ばれんたいん。
季節(小)ネタです。
「大和っ! ただいま!」
「……ああ。お帰り」
買い物から戻って来た小夜を、大和は出迎える。
小夜はぱたぱたと大和の許へ駆け寄り、
「大和。今日は大和にお土産買って来たの!」
「……土産?」
「うん。はい♪」
「…………」
小夜がにこにこと笑顔で差し出してきた箱を、大和は受け取る。
いつものように団子か、大福餅かと思っていたが、それにしてはやけに軽い。
大和は小首を傾げ、
「何だ? これ」
「“ちょこれいと”っていうお菓子♪」
「……猪口?」
「試食させてもらったんだけど、甘くて美味しかったから大和も気に入ると思って♪」
「…………」
視線で問うと、小夜は頷くので、大和は箱を開けた。
蓋を開けると、小さく仕切られた箱の中に、一口大の茶色い菓子が入っている。
その菓子の形を見て、大和は小さく呟いた。
「……桃?」
それは確かに、桃のような形に見えた。
すると、小夜は笑って、
「あははっ♪ 違うよ。大和。これはこう」
と、箱の向きを変える。
「?」
「私も最初は桃に見えたけど、これは桃じゃなくて“はぁと”っていう形みたい。気持ちを伝えるには一番の形だって」
「……ふーん」
そう言われても、正直、大和にはあまり違いが分からなかった。
小夜は朗らかに説明を続ける。
「今日はね“ばれんたいん”って言って、日頃お世話になってる人に感謝の気持ちを伝える日なんだって」
「そうなのか?」
「うん。お店の人がそう言ってた。異国の行事みたいだけど、それに合わせて珍しいお菓子が出回ってるみたい」
「……へぇ……」
小夜の説明に、大和は相槌を打つ。
と――
「あー……ちょっといいか?」
「斬影」
それまで黙ってやり取りを見詰めていた斬影が、唐突に口を開いた。
「確かに……小夜ちゃんが言ったような意味合いでもあるようなんだけどよ」
店で貰ったチラシから顔を覗かせ、
「あのな。諸説あるようだが……この行事……世間では“恋人同士が気持ちを確かめ合う日”だと認識されているようだぞ」
「……えっ?」
「あんまり馴染みはねぇけど。愛の日ってな。女が男に菓子や物を贈って、それと一緒に自分の気持ちを伝えたりする事もあるようだな」
と、チラシに書かれていた内容を掻い摘んで話す。
「…………」
暫しの沈黙。
「……さてと。俺は晩飯の支度でもして来るか」
斬影はチラシを置くと、先程買ってきた食材を持って台所へ向かう。
一瞬、斬影と目が合い――大和には斬影が笑っているように見えた。
恐らく、斬影は“それ”を知っていて買って来たに違いない。
(……ったく。質の悪い)
大和は胸中で毒づく。
「えっと……」
小夜はどこか困惑したように頬を掻きながら、
「だって。大和」
「…………」
大和は嘆息して、再び箱の中へ視線を落とした。
菓子をひとつ摘むと、口の中へ放り込む。それを見た小夜が、声を上げる。
「あっ」
菓子は舌の上で溶け、甘い味が口いっぱいに広がる。
ゆっくりと味わって――大和はぽつりと呟いた。
「……これ。一箱しか買って来なかったのか?」
「えっ……? う、うん。大和にって思ったから……」
小夜が頷くと、大和は菓子箱の蓋を閉じる。
「これから飯だし……これは後で食うか」
ちらと小夜の方を見やり、
「……小夜も食べるだろ?」
「えっ?」
一瞬、その言葉の意味する所が分からなかったが、大和の目を見てふと気付く。
つまり『一緒に食べよう』という事だ。
小夜は、パッと瞳を輝かせ、満面の笑みで頷いた。
「うん♪」