大和と久遠 2
大和は小さくため息をついた。
「……刀なんてのは道具に過ぎない。使われない刀は錆びるだけだぞ」
久遠は顔を上げる。
はっきりと怒りを露にして、
『うるさいっ! お前に何が分かるっ!? あれは鬼様の刀だっ! 鬼様以外のヤツには使わせないっ!』
「…………」
大和は、今にも泣き出しそうな久遠の顔を見詰め、
「……要するに……その刀探しを手伝って欲しいって事か」
『手伝って欲しいんじゃない。手伝いたいなら手伝わさせてやるってだけの話だ』
「…………」
やたらキッパリ言ってくる久遠に、大和は嘆息する。
「……まぁ……別に何でもいいけど……」
軽く頭を掻きながら、
「何か手掛かりでもあるのか?」
『刀を持ってるヤツがこの辺にいたって話は聞いた。だから、ここまで来たんだ……けど……』
「……見付からないんだな」
久遠は瞳に涙を浮かべて頷いた。
大和はひとつため息をつき、
「……とりあえず、近場から探してみるか」
大和がそう言うと、久遠は前足で自分が来た方向を示し、
『この森の南側は歩いてみたけど……それらしい気配は無かった』
「ならこっち側行ってみるか」
言うが早いか、大和は踵を返して歩き出した。
久遠もその後に続く。
暫く無言で歩いていたが――久遠はふと、大和に問い掛けた。
『……なぁ……』
「……何だ?」
『お前は……何で鬼様に刀を向けた?』
訊かれて、大和は僅かに視線を久遠の方へ向ける。
『お前は鬼様に気に入られてて……鬼様の血を引いてるのに……』
「…………」
『何で人間なんかの味方をしてるんだ』
険しい表情でこちらを見据える久遠。
大和は軽く目を閉じる。
そして、嘆息まじりに告げた。
「……俺は別に人間の味方をしてる訳じゃない。人間が好きな訳でも、妖が嫌いな訳でもない。ただ……俺の護りたいモノが“こっち側”にあっただけだ」
『……護りたいモノ……』
久遠は感情の無い声音で呟く。
『あの女の事か』
「……それだけじゃないけど……」
大和は視線を逸らす。
『……でも……結局人間の為じゃないか。人間なんか……大っ嫌いだ!』
「…………」
瞳に涙を浮かべて叫ぶ久遠に、大和は口を開いた。
「……その悲しみが……自分だけのモノだなんて思うなよ」
『……何っ!?』
キッと睨み付けてくる久遠から視線を外し、
「……家を焼かれ、田畑を焼かれ……親も兄弟もみんな殺されて……お前よりも小さな子供が今も泣いてる」
『!』
大和は久遠の方へ向き直る。
「あの鬼が目覚めてから……一体いくつ村や町が消されたと思ってる。ほんの僅かの間に……どれだけの人間が殺されたと思ってるんだ」
『…………』
「お前が鬼を殺されて悲しいように……大切な者の命を奪われれば誰だって辛いし悲しい……人も妖も関係無い」
『……でも……』
「……憎むなとは言わない。けど、人間全部が悪いなんて思うなよ」
『…………』
久遠は俯いた。
では、どうすれば良いのだろう。
(……鬼様……)
溢れそうになる涙を拭う。
その時――
『…………!』
久遠はパッと顔を上げた。
「……どうした?」
『……鬼様の……妖気だ……!』
「何……?」
久遠は辺りを見回し、
『こっちだ!』
「おいっ! ちょっと待て!」
久遠は短く叫んで、素早く駆け出す。
大和も久遠の後を追って走り出した。
久遠は鬼の妖気を辿り、ひたすら走り続ける。
(……近い……! この先に……居る……!)
鬼の刀を持ち去った者。
その者から刀を奪い返す。
同じ濃さの木々の合間を抜けた――その先に、久遠の探していたモノはあった。
『あっ! 鬼様の刀!』
『……んんっ? 狐……か?』
そこに居たのは一匹の妖魔。牛によく似た頭と巨体を持つ妖。
鬼の刀を持ち去ったその妖魔は、久遠の姿を見て目を細める。
巨体を屈めて、刀を見せびらかした。
『どうだ。良い刀だろ? へへ。コイツはなぁ……あの鬼神・白鬼が持ってた刀なんだぜぇ』
そう言って、妖魔は刀を掲げて見せる。
久遠は妖魔の言葉を無視して、バッと前足を突き出した。
『返せっ! それは鬼様の刀だっ!』
『……あん? 何言ってんだ。拾ったのは俺だ。だから、コレは俺のモンだ』
妖魔は鬼の刀を振り回しながら、ニヤリと笑う。
『コイツは良いぜぇ? 何せ持ってるだけで、誰も俺に逆らわねぇ。それどころか、俺を白鬼だと思って貢物まで持ってくるヤツもいる。全く……白鬼様々だぜ!』
『…………!』
久遠はぎりっと歯噛みした。
『……刀を……』
怒りを露にして、真っ直ぐ妖魔に飛び掛かる。
『返せぇぇぇぇぇっ!』
『!』
自分に向かって飛び掛かってくる狐を、妖魔は叩き落とした。
思い切り地面に叩き付けられ、久遠は呻き声をあげる。
『……うっ……』
妖魔の腕には久遠の爪が引っ掛かり、僅かに傷が付いた。
『この……狐……』
傷口から滲む血を舐め、妖魔は口元を歪める。
刀を鞘から抜き、久遠の方へ向けた。
『ちょうど良い。この刀は持ってるだけで誰も寄り付かねぇから退屈してたんだ。コイツの切れ味……お前の体で試してやる』
『!』
そう言って、妖魔は刀を振り上げる。
『ま、ちぃせぇから斬りごたえはねぇだろうがなっ!』
(鬼様っ!)
久遠は目を閉じた。
振り下ろされた刃が久遠を捉える。
刹那――
ズドンッ!――
『……グッ……ギャアァァァァァァァッ!?』
『!?』
けたたましい悲鳴をあげ、妖魔がのたうち回る。
久遠は驚いて目を見開いた。
刀を握っていた妖魔の腕は切り落とされ、久遠のすぐ横に落ちている。
『……な……何だ……?』
すると、困惑する久遠の背後から、声が聞こえてきた。
「……刀は道具に過ぎない。使われない刀は錆びるだけ……」
『……あ』
久遠は背後を仰ぎ見る。
視線の先には、刀を構えた大和の姿があった。
大和は、ゆっくりと妖魔の許へ歩み寄る。
妖魔の首筋に刃を当て、
「けど……道具ってのは使う者を選ぶ。その刀は……お前みたいなのが気安く抜いて良い刀じゃない……」
『ぐぅ……ううぅ……』
「去れ。でないと次はその首撥ねるぞ」
『…………っ!』
妖魔は斬られた腕を抱えるようにして、バタバタと森の奥へと姿を消した。
『…………』
久遠はぼんやりと目の前の光景を見詰める。
『……鬼……様』
久遠の目には、ほんの一瞬――大和の姿が鬼の姿と重なって見えた。
大和は、切り落とした妖魔の腕から鬼の刀を抜き取る。
手にした瞬間、伝わる重みに顔をしかめた。
やはり――重い。
心底呆れたように深いため息をついて、大和は刀を鞘に収め、それを久遠の前に差し出す。
「ほら。持って帰るんだろ」
『あ……ああ。ありが――……』
差し出された刀を受け取り、大和が手を離した瞬間――
『とぉぉぉぉぉぉぉっ!?』
久遠は悲鳴をあげた。
『ちょ……重っ! これ……痛いっ! 痛いっ!……足っ……腕……ああぁぁぁぁああっ! 千切れるぅぅぅぅっ!』
バタバタともがく久遠から、大和は刀を取り上げる。
「……何やってんだ。お前は」
刀の重みから解放され、久遠は涙目で怒鳴った。
『バカァァァァァッ! いきなり手を離すなぁぁぁぁぁっ!』
「……手を離さないでどうするんだよ」
喚き散らす久遠に、大和は半眼になって呻く。
「持ち上げる事も出来ないのに、どうやって持って行くつもりだ?」
『……ううっ……まさかそんなに重いなんて……鬼様はあんな簡単に……』
「……あの鬼の腕力とお前の腕力を同じに考えるなよ」
ぺたんとその場に座り込む久遠を見て、大和は嘆息した。
手に持っている鬼の刀を見詰め――ふと思い付いて、刀を肩に担ぐと、そのまま踵を返す。
『……どこ行くんだ?』
「ついて来い」
『…………』
久遠は暫し大和の背中を見詰めていたが、このまま刀を持っていかれては困る。
すくっと立ち上がり、久遠は大和の後について行った。