表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/58

大和と久遠 2

 

 大和は小さくため息をついた。

「……刀なんてのは道具に過ぎない。使われない刀は錆びるだけだぞ」

 久遠は顔を上げる。

 はっきりと怒りを露にして、

『うるさいっ! お前に何が分かるっ!? あれは鬼様の刀だっ! 鬼様以外のヤツには使わせないっ!』

「…………」

 大和は、今にも泣き出しそうな久遠の顔を見詰め、

「……要するに……その刀探しを手伝って欲しいって事か」

『手伝って欲しいんじゃない。手伝いたいなら手伝わさせてやるってだけの話だ』

「…………」

 やたらキッパリ言ってくる久遠に、大和は嘆息する。

「……まぁ……別に何でもいいけど……」

 軽く頭を掻きながら、

「何か手掛かりでもあるのか?」

『刀を持ってるヤツがこの辺にいたって話は聞いた。だから、ここまで来たんだ……けど……』

「……見付からないんだな」

 久遠は瞳に涙を浮かべて頷いた。

 大和はひとつため息をつき、

「……とりあえず、近場から探してみるか」

 大和がそう言うと、久遠は前足で自分が来た方向を示し、

『この森の南側は歩いてみたけど……それらしい気配は無かった』

「ならこっち側行ってみるか」

 言うが早いか、大和は踵を返して歩き出した。

 久遠もその後に続く。

 暫く無言で歩いていたが――久遠はふと、大和に問い掛けた。

『……なぁ……』

「……何だ?」

『お前は……何で鬼様に刀を向けた?』

 訊かれて、大和は僅かに視線を久遠の方へ向ける。

『お前は鬼様に気に入られてて……鬼様の血を引いてるのに……』

「…………」

『何で人間なんかの味方をしてるんだ』

 険しい表情でこちらを見据える久遠。


 

 大和は軽く目を閉じる。

 そして、嘆息まじりに告げた。

「……俺は別に人間の味方をしてる訳じゃない。人間が好きな訳でも、妖が嫌いな訳でもない。ただ……俺の護りたいモノが“こっち側”にあっただけだ」

『……護りたいモノ……』

 久遠は感情の無い声音で呟く。

『あの女の事か』

「……それだけじゃないけど……」

 大和は視線を逸らす。

『……でも……結局人間の為じゃないか。人間なんか……大っ嫌いだ!』

「…………」

 瞳に涙を浮かべて叫ぶ久遠に、大和は口を開いた。

「……その悲しみが……自分だけのモノだなんて思うなよ」

『……何っ!?』

 キッと睨み付けてくる久遠から視線を外し、

「……家を焼かれ、田畑を焼かれ……親も兄弟もみんな殺されて……お前よりも小さな子供が今も泣いてる」

『!』

 大和は久遠の方へ向き直る。

「あの鬼が目覚めてから……一体いくつ村や町が消されたと思ってる。ほんの僅かの間に……どれだけの人間が殺されたと思ってるんだ」

『…………』

「お前が鬼を殺されて悲しいように……大切な者の命を奪われれば誰だって辛いし悲しい……人も妖も関係無い」

『……でも……』

「……憎むなとは言わない。けど、人間全部が悪いなんて思うなよ」

『…………』

 久遠は俯いた。

 では、どうすれば良いのだろう。

(……鬼様……)

 溢れそうになる涙を拭う。

 その時――

『…………!』

 久遠はパッと顔を上げた。

「……どうした?」

『……鬼様の……妖気だ……!』

「何……?」

 久遠は辺りを見回し、

『こっちだ!』

「おいっ! ちょっと待て!」

 久遠は短く叫んで、素早く駆け出す。

 大和も久遠の後を追って走り出した。


 

 久遠は鬼の妖気を辿り、ひたすら走り続ける。

(……近い……! この先に……居る……!)

 鬼の刀を持ち去った者。

 その者から刀を奪い返す。

 同じ濃さの木々の合間を抜けた――その先に、久遠の探していたモノはあった。

『あっ! 鬼様の刀!』

『……んんっ? 狐……か?』

 そこに居たのは一匹の妖魔。牛によく似た頭と巨体を持つ妖。

 鬼の刀を持ち去ったその妖魔は、久遠の姿を見て目を細める。

 巨体を屈めて、刀を見せびらかした。

『どうだ。良い刀だろ? へへ。コイツはなぁ……あの鬼神・白鬼が持ってた刀なんだぜぇ』

 そう言って、妖魔は刀を掲げて見せる。

 久遠は妖魔の言葉を無視して、バッと前足を突き出した。

『返せっ! それは鬼様の刀だっ!』

『……あん? 何言ってんだ。拾ったのは俺だ。だから、コレは俺のモンだ』

 妖魔は鬼の刀を振り回しながら、ニヤリと笑う。

『コイツは良いぜぇ? 何せ持ってるだけで、誰も俺に逆らわねぇ。それどころか、俺を白鬼だと思って貢物まで持ってくるヤツもいる。全く……白鬼様々だぜ!』

『…………!』

 久遠はぎりっと歯噛みした。

『……刀を……』

 怒りを露にして、真っ直ぐ妖魔に飛び掛かる。

『返せぇぇぇぇぇっ!』

『!』

 自分に向かって飛び掛かってくる狐を、妖魔は叩き落とした。

 思い切り地面に叩き付けられ、久遠は呻き声をあげる。

『……うっ……』

 妖魔の腕には久遠の爪が引っ掛かり、僅かに傷が付いた。

『この……狐……』

 傷口から滲む血を舐め、妖魔は口元を歪める。


 

 刀を鞘から抜き、久遠の方へ向けた。

『ちょうど良い。この刀は持ってるだけで誰も寄り付かねぇから退屈してたんだ。コイツの切れ味……お前の体で試してやる』

『!』

 そう言って、妖魔は刀を振り上げる。

『ま、ちぃせぇから斬りごたえはねぇだろうがなっ!』

(鬼様っ!)

 久遠は目を閉じた。

 振り下ろされた刃が久遠を捉える。

 刹那――

 ズドンッ!――

『……グッ……ギャアァァァァァァァッ!?』

『!?』

 けたたましい悲鳴をあげ、妖魔がのたうち回る。

 久遠は驚いて目を見開いた。

 刀を握っていた妖魔の腕は切り落とされ、久遠のすぐ横に落ちている。

『……な……何だ……?』

 すると、困惑する久遠の背後から、声が聞こえてきた。

「……刀は道具に過ぎない。使われない刀は錆びるだけ……」

『……あ』

 久遠は背後を仰ぎ見る。

 視線の先には、刀を構えた大和の姿があった。

 大和は、ゆっくりと妖魔の許へ歩み寄る。

 妖魔の首筋に刃を当て、

「けど……道具ってのは使う者を選ぶ。その刀は……お前みたいなのが気安く抜いて良い刀じゃない……」

『ぐぅ……ううぅ……』

「去れ。でないと次はその首撥ねるぞ」

『…………っ!』

 妖魔は斬られた腕を抱えるようにして、バタバタと森の奥へと姿を消した。

『…………』

 久遠はぼんやりと目の前の光景を見詰める。

『……鬼……様』

 久遠の目には、ほんの一瞬――大和の姿が鬼の姿と重なって見えた。

 大和は、切り落とした妖魔の腕から鬼の刀を抜き取る。

 手にした瞬間、伝わる重みに顔をしかめた。

 やはり――重い。

 心底呆れたように深いため息をついて、大和は刀を鞘に収め、それを久遠の前に差し出す。


 

「ほら。持って帰るんだろ」

『あ……ああ。ありが――……』

 差し出された刀を受け取り、大和が手を離した瞬間――

『とぉぉぉぉぉぉぉっ!?』

 久遠は悲鳴をあげた。

『ちょ……重っ! これ……痛いっ! 痛いっ!……足っ……腕……ああぁぁぁぁああっ! 千切れるぅぅぅぅっ!』

 バタバタともがく久遠から、大和は刀を取り上げる。

「……何やってんだ。お前は」

 刀の重みから解放され、久遠は涙目で怒鳴った。

『バカァァァァァッ! いきなり手を離すなぁぁぁぁぁっ!』

「……手を離さないでどうするんだよ」

 喚き散らす久遠に、大和は半眼になって呻く。

「持ち上げる事も出来ないのに、どうやって持って行くつもりだ?」

『……ううっ……まさかそんなに重いなんて……鬼様はあんな簡単に……』

「……あの鬼の腕力とお前の腕力を同じに考えるなよ」

 ぺたんとその場に座り込む久遠を見て、大和は嘆息した。

 手に持っている鬼の刀を見詰め――ふと思い付いて、刀を肩に担ぐと、そのまま踵を返す。

『……どこ行くんだ?』

「ついて来い」

『…………』

 久遠は暫し大和の背中を見詰めていたが、このまま刀を持っていかれては困る。

 すくっと立ち上がり、久遠は大和の後について行った。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ