墓参り 2
◆◇◆◇◆
その日の朝――
「じゃあ、行ってきます♪」
「おー。気を付けてなー!」
斬影は笑顔で出掛けていく小夜を見送り、
「……さぁてと。んじゃ俺達もそろそろ出掛けるか?」
「ああ……」
「何だぁ? 元気ねぇな。そりゃ墓参りなんて面白ぇモンじゃねぇけどよ」
「別に。いつもこんなもんだ」
素っ気なく言うと、大和は斬影の方へ向き直り、
「それより……家。開けっ放しで良いのか?」
訊くと、斬影は笑った。
「構やしねぇよ。こんな山に登って来てまで盗みに入るヤツは居ねぇだろうし。金目のモンも……せいぜいあの鬼の角と刀くらいだ」
軽く戸を叩きながら、
「角はともかく、刀は人が持ち出せる代物じゃねぇしな。来るとしたら、あの狐くらいだろ?」
「…………」
「さっ。行くぞ」
そう言うと、斬影は歩き始める。
大和は短く嘆息して、その後をついて行った。
斬影の隣を歩きながら、大和はひとつ疑問が浮かんだ。
この間の様子からして、斬影は何か――故郷に帰り辛い理由があるように思えた。
しかし、外へ出てしまえばそんな様子は全く感じられない。
「……なぁ」
「ん?」
「何で……今まで故郷に帰らなかったんだ?」
大和は恐る恐る訊いてみる。
ひょっとしたら話したくない理由があるのかもしれないが――もしそうであれば、自分を連れて行く意味も分からない。
「何でって……そりゃあれだ。帰れなかったからだな」
「……あの一件で身動き取れなくなったのは分かるけど……」
それなら何故、今になって戻ろうというのか。
もっと早くに戻れた筈では――……
その事を大和が口にするより先に、斬影が答える。
「いや。そうじゃねぇ。これはもっと単純な話だ」
斬影は道端に生えていた草をくわえ、
「俺が昔住んでた村は、ここから離れた小さい島にあってな。当然、船が無きゃ行けないワケだが……そこまで乗せてくれる船が無かったんだよ」
「……何でだ?」
「妖魔が出るからさ」
「!」
斬影の言葉に大和は驚いた。
「あの島周辺の海域には、妖魔が住み着いたらしくてな。島に近付く船は尽く沈められた……だから船乗りはそいつを恐れて島へ近付きたがらねぇ」
「じゃあどうするんだ?」
「さて……どうするか。船が無きゃ諦めるしかねぇが。流石に泳いでは行けんしな。昔止められたし」
「……泳いで行こうとしたのか……?」
大和は疑わしげな視線を斬影に向ける。
斬影は頭を掻きながら、
「昔な。俺が今のお前よりちょい下くらいの頃か……船は出せねえってんで、泳いで行くって海に飛び込んだら、すぐさま引き上げられた」
「当たり前だろ!」
それを聞いた瞬間、大和は思わず突っ込んだ。
斬影はへらへらと笑い、
「いや~、あの頃は俺も若かったからな」
「……今飛び込んだらそのまま沈めるからな」
「……飛び込みませんよ」
冗談に聞こえない大和の声に、斬影は多少気後れしながら、
「とにかく。港行って、乗せてくれる船を探さんとな」
町に着いて、二人は港へ向かうと、島まで乗せてくれる船を探す。
しかし……
定期船は勿論、その島に向かうと言う船は一隻も無い。
「何? あの島まで乗せて欲しい? ダメダメ。あの島周辺は危な過ぎる。俺は自分の船を沈める為に海へ出る気は無いね」
あっさり断られ、斬影はため息をついた。
「……やれやれ。やっぱダメか。まだ荒れてんのかねぇ。あの島は……」
「…………」
一通り話を訊いて回ったが、誰に訊いても返事は同じだった。
斬影は頭の後ろで手を組み、
「どうする? 帰るか? そういや確か……この先、ちょっと行った所に温泉街があったな。せっかくだし寄ってくか?」
「……もう帰るつもりか?」
「仕方ねぇだろ。船がねぇんだから」
斬影が口を尖らせる。
「……向こうがどんな様子か気にはなるが……ま、諦めるしか――……」
「おい」
「……ん?」
船は諦め、港を去ろうとする斬影と大和の背後から声が掛かる。
見ると、そこには一人の男が立っていた。
どうやら彼は、この町の漁師らしい。
斬影は振り返り、
「俺達に何か用かい?」
「……アンタ等、あの島に何の用があるんだ?」
「…………」
訊かれて、斬影は大和と視線を合わせる。
「何。ちょっと墓参りに行こうと思ってな。俺はあの島の出身だからよ」
「……墓参り?」
男が訊き返す。斬影は頷いて、
「そっ。それより何で俺達があの島に用がある事知ってんだ?」
男はこちらをジロジロ眺め、
「妙な二人組があの島に行きたがってるって噂になってるからな」
(……妙な二人組……)
大和は胸中で呻く。
斬影は呆れたようにぼやいた。
「……広まるの早いな」
「船乗りにとっちゃ重大な話だからよ。うっかり船に乗せて、乗っ取られでもしたらエラい事だ」
「成る程」
斬影は腕組みして、ひとつ唸り、
「その手があったか」
その一言を聞いて、男は眉をひそめる。
「斬影」
大和が咎めるように声をあげた。
斬影は肩をすくめる。
軽く手を挙げ、
「本気にするなよ。言ってみただけだ。そんな事したらお尋ね者になっちまうだろ」
「…………」
大和は半眼になって斬影を見据える。
斬影は踵を返した。
大和の背中を押しながら、
「……もういいんだよ。船がねぇのは分かった。帰ろうぜ」
「斬影……」
斬影は男の方へ顔を向け、頭を下げる。
「騒がせて済まなかったな」