役割 1
それは朝食を摂っていた時の事。
「そうだ。大和」
斬影が唐突に声をあげた。
「?」
「お前、まだこれからどうするか決めてないんだろ? 身の振り方が決まるまで家に居たらどうだ?」
「…………」
その言葉を聞いて、大和は箸を止める。
「……何だ。急に」
「急じゃねぇよ。お前が来て帰るたんびに思ってたんだがよ」
斬影は湯飲みを口元に持っていきながら、
「お前もよ。いざ妖魔と戦う時に小夜ちゃん護りながらじゃ戦いにくいだろ? お前の腕なら心配ねぇだろうが……万一って事もある。それにやっぱ女の子を戦場に連れ回す訳にゃイカンだろ」
「…………」
大和は、ちらと小夜の方へ視線を向けた。
小夜も大和の顔を見詰める。
「家は一人で使うにゃちと広い。お前らさえ良ければな」
「…………」
大和は暫し考え込んだ。
斬影の言う通り、妖魔退治に小夜を連れて行くのは、戦いに支障が出るほどでは無いが危険が生じるのは間違いない。
それに小夜は時折、大和の予想しない行動を取って自ら危険に踏み込む。
それを気に掛けながら戦うと言うのは――正直しんどい。
小夜の身の安全を確保出来るのは、有り難い事ではある。
大和がどうするか悩んでいると、
「別に遠慮する事ぁねぇんだぞ? 俺達は家族じゃねぇか」
斬影は大和の肩に手を置き、真摯な眼差しを向けてきた。
「……俺はよ。お前が戻ってきてくれたら嬉しいぜ?」
「……斬影……」
大和は顔を上げる。
斬影は目を閉じて、穏やかな口調で続けた。
「そう。お前が戻ってきてくれたら……」
「…………」
「掃除も洗濯も薪割りもしなくて済むし、何よりお前が稼いで来てくれるから俺は大助かりだ」
「……そういう事か」
大和は半眼になって呻く。
「いやぁ。こんな孝行息子を持てて、俺は幸せ者だなぁ」
「……ふーん……」
ぽんぽんと大和の肩を叩き、わざとらしく言う斬影に、大和はどこまでも冷たい視線を送る。
「えっと。大和、どうするの?」
それまで黙っていた小夜が口を開いた。
大和はひとつため息をつくと、
「まぁ……掃除云々はともかく、お前の身の安全を確保出来る場所があるのは悪い事じゃないし……」
「よしっ! 決まり決まり!」
大和が結論を出す前に、斬影が口を挟む。
これで、二人はひとまず斬影の家に身を寄せる事になった。
「じゃあ私は大和がお仕事に行ってる間お家の事しなくちゃ」
「ん?」
ぱんと手を打ち、そう言う小夜に、斬影も顎に手を添えながら、
「んー、そうだなぁ。けどまぁ、力仕事は大和に任せとけば良いし」
「…………」
何やら考え込む斬影を見て――大和はふと思い付き、小夜の方へ向き直る。
そして、眩い笑顔で告げた。
「なら小夜は斬影の飯の世話をしてやればいい」
「……えっ?」
「大和が笑っ……」
小夜は驚いたように目を見開く。
一方の斬影は、今まで見た事もない大和の笑顔に驚愕している。
「でも……それは……」
大和の提案に小夜は困惑した。
大和は、ちらと斬影の方を見やり、
「斬影もまさか食えないとは言わないだろ。なぁ?」
「ま、まぁ……な。何かお前にそう言われると物凄い不安感に襲われるんですけど」
斬影の言葉の後半は無視して、
「斬影もああ言ってるし、小夜は斬影の飯を作ってやれ」
「う……うん。分かった」
頷く小夜を見て、大和は一言付け加えた。
「俺の分は用意しなくていいからな」
「えっ!? 何それっ!?」
斬影の問いに、大和はあっさりと言う。
「自分の事は自分でやる」
「…………」
「じゃあ小夜。頼んだぞ」
「うん」
大和はそう言うと、手際良く朝食の後片付けを済ませ、家を出て行った。
そして、その日の夕食――
「…………」
斬影はぐったりと床に倒れ込んでいた。
「……斬影さん……どうしたのかな」
心配そうな顔で斬影を見詰める小夜に、大和はもくもくと箸を進めながら、
「お前の料理が不味くて意識飛んだんだろ」
「ええっ!?……そんなに酷いかなぁ……今日は上手く出来たと思うんだけど」
小夜は自分の料理を口に運びながら呟く。
「出来てないから“こう”なんだろうが」
大和がそう言った時だ。
「や……大和……」
「あ。気が付いた」
斬影が意識を取り戻した。
斬影はのろのろと上体を起こし――大和の肩を掴むと、小夜の料理を指さしながら低く呻く。
「……ちょっと……大和君……コレ……何?」
訊かれて、大和は即答した。
「何って……小夜の料理」
「じゃなくて。何。この独創的過ぎる味付け」
「小夜は壊滅的に料理が下手だからな」
「下手!?」
言われて、小夜は口を尖らせる。
「そんな……ちょっと変わった味付けにしてるだけなのに」
「それが下手だって言うんだよ」
「お前……知ってて作らせたのか……」
言い合う二人を見ながら、斬影が口を開く。
それには答えず、大和は湯飲みに手を伸ばした。
「……お前……コレ、毎日食ってんの?」
斬影の問いに、大和は茶を啜りながら、
「こんなモン毎日食ってたら死ぬ」
「大和、ヒドイ!」
「……ごめん。小夜ちゃん。俺、否定出来ない」
斬影は大和の言葉が酷いとは思いつつも、正直な気持ちが口を突いて出た。
「……そんなぁ……」
小夜はしゅんと項垂れる。
そして、ぱくぱくと料理を口に運ぶ。
「……今日は上手く出来たと思うんだけどなぁ……」
「…………」
それを見ながら、斬影はぽつりと漏らした。
「……何でアレを普通に食えるんだ……」
「舌が馬鹿なんだろ」
「そしてお前はもう少し歯に衣着せて喋る事を覚えなさい」
そう言って、斬影は汁椀を持ち上げる。
暫しそれを眺めて――
「……大和」
「何だ?」
「食べるの手伝って」
「嫌だ」
隣でしくしくと涙を流す斬影をよそに、大和は立ち上がると、食べ終わった食器を片付けた。