大和と久遠 1
大和は一人で森の中を歩いていた。
大和の旅の最大の目的は、自分が幼い頃生き別れになった斬影を捜す事。
その旅の途中で、大和は自分の出自に大きく関わる妖、白き鬼――白鬼を倒す。
鬼を倒しても、自分が妖の血を引いている事に変わりは無いが――それでも、何かしらひとつの区切りが付いたように思う。
その後、斬影と再会。
無事……とは言えないかもしれないが、とりあえず斬影は元気そうなので、安心した。
それから時々、斬影の家に寄っている。
今日、大和が一人なのは、小夜を斬影の家に置いて来たからだ。
大和は、妖魔を退治して生計を立てる退治屋。
妖魔と対峙した時、自分以外に護らねばならない者がいると、戦いに色々と制限が出てくる。
より多くの妖魔を退治する為には、どうしても危険な道を通る事になるが、その時、女子供を連れていたのでは、正直足手纏いになる。
旅をしている時も、大和は極力危険な道を避けて歩いていた。
稼ぎは減るが、命には代えられない。
尤も……
(……結局自分から危険な道に踏み込んで行くんだけどな……)
大和がどれだけ気を張っていても、小夜はそれを知らずに自ら危険な道へと足を踏み入れる。
おかげで、大和はしなくても良い苦労をさせられてきた。
苦々しく思い返して――大和は歩を進めた。
と――
「……ん?」
ふと、大和は足を止める。
茂みの奥で、何かが動いた。
「…………」
微かに妖気を感じる。
大和は腰を落とし、構えを取った。
ガサッ……と、茂みを掻き分け姿を現したのは――
「……狐……?」
大和はぽつりと呟いて、刀から手を離す。
茂みの奥から出てきたのは、小さな妖狐。
あの狐には見覚えがあった。
白い鬼の傍にいた、あの妖狐だ。
狐はこちらには気付かず、大和の目の前を横切り、姿を暗ませる。
「…………」
暫く狐が姿を消した方を見やり――
大和は狐の後を追って行った。
大和は、僅かに残っている妖気を頼りに狐の後を追う。
「……ここは……」
暫く走っていると、森の中心にある湖に出た。
大和は足を止める。
湖のほとりに、ちょこんと座り込んでいる狐の姿が目に入った。
小さな背中を丸めて、じっと湖を眺めている。
動かない狐は、まるで置物のように見えた。
大和は口元に手を当て、小さく呟く。
「……何て名前だったっけな……」
あの鬼が、何度か狐の名を呼んでいた。確か――
大和は顔を上げた。
「久遠」
大和がそう言った瞬間――狐はピクリと耳を動かし、振り返る。
『鬼様……っ……』
パッと振り返った久遠の表情は、一瞬にして曇った。
明らかに落胆の色を滲ませ、
『……なんだ。お前か……』
そう言って、久遠はそっぽを向く。
「…………」
この小さな妖狐は、心底あの鬼を敬愛していた。
それを目の前で殺され、仇を前にして愛想良くしろというのは無理な話だろう。
恨まれるのは仕方ない。
暫し無言で立ち尽くしていると、久遠は背中を向けたまま、
『……何か用か?』
「……いや……」
『ならどっか行け。俺はお前の顔なんか見たくない』
「…………」
大和は、何となく狐が気になって後を追って来たが、掛ける言葉も見付からない。
自分があの鬼を手に掛けたのは間違い無いのだ。
無言で息を吐いて、大和は踵を返した。
その時――
大和は足を止めた。
何かが足首を掴んでいる。
「…………」
ゆっくり視線を落とすと、いつの間に近付いて来たのか、狐が後ろ手――いや足で、大和の足首を掴んでいた。
大和は半眼になって呻く。
「……離せ」
『うるさい。お前には関係無い』
「……いや。あるだろ。歩けないから離せ」
『うるさいっ! お前には関係無いって言ってるだろっ!』
「…………」
いまいちどうしたいのか分からず、大和はただ無言で狐を見据える。
暫くして、狐が口を開いた。
『……関係無いけど……ちょっとくらいなら話しをしてやらないことも無いから、話を聞いて行ってもいいんだぞ』
「……何でそんな遠回しな言い方するんだ。話したくないなら、別に話さなくていい」
大和は狐が掴んでいる右足を上げ、
「とりあえず……何でもいいから足離せ」
『…………』
狐は暫く大和の足にぶら下がっていたが、やがて足を離す。
大和は狐の方へ向き直り、
「……で。何か言いたい事があるんだろ?」
『……別に。言いたい事って訳じゃないけど……どうしてもって言うなら話さない事もない』
「……聞いて欲しいから足止めたんだろうが」
『うるさいな! 聞く気があるなら黙って聞け!』
「…………」
何を言っても反発されるようなので、大和はもう黙って狐の話を聞いてやる事にした。
久遠は暫く口を噤んでいたが、やがて話し始めた。
『……お前……刀見なかったか……?』
「刀?」
久遠の問いに、大和は眉根を寄せる。
久遠は嘆息して、
『……鬼様の刀だ』
「ああ……あの馬鹿でかい……」
それを聞いて、大和は鬼が持っていた刀を思い浮かべる。
鬼の刀――それは、刀身が自分の身の丈程もある巨大な刀だった。
勿論、大きさだけでなく重量も半端な代物ではない。
あれを太刀筋が見えない程の速度で打ち込んでくるのだから、恐ろしい。
思い出すだけで、背筋に冷たいモノが走った。
あの刀を受けて、よく自分の刀は折れなかったものだと思う。
鬼の刀に比べれば、まるで小枝のような刀。
大和が黙り込んでいると、久遠は俯き、小声で言ってくる。
『……刀というか……刀を持ってるヤツだけど』
「刀を持ってるヤツ……って」
『俺は……鬼様の刀を探してる』
久遠は顔を上げ、
『……俺は……あの戦いの後、城から投げ出された。鬼様が……逃がしてくれたんだ』
「…………」
大和は黙って久遠の話を聞いていた。
『その後、鬼様の刀だけでもあの城から持ち出そうと思って探してみたけど……見付からなくて……』
「……持ち出すって……あの瓦礫の中からいくらデカイって言っても、たった一本の刀を見付け出すなんて出来ないだろ?」
大和がそう言うと、久遠は激しくかぶりを振った。
『そんな事ないっ! あれは……あの刀は……鬼様が自身の妖力を込めて造った妖刀だ! その妖力はたとえ術者が……鬼様が……居なくなっても……刀の妖気は消えない! そこにあれば分かるハズなんだ!』
鬼が“死んだ”とは言いたくない――認めたくないのだろう。
久遠は言葉を選んで叫ぶ。
やがて声を落とし、
『……でも……あの城には無かった。いくら……探しても……妖気のカケラも感じられない……』
久遠の言葉は後半、くぐもっていた。
俯いて、小さく体を震わせている。
「……つまり、あの場所から誰かが鬼の刀を持ち去った……って事か」
大和がそう言うと、久遠は頷いた。
『だから、俺は刀を持っていったヤツを捜してるんだ』
「成る程な」
大和は頷いて、ひとつ気になった事を訊く。
「……けどお前……その刀を見付けてどうするつもりだ? お前じゃあの刀は扱えないだろ」
大和がそう言うと、久遠はかぶりを振る。
『使うんじゃない。他の誰にも使わせない為に、俺が鬼様の刀を護るんだ』
「…………」