墓参り 5
その島は、人の手が入っていないからだろう――当然と言うべきか――きちんと整えられた道は無く、ひたすら獣道のような場所を歩く。
妖魔の数も少なく無い。
島周辺の妖魔の数を考えれば、多過ぎる訳ではないが――いずれにしても、人が住むには少々難がある。
しかし、そんな場所でも斬影には“道”が見えているのか――迷い無く歩を進めていく。
草の根を踏み分け、妖魔を退けながら先へ進む。
と――その時。
唐突に視界が開けた。
「……ここは」
大和の目に映ったのは、今までの密林が嘘のように何もない場所――草木の一本すら生えていない――ただの空き地だった。
まるで、そこだけ定規で測って綺麗に切り取られたような――そんな場所……
斬影は振り返り、
「ここはな。昔、この島で唯一の村があった場所だ」
「え……?」
「……そして……村のみんなが眠ってる場所だ」
「…………」
そう言って、斬影はどこかへ向かって歩き出す。
村があった形跡は一つもないが――斬影は嘗てあった道を辿るように進んでいく。
大和はその後をついて行った。
暫く歩いて、斬影は足を止める。
そして、その場にしゃがみ込むと、持ってきた花を供えた。
「……ただいま。親父。お袋。雪乃。遅くなったけど、帰って来たぜ」
斬影はそっと手を合わせ、静かに目を閉じた。
それを見て、大和もその場で黙祷をする。
「……この島はな。元々妖魔の大人しい――人には住みやすい島だった」
「…………」
斬影は目を開くと、語り始めた。
「――けど、数十年に一度……妖魔が大発生する時期があってな。そん時は、島の外から退治屋に妖魔退治を依頼すんだ。島には退治屋が居なかったから」
風がそよぎ、斬影の供えた花も揺れる。
斬影は立ち上がると、大和に手招きした。
「少し歩くか。ここはあんまり長く居ない方が良い」
土を軽く蹴りながら、
「この場所は、妖魔が襲って来た時に出た濃い瘴気の影響が残ってるからな」
(ああ……それでか)
斬影の言葉に、大和は納得したように胸中で呟く。
何故、この場所には草木が一本も生えていないのかと思ったが――……
妖魔の持つ瘴気は、大地をも死滅させる。
あまりにも濃い瘴気は、人や生き物だけでなく、自然にも影響を及ぼすのだ。
しかし――これほど長期間に亙り、影響を残すのもあまり例が無い。
村の跡地から少し離れた海岸沿いを二人は歩く。
歩きながら、斬影が話の続きをする。
「俺の親父は島の外の人間でな。当時は名のある退治屋だったそうだ。昔、島で妖魔が暴れてるって話を聞いて渡って来たらしい」
「何で島には退治屋が居ないんだ?」
大和が訊くと、斬影は笑った。
「そりゃ、退治屋じゃ食っていけねぇからさ。妖魔は居ても、狐か狸か……島のガキでも追っ払える小物ばっかりだったからな。薬や武具の素材にもならねぇし」
「……けど、妖魔が暴れる時期があるんだろ?」
「ああ。それでも、島で生まれた奴がその人生を終えるまでに一回か二回……あるかどうかだからな。退治屋としては成り立たん」
斬影は、足元にあった小石を蹴る。
「妖魔が暴れる時期が近付くと天候が荒れたり、大人しかった妖魔が凶暴になったり……何かしらの異変が必ず起こる。だから本格的に妖魔が増える前に対応出来た」
空を見上げ、
「親父が島へ渡って来た時もそうだったらしい」
その年は特に荒れ方が酷かったようで、島には多くの退治屋が集まった。
普段はいくら退治しても稼ぎにならない妖魔しか居ない島だが、この時期は貴重な角や牙を持つ妖魔が多く出没する。
退治屋にとってはまさに稼ぎ時だった。
と――その時。
ポツリ。
見上げた空から話を遮るように、雨粒が零れ落ちてきた。
斬影は短く舌打ちし、
「雲が出て来たと思ったが……やっぱり降り出したか。おう、大和! こっちだ! 走れっ!」
そう言うと、斬影は素早く方向転換し、すぐ近くの茂みの奥へ飛び込んで行く。
大和は斬影を見失わないよう、その後を走る。
雨足が強くなる中、暫く走ると、小さな洞穴が見えてきた。
二人はその洞穴に駆け込む。
濡れた肩を軽く払いながら、
「……ふぅ。危うくずぶ濡れになるところだった」
「……こんな場所があったのか……」
大和の呟きに、斬影が答える。
「ああ。この島にゃ、こういう洞穴があちこちに点在しててな。子供達の遊び場だった」
斬影は何か思い出したように笑い、
「中には潮が引いた時だけ現れる洞窟もあってな? 俺はそういう場所によく潜り込んで遊んだもんだ。ま、親父に見付かると、どやされるんだけどな」
(……斬影の……父親……)
斬影の話を聞きながら、大和は胸中で呟く。
外は雨足が強く、また風も出て来ていた。
大和が無言で洞穴の外を眺めていると、
「……この調子だと……今日は帰れねぇかもしれねぇな」
「……そうだな」
暫し無言で雨音を聴いていた大和は、斬影の方へ顔を向けた。
「なぁ」
「ん?」
「……その……斬影の父親って……どんな人なんだ?」
訊かれて、斬影は虚空を見据える。
「親父か?……そうだなぁ……生真面目で堅物。何かと器用だったが、変に不器用なところがあって……ああ」
と――大和の方へ視線を向け、
「お前に似た感じだな」
「…………」
「そういや話が途中だったか。丁度良い」
斬影は顎に手を添え、
「暇潰しにひとつ。つまんねぇ昔話をしてやろう」
そう言って、斬影は語り始めた。