お留守番 2
それから――
大和達が家を留守にしてから四日目の昼過ぎ。
ガラリと戸が開く。
『!』
そして、ひょっこりと家人が帰って来た。
「ただいまっと」
斬影は気楽な様子で家の中へ入る。
「……誰も居ないんだからいちいちそんな事言わなくても……」
斬影の後ろから、大和が呆れたようにぼやく。
すると、斬影はあっけらかんと、
「何言ってんだ。家へ帰って来たんだから誰か居ようが居まいが――……」
『うわあぁぁぁぁぁぁっ!』
「!」
斬影の声を遮り、部屋の奥から何かが飛び出してきた。
それは大和の姿を見るなり、一直線に飛んでくる。
胸に飛び付いてきたそれを抱き止め――大和は驚いた。
「久遠!?」
『お前ら……何処行ってたんだよ!? お前らが居ない間、盗人は来るし、食い物無くて腹は減るし!』
「いや……えっと……」
大和は泣きながら喚く久遠から視線を外し、
「……言った方が良いってのが分かった」
「……だろ?」
斬影は、泣きじゃくる久遠を宥める大和をおいて部屋に入る。
そして辺りを見回し、
「しっかしなんか……」
窓の溝に指を滑らせ、ぽつりと呟く。
「出掛ける前より綺麗になってんな」
すると、斬影の呟きを聞いた久遠が顔を上げ、やたらキッパリと言ってきた。
『別に掃除なんかしてないからな』
「…………」
「……そうか」
と――
「ん?」
斬影の目に止まったのは、ちゃぶ台の上に置かれていたクシャクシャの書き置き。
斬影はそれを手に取った。
『それは盗人が押し入って来た時、奴らがちゃぶ台をひっくり返して、床に落ちた紙を踏んだからシワになってるんだ。けど、別に俺がそのシワを伸ばして元に戻したとかそういう事じゃないからな』
「いや……まぁそれは良いんだが……」
半眼になって呻き――斬影は、ふと思い付いて久遠に問い掛ける。
「盗人って?」
訊くと、久遠は大和の肩によじ登り、
『お前らが留守の間に、武器を持った人間が大勢やって来て鬼様の刀を盗もうとしたんだ!』
「……こんな辺鄙な山奥に盗みに入るヤツなんていたんだな」
呆れ顔でぼやく斬影に、大和は小さく呟く。
久遠の頭を撫でてやりながら、
「最近、この辺りで山賊に襲われる被害が相次いでたから……ひょっとしたらそれかもな」
「そーいや、そんな話聞いたっけか」
斬影は、頭を掻きながら部屋の隅にある刀を見やった。
「けど、刀は無事じゃねぇか」
『当たり前だ。俺が幻術使って、奴らを裏の崖から突き落としてやったんだから』
「……えっ?」
自信たっぷりな様子の久遠の言葉に、斬影は頬を引き攣らせた。
「落とした……って、家の裏手にある崖から?」
『そうだ』
「……結構高さあんだけど……」
情景を思い浮かべ――斬影は冷や汗を垂らす。
しかし、久遠は断言した。
『鬼様の刀に手を出す不届き者――しかも人間にかける情けなんか無い』
「……盗人の身の安全を気にしてやる必要はねぇかもしれねぇが……」
引き攣った表情のまま、斬影が呻く。
「死んじゃいねぇだろな?」
「……さぁ。どうだか」
さほど興味は無く、大和は曖昧に答えた。
斬影は小さく息を吐き、
「しかし……狐。お前、意外と強ぇんだな」
『ふん。おだてたって何も出ないぞ』
鼻を鳴らす久遠の横から、大和がぽつりと呟いた。
「……幻術そのものに殺傷能力は無い。そいつは強いと言うより術の扱いが巧いってところだろ」
「そうなのか?」
大和の言葉を聞いて、久遠は少しムッとする。
そして、つまらなさそうに後を続けた。
『……確かに……俺の術じゃ標的を直接殺す事は出来ない。けど、相手の精神状態やその場の地形を把握する事で下手な術より効果を発揮するんだぞ!』
ムキになる久遠を見て、斬影は軽く手で制す。
「まぁ落ち着けって。何にしても、お前が留守番しててくれたおかげで何も盗まれずに済んだ。ありがとよ」
『なっ……』
斬影に礼を言われ、久遠は息を詰まらせた。
『べっ……別にお前らの為じゃない! 俺は鬼様の刀を人間に渡したくなかっただけ……』
「理由はどうあれ、結果的に被害無く済んだんだから素直に礼くらい受けとけ」
『…………』
と――
「ただいま戻りましたー♪」
何か言いたげな久遠を遮るように、明るい声が響く。
大和は声の主の方へ視線を向け、
「小夜」
「あっ。大和! 斬影さん! おかえりなさいです♪」
「おお。小夜ちゃん。なんだ? 今、旅行から帰って来たのか?」
荷物を抱え、ぱたぱたと家の中へ入ってくる小夜に斬影が問い掛ける。
斬影の問いに、小夜はかぶりを振り、
「いえ。私は昨日帰って来たんです。本当はもう少し早く帰れるハズだったんですけど、千乃のお店にお薬の注文沢山入ってて大変そうで……」
「それで店手伝ってたのか」
「はい。でも帰って来たら二人共居なくて……お仕事はどうでした?」
「ああ。大和が居たから俺は殆どやる事なくてな」
「……仕事?」
二人の会話を聞いていた大和は一瞬眉をひそめた。
疑問符を浮かべる大和に、斬影がコソッと耳打ちする。
「……俺達は仕事に行ってた事になってんだよ。書き置き見なかったのか?」
「……見てない。なんでそんな……」
「そりゃお前……楽しい旅行に行こうかって人間を前に『墓参りに行く』とはなかなか言い辛いだろ? 下手すりゃ俺達も墓送りになってたかもしれねぇのに」
「それは……まぁ……」
斬影の言葉に納得したようなしないような顔で、大和が呻く。
「こんなモンは嘘のうちに入らねぇ。気にすんな」
「…………? どうしたんですか?」
大和と斬影がこそこそ話しているのを見た小夜が小首を傾げる。
斬影は手を振り、
「いや。何でもねぇ。それより……小夜ちゃんは買い出しに行ってくれてたのか」
「あ……はい。食事の用意をしようと思って♪」
「そうか」
それを聞いた斬影はさっと立ち上がり、小夜の腕から買い物袋を抜き取る。
「あ」
「じゃあ飯の支度は俺がやるから、小夜ちゃんは大和と茶でも飲んでな」
「え……でも斬影さん……仕事から帰ってきたばかりなんじゃ……」
「いや大丈夫。小夜ちゃんの作る飯を食う事になるのかと思ったら、疲れなんざ一気に吹っ飛んだ」
「…………」
さらっと言ってのけ、斬影は台所へと姿を消す。
大和は、ふと思い付いた事を口にした。
「……小夜が帰って来てたなら食う物が無いって事はなかったんじゃ……?」
訊くと、久遠は恐怖に引き攣った表情で叫んだ。
びしっと小夜を示し、
『あの女が作る物は食い物じゃない!』
「……“食い物が無い”ってのはそういう意味だったのか」
妙に納得したように大和は頷く。
三者に畳み掛けられて、小夜はしくしくと涙を流した。