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前途多難 2

 

 ちらりと横目で様子を窺えば、男は大和に渡した物と同じ串焼きを次々腹に収めていく。

 大和は音に出さずため息をつくと、串焼きに視線を落とす。

 串焼きは香ばしい香りが鼻腔をくすぐり、いかにも食欲をそそったが、大和は素直に本能に従う気になれなかった。

 大和が黙って俯いていると、

「――さて。坊主はどうした。迷子か?」

 男が話し掛けてきた。

(……迷子)

 大和は男の言葉を胸中で繰り返す。

 親と――斬影とはぐれた。

 その行方が分からない。

 家は焼けて、帰る場所が無い。

 他に頼る当ても無い。

 どこへ行けばいいのか分からない。

 確かに、迷子といえば迷子かもしれない。

 かなりの時間迷ってから、大和は小さく頷いた。

 すると、男は顎に手を添え、

「……ふぅむ。そうか。親の名前とか、どこから来たとか……何か分かる事は?」

「……来た道は分かる。でも家は火事で焼けた。親……は、妖魔に襲われて、川に落ちて……行方が分からない」

「…………」

 大和の言葉を聞いて、今度は男が沈黙した。

(こりゃ、迷子っていうか……)

 下手をすれば孤児だ。

 男は、軽く咳払いをしてから、静かな声音で問い掛ける。

「……他に知り合いとか、身寄りは?」

「居ない」

「…………」

 迷いの無い答えが返ってきて、男はますます困惑した。

 少年の口から語られた話の内容もさることながら……

(なんだってこんなに冷静でいられるんだ。この坊主は)

 少年はまだ十にも満たないように見える。

 それが親とはぐれ、帰る家も身寄りも無いというのに、泣き喚くでもなく、他者の同情を引くでもなく、落ち着き払っているのはどういう訳か。

 

「……坊主。お前、いくつだ?」

「七つ」

「なっ……!?」

 この少年は、どうやら人を驚かせる天才らしい。

 少年の口から発せられる言葉は、尽く男を驚愕させた。

「七つ……」

 ぽつりとその単語を繰り返し――男は真顔で問い直す。

「……ほんとに七つか?」

「……何で嘘つかなきゃいけないんだ?」

「いや……お前があんまりにも落ち着き“過ぎてる”からよぉ……」

「泣いて喚いたって何も変わらないだろ」

「…………」

 肝が据わっているとか、そういう次元の話ですら無い。

 この少年は何かを悟っているのではないだろうか……

 男はかぶりを振り、

「……まあいいか。取り敢えず事情は分かった。けど……お前、それなら何でその刀売っぱらっちまわねぇんだ?」

「…………!」

 男の問いに、大和は目を見開いた。

 男は構わず続ける。

「拵えは見事なもんだし……そいつはかなりの名刀だろう。何なら俺が――……」

 と言ったところで、男の言葉は途切れた。

 気付けば、鋭く輝く銀色の刃が男の喉元を捉えている。

 僅かに遅れて、串焼きが地面に落ちた。

 男はちらと串焼きを見やってから、口を開く。

「……おい。危ねぇから、それ仕舞え」

 しかし――……

「それが目的か」

 少年に男の言葉を聞くつもりは無いらしく――視線で相手を貫きそうな程、殺気に満ちた眼で男を睨み据える。

「はじめから……この刀を狙って俺に近付いて来たのか」

「いや。そうじゃねぇよっ! そこは俺を信じろ。俺はあくまでも善意でだな……」

「そんな証拠がどこにある」

「証拠はねぇが……や、ちょ……ちょっと待て! 刃! 刃が当たってるっ!」

 

 少年の眼は本気だった。

 先程までの憔悴した様子とは打って変わって、こちらを斬り捨てる気満々である。

 男は手を振りながら、弁明を続けた。

「あ……あのな? 俺がもし、盗っ人や人攫いの類だったとしたら、さっきお前がぼけっと突っ立ってた時に殴り倒して奪って行くと思わねぇか?」

「…………」

「それにお前……親を捜してんだろ? こんな所で人を斬ったりしたら、お尋ね者になっちまうぞ。そんな事になったら親に会わせる顔がねぇだろ?」

「…………」

「だから取り敢えず、刀仕舞え――なっ?」

 暫しの沈黙。

 男の言葉には何を感じるでもなかったが、人斬りになるつもりは無い。

 斬影もそれは望んでいない筈だ。

 大和は男を睨み付けたまま、刀を鞘に収めた。

 ひとまず危機を回避出来て、男は額を拭う。

 嫌な汗がどっさり出た。

「……ったく。なんつぅ餓鬼だ。人に刀を向けるのに何の躊躇も無しか」

「……あんたが人じゃなかったら斬り捨ててた」

「あのな……」

 と――

(ん……?)

 少年の言葉に、男は小首を傾げた。

「“人じゃなかったら”?」

「……妖魔なら、斬る事に何の躊躇もしない」

「!」

 男は目を見開いた。

 本当に……この少年は何から何まで、人を驚かせる事しかしない。

「くくっ……成る程ねぇ」

「…………」

 男が笑うと、少年は怪訝な顔をした。

 男は、少年の方へ向き直り、

「お前。退治屋か」

「……に、なろうと思ってる。まだ手伝いしかした事ない」


 

「成る程」

 少年の言葉にひとつ頷き、

「妖魔を斬った事は?」

「ある」

「数は?」

「いちいち覚えてない。けど、百は下らない」

「……お前が刀を持ち始めたのは何時の頃だ?」

「三つ」

「…………」

 一体、どういう育て方をしていたのだろうか。

 この少年の親は。

 男はぽりぽりと頭を掻く。

「……そうか。まあ……よく分からんけど、よく分かった」

「…………」

 男は立ち上がり、

「坊主。名前は?」

「……大和」

「大和か。良い名前だな。よし――じゃあ、大和。俺に付いて来い。良い所に連れて行ってやる」

 そう言って、男は最初に会った時と同じように、大和を置いてすたすたと歩いて行く。

 そして、すぐ手前の角を曲がり――暫くして戻って来た。

「何やってんだっ! さっさと付いて来い!」

 怒鳴りつけて、男はまた歩き出す。

 今度は先程より僅かに歩みが遅い。

 大和は小さく溜め息をついた。

 ふと、地面に落とした串焼きが目に入る。

「…………」

 大和は串焼きを拾うと、丁寧に砂を払って、それを口に運んだ。



「……やっと付いて来たか」

 すぐ手前の角を曲がると、待ちくたびれたように、腕組みをしながら男が不満げに零す。

「……こんな所で待つくらいなら、はじめから椅子の所で待ってたら良かったのに」

「お前がさっさと付いて来れば良いだけの話だろ!?」

「知らない奴に付いて行くなって言われてる」

「……こんだけ話して知らない奴も何もねぇだろが」

「あんたの事は何も知らない」

「あー……まあ……そうだな」

 言われて、男は軽く頬を掻いた。

 ぽんと、大和の肩に手を乗せ、

「俺の事はこれからちゃんと教えてやっからよ」


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