大和と久遠 3
大和の後を付いて、久遠は山の中を歩く。
暫くすると、一軒の家が見えてきた。
『……ここは……』
久遠は立ち止まって、その家を見詰める。
大和は無言で家の戸を開けた。
「…………」
部屋を覗くが――中には誰も居ない。
どうやら二人で出掛けているようだ。
買い物にでも出ているのだろう。
「……ちょうど良い」
大和は家の中へ入ると、久遠に手招きする。
「ほら。入れ」
『……でも……ここ……』
躊躇いがちに久遠はその家に足を踏み入れ、
『……人間臭い……』
「そりゃ人間の住んでる家だからな」
顔をしかめる久遠は放っておいて、大和は鬼の刀を部屋の隅に立て掛けた。
『…………』
久遠は落ち着かない様子で、キョロキョロと辺りを見回す。
その久遠の目の前に、大和は細長い桐の箱を差し出した。
「やる」
『……何だ……? これ……』
「開けてみろ」
『…………』
久遠は言われた通り、箱を開ける。
恐る恐る中を見ると、白い布で丁寧に包まれた何かが入っていた。
包みを解くと、そこにあったのは――
『これ……鬼様の角……?』
久遠が訊くと、大和は頷いた。
「それならお前でも持って行けるだろ。刀は俺が預かってやるよ。あの刀で斬る事はしないし、手入れもしといてやる」
『…………』
久遠は呆然と大和を見詰める。
渡された角を見詰め――久遠は大和にそれを押し返した。
『これは……鬼様がお前にって渡された物だ……これは受け取れない』
「……渡された物をその後どうするかなんて……そんなの俺の勝手だろう。それに……あの鬼がそんな事気にするか」
『でも……っ! これは鬼様がお前に渡したんだっ!』
「…………」
激しくかぶりを振って叫ぶ久遠に、大和は肩をすくめる。
久遠は俯いて、くぐもった声音で呟く。
『……でも……ありがとう。気持ちだけは貰っておいてやる』
顔を上げ、壁に立て掛けられた刀を見やる。
『あの刀も……お前が持っててくれるなら、きっと鬼様も喜ぶ。俺が持ってても……どうせ他のヤツに取られるだけだし……』
「…………」
『だから……鬼様は……俺には何も渡さなかったんだ……』
それを聞いて、大和は深々と嘆息した。
「……それはどうだろうな……」
『……何?』
久遠は怪訝な表情で大和を見る。
大和は腕組みして、
「俺はあの鬼の事はよく知らない。あの鬼について知ってる事と言えば、恐ろしく強いって事だけだ」
『…………』
「あの鬼は強かった。お前が憧れるのも分かる。俺だってあの強さには恐れを感じた……でもそれ以上に強く惹かれるモノがあった。俺が妖で……今も一人なら……俺もあの鬼に付いて行ったかもな」
『…………』
大和は自分の刀に手を触れさせ、
「……あの鬼は自分の死の間際に、そいつが弱いから形見は渡せないとか……そんなつまらない事は言わないだろ。本当に信頼出来る者なら……強いか弱いかは関係無い」
『……俺は……信頼されてなかったって事か……?』
涙を浮かべ、訊いてくる久遠に、大和はかぶりを振った。
「そうじゃない。あの鬼は……お前に、もっと別のモノを遺したんじゃないのか?」
『……別のモノ……?』
「例えば……もし、鬼がお前に何か渡したとして……お前はそれからどうする? 形見を眺めて昔を思い出して……ずっと泣いてるんじゃないのか?」
『…………! そっ……そんな事……!』
久遠は立ち上がって反論しかけたが、いざ想像してみると、『そうではない』とは言い切れない。
もし、手元に鬼を偲ばせる物があったら――それを眺めない日は無いだろう。
昔を思い出して、涙を流さない日は無いだろう。
『…………』
黙り込む久遠に、大和は続ける。
「……そうやっていつまでも過去に縛られて、お前はちっとも先へ進めない」
鬼の角を包み直し、
「だからあの鬼は、敢えてお前に“形”のあるモノは渡さなかったんだろう」
大和は包み終えた角を箱に収め、蓋をする。
「忘れない事と、それを引き摺る事は違う……」
『…………』
「鬼は最後に……何か言ってなかったか?」
『……何か……?』
久遠は口元を押さえた。
鬼が最後に言っていた事。
――好きに生きろ。
『……あ』
「……鬼がお前に何を言ったか知らない。でも……あの鬼はきっと……お前に最も必要なモノを遺したはずだ。お前が先へ進めるよう……お前が“生きられる”ように……」
『……鬼様……』
久遠は俯いた。
そこまで言って、大和はぽつりと漏らす。
「……真実、鬼が何を考えてたのかは分からない。あの鬼なら、単に角を両方折ったら見て呉れが悪いとか言いそうだし」
『そっ……それはちょっと言いそうかも……』
言われて、久遠はかぶりを振った。
顔を上げて、
『……やっぱり……角も刀もお前が持ってろ。鬼様が……本当に“そう思って”俺に渡さなかったのだとしたら……ここで受け取ったら、鬼様の気持ちを無駄にする事になる』
「…………」
『俺は……鬼様の事は絶対に忘れない。ずっと……ずっと忘れない』
久遠は大和の目を見据える。
『お前の事も……鬼様はお前を恨むなって言ってた。だから、お前の事は好きになれないけど……恨まないように努力する』
「良いんじゃないか。それで」
大和は箱を仕舞う。
それを見て、久遠がモジモジしながら呟いた。
『でも……あの。ひとつだけ……』
「何だ?」
『その……時々……刀とか……見に……来てもいいか?』
「……好きにすればいい」
大和がそう言うと、久遠はパッと表情を明るくする。
大和はひとつ付け加えた。
「でも……ここに住んでる奴は、自分の家に妖魔が出入りすると口煩いから、見付からないように……」
「誰が口煩いって?」
「……あ。お帰り」
大和の言葉を遮るように戸が開き、大和はそちらに視線を向ける。
見ると、買い物袋を提げた斬影が、戸口に凭れ掛かっていた。
斬影は呆れたように、こめかみに人差し指を当てて呻く。
「……大和……お前って奴は……」
『にっ……人間!?』
久遠は斬影の姿を見ると、ササッと大和の後ろに隠れる。
「…………」
それを見た斬影は、頬を引き攣らせた。
「狐が喋っ……」
背後に隠れる久遠に、大和は嘆息する。
「……お前……いきなり喋るなよ。黙っとけばただの狐で通ったかもしれないのに」
『だっ……だって!』
「大和ぉぉぉぉぉっ!」
「……何だよ」
斬影は、突然叫び声をあげた。
大和は煩そうに、そちらに顔を向ける。
「お前……昔っから妖魔を連れ込むなって言ってんのに、何で連れて来るんだよ!? お前は何で言う事聞かないの!?」
「……昔っから害のあるモノは連れて来てないって言ってる」
「害の有る無しじゃなくて!」
と、次の瞬間。
『うるさいっ! この人間!』
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁっ!?」
「…………」
怒鳴り散らす斬影の腕に、久遠が噛み付いた。