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目指すものの先に 6

 

     ◆◇◆◇◆


 あの男に言われた通り、青物屋の奥に隠れた沙月は、不安げな声で呟く。

「あのおじさん……大丈夫かな」

「……分からない。でも、俺達じゃ妖魔は倒せないし……」

「うん……」

「…………」

 未だ意識の戻らない綾那を見下ろしながら、沙月と涼助の会話を聞いていた菊助は、きゅっと唇を噛んだ。

 ――俺達じゃ妖魔は倒せない。

 その言葉が菊助の胸に突き刺さった。

(……何も出来ないのか。俺は)

 これまで友達と一緒になってはしゃいでいたが、それがどれほど馬鹿げていたのか……今になって痛感する。

 ただ逃げ隠れする事しか出来ない自分がどうしようもなく惨めに思えた。

 ――格好悪い。

 菊助はそれを認めた。

 格好悪い。本当に。

(あの時だって……俺は逃げる事しか……逃げる事も出来なかった)

 仲間と――大和と山登りに行ったあの日。

 妖魔と遭遇した菊助は、その場で腰を抜かした。

 もしあの時、大和が来なかったら自分はどうなっていたか……

 あんな状況でも、大和は一歩も引かなかったのに。

(……強く……なりたい。あいつみたいに)

 菊助は思った――強く。

 拳を握り締める。

 町の子供達とチャンバラで勝つとか負けるとかの話じゃない。

 もっと強くなりたい。

 ――大和のように。

 怯えて何も出来ないのは嫌だ。

 誰かの後ろに隠れる弱い自分を見るのは嫌だ。

 と――その時。

 がしゃあぁぁん! と、表で何かが派手に崩れる音がした。

「なっ……何!?」

 そのあまりに大きな物音に、子供達は体をびくりと震わせる。

 あれだけの物音がしても綾那の意識は戻らないようだが。


 

(あのおっさん……!)

 綾那を一瞥してから、菊助は外へ向かって駆け出す。

「あっ!? 菊助!」

「どこ行くんだよ!?」

 背後から涼助と沙月の声が追ってくるが、菊助は構わず部屋を出た。



 菊助が店の外へ出ると、積み上げられていた荷物や商品が散乱し、そこだけ足の踏み場が無い状態だった。

 そして、その荷物に埋もれるようにして、妖魔とあの男がせめぎ合っている。

 妖魔は狭い場所に男を追い込んだは良いが、低い屋根やら柱やらに邪魔されて、男の頭を喰い千切る事が出来ないらしい。

 しかし、男の方も刀を落とされ、妖魔の前脚を掴み、ギリギリのところで踏みとどまっているに過ぎなかった。

 あれは長く保たない。

 妖魔の首が引っ掛かっている柱が折れてしまえば、一巻の終わりである。

「お……おっさん!」

 菊助が叫ぶと、男は目を見開いて驚いた。

「ばっ……何出て来てんだっ! とっとと逃げろ!」

 男がそう怒鳴った瞬間。

 不意に彼を押さえ付けている力が軽くなった。

 考えるまでもなく、妖魔が狙い易い子供に目標を変更したのだ。

 妖魔は一直線に、菊助の許へと走り込んで来る。

「あっ……!」

 自分を狙う妖魔の瞳を見て、菊助の脳裏にあの時の恐怖が甦る。

 足が竦んで動けない。

「逃げろ! 糞餓鬼!」

 男の怒鳴り声――いや、悲痛な叫び声が辺りに響き渡った。

(強く……なりたい。強く)

 菊助は胸中で繰り返す。

 そう思った時――菊助は足元に落ちていた小刀に気付いて、咄嗟にそれを掴んだ。

 荷解きか何かに使われていた物だろう。

 大和が持っていた刀に比べれば小さく、あまりにも頼りない代物ではある。

(でも……俺は……)


 

 小刀を握り締め、菊助はそれを思い切り振り回した。

「うあああああああっ!」

『ギャアァァッ!?』

 それは本当に偶然だった。

 妖魔が菊助を捕らえようとした瞬間――向かってくる妖魔の目を、菊助の持つ小刀が抉ったのだ。

 実際には僅かに掠めた程度に過ぎなかったかもしれないが、それでも一瞬視界を奪われた妖魔は混乱し、菊助を前脚で思い切り蹴り飛ばす。

「くっ……はっ!」

 店の棚に背中を強打した菊助は、一瞬呼吸が出来なくなり、呻き声をあげてその場に倒れ込んだ。

「ばっか野郎! 無茶すんじゃねぇ!」

 柳は自分の上にある箱を押し退け立ち上がると、菊助を怒鳴りつけてから素早く刀を拾う。

 そして――

「だが……よくやった!」

 そう言って、妖魔を両断した。

 ふぅ……と、一息ついて、柳は血糊を振り払って刀を鞘に収める。

 辺りを見回し、他に妖魔の気配が無い事を確認してから、菊助の許へと歩み寄り、

「おい。しっかりしろ、餓鬼」

「あ……妖魔……は……」

「全部斬った。今のところ仲間を呼んだ気配もねぇから、今のうちにここ離れるぞ。立てるか?」

 訊かれて、菊助は頷く。

 それから、店の中に隠れていた涼助らと共に、男の知人だという医者の所へ向かった。



「いっ……て!」

「う~ん。ちょっと背中を強く打ったみたいだねぇ。まあ、暫く痛むだろうが命に別状は無いよ」

 白い髭の老人はそう言って、軽く菊助の背中を叩く。

 一通り怪我人の手当てが終わり、老人は顔を上げる。

 柳の方へ視線を向け、

「まあしかし……なんだ。まさかお前さんが刀を取るとはね。意外だったよ」


 

 すると、柳は仏頂面で呻く。

「これは成り行きだ。別に妖魔退治に出向くつもりじゃ……」

「なあ。おっさん」

 と、柳の声を遮り、菊助が口を開いた。

「……“お兄さん”だと何回言えば分かるんだ。この糞餓鬼」

「おっさんは……退治屋なのか?」

「こっの……」

 柳のこめかみに青筋が浮かぶ。

 完全にその部分だけを無視する菊助に掴み掛かりそうになったところで、別の声が掛かった。

「そうだよ。このおじさんは昔、退治屋だったんだ」

「…………! てめっ……!」

 その瞬間、柳が若干慌てたように振り返る。

 対して、老人は白い髭を撫でながら、気楽な様子で続けた。

「まあ、良いじゃないか。話してやれば」

「じいさんは、このおっさんの事、よく知ってんのか?」

  菊助の問いに、老人は笑う。

「そうだねぇ。少しは知ってるかねぇ。昔はそこそこ腕の良い退治屋だったとか、美人な奥さんと可愛い娘が居たとか」

「てめえっ! こらジジイ! 黙らねぇとぶっ殺すぞ!」

 柳は我慢出来ず、老人の胸ぐらを掴み上げた。

 しかし、老人は「ほっほっ」と笑っている。

「『昔は』って……おっさん、今は退治屋じゃないのか?」

「……うっせぇな。お前にゃ、関係ねぇ話だ」

 老人を解放すると、柳は複雑な表情を浮かべ――やがてそっぽを向く。

「まあ、おじさんにも色々あってねぇ。辞めちゃったんだよ。退治屋」

 襟を直しながら、老人がぽつりと呟いた。

 菊助が「なんで」と訊く前に老人は続ける。

「退治屋って仕事は大変なんだ。腕が良ければ得る物もそれなりにあるが、失う物も大きくてね。それは自分の命だったり、家族だったり……」


 

 ちらと柳の方を見やり、

「失ったものによっては二度と刀を取れなくなる人もいる……このおじさんも刀を置いてしまった」

「…………」

「坊やも妖魔を見たなら分かるだろう? 何にせよ、命あっての物種。危険な仕事をせずに済むなら、それに越した事は無いと思うがね」

 何だか難しい話になってきて、菊助はそれ以上問う事が出来なくなった。

 と――

「あの……」

「ん?」

「綾那は……大丈夫?」

 不安そうな顔で、沙月が老人に問い掛ける。

 すると、老人は頷いた。

「大丈夫だよ。目立った外傷は無いし、呼吸も正常。ちょっと妖気に当てられたようだが……じき目が覚める」

「……妖気に当てられるって……どういう事?」

 沙月が訊くと、老人は一つ唸り、

「そうだねぇ……妖魔にはね、人の目には見えない不思議な力ある。それを“妖気”あるいは“妖力”と呼ぶんだが、それは人の体にとって毒なんだ。何の準備もしないまま妖魔に近づいて、大量に妖気を吸い込むと具合が悪くなるんだよ」

「えっ!?」

「厳密には吸い込むのとは違うんだが……まあ、そんなようなものだ。とにかく、あのお嬢ちゃんはその毒気にやられたんだね。でも、妖魔から離れれば妖気は自然と抜けていくから……だから大丈夫。――おや?」

 老人がそう言った瞬間、柳は踵を返した。

「もう行くのかい?」

「……俺の用事は済んだからな。こんな薬臭いところにいつまでも居られるか」



「おやおや」

 刺々しい柳とは対照的に、老人はどこまでものんびりとした口調を崩さない。

「久し振りに顔出したんだから、もう少しゆっくりしていけば良いのに」

「ゆっくりして行ける場所じゃねぇだろうが」

 そう吐き捨てて、柳は病室を出て行く。

 と――

「ああ。そうだ」

 ふと、柳は思い出したように肩越しに菊助を見やり、

「おい、糞餓鬼。今日ので分かっただろ。遊び半分で妖魔に関わるんじゃねぇ。間違っても退治屋になろうなんて思うなよ。ありゃあ、命知らずの馬鹿野郎がする仕事だ」

 そう言って、柳は歩き出した――その時。

「待てよ! おっさん!」

「…………」

 呼ばれた――とは思いたく無いが、柳は足を止める。

 くるりと振り返り、

「だから……お兄さんだと……」

「なんでおっさんは退治屋になったんだ」



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