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 それは朝食を摂っていた時の事。

「そうだ。大和」

 斬影が唐突に声をあげた。

「?」

「お前、まだこれからどうするか決めてないんだろ? 身の振り方が決まるまで家に居たらどうだ?」

「…………」

 その言葉を聞いて、大和は箸を止める。

「……何だ。急に」

「急じゃねぇよ。お前が来て帰るたんびに思ってたんだがよ」

 斬影は湯飲みを口元に持っていきながら、

「お前もよ。いざ妖魔と戦う時に小夜ちゃん護りながらじゃ戦いにくいだろ? お前の腕なら心配ねぇだろうが……万一って事もある。それにやっぱ女の子を戦場に連れ回す訳にゃイカンだろ」

「…………」

 大和は、ちらと小夜の方へ視線を向けた。

 小夜も大和の顔を見詰める。

「家は一人で使うにゃちと広い。お前らさえ良ければな」

「…………」

 大和は暫し考え込んだ。

 斬影の言う通り、妖魔退治に小夜を連れて行くのは、戦いに支障が出るほどでは無いが危険が生じるのは間違いない。

 それに小夜は時折、大和の予想しない行動を取って自ら危険に踏み込む。

 それを気に掛けながら戦うと言うのは――正直しんどい。

 小夜の身の安全を確保出来るのは、有り難い事ではある。

 大和がどうするか悩んでいると、

「別に遠慮する事ぁねぇんだぞ? 俺達は家族じゃねぇか」

 斬影は大和の肩に手を置き、真摯な眼差しを向けてきた。

「……俺はよ。お前が戻ってきてくれたら嬉しいぜ?」

「……斬影……」


 

 大和は顔を上げる。

 斬影は目を閉じて、穏やかな口調で続けた。

「そう。お前が戻ってきてくれたら……」

「…………」

「掃除も洗濯も薪割りもしなくて済むし、何よりお前が稼いで来てくれるから俺は大助かりだ」

「……そういう事か」

 大和は半眼になって呻く。

「いやぁ。こんな孝行息子を持てて、俺は幸せ者だなぁ」

「……ふーん……」

 ぽんぽんと大和の肩を叩き、わざとらしく言う斬影に、大和はどこまでも冷たい視線を送る。

「えっと。大和、どうするの?」

 それまで黙っていた小夜が口を開いた。

 大和はひとつため息をつくと、

「まぁ……掃除云々はともかく、お前の身の安全を確保出来る場所があるのは悪い事じゃないし……」

「よしっ! 決まり決まり!」

 大和が結論を出す前に、斬影が口を挟む。

 これで、二人はひとまず斬影の家に身を寄せる事になった。

「じゃあ私は大和がお仕事に行ってる間お家の事しなくちゃ」

「ん?」

 ぱんと手を打ち、そう言う小夜に、斬影も顎に手を添えながら、

「んー、そうだなぁ。けどまぁ、力仕事は大和に任せとけば良いし」

「…………」

 何やら考え込む斬影を見て――大和はふと思い付き、小夜の方へ向き直る。

 そして、眩い笑顔で告げた。

「なら小夜は斬影の飯の世話をしてやればいい」

「……えっ?」

「大和が笑っ……」

 小夜は驚いたように目を見開く。

 一方の斬影は、今まで見た事もない大和の笑顔に驚愕している。

「でも……それは……」

 大和の提案に小夜は困惑した。

 大和は、ちらと斬影の方を見やり、

「斬影もまさか食えないとは言わないだろ。なぁ?」


 

「ま、まぁ……な。何かお前にそう言われると物凄い不安感に襲われるんですけど」

 斬影の言葉の後半は無視して、

「斬影もああ言ってるし、小夜は斬影の飯を作ってやれ」

「う……うん。分かった」

 頷く小夜を見て、大和は一言付け加えた。

「俺の分は用意しなくていいからな」

「えっ!? 何それっ!?」

 斬影の問いに、大和はあっさりと言う。

「自分の事は自分でやる」

「…………」

「じゃあ小夜。頼んだぞ」

「うん」

 大和はそう言うと、手際良く朝食の後片付けを済ませ、家を出て行った。




 そして、その日の夕食――


「…………」

 斬影はぐったりと床に倒れ込んでいた。

「……斬影さん……どうしたのかな」

 心配そうな顔で斬影を見詰める小夜に、大和はもくもくと箸を進めながら、

「お前の料理が不味くて意識飛んだんだろ」

「ええっ!?……そんなに酷いかなぁ……今日は上手く出来たと思うんだけど」

 小夜は自分の料理を口に運びながら呟く。

「出来てないから“こう”なんだろうが」

 大和がそう言った時だ。

「や……大和……」

「あ。気が付いた」

 斬影が意識を取り戻した。

 斬影はのろのろと上体を起こし――大和の肩を掴むと、小夜の料理を指さしながら低く呻く。

「……ちょっと……大和君……コレ……何?」


 

 訊かれて、大和は即答した。

「何って……小夜の料理」

「じゃなくて。何。この独創的過ぎる味付け」

「小夜は壊滅的に料理が下手だからな」

「下手!?」

 言われて、小夜は口を尖らせる。

「そんな……ちょっと変わった味付けにしてるだけなのに」

「それが下手だって言うんだよ」

「お前……知ってて作らせたのか……」

 言い合う二人を見ながら、斬影が口を開く。

 それには答えず、大和は湯飲みに手を伸ばした。

「……お前……コレ、毎日食ってんの?」

 斬影の問いに、大和は茶を啜りながら、

「こんなモン毎日食ってたら死ぬ」

「大和、ヒドイ!」

「……ごめん。小夜ちゃん。俺、否定出来ない」

 斬影は大和の言葉が酷いとは思いつつも、正直な気持ちが口を突いて出た。

「……そんなぁ……」

 小夜はしゅんと項垂れる。

 そして、ぱくぱくと料理を口に運ぶ。

「……今日は上手く出来たと思うんだけどなぁ……」

「…………」

 それを見ながら、斬影はぽつりと漏らした。

「……何でアレを普通に食えるんだ……」

「舌が馬鹿なんだろ」

「そしてお前はもう少し歯に衣着せて喋る事を覚えなさい」

 そう言って、斬影は汁椀を持ち上げる。

 暫しそれを眺めて――

「……大和」

「何だ?」

「食べるの手伝って」

「嫌だ」

 隣でしくしくと涙を流す斬影をよそに、大和は立ち上がると、食べ終わった食器を片付けた。



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