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追憶 2

 

     ◆◇◆◇◆


バシィッ!――

「――――っ!」

 斬影は竹刀を握る手を打たれ、思わず後退した。

 竹刀は弾かれ、そのまま床に落ちる。

「いっててて……」

 手首を振りながら、斬影は呻いた。

「……踏み込みが甘いぞ、斬影。それでは相手に付け入る隙を与えるだけだ」

 頭上から降ってくる声に、斬影は口を尖らせる。

「い……今のはその……ワザと隙を作って相手の不意を突くっていう……」

 それを聞いて――正宗は、深いため息をついた。

 竹刀の先で、斬影の額を軽く小突く。

「って」

「……全く。お前という奴は……」

「何だよ」

 不満そうに頬を膨らませる斬影に、正宗は告げる。

「良いか斬影。戦いに於いて、それが絶対という戦術は無い。状況は常に変化する。その中で、最良の一手を見極める必要がある」

「…………」

 難しい話になりそうだったので、斬影はその場から逃げ出したかったが、とりあえずじっと話に耳を傾けた。

 父の目を盗んで、その場から逃げ出す事など出来はしない。

「……どこから得た知識かは知らないが……お前の言うように、敢えて隙を作り、相手の不意を打つというやり方も、一つの戦術ではある」

「!」

 斬影は顔を上げる。

 珍しく褒められるのかと思った。

 ――が。

「……だが、それは相手より数手先を読める者がする戦いだ。お前のような未熟者が自ら隙を作るということは、命を捨てるに等しい」

「…………」

 淡い期待をあっさり打ち砕かれ――斬影は黙り込んだ。


 

「……敵の目の前で隙を作るというのは、上手く行けば相手に決定的な打撃を与える事が出来るかも知れない。だが同時に大きな危険を伴う」

「……危険?」

 正宗の言葉の意味が理解出来ない様子の斬影は、小首を傾げる。

 正宗は静かに告げた。

「もし相手に手の内を読まれていたとしたら? お前の一手が自ら仕掛けたモノではなく、相手に“動かされていた”――としたら……どうなる?」

「!?」

 驚いたような表情の斬影に、正宗は続けた。

「足の運び……打ち込む角度……立ち位置。それら全てを掌握されていたとしたら……自ら作ったその隙は命取りになる」

「……そんな事……!」

 ある訳ない、と斬影は反論しようとしたが――

「私から見れば、お前は隙など作らずとも充分に隙だらけだ。小手先だけの戦い方より、まず基本をきっちり身に付けるのだな」

「…………」

 キッパリと言われ、斬影はますます不服の色が浮かぶ。

 だが、父に敵わないのは嫌という程に理解していた。

 返す言葉も無く、斬影が俯いていると、

「……しかし。腕は上がってきている」

「……え?」

 斬影は父の顔を見る。

 正宗は微笑み、

「お前は筋が良い。強くなるだろう。そう……私よりも」

「ほ……ホントか!?」

「勿論だとも」

 瞳を輝かせながら訊いてくる斬影に、正宗は頷いた。

 そして、一言。

「己の力を過信する事無く……これからも精進しなさい」


 

「…………」

 言われて――斬影は沈黙した。

 父らしい言葉ではある。

 斬影は小さく息を吐き、

「よしっ! ならもっかい……!」

 と、竹刀を構えた。

 しかし、正宗はかぶりを振る。

「――いや。今日はここまでにしておこう。そろそろ食事の支度が出来る頃だ」

「えー……」

 不満げに頬を膨らませる斬影に、正宗は苦笑いを浮かべた。

「母さんの機嫌を損ねて、三食焦げた魚は食べたくないだろう?」

「そ……それは……」

 斬影は言葉を詰まらせる。

 母・牡丹は、いつも笑顔で優しかった。

 仮令(たとえ)、どんな悪戯をしようと、決して目くじらを立てて怒鳴りつける事は無い。

 ただ――……

 母の機嫌を損ねると、その日からまともな食事にありつけなくなる。

 牡丹は、島でも料理上手だと評判で、その手料理は絶品なのだが、何か悪さをしたりして機嫌を損ねてしまうと、それは一変する。

 僅かな米と味の無い吸物。

 そして、炭と間違えたのかと思う程に焦がした魚――それが三食続く。

 その上、目の前ではそれは旨そうな料理が並べられている。

 だが、その料理に手を出す事も、出された料理を残す事も許されない。

 すべて食べ終えるまで、席を立つ事は認められなかった。

 箸の進みが遅いと――

「どうしたの? 早く食べてくれないと、後片付けが出来ないわ」などと、眩い笑顔で言ってくる。

 それ以外は普段の生活に変わりは無いが、事ある毎にやんわりとその事を指摘された。

 そんな事が三日も続けば、流石に折れる。

 自分の非を認めてきちんと謝れば、母はすぐに許してくれた。


 

 ――まあ、それはさておき。

「後一回! 後一回くらい良いだろ!?」

 必死に食い下がる斬影を見て、正宗はため息をついた。

「斬影。そう逸るな。根の詰め過ぎはよくない。それに――……」

 正宗が言葉を続けるより早く道場の扉が開き、声が響く。

「お父さん。お兄ちゃん。ご飯出来たよ」

「……あ」

 斬影はゆっくりと振り返った。

 見ると、妹の雪乃がぱたぱたとこちらへ駆け寄ってくる。

 正宗はくすりと笑い、

「今日はここまでだな」

「う~」

 思いっ切り不服を込めて呻く斬影の横を通り過ぎ、雪乃が父に飛び付いた。

「お父さん! 今日は私もお手伝いしたよ!」

「そうか。偉いな。雪乃」

 正宗は雪乃を抱き上げ、

「斬影。出した道具はきちんと片付けておけ」

「はいはい」

「返事は一回」

「……っ……はい!」

 斬影は声を張り上げて返事をする。

 雪乃を連れて道場から出て行く正宗を見送って――斬影は低く呻いた。

「……ったく。雪乃には甘い」



 道場の片付けを終えて、斬影が家へ戻ると、食事の用意はすっかり整っていた。

 牡丹は、斬影の姿を見るなり、

「あら。斬影。遅かったわね」

 言われて――斬影は一瞬、身を竦ませた。

 ぼそぼそと小さく呟く。

「後片付けしてたから……」

 片付けは手早く済ませたつもりだったが――ひょっとしたら母の機嫌を損ねてしまったのかもしれない。

 食事の時間に遅れたり、一家の団欒を乱すと、母の機嫌は悪くなった。

 斬影は恐る恐る牡丹の顔を盗み見る。

 すると、牡丹は斬影に手招きし、

「斬影。ちょっとこっちへいらっしゃいな」

「…………?」

 母は表情からは、特に怒っている様子は見受けられない。

 斬影は、母の許へ歩み寄る。


 

「……何?」

 牡丹は、目の前まで来た斬影の手を取ると、薬箱から薬を取り出し、それを斬影に塗ってやる。

「つっ……!」

「またこんなに痣を作って。あまり無茶をしては駄目よ」

「…………」

 斬影がおとなしく手当てを受けていると、

「あなたも……あまり斬影を苛めないで下さいね」

「別に苛めている訳では無いんだが……」

 牡丹の言葉に、正宗は苦笑する。

 斬影は口を尖らせ、

「なら少しは手加減しろっての」

「……何だ? お前は私に加減されて勝ちたいのか?」

「そういうんじゃねぇ!」

「はい。おしまい」

「あてっ!」

 正宗に反発する斬影の腕を牡丹は軽く叩く。

 腕をさする斬影を見て、にっこり笑い、

「さあさ。ご飯にしましょう」



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