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若返り騒動 6

 

 飴玉を舌の上で転がしながら、大和は町を歩く。

 とは言っても、もう用事は済んでいるので、後は帰るだけだ。

 小夜と斬影は適当な時間で帰って来るだろう。

 斬影が付いていれば、さほど心配する必要は無い。

 そう思った大和が、酒屋の前を通り掛かった時だ。

「よぉ、ボウズ」

「…………」

 不意に声を掛けられ、大和は振り返る。

 見ると、男が四人。

 ニヤニヤと笑いながら、近付いて来た。

 男は、手の届く所まで来ると、

「良い刀持ってるな。子供がそんなモン持ってちゃいけねぇ……悪い人に盗られちまうぞ?」

 そう言って、大和の刀に手を伸ばす。

「ほら。俺達が刀を預かってやるよ」

「…………」

 大和は、刀に伸びる男の腕を掴んだ。

 ガリッ、と飴玉を噛み砕き――男を睨め上げる。

 その瞬間、男は顔を歪めて後退した。

「いっ!?」

「……汚い手で触るな」

 自分が思っていた以上に、強い力で腕を握り締めてくる少年。

 その力と、自分を鋭く睨み付ける眼光に、男は思わずたじろぐ。

 少年は目を閉じた。

「……俺は今、機嫌が悪いんだ」

 僅かに腰を落とし、静かに告げる。

「死んでも恨むなよ」


 

     ◆◇◆◇◆


「……さぁて。俺らもそろそろお暇するかな」

「あっ。そうですね」

 大和が出て行ってから程なくして、斬影は立ち上がる。

 千乃の方へ視線を向け、

「長居しちゃ仕事の邪魔になるしよ」

「そんなの……別に構いませんよ。上は副業みたいなモンで、客も滅多に来ませんから」

 千乃の言葉に、斬影は苦笑した。

「……ま。ヘソ曲げた大和をほっとくと、何しでかすか分からねぇしな」




 千乃の店を出て、斬影は頭の後ろで手を組む。

「ん~。大和のヤツ……真っ直ぐ家に帰ったかねぇ?」

「大和の事なら心配無いですよ。ちゃんと帰って……」

 斬影の言葉に、小夜が返事をした――直後。

「喧嘩だ! 喧嘩! この先の酒屋の前だってよ!」

 バタバタと走り抜けて行く若者達を横目で見やり、斬影は呆れたような顔でため息をついた。

「酒屋の前って……真っ昼間から酔って喧嘩か?……ったく。人様に迷惑掛けるような呑み方すんじゃねぇよ」

 と――ぼやく斬影の耳に、別の若者の会話が入って来た。

「喧嘩っても、別に珍しいモンでも無いだろ?」

「いや。それがさぁ……何でも数人の男相手に、こーんなチビが大暴れしてるらしいぜ」

「…………」

 その瞬間――斬影は固まった。

「……斬影さん?」

 急に立ち止まった斬影の顔を、小夜は不思議そうに覗き込む。

 と――

「……今……なんつった?」

「……えっ?」

 斬影はゆっくりと視線を小夜の方へ向け、

「……さっきの連中。なんつってた?」

 訊かれて、小夜は人差し指を口元に当てた。

「えっと……酒屋さんの前で喧嘩してる人がいるって……」

「その後」

「えーと……数人の男の人を相手に小さい子供が喧嘩してる……」


 

 斬影は頬を引き攣らせた。

 そして両手を戦慄かせ、絶叫する。

「何をやらかしとんのじゃ!? あいつはぁぁぁぁぁぁっ!」

 思いっ切り叫んで――斬影は、若者達が走って行った方へ駆け出す。

「斬影さん!?」

 普段、のらりくらりとしている姿からは想像も出来ない程の速度で駆けていく斬影に、小夜は呼び掛ける。

 斬影は一度だけ振り返り、

「こんな馬鹿げた喧嘩やらかすのは、あいつしかいねぇ!」

「あいつ……って……まさか大和!?」

「小夜ちゃんは先行っててくれ! 俺はあいつを連れてくっから!」

 そう言った斬影の背中は、瞬く間に人混みに紛れて見えなくなった。

 斬影は人混みをかき分け、騒ぎの大きい方へ向かう。

 確証は無いが、確信はあった。

 人前で複数の大人と、子供一人が喧嘩をしていれば、誰ぞ止めに入るだろう。

 それが逆に見せ物のようになっているのだ。

 そんな派手な喧嘩をやらかすのは――大和しかいない。

「……あいつ……まさか憂さ晴らしに自分から吹っ掛けたんじゃねぇだろな……!?」

 言ってから、斬影はかぶりを振る。

 大和に限ってそれは無いだろう――が、早く行って止めなければならない。

 角をひとつ曲がり、ふたつ曲がり――漸く現場である酒屋の前に辿り着いた。

 その時、斬影の目には、今まさに男に殴り掛かろうとする大和の姿が映る。

「ひぃっ……! た……助けてくれ……!」

 それを見た斬影は、叫び声をあげながら腕を伸ばした。


 

「ちょっと待ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「!」

 大和の拳が男の頭上に振り下ろされる瞬間。

 ガシッ!――

 斬影は大和の腕を掴んで止める。

 そして、大和を小脇に抱えると、そのままその場から走り去った。

「なっ……」

「何だ……? 今の奴……」

 騒ぎを見物していた者は、思い掛けない幕引きに呆然とする。

 大和に絡んだ男達は、震える声音で呻いた。

「た……助かった……のか……?」




 大和は男に殴り掛かろうとした姿勢のまま、顔を上げた。

「……あ。斬影」

 ぽつりと呟く大和に、斬影は怒鳴る。

「『……あ。斬影』じゃねぇよ! お前は何をやってんだ!」

「喧嘩」

 訊かれて、大和はあっさり答える。

 斬影は空いた手で頭を掻きむしり、

「ンなモン見りゃ分かんだよ! お前……まさか自分から吹っ掛けたんじゃねぇだろな?」

 斬影が訊くと、大和はかぶりを振る。

「そんな事する訳ないだろ。あっちが刀寄越せって絡んで来たんだ」

 斬影はひとつため息をついた。

「……そうか。お前から吹っ掛けた訳じゃないのは……まぁ良いとして……」

 軽く額に手を当て、

「モノには限度ってモンがあるって何回言わせりゃ気が済むんだ! お前は! あんな派手にやらかして……!」

「…………」

 斬影の怒声を正面から浴びて、大和は口を噤む。

 僅かに視線を逸らし、

「これは……斬影に貰った刀だから……」

「!」


 

 それを聞いた瞬間、斬影は目を見開いて驚いた。

「大和……お前……」

 斬影が昔、大和に渡した刀――退魔刀。

 それはよく使い込まれ、また手入れも行き届いていた。

 それを見れば、大和がどれだけ刀を大切にしているのかが分かる。

 だが、大和の口から出た言葉は、斬影が思いもしない言葉だった。

 刀の価値そのものでは無く――斬影から渡されたモノだから大切だと言う。

「――――……!」

 斬影は思わず涙ぐむ。

 その容姿のせいだろうか。

 小さくなった大和が何だか愛おしく感じ――斬影は思わず大和を抱き締めた。

「!?」

「大和! お前……そんな事が言えるようになったんだな! 昔のお前は、そりゃもう可愛げの欠片も無かったが!」

「ちょ……斬影。離れ……」

 困惑の色を浮かべ、大和が呻く。

 と――その時。

「あ! 斬影さん!」

「……ん?」

 呼ばれて、斬影は顔を上げた。

「おお。小夜ちゃん」



 小夜は斬影の姿を見ると、こちらに駆け寄り、

「良かった。大和、見付かったんですね」

「おう。やっぱり喧嘩してたのはこいつだった」

 斬影は、笑いながら大和を指差す。

「大和。怪我してない? 大丈夫?」

「こいつがそこらのゴロツキ相手に怪我なんぞするもんか」

「……それはいいから……下ろしてくれ」

 大和が低く呻く。

 しかし、

「お前は目ぇ離すと、すぐ何かやらかすからな。このまま連れて帰る」

 と、斬影は大和を抱えたまま家へ戻った。



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