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目指すものの先に 3

 

 軽く咳払いをし、

「まあ……な。こう見えて“お兄さん”は妖魔に詳しくてな。だが……そうか。あのチビの知り合いか。お前ら」

 言って、男は顎に手を添えて唸る。

 あの時、店に来た無愛想な子供。

 自分の着物の袖を――ついでに頬も――あっさり切り裂いたあの剣捌き。

 それは充分普通ではなかったが、妖魔を倒した事に関しては半信半疑だった。

 正直、タチの悪い冗談だと思っていたが……

(……アレは本気であの餓鬼が殺ったのか)

 思い出すと身震いがする。

 ――と、

「妖魔に詳しい!?」

「おじさん! 大和の事、知ってるんでしょ! 教えてよ!」

 自分の周りにまとわりついてくる子供達を、男は鬱陶しそうに手で払い、

「何だよ。お前ら……あのチビと友達なんだろ? なら、お前らの方がよく知ってんじゃねぇのか」

「大和……もうずっと町に来てないの」

「町の近くに妖魔が出るって本当ですか?」

「大和のお父さんも町に来なくなったから、どうしたのかなぁと」

「ちょ……」

 子供達の質問責めに、男は狼狽える。

 眉を下げ、心底不安げな顔をされたのではどうにも居心地が悪い。

(あーっ、もう! だから餓鬼は嫌いなんだよ!)

 男は胸中で毒づき、

「あの白髪チビとその親父の事は知らん。妖魔は……まぁ、今んとこ町中にまでは現れてねぇようだし、日が暮れてから町の外にでも出ない限りそんな危険は無い。今んとこな」

 口早にそう言うと、男は踵を返す。

「ま……待って待って!」

 その場を去ろうとする男の後を、子供達が追って来た。


 

「おじさん!」

「…………」

 呼ばれて、男は振り返る。

 手前に居た少女の頭にポンと手を乗せ、

「……あのな。嬢ちゃん。お兄さんは忙しいんだ。質問には答えてやっただろ。子供はとっとと家へ帰んな」

「だって……おじさんは大和も大和のお父さんの事も知ってるんでしょう?」

「だから……」

 苛立たしげに髪を掻き上げ、男が口を開こうとした瞬間。

「斬影さんって人。大和のお父さん。大和の事は町の人に聞いてもあんまり教えてくれないし……」

 少女が口にした言葉に、男は片眉を上げた。

「……斬影? ああ。やっぱり奴の息子なのか。にしちゃ似てなかったが……」

 言いながら――男は、しまったという風に口を押さえる。

「ああ……いや……その……」

 呻いて――男はやがて諦めたように、大きく溜め息をついた。

 子供達を見据え、

「……俺は本当に知らねぇんだよ。親父の方は、そりゃ確かに付き合いが無い訳じゃねぇが……ここんところ顔見てねぇからな」

「やっぱり……町には来てないんだ……」

「そのようだ」

 肩を落とし、顔を伏せる子供達を見ながら、男はぽりぽりと頭を掻き、

「あの親父は、ああ見えて退治屋だからどっか他に稼ぎの良い場所見付けたのかもしれん」

 または、妖魔に喰われたか――と、これは口に出さないでおく。

「退治屋?」

 子供達が首を傾げる。

 男は菊助の胸元に差してあった羽を示し、含みのある口調で告げた。

「そう。“妖魔を退治した”なら見た事あんだろ? ああいう化け物を退治して、金を稼ぐ奴を退治屋ってんだ」


 

「!」

 その言葉に、菊助は目を見開いて驚いた。

「じゃあ……大和の親父さんは妖魔を見た事あって……あいつ……大和も……」

 上手く言葉が纏まらない様子の菊助に、男が口を挟む。

「見た事っていうか、退治な。奴の息子なら当然あの白髪チビも妖魔の十や二十見た事あんだろうよ。奴――斬影はここいらじゃ、名の知れた退治屋だからな」

「ええっ?」

「そうなんですか?」

 驚く子供達に、男は頷いた。

「ああ。町から依頼を受けて妖魔退治に出向く事だってある。だからこの町じゃ、奴はちょっとした有名人なんだよ」

「……知らなかった」

「大和のお父さんって凄い人なんだね」

「じゃあ、大和が強いのはお父さんに稽古付けてもらってるからなんだ」

 男の話を聞いて、何やら盛り上がる子供達。

 しかし、菊助は不服そうに漏らす。

「あいつ……そんな話、一回もしなかったぞ」

「……じゃあな。俺はもう行くぞ」

 話は済んだようなので、男は踵を返して歩き出した。

 漸く騒がしい子供達から解放されたと息をつく。

 と――

「あっ! おじさん!」

「…………」

 また呼び止められる。

 男は、うんざりしたように顔だけそちらに向け、

「……何だよ。あのチビの事ならもう何も知らねぇぞ」

「あの……どうして町の人は白い髪の子供の話をすると嫌がるの?」

「…………」

 訊かれて、男は目を閉じた。

 ふー……と、長い溜め息をつき、

「そりゃ、白い髪の子供は鬼の子だからさ」


 

「鬼の子?」

 問い掛けて来た少女は、目をぱちくりさせる。

 男は頷いてやり、

「そうだ。昔、人の世を荒らし回った妖がいてな。その妖は、長い白銀の髪に紅い眼を持つ人喰い鬼。その鬼の血を引く子供――特に男は白い髪に紅い眼を持って生まれてきたそうだ」

「人喰い鬼……」

「大和は鬼の子なの?」

「……さあな。そう言う話があるってこった。特にこの地方にはその鬼を封じた祠があるとかで、鬼が暴れてた頃の色々な話が残ってる。だからそれを知ってる奴は避けるのさ」

 男は子供達の顔を見回し、

「お前らだって嫌だろ? 人間を頭からかじり倒すような鬼が近くに居たら」

「大和は人を食べたりしないよ!」

 声を荒らげる少女に、男は肩をすくめる。

「……ま、人を喰うかどうかは兎も角……得体の知れないモンは恐ろしいって事だ」

 男は荷物を抱え直し、

「じゃあな餓鬼共。妖魔に喰われたくなかったら日のあるうちに帰れよ」

 そう言って、今度こそ家を目指して歩き出す。

 と――

「あっ! おじさん!」

「…………」

 呼ばれて、男は肩越しに振り返る。

「……ンだよ」

「あの……お話聞かせてくれてありがとう」

「……どう致しまして」

 ぺこりと頭を下げる子供達に手を振って、男はその場を後にした。



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