若返り騒動 4
「いらっしゃい。っと……小夜ちゃん!」
「千乃!」
店に入ると、茶髪の娘が出迎える。
小夜はその娘――千乃の許へ駆け寄った。
「遊びに来てくれたの?」
「うーんと……ちょっと違うかな」
小夜が口元に手を当て唸ると、
「こいつを引き取って貰いてぇんだ」
「あら」
小夜の後ろから斬影が顔を出し、机の上に袋を乗せた。
千乃は袋と斬影を見やり、
「そっちのお客さん? っていうか、小夜ちゃん……この人は?」
千乃が訊くと、小夜はにこにこと笑顔で答えた。
「大和のお父さんよ」
「えっ!?」
千乃は驚いて目を見開く。
「ほら。前に言ってたでしょ? 大和、捜してる人がいるって。それお父さんの事だったの」
「いやー、何か照れるなぁ。お義父さんだなんて」
「…………」
千乃はぽかんと口を開ける。
大和の父と言う割には、その容姿も性格も、はっきり言って似ていない。
「えっと……まぁとにかく……」
千乃は軽く咳払いをし、
「大和は無事に捜してる人に会えたって事ね? 良かったじゃん」
「うん♪」
小夜が嬉しそうに頷く。
「で。その大和は? 来てないの?」
「……え?」
千乃の問いに、一瞬場が凍った。
千乃は身を乗り出し、二人の後ろに人影が見えないか確認する。
「こないだも小夜ちゃんだけだったでしょ? たまには顔見せてくれたら良いのに」
「あ……ああっ! 大和ね! 大和はその……今日はちょっと……」
小夜がまごついていると、
「あいつはちょっと待機してもらってる。それよりコレ。早いとこ見てくれよ」
「……あっ。はい。確認させて頂きます」
斬影に言われ、千乃は袋を手に取った。
「……コレは品薄になってたから……あ。こっちの角もなかなか……」
「…………」
作業をする千乃の様子を眺めて、斬影は感嘆の声を漏らした。
「良い目をしてる。若いのに大したモンだ」
千乃は顔を上げ、かぶりを振る。
「いや……それほどでも」
謙遜する千乃に、斬影は笑った。
腕組みして、
「一人で店を切り盛りしてんのかい?」
「ええ」
「そうかい。そりゃ色々大変だろう」
「いいえ。そうでもないですよ」
「…………」
そんな会話を隣で聞きながら、小夜は店内を見回す。
見慣れない薬品がずらりと並んでいる。
千乃の方へ向き直り、
「千乃ってこういう事もやってたんだね」
千乃は頷いた。
「そうだよ。あれ? 知らなかった? 大和から何か聞いてない?」
小夜は首を左右に振る。
「ううん。聞いてない」
「……あいつ必要に迫られなかったら何も言わねぇからな」
斬影は呆れたように嘆息してから、
「しかし……あいつも隅に置けねぇなぁ。こんな可愛い娘と知り合いとは」
それを聞いて、千乃は笑った。
検分が終わり、代金の入った袋を斬影の前に差し出す。
「はい。こんな感じでどうでしょう?」
「ん~。上等だ。ありがとよ」
袋を受け取り、斬影は笑みを濃くする。
大和と違って、彼は随分と気安い。
千乃はくすりと笑い、
「息子さんと違ってお父さんは気さくな方なんですね」
「ははっ。一応、あれでも昔よりは感情豊かになってるんだけどな。可愛げねぇのは相変わらずで」
ひとしきり笑ってから、斬影は小夜に声を掛ける。
「……さてと。用事も済んだし……帰るとするか」
「あっ、はい。大和も待ちくたびれてるだろうし」
「……えっ?」
その瞬間、千乃は目を丸くした。
「大和……来てるの?」
「えっ!? 違っ……いや……えっと……」
千乃に訊かれて、小夜は慌てて誤魔化そうとする。
――が、
「ひょっとして、店の外に居る?」
千乃は店の外を確認しようと、素早く階段を上って行く。
「ああっ! 千乃! ちょっと待って!」
小夜も急いで後を追う。
「…………」
一人残された斬影は、ゆっくりと階段を上る。
何となく、この後どうなるか想像出来て――彼は小さく息を吐いた。
「…………」
大和は無言でため息をついた。
店の入り口を見やり、再びため息をつく。
二人が店に入ってから、まだそれほど時間は経っていない。
だが、大和は随分長いこと待たされているような気がした。
待つ事も、待たせる事も好きではない。
千乃なら、あの程度の品を見るのにさほど時間は掛からないだろう。
検分が終わればすぐに出て来るはずだ。
小夜が一緒なので、ひょっとしたら千乃と話し込んでいるのかもしれない。
(斬影がいるんだからそんなに長く話し込む事はないだろうけど……)
気にはなっても、中の様子を覗く訳にもいかず、大和はただ二人が出て来るのを待った。
と、その時。
「……なんだぁ。大和は来てないのかぁ……」
「!」
店の中から出て来た人物を見て、大和は体を震わせた。
キョロキョロと店の前を見回す彼女と視線がぶつかる。
「あれ? この子……」
「…………っ!」
彼女が何か言うより先に、後から顔を出した小夜が声を上げた。
「ああっ! 千乃! それは……そのっ……大和じゃなくて……!」
「小夜っ!」
「大和……?」
「あ」
小夜は、しまったというふうに口元を押さえた。
「…………」
千乃はゆっくり視線を小夜から、銀髪の少年へと転じる。
少年は、そろそろとその場を去ろうとしていた。
事情はよく分からない。
ただ、小夜の漏らした言葉が本当なのだとしたら――……
千乃は逃げ出そうとしている少年の腕をしっかりと掴む。
「……あ」
腕を掴まれた少年は、こちらに顔を向けた。
千乃は満面の笑みを浮かべ、
「……中にお父さんも居るからさ。ちょっと……お話しよっか♪」
「……いや。俺は……」
そう言って、千乃は少年を引き摺って店に戻った。
千乃は嬉しそうに大和の頭を撫で、
「や~♪ 何がどうなってるのか分からないけど、大和がこんな可愛くなってるなんて♪」
「――――……っ」
大和は歯を軋らせる。
千乃の手を払うと、大和は肩をいからせて怒鳴った。
「斬影っ!」
怒りの矛先を向けられた斬影は、半眼になって呻く。
「……何で俺なんだよ。言っとくが、口滑らせたのは小夜ちゃんだぞ? 俺ぁ何も言ってねぇ」
「元々の原因は斬影にあるんだろうがっ!」
「ゴメンね。大和。千乃があんまり大和の事気にするから、何て言えば良いのか分かんなくなっちゃって」
小夜が申し訳なさそうに頭を下げる。
いきり立つ大和を、千乃が両手で制す。
「まあまあ。大和、落ち着いて」
大和は千乃の方へ視線を向け、
「……千乃は薬に詳しいんだろ? こういうのを元に戻す薬は調合出来ないのか?」
訊かれて、千乃は困ったように眉根を寄せた。
「そんな事言われてもねぇ……そんな薬聞いた事ないしさ。第一、薬の成分が分かんない事にはどうにも」
「…………」
「薬は全部開けちまったしな」
「……斬影がな」
横から口を挟む斬影を、大和は睨み付ける。
――と、
「でもさー。もし大和に子供が出来たら……こんな感じなんだろうね」
「なっ……いきなり何言ってんだよ!?」
何気なく千乃が言った言葉に、大和は素っ頓狂な声をあげた。
すると、斬影がニヤニヤと後を続ける。
「そうだなぁ……っても、こんな可愛げがなくて、暴力的な孫が出来たら俺としては何とも……ぐぼっ!?」
そして、その声は途中で呻き声に変わった。
「何の話をしてる。何の」
「や……大和……肘……肘が鳩尾に入っ……」
「ああ。入れたから」
「……容赦ないわね。アンタ」
その場でうずくまる斬影と、肘を打ち込んだままの姿勢でいる大和を見て、千乃は頬を引き攣らせた。
小夜の方へ視線を向け、
「……いつもこうなの?」
「う~ん。大体、そうかな?」
訊かれて、小夜は苦笑混じりに答えた。
「最初はびっくりしたけど……何だか慣れてきちゃった」
「慣れて……」
「いや……小夜ちゃん。そこは……コイツの短慮を窘めて欲しいところなんだけど……」
斬影は顔だけ何とか持ち上げると、弱々しく呻いた。