父子 3
勘助は皮肉げに笑い、
「まぁな……」
訊けば、彼は傷を負った斬影を船に乗せた後、医者の所まで運ぶと再び島へ戻ったそうだ。
島周辺の海域には妖魔で溢れていたが、何とか上陸出来たらしい。
「戻ったところで、何が出来るワケでもなかったが……余所の者に任せて“逃げてる”と思われたままで居るのが癪でな」
「それからずっとこの島に?」
「そうだ。船と人を見たのは何十年振りか……」
勘助は微かに口元を緩め、
「しかし……まさかお前がここへ戻って来るとは思ってもみなかった」
言われて、斬影は苦笑する。
「……ホントはもう少し早くに戻るつもりだったんだけどな。随分寄り道しちまった」
「寄り道……か」
勘助はため息まじりに、
「そう言えば、お前はいつも寄り道ばかりしていたな。その度に正宗に怒られて」
「もう昔の話だ」
「…………」
二人の会話を聞きながら、大和はふと思う。
斬影と出掛けると、斬影はいつもふらふら歩き回る。
それを思い返し――大和はぽつりと呟く。
「……斬影の寄り道癖は昔からだったんだな」
「おまっ……余計な事は言わんでいいんだよ!」
斬影は大和の口を手で塞ぐ。
と――
「……ところで斬影」
勘助が思い付いたように口を開いた。
大和を指差し、
「その白髪の小僧はなんだ」
「ん?」
「…………」
言われて、大和は視線を勘助の方へ向ける。
斬影は大和の口を塞いだまま答えた。
「ああ。こいつは大和つって俺の連れ……っていうか息子だ」
「息子!?」
斬影の言葉に、勘助は目を見開いて驚く。
斬影に促され、大和は軽く頭を下げた。
「息子……お前に……」
勘助は目頭を押さえ、
「そうか……お前は昔から正宗と違って落ち着きが無かったが、良い人が見付かったんだな」
「……えっ?」
その言葉に、斬影は頬をひきつらせた。
「嫁さんは大事せんといかんぞ」
「あ……ああ」
斬影は視線を泳がせる。
嫁も何も――斬影は独り身だ。
勘助は、顎に手を添えまじまじと大和を見る。
「しかし……息子という割にはあまりお前に似ておらんな」
「そ……そうか?」
「…………」
「髪の色も目の色も……雰囲気も違う。どちらかといえば……雰囲気は正宗に似ておる」
「あー……そうかもな」
曖昧に頷く斬影は無視して、勘助は大和の頭をくしゃくしゃと撫でる。
「まぁしかし。あまり似なくて良かったじゃないか。父親よりずっと男前だ」
「ほっとけ!」
思い切り怒鳴ってから、斬影は船に乗り込む。
「何だ。もう帰るのか」
「ああ。元々、長居するつもりじゃなかったからな。この船返しに行かなきゃならねぇし」
積もる話はあるが、そう長居は出来ない。
「……そうか」
名残惜しそうにする勘助を見て、斬影は声を掛ける。
「そうだ。アンタも乗っていかねぇか? こんな所で生活すんのは大変だろ?」
すると、勘助はかぶりを振った。
「いや。俺はいい。この島での生活は確かにちと難儀だが、それほど苦という訳でもない」
「けど……」
「食い物ならいくらでもある。海の幸、山の幸。それに……」
と、勘助は空を示し、
「妖魔の肉。あれはなかなか美味い。それに、あれを食うようになってから体が丈夫になってな。今では医者いらずだ。ま、医者はおらんが」
そう言って、勘助は笑った。
「……妖魔の肉まで食ってんのか」
斬影は半眼になって呻く。
だが勘助は事も無げに言う。
「背に腹は変えられんだろう。それに毒のあるヤツには手を出しておらんから大丈夫だ」
勘助はひとつ息を吐き、
「俺は色々と運が良かった。妖魔の寄り付きにくい穴ぐらを見付けて住む事が出来たし、今もこうして生きている……」
そして、笑いながら言った。
「俺はこの島で生まれ、この島で育った。だから、この島に骨を埋めると決めているんだ。今更、余所へ移り住むつもりは無い」
「……そうか」
「それにな」
斬影が呟くと、勘助が付け加えてくる。
「そんなオンボロ船では途中で沈みそうだから安心して乗れん」
「……別に俺の船じゃねぇから良いけど……」
斬影は低く呻くと、大和の方へ向き直り、出発の合図を送る。
「行くぞ。大和」
「……でも。斬影……」
「本人が行きたくねぇって言ってるんだ」
「…………」
表情を曇らせる大和に、勘助が声を掛けた。
「ありがとうよ。お若いの……だが気に病む事は無い。これは私自身が望んだ事だからな」
やがて船は動き出し、島から離れていく。
「そうだ」
斬影は何か思い出したように振り返り、
「なぁ! 島の桜! まだ咲いてるか!?」
すると、大きな声で返事が返ってくる。
「当たり前だ! あれはこの島の名物だからな!」
それを聞いて、斬影は表情を綻ばせた。
「なら、今度は桜の時期にまた来るぜ! 美味い酒持ってな!」
勘助はふっと笑み、
「……そんな事が言えるようになったか……安酒持って来たら承知せんぞ!」
「おう!」