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追憶 4

 

     ◆◇◆◇◆


 正宗は周囲を警戒しながら、注意深く歩を進めた。

 暫く歩いて――彼は足を止める。

 その場に膝をつくと、懐から一枚の札を取り出し、それを地面に押し当てた。

 すると、札は徐々に赤く染まっていく。

「……これは……」

 正宗は顔をしかめた。

(地中から妖気が染み出している……?)

 正宗の手にしている札は、退魔師が妖魔の居所を素早く知る為に用いられる特殊な術を封じ込めた護符で、妖気に触れると赤く変色する。

 そして、その色の濃さで妖気の強さを判別するのだ。

 また、この札は正宗がしているように、妖気が溜まり、人体に悪影響を及ぼす場所を調べるのにも役立つ。

 正宗は胸中で独りごちる。

(……少し早いような気もするが……時期が近いという事か?)

 彼は立ち上がり、辺りを見回す。

 今、自分の居る森から海岸沿いを中心に、最近多くの妖魔が目撃されている。

 人に危害を加える事はまず無い小物ばかりだが、そうした小物でも数が増えるのは問題である。

 彼はかぶりを振り、

「……この先の海岸付近も調べてみるか」

 この場所だけでは、断定出来ない。

 だが、警戒が必要である事は間違い無さそうだ。

 正宗は札を仕舞うと、再び歩き出した。


 

     ◆◇◆◇◆


「よっ……と!」

 斬影は父に言われた通り、海岸沿いの洞窟へとやって来た。

 早速、中を覗いて見るが――……

「……なぁんだ。何も居ねぇじゃん」

 洞窟内を歩いてみて、拍子抜けする。

 父の真剣な表情から、安全とは言うものの、少しは妖魔が徘徊しているものだと思っていたからだ。

 ついでに言えば、その妖魔を退治するつもりでいた。

 父には「手を出すな」と言われていたが。

 自分は、いつか父のような退治屋になる事を夢見ている。

 島を襲う妖魔から人々を護る為に剣を取ったのだ。

 父の言い分は分かる。

だがやはり、斬影は自分の手で手柄を立てたいと思っていた。

 と――その時。

「……あれ?」

 斬影はふと気付いた。

「“何も居ない”?」

 普段なら居る筈の貝や蟹に似た妖魔も居ない。

 岩肌にくっ付いているのは、ごく普通の貝や海の生き物ばかりだった。

「……この辺りで妖魔を見たって奴が居たんじゃなかったのか?」

 斬影はますます落胆の色を濃くする。

 小さな異変を見逃すな、とは言われたものの――その「異変」が目に見えて危険なモノならば、斬影もすぐ父のところへ報告に戻っただろう。

 しかし、危険なモノは一切無く、他には特に変わった事は無い。

 斬影は深々とため息をついた。

「せっかく早起きして来たのに……なんか拍子抜けしたなー」

 その後も、周辺の洞窟や洞穴を探索してみたが、どこも危険な様子は無かった。


 

 一通り調査を終えた斬影は、母の作ってくれた弁当を腹に収めると、辺りを見回す。

「……さてと。これなら急いで帰らなくて良さそうだし……」

 安全は確認した。

 危険は無い。

 なら、すぐ戻る必要は無いだろう。

 今帰った所で正宗はまだ帰って来ていないだろうから、稽古は出来ない。

 なら、一人で素振りをするより友達と打ち合う方が少しは修行になる。

「いつもの場所に居っかな」

 斬影は、友人といつも遊んでいる場所へ向けて歩き出した。

 と――

「……あ」

 思わぬモノを見付けて、足を止める。

 斬影の目に入って来たのは、白い毛玉。

 綿毛に似ている事から、綿坊主とも呼ばれる小さな妖魔だった。

 妖魔と言われるが、この毛玉は人に危害を加える事は殆ど無く、島のあちこちで目にする。

 しかし……

「……なんでこんな所に」

 斬影はぽつりと呟く。

 この毛玉は島中で目にする妖魔だが、ただひとつ――雨の日と、水気の多い場所では見掛けない。

 こんな海岸付近で姿を見るのは初めてだった。

 毛玉はその見た目通り――と言うべきか、泳ぐ事が出来ない。

 手も脚も尾も無く、体毛は多少の水は弾くが、大量に水分を含むと体が重くなり、沈んでしまうのだ。

 斬影は小首を傾げ、

「迷子……か?」


 

 毛玉はジッとこちらを見詰めている。

 やがて、毛玉はくるりと体の向きを変えると、ぴょんぴょんと飛び跳ねてどこかへ行ってしまう。

「あっ! ちょっと待てっ!」

 斬影は慌てて毛玉の後を追った。

 あの毛玉には一つ、奇妙な言い伝えがあったのを思い出したのだ。

 それは、雨の日や水辺でその姿を見掛けると、何か良くない事が起こる――と言うものだった。

 そんな話を信じている訳では無いが、斬影は何となく違和感を覚える。

「……確かめるだけだ」

 そう呟いて、斬影は毛玉を追って森へ入った。

 毛玉がいつ何処からやって来るのか――知っている者は居ない。

 斬影も何度か友達と毛玉の住処を探した事があったが、見付けられなかった。

 いつも気が付けば、姿を消している。

(……何処へ行くつもりだ。あの毛玉)

 後を付けながら、斬影は胸中で独りごちた。

 毛玉は、ぴょこぴょこと跳ねながら何処かへ向かっている。

(もうだいぶ奥まで来たけど……)

 周囲を警戒しながら、小さな毛玉を見失わないよう目を凝らし、後を追う斬影だが、

「あっ!?」

 突然、驚きの声をあげる。

 先程まで目の前で飛び跳ねていた毛玉が、いきなり姿を消したのだ。

「あいつ……どこ行った!?」

 斬影は、毛玉が消えた場所へ駆け寄ると、草の根を掻き分ける。

 しかし、毛玉の姿は何処にも見当たらない。


 

 木の根元や、地面に穴が無いかなど念入りに調べてみたが――

「……また逃げられた」

 斬影は短く舌打ちする。

 服に付いた土を払いながら立ち上がり――ふとある事に気付いた。

「……あ」

 辺りが薄暗くなってきている。

 毛玉を追いかけている時は気付かなかったが、日が暮れかけているのだ。

 斬影は冷や汗を垂らし、

「……いつの間に……今日は早く帰るって約束してたのに……」

 家に帰る頃にはすっかり暗くなっているだろう。

 その事を思うと身震いがする。

 夕食を抜かれるだろうか?

 父にも叱られるかもしれない。

「早く帰らないと……!」

 そう言うと、斬影は駆け足で森を後にした。



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