表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/58

目指すものの先に 7

 

「…………」

 菊助の問いに、柳は一瞬言葉を失った。

暫くして、深い溜め息をつく。

 ――辞めた理由ではなく、退治屋になった理由か。


 力があれば何でも守れると思っていた愚かな自分。

 妖魔を狩る事に何の疑問も持っていなかった。

 あの日。

 妻と娘が喰い殺されるまで。

 自分が留守の間、襲って来た妖魔に妻と娘は喰われた。

 無惨に喰い散らかされた二人を見た柳は、怒りにまかせ、その場に居た妖魔を即座に斬り殺し、腹を割って臓腑を引きずり出した。

 そうしたところで、二人を救い出す事は出来なかったが。

 人が妖魔の住処を荒らし、餓えた妖魔が人を襲う――

 自分のして来た事が、大切な者を奪った。

 それを知った時、柳は刀を置いた。


 それを苦々しく思い返し――病室の出口まで歩くと、刀を肩に担いで、柳は皮肉げな笑みと共に告げる。

「決まってんだろ。俺も“命知らずの馬鹿野郎”だったって事だ」

「!」

 柳はひらひらと手を振り、

「じゃあな。餓鬼共」

 そう言って、病室を出た。

「あ……」

 子供達は互いに顔を見合わせ、声を揃えて柳に礼を述べる。

『助けてくれてありがとう! お兄さん!』

 その瞬間――

「……お前ら……」

 柳が戻って来た。

 頬を引き攣らせ、

「わざと言ってやがったな!」

「きゃーっ!」

「わああぁっ!」

「…………」

 狭い病室でばたばたと子供達を追い回す柳を見て――老人は、今までにないほど静かな声音で言った。

「――他の患者に迷惑だから、静かにしなさい」

「……あ。すんません」


 

     ◆◇◆◇◆


 それから数日後――

「あっ! 菊助ーっ!」

「綾那」

 いつもの広場に、菊助が顔を見せた。

 綾那は、ぱたぱたと菊助の許へ駆け寄り、

「怪我はもういいの?」

「ああ。何ともない。綾那こそ大丈夫なのか?」

「私は元気だよ~」

 にこにこと笑顔でそう言う綾那に、菊助はほっとする。

 それから、他の子供達の方へと向き直り、

「今日はちょっとみんなに言っておきたい事がある」

「なあに? 珍しく真面目な顔して」

 いつものように、どこかからかい口調で、沙月が言う。

 それはには構わず、菊助は口を開いた。

「……俺さ。道場に通う事にしたんだ」

「えっ?」

「道場?」

 菊助の口から出た言葉に、子供達は目を丸くする。

「道場って……」

 不思議そうな顔をする子供達に、菊助は頷いて、

「剣道場だ。ほら、新しく出来ただろ?」

 そう。

 この町にはこれまで剣術の道場は無かったのだが、例の山火事以来、妖魔が出没する事もあって、新しく開かれた。

 菊助はぐっと拳を握り、

「俺はもっと強くなりたいんだ。今度はちゃんと……お前らを守れるくらいに」

「菊助……」

「じゃあ、俺も行こうかな。その道場」

「涼助」

「菊助だけだとなんか心配だし」

「……どういう意味だよ」

「だって菊助。お前、すぐ他の奴と喧嘩するだろ?」

「すぐに喧嘩はしてないっ! あっちがなあ……!」

 涼助の言葉に、菊助が思わず反発すると、沙月が笑った。

「あははっ! そうね。涼助が止めないと、菊助ったらきっと毎日痣だらけになるね。稽古とは別に」


 

「ぐっ……沙月……」

 けたけたと容赦なく笑う沙月に、菊助は半眼になって呻く。

 と――

「道場に通うって事は……今までみたいに遊べなくなるの?」

 訊かれて、菊助は鼻の頭を軽く掻いた。

「……そうだなぁ。毎日の見回りは出来なくなるかな」

「……そう」

 菊助がそう言うと、綾那は少し寂しそうな顔をする。

 その顔を見て、菊助は慌ててかぶりを振り、

「で……でも、全然遊べなくなる訳じゃないぞ!? それにこれはこの町や……綾那……の為でもあるし! 何より――……」

 途中、もごもごと呟いてから、最後に菊助は断言した。

「何より、あいつが帰って来た時、あいつより強くなってなきゃ隊長としての示しがつかないからな! 今度会ったら俺があいつをこてんぱんに伸してやるんだ!」

 菊助が力説していると、綾那は小首を傾げ、

「あいつって?」

「……だから……大和」

 いつだったか、似たようなやり取りをした気がして、菊助は不機嫌顔で呻く。

 綾那の前で、大和の名前を出すのは嫌だった。

 案の定、大和の名前が出た途端、綾那はぱっと表情を明るくする。

「そっか! 菊助は大和みたいに強くなりたいのね?」

「違う! 違うぞっ! 綾那、『あいつみたいに』じゃない! 俺は『あいつより』強くなるんだ!」

「そっかぁ……菊助、頑張ってね!」

「お……おう!」

 綾那に笑顔で言われて、大和に対する対抗心が、一瞬おとなしくなる。

 多分、『大和より強くなる』の部分は綾那の耳には聞こえていないだろうが。


 

(そうだ。俺はあいつより絶対強くなってやる)

 悔しいが、今はその背中を追う事しか出来ない。

 けれど、いつか再会したその時は、今度こそ胸を張って言ってやるのだ。

『お前は下っ端だ』と。

(今度会ったら一発殴って……あ。いや、最初打ち合った時みたいにあいつを転かしてやろう)

 そう思ったら、何だかこの先が楽しみになってきた。

 ……大和の悔しがる顔は想像出来なかったが。

 でもそれなら、今は綾那が大和の話をして嬉しそうに笑っていても許してやれる。

 ……ちょっとだけ。


 こうして――

 子供達は、それぞれ新しい道を歩き始める。


 目指すもの――その先にある未来を見据えて。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ