若返り騒動 3
「大和! ちょっと待って!」
大和は小夜の制止も聞かない。
小夜はすぐに後を追おうと、戸を開けて外へ出るが、大和の姿は見えなかった。
「……そんな……今の間に何処へ……」
不安そうな表情で、口元に手を当てる。
と、
「心配する事ぁねぇよ、小夜ちゃん」
「斬影さん」
小夜はくるりと体の向きを変えた。
見ると、斬影は先程大和の投げた刀で出来た傷に薬を塗っている。
小夜は、ぱたぱたと斬影の許へ駆け寄り、
「あっ。治します」
「な~に。こんくらい大丈夫だ」
斬影は笑いながら手を振った。
「しっかしまあ……相変わらずと言うか……こういうところは変わってねぇ……本気で当てるつもりだったな。ありゃ」
背筋に冷たいモノが走り、斬影は身震いする。
「…………」
斬影の傷の手当てが終わり、薬箱を片付けながら、小夜がぽつりと呟く。
「……大和……」
「だから大丈夫だって」
「でも……大和、あんなに小さくなっちゃって……」
心配そうに窓の外を見やる小夜に、斬影は気楽な様子で続ける。
「あいつはあれくらいの頃から刀振り回してたからな。体が縮んだくれぇどって事ねぇよ」
「でも……」
どうにも不安が拭い切れず、小夜は俯いた。
斬影はひとつ息を吐き、
「……あいつはよ。昔から強かった。俺と同じ……いや。それ以上か。特に敵を仕留める事に関しては、俺より良い眼と腕を持ってる。ここいらで大和の首を取れるヤツは居ねぇよ」
斬影はニッと笑い、
「小夜ちゃんも大和が刀振るう姿を見た事あんだろ? なら、あいつが強いって事は知ってんだよな?」
「あ……はい」
「じゃあ心配する必要はねぇだろ? そのうちひょっこり帰ってくらぁ。あいつの強さを間近で見てきた俺が言うんだから間違いない」
「はい。そうですね」
小夜は小さく頷いた。
斬影は腕組みをして、目を閉じる。
「俺もよ。当時……そりゃちょっとは名の知れた退治屋だったんだぜ? その名を聞けば妖魔共が恐れ戦く……」
「大和……」
「あ。聞いてない」
「えっ!?」
斬影の話を聞いて、僅かに安堵した小夜は改めて窓の外を見ていた。その後、斬影が何か言っていたが、半分上の空だった。
小夜は慌てて、斬影の方へ向き直る。
が――
「ああっ! すみません!……えっと……あの……!」
何とか取り繕おうとするものの――斬影は背中を丸めて床にのの字を書いていた。
「……いや。いいんだ。別に。もう昔の話だし。そうだよな。今は大和の事の方が気掛かりだよな」
「ああああ……斬影さん!」
すっかりしょげて、何やら先程とは真逆の事を口にする。
「そうだな……体格が変われば間合いの取り方も違ってくるし、普段と違う戦い方で隙が出来ないとは言い切れないよな」
小夜はぶんぶんと腕を振り、
「あっ……あの! でも大和はどんな状況でも勝って来てるんです! だから大丈夫ですよ! ねっ!?」
「どうかなー。大和も万能って訳じゃないしな」
「斬影さぁぁぁぁんっ!」
その後。
小夜は斬影の機嫌を取るのに必死で、気付けばいつの間にか不安も心配な気持ちもどこかへ行ってしまっていた。
◆◇◆◇◆
大和は無言で山の中を歩く。
いつもより歩調を速めた。
刀を握る手にも、自然と力が入る。
苛々しながら髪を掻き上げ――大和は胸中で毒づいた。
(……何で今更こんな姿に……)
小さくなった自分の体。
周りの景色を見る度に、歩を進める度にその事を実感する。
自分だけ時間を遡って、あの頃に戻ったような気がした。
大和はこの山での仕事場に着くと、手早く仕事を片付ける。
この山の妖魔はさほど強くない。
体が小さくなっても、力はそれほど落ち込んではいなかった。
戦う事に大きな支障は無い。
大和は倒した妖魔の角や牙を回収する。
と――その時。
『ギャアァァァァァッ!』
「!」
倒したはずの妖魔が背後から襲い掛かってきた。
大和は妖魔の攻撃をかわすと素早く身を翻し、一刀両断、妖魔を斬り裂いた。
血糊を振り払い、呻く。
「……踏み込みが甘かったか……」
大和はひとつため息をついた。
いつもの間合いの取り方では、敵の急所を外してしまう。
いつ戻れるか分からないのだから、この体なりの戦いに慣れる必要がありそうだ。
大和は刀を鞘に収めると、回収した妖魔の角や牙を捌きに行く為に山を下りようとする。
が――
「…………」
ふと思い出して、足を止めた。
この近辺で、この手の品を扱う店といえば――……
大和は踵を返し、家の方へ向かって歩き出した。
◆◇◆◇◆
バンッ! と、大和は勢いよく戸を開け、
「斬影っ!」
「おおっ!? 大和!? 何だ、もう帰って来たのか」
「大和!」
大和の姿を見るなり、小夜は大和の許へ駆け寄る。
「大和! 良かった。心配してたのよ。大丈夫? 怪我とかしてない?」
大和は、心配そうにする小夜の手を払い退けながら、
「してない。それより……斬影」
「何だ?」
「これ」
大和は先程回収した妖魔の角や牙を入れた袋を、斬影に差し出す。
「おおっ。大量じゃねぇか。さすが……って、何で持って帰って来てんだよ」
斬影が訊くと、大和は苛立たしげに口元を歪め、
「これ売りに行くから町まで付いて来い」
「はぁ?」
それを聞いて、斬影は眉をひそめた。
「そんなモン……一人で行けるだろうが」
「行けるけど、今は行けないんだよ!」
「…………」
声を荒らげる大和に、斬影は薄く笑みを浮かべ、
「……何だ? 一人で行くのが寂しいのか?」
などと冗談を言ってみる。
刹那。
ドカッ!――
「……違う」
「……ですよね」
再び飛んできた刀を横目に、斬影は嘆息した。
「……んじゃ何だ?」
「いいから」
「…………」
話したくない理由があるのか――大和はそれ以上は口を開こうとしない。
「……やれやれ」
斬影は、ぼりぼりと頭を掻きながら、重い腰を上げた。
「わーったよ。行きゃ良いんだろ。行きゃ」
ちらと小夜の方へ視線を向け、
「どうせなら買い物がてら三人で行くか」
「あっ。じゃあ私、支度してきます♪」
と、斬影の一言で、三人で町まで行く事になった。
先頭を歩く大和に、小夜が声を掛ける。
「大和ー。あんまり急ぐと転ぶよー」
「……転ぶか」
短く吐き捨てて、大和は更に歩調を速めた。
「ああっ! ちょっと……大和ぉ!」
「まったく……あいつは……コケるくらいの可愛げはあっても良いんだけどなぁ」
斬影はぼやきながら、
「おい、大和。もうちっとゆっくり歩け。一人で行くなら、俺らはこのまま家帰るぞ」
「…………」
言われて、大和は僅かに歩調を緩める。
「別にそんな急ぐ事じゃねぇだろ?」
やがて店の前まで来ると、小夜が声をあげた。
「……あれ? ここって……千乃のお店?」
「…………」
不思議そうな顔でこちらを見る小夜は無視して、大和は斬影に袋を手渡す。
「ん。俺はここで待ってる」
「……ここまで来たなら自分で行きゃいいだろが」
斬影は嘆息まじりに呻き、大和から袋を受け取った。
小夜は何故千乃の店に来たのか分からなかったが、ひとつ分かった事がある。
ぽんと手を打ち、
「そっか! 大和……その格好で千乃に会いたくないんだ!」
「何だ? この店の奴と知り合いなのか?」
「……いいから行って来い」
壁に凭れ、その場を動こうとしない大和を見て、斬影はひとつため息をつき、
「行こうぜ。小夜ちゃん」
「あ。はい」
小夜は大和の頭を撫でながら、
「じゃあ大和。ちょっとそこで待っててね♪」
「子供扱いするなっ!」
「…………っ」
大和は小夜の手を払い退ける。
斬影は漏れ出る笑いを必死に堪えて、店の中へ入った。