目指すものの先に 7
「…………」
菊助の問いに、柳は一瞬言葉を失った。
暫くして、深い溜め息をつく。
――辞めた理由ではなく、退治屋になった理由か。
力があれば何でも守れると思っていた愚かな自分。
妖魔を狩る事に何の疑問も持っていなかった。
あの日。
妻と娘が喰い殺されるまで。
自分が留守の間、襲って来た妖魔に妻と娘は喰われた。
無惨に喰い散らかされた二人を見た柳は、怒りにまかせ、その場に居た妖魔を即座に斬り殺し、腹を割って臓腑を引きずり出した。
そうしたところで、二人を救い出す事は出来なかったが。
人が妖魔の住処を荒らし、餓えた妖魔が人を襲う――
自分のして来た事が、大切な者を奪った。
それを知った時、柳は刀を置いた。
それを苦々しく思い返し――病室の出口まで歩くと、刀を肩に担いで、柳は皮肉げな笑みと共に告げる。
「決まってんだろ。俺も“命知らずの馬鹿野郎”だったって事だ」
「!」
柳はひらひらと手を振り、
「じゃあな。餓鬼共」
そう言って、病室を出た。
「あ……」
子供達は互いに顔を見合わせ、声を揃えて柳に礼を述べる。
『助けてくれてありがとう! お兄さん!』
その瞬間――
「……お前ら……」
柳が戻って来た。
頬を引き攣らせ、
「わざと言ってやがったな!」
「きゃーっ!」
「わああぁっ!」
「…………」
狭い病室でばたばたと子供達を追い回す柳を見て――老人は、今までにないほど静かな声音で言った。
「――他の患者に迷惑だから、静かにしなさい」
「……あ。すんません」
◆◇◆◇◆
それから数日後――
「あっ! 菊助ーっ!」
「綾那」
いつもの広場に、菊助が顔を見せた。
綾那は、ぱたぱたと菊助の許へ駆け寄り、
「怪我はもういいの?」
「ああ。何ともない。綾那こそ大丈夫なのか?」
「私は元気だよ~」
にこにこと笑顔でそう言う綾那に、菊助はほっとする。
それから、他の子供達の方へと向き直り、
「今日はちょっとみんなに言っておきたい事がある」
「なあに? 珍しく真面目な顔して」
いつものように、どこかからかい口調で、沙月が言う。
それはには構わず、菊助は口を開いた。
「……俺さ。道場に通う事にしたんだ」
「えっ?」
「道場?」
菊助の口から出た言葉に、子供達は目を丸くする。
「道場って……」
不思議そうな顔をする子供達に、菊助は頷いて、
「剣道場だ。ほら、新しく出来ただろ?」
そう。
この町にはこれまで剣術の道場は無かったのだが、例の山火事以来、妖魔が出没する事もあって、新しく開かれた。
菊助はぐっと拳を握り、
「俺はもっと強くなりたいんだ。今度はちゃんと……お前らを守れるくらいに」
「菊助……」
「じゃあ、俺も行こうかな。その道場」
「涼助」
「菊助だけだとなんか心配だし」
「……どういう意味だよ」
「だって菊助。お前、すぐ他の奴と喧嘩するだろ?」
「すぐに喧嘩はしてないっ! あっちがなあ……!」
涼助の言葉に、菊助が思わず反発すると、沙月が笑った。
「あははっ! そうね。涼助が止めないと、菊助ったらきっと毎日痣だらけになるね。稽古とは別に」
「ぐっ……沙月……」
けたけたと容赦なく笑う沙月に、菊助は半眼になって呻く。
と――
「道場に通うって事は……今までみたいに遊べなくなるの?」
訊かれて、菊助は鼻の頭を軽く掻いた。
「……そうだなぁ。毎日の見回りは出来なくなるかな」
「……そう」
菊助がそう言うと、綾那は少し寂しそうな顔をする。
その顔を見て、菊助は慌ててかぶりを振り、
「で……でも、全然遊べなくなる訳じゃないぞ!? それにこれはこの町や……綾那……の為でもあるし! 何より――……」
途中、もごもごと呟いてから、最後に菊助は断言した。
「何より、あいつが帰って来た時、あいつより強くなってなきゃ隊長としての示しがつかないからな! 今度会ったら俺があいつをこてんぱんに伸してやるんだ!」
菊助が力説していると、綾那は小首を傾げ、
「あいつって?」
「……だから……大和」
いつだったか、似たようなやり取りをした気がして、菊助は不機嫌顔で呻く。
綾那の前で、大和の名前を出すのは嫌だった。
案の定、大和の名前が出た途端、綾那はぱっと表情を明るくする。
「そっか! 菊助は大和みたいに強くなりたいのね?」
「違う! 違うぞっ! 綾那、『あいつみたいに』じゃない! 俺は『あいつより』強くなるんだ!」
「そっかぁ……菊助、頑張ってね!」
「お……おう!」
綾那に笑顔で言われて、大和に対する対抗心が、一瞬おとなしくなる。
多分、『大和より強くなる』の部分は綾那の耳には聞こえていないだろうが。
(そうだ。俺はあいつより絶対強くなってやる)
悔しいが、今はその背中を追う事しか出来ない。
けれど、いつか再会したその時は、今度こそ胸を張って言ってやるのだ。
『お前は下っ端だ』と。
(今度会ったら一発殴って……あ。いや、最初打ち合った時みたいにあいつを転かしてやろう)
そう思ったら、何だかこの先が楽しみになってきた。
……大和の悔しがる顔は想像出来なかったが。
でもそれなら、今は綾那が大和の話をして嬉しそうに笑っていても許してやれる。
……ちょっとだけ。
こうして――
子供達は、それぞれ新しい道を歩き始める。
目指すもの――その先にある未来を見据えて。