大和と久遠 4
「この狐ぇぇぇぇぇっ! 何しやがるっ!」
『お前がぎゃあぎゃあうるさいからだ! おいっ! コイツは何だ!?』
久遠は斬影から離れると、大和に問い掛ける。
「だから……ここの家主」
「大和! この狐、さっさと放り出せっ!」
『何だとっ!? お前が出てけ! 人間っ!』
「何でだっ!? ここは俺ん家だぞっ!」
「…………」
言い合う二人――いや、一人と一匹を大和がぼーっと眺めていると、
「あっ♪ 大和、帰ってたんだ。お団子買ってきたよ♪」
小夜がひょこんと、顔を出す。
大和は斬影と久遠から視線を外し、小夜の許へ歩み寄る。
小夜は団子の入った包みを大和に手渡した。
「はい♪」
「……ん」
「怪我とかは無い?」
「ああ」
「良かった♪」
狐と掴み合いをしている側で、そんなやり取りをする大和に、斬影は再び声を荒らげる。
「大和っ! お前……俺にこんな面倒な狐押し付けて何やってんだ!」
「別に押し付けた訳じゃない。勝手に始めたんだろ。俺は知らない。団子食う」
「じゃあ、私がお茶淹れてあげるね♪」
「……ああ」
小夜はぱたぱたと台所へ向かう。
それを横目で見送って――大和は、尚も言い合う二人に向き直る。
「……久遠。あんまり斬影に噛み付くと皮剥がれるぞ」
『ふん。剥げるモンなら剥いでみろってんだ!』
「……言ったな。狐。お前の皮全部剥いで襟巻きにしてやる!」
『俺を襟巻きにして良いのは鬼様だけだ!』
「知るかっ! 誰だ、そいつ!」
「……お前……あの鬼の襟巻きだったのか」
大和は、今にも斬影に飛び付きそうな久遠をヒョイと抱き上げ、
「まぁ……とにかく。コイツは時々ここに来るかもしれないけど、害は無いから皮剥がないでやってくれよ」
『…………』
「……害は無いって……さっき思いっ切り噛まれたんですけど」
低く呻く斬影は無視して、大和は久遠を下ろす。
「お前も……来るのは良いけど、あんまり斬影に噛み付くな」
『……分かった……』
「いや。来るのは良いって勝手に決め……」
狐に言い諭す大和に、斬影が反論しかけた――その時。
「お茶入ったよ~♪」
斬影の声を遮るように、小夜の明るい声が響いた。
その後――
久遠は山を下りて、ふと振り返る。
「……あの戦いは命を懸けた戦いだった。俺はあの鬼に刀を向けた瞬間から、引く事は出来なかった。刀を引くって事は……あの鬼に喰われる事を……自分の死を受け入れるって事だ。俺はそんな簡単に自分の死を受け入れる事は出来ない」
『…………』
「あの鬼も……きっとそうだったんだろう。譲れないモノがあった。だから……最後まで刀を引く事はしなかった」
『……分かってる。鬼様の刀……大事にしてくれよ』
「……ああ」
去り際に大和と交わした言葉を思い返し――久遠は再び歩き出した。
◆◇◆◇◆
――後日。
『鬼様~♪ 今日もこちらは良い天気ですよぉ♪』
「…………」
刀を磨きながら、嬉しそうに刀に話し掛ける久遠を、斬影は半眼になって見据える。
ちらと隣で茶を啜る大和の方へ視線を向け、
「……時々っつぅか……毎日来てんだけど。この狐」
「…………」
大和は無言で湯飲みを置いた。
久遠はひたすら喋る。
『こんな良い天気の日は、鬼様と人間の村を歩いた……あの日の事が思い出されます』
「よっぽどあの刀に思い入れがあんだなぁ……」
「……刀っていうか……刀持ってたヤツに、だけど」
「……あんなデカイ刀……どうやって使うんだよ?」
「普通に。振り回して」
「あんなモン、普通に振り回せるかっ!」
そんなやり取りも、久遠の耳には入らない。
久遠は鬼との思い出を語り続ける。
『紅蓮の炎が大地を真っ赤に染め上げ、辺り一面焦土と化した時……私は、人間に穢されたこの大地が浄化されていくような……そんな気がしました』
「……歪んでんな。このコ」
「…………」
『あの時……私の目には、鬼様がこの穢れた大地を浄化し、新たに妖の世築く姿が見えました。あの炎の中……』
「ああっ! もうなんか呪われそうだからやめてぇぇぇぇぇぇっ!?」
斬影は頭を掻きむしり、ちゃぶ台を蹴って立ち上がる。
「お前なぁ! 思い出に浸るのは勝手だが、毎日毎日ンな不吉な事ばっか言うんじゃねぇよ!」
それを聞いて、久遠は弾かれたように目を見開く。
『何が不吉なんだ! 鬼様の雄姿を思い出してるだけなのに!』
「なら、黙って心の中で思い出せっ!」
『聞きたくないなら出て行けば良いだろ!?』
「だから! ここは俺ん家だっつぅの!」
「…………」
大和は無言でそのやり取りを見詰める。
それはもう見慣れたもので、いちいち口を挟む気にもなれない。
「狐さん。元気になって良かったねぇ♪」
「……そうだな……」
にこにこと笑顔で言ってくる小夜。
大和は曖昧に相槌を打って、窓の外を見やった。
背後で響く喧騒も、物が割れる音も無視する。
木々の合間から柔らかな陽光が降り注ぐ。
暫し外の景色を眺めて――大和は刀を抜いた。
銀色の閃きが一閃。
斬影と久遠を捉え、彼らを黙らせる。
バタバタと倒れる二人を見て、小夜が不安げに大和の方へ視線を向けた。
「……死んじゃってない……よね?」
「死んでない」
きっぱりそう言って、大和は再び茶を啜る。
小さな妖狐が出入りするようになったものの、それ以外に大きな変化は無く――
彼らの日常は平和だという事になっていた。