父子 4
島が遠ざかり――人影が見えなくなってから、大和は斬影に問い掛けた。
「斬影……桜って?」
訊くと、斬影は笑った。
「あの島はな。春になると島中の桜が一斉に咲いて島が桜色になるんだ。一回だけその時期に船に乗って外から島を見た事があんだが……ありゃ綺麗なモンだったぞ」
「…………」
「近いうちに……とは言えねぇかもしれねぇが……状況は少しずつ良くなってきてるようだし……そのうち花見ぐれぇ行けるようになるかもな」
そう言うと、斬影は刀を構える。
こちらに向かってくる妖魔の群れを見据え、
「……さて。んじゃ、もうひと頑張りといくか!」
その日の夕暮れ時――
港はいつになく騒がしかった。
「船だ……帰って来たぞ!」
漁師の一人が声を張りあげる。
「……あの船は……!」
「まさか……本当にあの島から帰って来たのか!?」
そうこうしている間に、船が港に到着する。
船から降りた斬影は、キョトンと目を丸くした。
「なんだぁ? みんな揃って出迎えか?」
「……そんな訳無いだろ」
斬影の言葉に、大和が疲れたような声で突っ込む。
実際、ひどく疲れていたが。
斬影は、人だかりの中からある人物の姿を見付ける。
自分達に船を貸してくれたあの漁師だ。
斬影は大和の頭を軽く叩きながら、
「よう。船。返しに来たぜ」
「……ああ。そのようだな」
彼はこちらに歩み寄り、
「しかし……よく無事で……」
「まあ……俺はな」
と、斬影はぽりぽりと頬を掻く。
漁師は、ぐったりとした様子の大和を見て訊ねてきた。
「どうしたんだ? 息子の方は具合悪そうじゃないか」
「何。妖魔との戦いでちょいと疲れが出たみたいでよ。本人は大丈夫だと言い張ってるから心配いらん」
「そうなのか? 大丈夫か?」
漁師に訊かれると、大和は無言で頷く。
「とにかく……今日は疲れただろ? 家で休んで行くといい。色々話も聞きたいしな」
そして――
「いやー、昨日は旨い酒につまみに……最高だったな♪」
翌朝。
漁師の家を出て、斬影は上機嫌で歩く。昨晩は遅くまで呑んでいたらしい。
普段なら止めに入るのだが、大和は疲労から早々に寝付いてしまった。
「あ。そーだ」
斬影はポンと手を打ち、
「せっかくだからこの先の温泉街まで足伸ばして、温泉にでも浸かっていくか♪」
「駄目だ」
斬影の提案に、大和は即座に首を横に振る。
すると、斬影は不満げに口を尖らせ、
「なんでだよ? 良いじゃねぇか。ちょっとくらい」
「早く帰らないと小夜が……」
大和の呟きに、斬影は嘆息した。
「小夜ちゃんなら心配ねぇだろ? 書き置きもしてあるし……そりゃ寂しい気持ちも分からんでは無いが……」
「違う」
大和はキッパリと斬影の言葉を遮り、
「ただでさえ予定がずれ込んでるってのに……俺達の帰りが遅くなって、小夜が飯を用意してたらどうするんだよ」
「あ」
それを聞いて――斬影は口を閉ざす。
「…………」
「…………」
暫しの沈黙。
斬影は、コホンと咳払いをすると小さく呟いた。
「あー……温泉は……また今度にするか」
そして、素早く身を翻し、
「大和! 帰るぞ!」
大和は頷いて、斬影の後に続く。
朝焼けの中、二人は全力で駆け出した。
「斬影」
「ん?」
走りながら、大和が小さく声を掛けてきた。
「……今度行く時は桜が見られると良いな」
「…………」
思いがけないその言葉に、斬影は笑った。
ひとつ大和の頭を叩き、
「そうだな。今度はみんなで花見に行くか!」




