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目指すものの先に 4

 

     ◆◇◆◇◆


 子供達と別れて、男――柳は深々と嘆息した。

「……ったく。あの餓鬼共のおかげで余計な時間くっちまった」

 ちょっと食料の買い出しに来ただけだったのだが……

 ぶつぶつとぼやきながら足元の石を蹴る。

「しかし……もう半年か」

 ぽちゃんと、小さな水溜まりにはまり込んだ石を見送って、柳は胸中で独りごちた。

(奴が死んだとは思えねぇが……)

 腕利きの退治屋。

 この辺りで、彼に敵う者は居ない。

 だが、あの山火事以来――斬影はパタリと姿を見せなくなった。

 職業柄、馴染みの“客”が突然店に来なくなる事は少なくない。

 柳は妖具屋の店主で、退治屋から妖魔の角や牙を買い取っている。

 それは、武具や薬の材料となり極めて高値で取引されるのだ。

 しかし、そういった角等を持つ妖魔は強大な妖力を持っており、本来、人の手に負えるモノではない。

 故に、退治屋は常に死と隣り合わせで、退治屋が妖具屋に来なくなる理由の多くはコレだった。

 つまり、妖魔に殺された――という事。

 中にはそうなる前に刀を置き、田畑を耕す者もいたが、退治屋になる者の多くは自らの命を懸けて戦う覚悟を持って剣を振るっている。

 妖魔退治は、己の命を懸けられぬ者に務まる程甘い仕事ではない。

 ――と言えば聞こえは良いが、要するに……

(退治屋ってのは、命知らずな馬鹿野郎の集まりだからな)

 柳は嘲笑した。

 その時。

「ん?」

 後少しで自宅へ着くというところで、何やら、わぁっと声があがる。

「……何だ? 面白い見せ物でもあんのか?」

 ぽつりと呟くが、人々の声がそんな楽しげなものではない事に気付く。

 声がした方に足を向けようとした時――ふっと一瞬、頭上が暗くなった。


 

 柳は空を見上げる。

 そして、呻き声をあげた。

「……なっ……!? あれは……妖魔!? 何でこんな明るいうちから……!?」

 遥か上空を旋回する三匹の妖魔。巨大な翼に、獅子を思わせる体躯。鋭い嘴を持つ妖魔――

 人でも家畜でも作物でも何でも喰い荒らすその妖魔を、人々は獅子鴉と呼んで恐れていた。

 人里に降りて来る事は稀であったが、一度町や村に降り立てば、その地はあっという間に荒らされてしまう。

 一匹でも厄介な妖魔だが……

(それが三匹も……!)

 柳は舌打ちした。

(“こっち”は専門じゃねえってのに!)

 早くこの場を離れなければ――柳がそう思った時だ。

 一匹の獅子鴉がこちらに向かって突進して来る!

「!」

 柳は咄嗟に、持っていた買い物袋の中身を妖魔目掛けてぶちまける。

 その瞬間、僅かに妖魔が怯んだ。

 刹那――

『ギャアアアアアアッ!』

 耳をつんざくような悲鳴と共に、眉間から血煙を上げて妖魔は倒れた。

 柳は刀に付いた血糊を振り払い、

「……やれやれ。こういうのは“退治屋”の仕事だろうに」

 言って、溜め息をつく。

「さて。残りは……」

 先程、確認出来たのは三匹。

 その内の一匹は今斬った。

 柳は天を仰ぐ。

 出来れば、追っ払っておきたい。

 妖魔退治は専門外だが。

 町の中に妖魔が姿を現す事は滅多に無い。

 何故なら、人はそれを遠ざけて町や村を作る。

 それが人里にまでやって来るという事は、奴らは住処を失い、餓えている――という事だ。



 餓えた妖魔は見境がない。

 人だろうと家畜だろうと作物だろうと――全てを喰い荒らす。

 と――

「……ん?」

 獲物を探すように、上空を旋回していた妖魔が、ある場所目指して一直線に急降下し始めた。

 柳はぞっとしたように呻く。

「あの場所は……!?」

 先程、自分が子供達と別れた場所――……

「くっ……!」

 柳は刀を握り締めると、妖魔が降りて行った方へ駆け出した。

 胸中で叫ぶ。

(居るなよ……! あんなトコに!)


 

     ◆◇◆◇◆


「……あ~あ。結局……大和も大和のお父さんも町に来てないって事が分かっただけかぁ」

 ちょっと怖い“おじさん”を見送って、沙月は残念そうに漏らす。

 すると、涼助が苦笑混じりに、

「他にも色々分かった事はあるよ」

「うん! 大和のお父さん。凄い人だったって事!」

 綾那も大きく手を振りながら口を開く。

「……退治屋」

 綾那の言葉に反応してでは無く、譫言のように菊助は呟いた。 例の山へ足を踏み入れた時の様子からして、大和は始めから知っていたのだ。

 山に潜む化け物共の事を。

 “自分達では妖魔を倒せない”事を。

「……くそっ! 馬鹿にしやがって!」

「菊助!?」

 急に大声をあげる菊助に、子供達が驚く。

 綾那は目を丸くし、

「どうしたの? 菊助」

「……なんでもない!」

「なんでもなかったら、そんなに怒らないでしょ?」

「…………っ」

 沙月に言われ、菊助はぐっと息を詰まらせる。

 と、その時。

 すぐ近くの通りで、大きな悲鳴があがった。

「!?」

「えっ!? 何っ!?」

 声に驚いて、子供達は足を止めた。きょろきょろと辺りを見回す。

 すると、涼助が空を見上げ、

「あっ!? あれ……! 何か飛んで来る!」

「何?」

「!」

 涼助の声で、空を見上げる子供達。

 菊助は、“そのモノ”が目に映った瞬間、戦慄した。



(あ……あれは……あの時の妖魔!?)

 以前、自分達が分け入った山で、菊助と大和が遭遇した妖魔。

 大和の制止を無視して、奥へ進もうとした菊助が妖魔の巣に転落――危うく喰われそうになった時、間一髪のところで“大和が”倒した妖魔……

 菊助は、妖魔の羽を握り締めて叫んだ。

「お前ら! 逃げろ! あいつは……っ!」

「うわあぁぁぁぁぁっ!?」

「きゃあっ!」

 菊助の声を遮るように、妖魔が突進してきた。

 妖魔の翼が巻き起こす風に、子供達は吹き飛ばされる。

「いっ……あっ……綾那!」

 砂まみれの顔で、沙月が悲鳴のような叫び声をあげた。

 その声に、菊助も顔を上げる。

 視線の先には、妖魔の鋭い爪に首筋を押さえ付けられ、ぐったりと横たわる綾那の姿があった。



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