木箱がスペースを若干侵している。
イカロスさんは、まるで玩具を与えられた子供の様に表情を嬉々とさせながら試し切りに行った。
アイリーンが負けた気がすると言ったのは、自宅の大きさです。
アキラの自宅は、地上二階地下一階の一戸建てとして最高ランクです。
アイリーンの自宅は、地上一階ワンルームの自宅で倉庫代わりに使用している程度です。
ただ、アキラの自宅も一戸建てとして最高ランクなだけで、この上に要塞やら城・塔などもあります。