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前途多難 1

 

 大和が斬影と離れ離れになった――その後の話。


 

 斬影と離れ離れになって、大和は一人で山を下りた。

 妖魔に襲われ、家を焼かれ……居場所を失った。

 住む場所も、心の拠り所も。

 これからどうするか――大和は考える。

 単純に食べるだけなら、竜の鱗や角がその資金になると考えていたが……

(……どうやって捌こう)

 そう。大和は斬影の仕事を手伝う事で、どの妖魔のどの部位が売れるのかは知識として得た。

 相場も、大まかではあるが聞いている。

 そもそも、薬に使われる物と武具に使われる物では価値が異なる。

 人がいる場所には怪我や病気が付き物だ。

 従って、薬になる素材は価値があまり変動しない。

 貴重な薬の材料は破格の値で取引される。

 対して武具に使われる素材は、土地やその時の情勢で大きく変わる。

 凶悪な妖魔が頻繁に出没するような場所や、戦があるような場所では、武具の素材は高値で取引される。

 しかし、それ以外の――血生臭い争い事とは無関係の土地では使い道が無く、敬遠されがちだという。

 好き好んで武具の素材ばかり集める者もいるらしいが――

(……そういう奴には気を付けろって斬影が言ってたな)

 ――いいか。大和。

 と、頭の中で斬影に言われた事を思い返す。


     ◆◇◆◇◆

「いいか。大和。武具の素材は時としてとんでもなく高値で売れる事がある。けどな。だからってそういうトコでばっか取引すんじゃねぇぞ。武器が売れるって事は戦いがあるって事だ。妖魔に対抗する為ならまだ良い。けど、人と人が戦をしていた場合――お前の持ち込んだ物が、大量の命を奪う物になるかもしれねぇんだ」

「…………」

 

 大和は、黙って斬影の顔を見上げた。

 斬影は大和の頭をぽんと叩き、

「――ホントなら適当に畑耕したり、“こういうの”以外で何か商いが出来りゃそれに越した事ぁねぇんだが……化け物共がいる以上、誰かが退治役を買って出なきゃならん」

 そう言って、斬影は笑った。

「それが俺達――妖魔退治屋だ」


     ◆◇◆◇◆


 以前、言われた事を思い出しながら大和は視線を落とす。

 色々と思うところはあるようだが、斬影は“退治屋”という仕事に責任と誇りを持っている。 大和の場合、特にこの仕事をやりたいと思った訳では無い。

 人助けだとか、弱者を守るだとか、そんな事は一切念頭に無かった。

 ただ“それ”が、生きていく為に必要だったに過ぎない。

 今すぐ食糧を確保しようとしても、作物は種を蒔いたら翌日には実っている――なんて事は無い。

 何日も掛けて世話をしなければならない。

 そんな事をしていたのでは、実りを待つ間に餓えてしまう。

 かといって、ひたすら狩りで獲物を捕らえるというのも、なかなか厳しいものがある。

 それに、人里から離れた場所で狩りをしていては、斬影の手掛かりなど掴める筈がない。

 となれば、なるべく人の居る場所で生活をしていかなければならないが、何をして働くにしても自分は小さ過ぎる。

 運良く雇って貰えても、それで食いつないでいく事は困難だろう。

 そもそも、仕事が貰えるかどうかも怪しい。

 斬影と一緒に茶を飲んでいるだけならまだしも、大和が一人でいると、周りの大人は嫌そうな顔をする。

 ……話すら聞いてもらえない。

 

 そういう場所に入り込んで、自分がどういう扱いを受けるか――想像に難くない。

 となれば――妖魔退治で稼ぐ。

 大和に選択出来る道はこれしかない。

 斬影は腕利きの退治屋。

 その斬影に認められた剣術と、この退魔刀。

 それだけが、今の大和を守るすべてのモノだった。

 それ以外には何も無い。

 大和は刀を強く握り締めた。

 自分が生きていく為。

 生きて――斬影と再会する為。

 その為には刀を取るしかない。

 ――それはそうと。

 差し当たっての問題はこれだ。

 抱えている素材をどこで売り捌くかという事。

「…………」

 大和は無言でため息をついた。

 大和が知っている妖具屋と言えば、斬影の知り合いである男が経営しているあの店しか無い。

 しかし……

 あの男は、前に店を訪ねた時以来、大和を避けている。

 

 世の中に、この手の物を扱う店が一軒しか無いという事は無いだろうが、大和には他に思い当たる店が無い。

 どういう場所に店を構えるかという話は聞いたが、それでパッと見分けが付くほどにはあちこち行き来していない。

 斬影が普段持ち込む品物の価格を考えても、手持ちの素材は安い物ではないと思うが、買い手が付かなければ無価値である。

 さすがに、これらの素材を加工する技術は無いからだ。

(……竜の鱗がどのくらいで取引されるのかは知らないけど)

 そこまで斬影は教えてくれなかった。

 あるいは、斬影も知らなかったのか。

 ただ、価値のある素材を持つ妖魔は、その多くが高い妖力を持っている――という話から、『火を吹き、空を飛び回る竜の鱗や角は価値があるのでは?』という、ごく単純な発想で包んで来たのだが……

 大和は無言で、見知らぬ町を歩く。

 兎に角、あの男には頼れない。

 あの後、何度か斬影に連れられ店を訪れたが、いつも外で待たされていた。

 行っても歓迎されまい。

 しかし、自分の足で一から探すとなると、それはまた困難だった。

 大和は足を止める。

 立ち止まっている暇など無いというのに、何故だか足が動こうとしない。

 そこで大和は気が付いた。

 斬影と別れてから、大和はロクな物を口にしていない。

 飢えと渇きが、大和の足を止めたのだ。

 懐を探る。

 すると、僅かな小銭が出て来た。

 駄菓子屋で飴玉か干菓子を一つか二つ買える程度の。

 町へ遊びに行く時、斬影が持たせてくれた小遣いの残りだ。

 どう考えても、それではこの先、生き延びる事は出来ない。

 

 手にした小銭を懐に仕舞い、俯いたまま大和がその場に立ち尽くしていると、

「ほれ」

 そんな言葉と共に、一本の串焼きが差し出された。

「食え坊主。腹減ってんだろ?」

「…………」

 差し出された串焼きから声のした方へ視線を向けると、そこには一人の男が立っていた。

 浅黒い肌に無精髭。

 長い黒髪をうなじのあたりで縛り、どこか悪戯っぽい笑みを浮かべるその男を、大和は注視する。

 男は大和の視線を気にした様子もなく、口を開いた。

 こちらの顔を覗き込み、

「随分と疲れた顔してるなぁ。ああ、そこに長椅子があるから取り敢えずそこに座るか」

 と、勝手に長椅子の方へずかずか歩いて行ってしまう。

「…………」

 一体何なんだと思いはするものの……疲れているのは事実なので、大和は男から少し離れた場所に腰を下ろした。


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