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目指すものの先に 5

 

「綾那っ!」

 菊助も声を張り上げ、綾那を呼ぶが、彼女はぐったりとしたまま動かない。

「ど……どうしよう……綾那が……」

「くそっ……!」

 綾那を捕らえた妖魔は、低い唸り声を上げ、綾那に喰い付こうとその口を開いた。

「綾那ぁっ!」

 菊助は綾那の許に駆け寄ろうと、腰を浮かせた。

 刹那――

『グッ……ギャアアアアアァァァァァァァァッ!』

「!?」

 けたたましい悲鳴が響き――見れば、妖魔の脚は両断されていた。そして、怯んだ妖魔の体が、何かに蹴り飛ばされる。

 ドンッ! と、壁に激突した妖魔は、翼を羽ばたかせ空へと逃げ出した。

「えっ!?」

「何!?」

 混乱する菊助達の前に、一人の男が立っている……

 その姿を見て、菊助達は声を揃えて叫んだ。

『あっ! おじさん!』

「お兄さん!」

 男は即座に言い返し、刀の血糊を振り払うと、手前に居た涼助の胸ぐらを掴む。

「お前ら……さっさと家へ帰れって言っただろうが! 何でまだこんな所うろちょろしてんだ!」

「あ……あの……」

 いきなり怒鳴り付けられてまごつく涼助をよそに、沙月が男に縋り付く。

「おじさん! 綾那……綾那が……!」

「……ああ?」

 言われて――男が視線を向けた先には別の少女が一人、地面に横たわっている。

 男――柳は、少女の許へ歩み寄り、目を眇めた。

「…………」

「綾那が動かないの! 妖魔に捕まって……押さえられて……どうしよう……おじさん!」

 柳は、綾那と呼ばれている少女の側にしゃがみ込んだ。

 ざっと見てみるが、少女に目立った外傷は無い。あるとすれば、妖魔に捕まった時に付いたと思われる擦り傷程度か。


 

 柳は、小さく溜め息をついて立ち上がる。

「……心配せんでも、この嬢ちゃんは生きてるよ。気ぃ失ってるだけだ」

「ほんと? 綾那、大丈夫?」

「多分な」

「そんな……ちゃんと診てあげて!」

「……あのな。俺は医者じゃねぇんだ。見ただけで分かるか」

 今にも泣き出しそうな少女の顔に居心地の悪さを覚えた柳は、さっと視線を逸らし、

「そんなに心配なら、その嬢ちゃん連れてさっさと逃げ――……あ。いや待て」

 言いかけて、柳は言葉を止めた。

 妖魔はまだ全部仕留められてはいない。

 この子供達が、完全に意識を失った少女を担いで妖魔の鼻を逃れる事など……出来はしないだろう。

 柳は短く舌打ちすると、

「お前ら。その嬢ちゃん連れて、そこの店の奥に隠れてろ」

「え……?」

「店の奥って……」

 子供達は、柳の言葉に困惑した。

 それぞれの顔を見合わせ、

「人のお家に勝手に上がり込んだら怒られちゃうよ?」

 それを聞いた柳は、深々と嘆息する。

「……あのな。時と場合によるだろ。それに表でこんだけ騒ぎになってるってのに、顔の一つも覗かせねぇって事は、その店は蛻の空だ。バレなきゃどうって事ねぇ」

「そんな……!」

「盗みに入る訳じゃねぇんだ。置いてあるモンに触らなきゃいい」

「……でも……」

 未だ迷う風情の子供達に、柳は声を張り上げた。

「お前ら! 妖魔に喰われてぇのかっ! ガタガタ言ってねぇで、さっさと行けっ! 俺が許す!」


 

「はっ……はいっ!」

 柳の怒鳴り声に驚いた子供達は、慌てて店の奥へ引っ込もうとする。

「沙月! ちょっと手伝って」

 涼助が声を掛けると、沙月は頷いた。

「うん。綾那……大丈夫かな……」

 その様子を見ていた柳は、肩越しに言った。

「あんまし体揺らすんじゃねぇぞ」

「あ……はい」

 柳の指示に、子供達が頷く。

 気を失った少女を慎重に運ぶ姿を見て、柳は胸中で苦笑した。

(……あれじゃ、逃がしても即座に妖魔に喰われるわな)

 それは、もとより分かりきっていた事だ。

 ――そう。分かりきっていた。

 自分が子供達のところへ戻って来た時点で、“こうなる”事は。

(――結局、こうなったか……)

 もう二度、こんな風に刀を握る事はあるまいと思っていたが……

 柳は刀を握る手に力を込めた。

 後一匹ならどうにかなる。そう思って踏み込んだ――刹那。

「!」

 柳は、反射的に大きく横に飛び退く。

 その瞬間。先程まで彼がいた場所目掛けて、物影からもう一匹、別の妖魔が襲い掛かって来た。

 迫り来る鋭い爪を刀で弾き返し――柳は一瞬言葉を失う。

「んな……」

 先程、確認出来た妖魔の数は三匹。

「野郎……仲間呼びやがったな」

 ギリギリと歯を軋らせながら、呻く。

 子供達がもたついている間、やけに大人しくしていると思ったが……

 こちらを確実に仕留める為、数を増やしてきた。



 (二匹いっぺんに相手すんのは……流石にしんどいな)

 柳は、本格的な妖魔退治を目的とした装備は持ち合わせていない。

 獅子鴉は、このあたりではかなり力のある妖魔の一種で、一匹でもかなり危険な相手だ。

 普通は嗅覚を鈍らせる匂い玉や、視覚を奪う光玉など、幾つもの道具を用いて戦う。

 刀一本で立ち向かうなど、余程の酔狂か……そうでなければ、それなりの腕と、退魔刀でも持っていなければ命を捨てるに等しい行為だ。

 ――何せよ。腕は兎も角、戦場から離れて久しい柳には少々荷が重い。

(……つっても……やるしかねぇんだが)

 苦々しく胸中で笑い――柳は刀を振るった。



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