父子 2
「――――!」
その瞬間、斬影は目を見開いて驚く。
そして――
「……ふっ……ははっ……」
声をあげて笑い出した。
「あっはははははっ!」
暫く笑いが収まらず、ひとしきり笑って、斬影は渡された木切れを握り締める。
「……そんなに笑う事か」
「いやすまん。まさかそう来るとは思わなかったからよ」
仏頂面の大和に軽く手を振り、
「そーいや、お前は俺から一本取った事無かったな」
「……仕合ではな。それに最後に打ち合ったのは、もう十年も前の話だ」
「そうだった」
漸く笑いを引っ込めて、斬影は構える。
真っ直ぐこちらを見据える大和の紅い眼を見返して――胸中で呟く。
(……いっちょ前の顔しやがって……親父もこんな気分だったのかねぇ)
暫し感慨に耽り――
「いいぜ。来い。大和」
夜明け前の空が徐々に白んでいく。
斬影と大和は互いに睨み合い、一歩も動かない。
こんな粗末な木の棒だ。
勝敗は一瞬――、一撃で決まる。
さぁっ……と、風が吹き抜け、二人の間に木の葉が舞う。ひらひらと宙を舞い――それが地面に落ちた瞬間、二人は同時に踏み込んだ。
そして、
パァァァァンッ!――
朝の静寂を切り裂くように、乾いた音が森に響き――折れた木の棒が地面に落ちる。
「…………」
斬影は打ち込んだ姿勢のまま、
「……お見事」
一言そう言って、短くなった棒切れを投げ捨てた。
大和の方へ向き直り、
「強くなったじゃねぇか」
「当たり前だろ。そういう風に育てられたんだから」
大和は暫くの間、手に残っている感覚を持て余していた。
斬影は大和の肩を抱き、
「……んで? どーよ。父親を越えた感想は?」
斬影の問いに、大和はあっさりと答える。
「別に。勝つって分かってたから」
「こっの……!」
それを聞いた斬影は、ぐりぐりと大和のこめかみに拳を押し当てた。
大和は斬影の拳から逃れるように上体を反らし、
「……けど……」
「あ?」
「認めて貰えるのは……悪い気分じゃない」
「…………」
少し照れたように顔を隠す大和を見て、斬影は表情を緩めた。
「……そうか」
斬影は大和の頭をくしゃくしゃと撫でる。
(自分の夢を……その先を――代わりに見てくれるヤツが居るってのも悪くねぇか……)
自分には出来なかった。
父の役に立つ事も、父を越える事も。
その先にある未来も――見る事は出来なかった。
けれど、大和は見せてくれた。
苦難を乗り越え、立派に成長した息子の姿を。
こんなにも逞しく、頼もしい息子を持てた事がとても誇らしく思える。
「……斬影?」
頭の上に置かれた手に、少しだけ力がこもった。
痛みを覚える程では無いが、大和は不思議そうな声をあげる。
(ああ……そうだ。一人前になったところを……見せてやりたかったんだ)
自分が目指した息子の姿と、それを見た親の気持ちと――大和は両方教えてくれた。
「……大和……」
「ん?」
斬影は天を仰ぐ。
「ありがとな」
「…………」
掠れた声で礼を言う斬影を見て、大和はふと思う。
ひょっとして――斬影は泣いているのではないか?
「斬……え……っ!」
――が、次の瞬間。
「よし! 大和。帰ったらもう一勝負だ!」
「…………」
大和が何か言うより早く、斬影がいつもの調子でそんな事を言ってきた。
首に回された斬影の腕に軽く触れ、
「いい。どうせ俺が勝つから」
すると、
「いっ!」
「お前は~! 何でそーゆー事言うの!」
斬影は大和の頬を引っ張る。
「らってほんとのことらし」
頬を引っ張られて、はっきり喋れないながらも、大和は真顔で返す。
「さっきのは……ほれ。足場が悪くて踏ん張りが利かなくてだな!」
「ほんなおたいひれかあんなあった」
「……何言ってるか分かんねぇよ」
と――
「あ。ひとら」
「あん?」
何かに気付いた大和が指をさして、声をあげた。
斬影もそれを追うように、視線をそちらに向ける。
見ると、自分達が乗ってきた船の側に人影があった。
「……人だな」
大和は、斬影の意識が自分から逸れた隙に斬影の手を払い退ける。
抓られた頬をさすり、
「人は居ないんじゃなかったのか?」
「……のハズだけど……」
斬影は小首を傾げる。
少しずつ船に近付くと、人影がはっきり見えてきた。
狭霧の中、一人立つ老人。
老人も気付いたようで、船から視線を外し、こちらに向かってくる。
老人は大和と斬影の目の前まで来ると、静かに口を開いた。
「何だ。お前達は」
「いや。何だと言われても……一応……退治屋……」
「退治屋?」
それを聞いて、老人はぴくりと眉を動かす。
深いため息をつき、
「……まったく。あれから何年経ったと思ってるんだ。今更……しかもたった二人だけとは……」
「…………」
ぶつぶつとこぼす老人は、どうやら二人が島に送られてきた救援の者だと思っているらしい。
斬影は頭を掻きながら、申し訳無さそうに言う。
「あー……いや。俺達は退治屋だけどな。その……島の妖魔を退治しに来たんじゃなくて、墓参りに来ただけなんだよ」
「……墓参り?」
「俺はこの島の生まれだから。こいつは違うけど」
斬影の言葉を聞いて、老人は顔色を変えた。
「この島の……お前さん……名は?」
「あ? 俺か? 俺は斬影だ」
訊かれて、斬影は名乗る。
「……斬影……」
老人は斬影を見詰め――やがて、震える声音で呟く。
「まさか……お前……正宗の……」
「! 親父を知ってるのか?」
斬影は目を丸くする。
すると老人は、半眼になって呻く。
「知っているも何も……忘れたのか? あの日、お前を船に乗せてやっただろう。漁師の勘助だ」
「えっ!?」
斬影は驚愕した。
予想外の事を告げられ、言葉が出ない。
と――
「斬影……知り合いか?」
黙って二人のやり取りを見ていた大和が、斬影の着物の袖を引っ張る。
「あ……ああ。昔、世話んなった人だ」
大和に呼び掛けられて、斬影は、はっと我に返った。
老人――勘助の方へ向き直り、
「生きてたんだな……」