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久遠の願い事

 

『…………』

 サラサラと揺れる短冊を見詰めながら、久遠が誰にともなく、小さな呟きを漏らす。

『何だ? これは?』

「そりゃ、短冊だ」

『わあっ!』

 突然、背後から声を掛けられ、大きく久遠は飛び跳ねた。

 振り返ると、買い物袋を提げた斬影がそこに立っている。

『いきなり声を掛けるなっ! びっくりするだろうが!』

「お前が勝手に驚いたんだろ」

『何だと!?』

「大体、お前が『何だ? これは?』って訊いてきたから答えてやったんじゃねぇか」

『誰がお前に訊いてるか!』

 久遠は歯を軋らせながら、

『……まあ……他に誰も居ないから、どうしてもっていうなら教えさせてやっても良い』

「え。何ソレ。どういう意味?」

 斬影は半眼になって呻いた。

「……素直に『教えて下さい』って言えねぇのか。お前は」

 短く溜め息をついてから、斬影は吊してある短冊に触れる。

「これは短冊っつって、七夕の日にこれに願い事書いて笹に吊しておくと願いが叶うって言われてる。だからこうして吊してあんだよ」

『…………』

 斬影の大雑把な説明を聞いて、久遠は暫し短冊を見詰めていたが、やがて鼻で笑う。

『……ふん。人間は幼稚だな。そんな紙切れに願い事書いたくらいで願いが叶う訳無いだろ』


 

 嘲笑する久遠に斬影が口を尖らせる。

「お前は……何でそんな捻くれた事しか言えねぇんだよ!」

『事実を言ってるまでだ。どんなに願ったって叶わない願いは叶わない!』

「あのな。そりゃ……」

 と、反駁し掛けて、斬影は口を閉ざした。

 久遠は小さな背を丸めて震えている。

 どんなに願っても、叶わない願い――……

(……ああ。そうか。こいつ……)

 久遠は毎日、斬影の家に足を運んでいる。

 それは、この狐が付き従っていたという鬼の刀を磨く為。

 久遠はその鬼を深く敬愛していたと大和は言っていたか……

 小さな妖狐の――唯一の願い。

 それはきっと、誰にも叶えられない。

「……まあ、叶わない願い事ってのも世の中にゃあるが……」

 斬影は、ぽりぽりと頭を掻きながら、

「“叶う”から願うんじゃなくて“叶えたい”と思うから願うんじゃねぇか?」

『……何?』

 斬影は肩をすくめる。

「お前が言うように、どう足掻いたって叶わん願いってのもあるだろうさ。けど、望んで動けば叶えられる願いもある」

『…………』

「昔には戻れないみたいに、後ろ向きな願い事は神様も訊き届けちゃくれねぇだろうが、前向きに生きてりゃ何か良い事あるモンだ」


 

 言って、斬影は買い物袋の中から油揚げを一枚取り出すと、久遠の目の前で揺らす。

『!』

「ちょうど買い物に行ってきたところだ。運が良かったな。狐」

『ふんっ……!』

 久遠は、ぱっと斬影から油揚げを引ったくる。

 斬影はそれを苦笑まじりに見据え、

「結局のところ、願い事が叶うかどうかはそいつ次第だ。願いを叶えてやるって確約がある訳じゃねぇ。実現に向けて頑張ってりゃ、天がちょこっと味方をしてくれる――かもしれない。その程度の事だ」

『…………』

 油揚げを頬張りながら、久遠は斬影を見上げる。

「……さて。そろそろ飯の支度しねぇとな。狐、それ食ったら帰れよ」

『なっ……』

 久遠は油揚げを飲み下し、

『何言ってんだ! まだ鬼様の刀を磨いてないのに帰れるか!』

「……晩飯が食いたいならそう言えよ」

『誰がお前の作った飯なんか食うか!』

「んな……」

 キッパリと全力で言い切る久遠にカチンときた斬影は、たまらず怒鳴り返した。

「なら帰れ!」

『だからまだ鬼様の刀を磨いてないから帰る訳にはいかないと言ってるだろう!?』

「大和が手入れしてんだから、お前が磨く必要ねぇだろが!」

 二人――いや。一人と一匹の不毛な言い争いは、大和が仕事から戻ってくるまで続いていた。


 

     ◆◇◆◇◆


 それから――

「……ん?」

 七夕も過ぎ、斬影が短冊を片付けていた時の事。

 自分達が吊した物とは別に、短冊が吊り下げられているのを斬影は見付けた。

 かなり低い位置にある事から、誰の仕業か想像はつく。

 短冊には、拙い筆跡で何か文字が書かれている。

 辛うじて読む事が出来たその短冊には、こう書いてあった。

 ――油揚げを毎日用意しろ。

「……これは誰にお願いしてるんだろうな?」

 お願い――というよりは要求か。

 やれやれ……と、嘆息しながら、斬影はその短冊を見詰める。

 と――

「おっ?」

 ふと見ると、別の場所にも同じような短冊が吊されていた。

「一体、何枚吊したんだ。あの狐」

 呆れながらも、斬影は短冊を手に取る。

 そこには……

 ――鬼様の刀に触るな。

 ――俺が居る間は余所へ行ってろ。

「…………」

 斬影は無言で、その短冊を握り潰した。

「……あンのクソ狐……」

 頬が引き攣る。

 肩を震わせ、喉の奥で低く唸り――やがて、斬影は思い切り叫んだ。

「文句があるなら直接言いやがれぇぇぇぇっ!」

 静かな山の朝に、斬影の絶叫が木霊する。

 叫びながら、斬影は久遠の短冊を破り捨てた。



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