若返り騒動 1
その日、斬影は町に買い出しに来ていた。
一通り買い物も終わり、町をフラフラ歩いていると、
「ちょっとそこの人。面白いモノがあるんだけど……見ていかない?」
「……ん?」
声を掛けられて、斬影は足を止める。
見ると、建物と建物の隙間に、小さな風呂敷を広げ、そこに座り込んでいる女が手招きしていた。
斬影はそちらに足を向ける。
どうやら薬売りのようだが……
「俺は別に病気じゃねぇぞ」
斬影がそう言うと、女はかぶりを振った。
「違う違う。そういう薬もあるけど、今日のは掘り出し物」
女は、顔を隠すように黒い布を頭から被っている為、表情は窺えない。
若いようでもあり、年老いてるようでもある。
その女は、斬影の方へひとつ小瓶を差し出した。
中には、半透明の液体が入っている。
「……何だ?」
「人生をやり直せる薬」
「……人生をやり直せる薬?」
訊くと、女は頷いた。
「簡単に言えば若返りの薬。それは時渡りの妖精の羽から作った珍しい薬だよ」
「若返り……」
感情の無い声音で、斬影が呟く。
「貴方も何かやり残した事や、やり直したい事あるんじゃない?」
「そりゃ……まあなぁ……っても、その時に戻れる訳じゃねぇしよ」
「じゃあ要らない?」
「…………」
あっさりと引く女に、斬影は暫し考え込む。
ふむ……と、小さく唸って、
「……ま、面白そうだから買ってやるよ」
「ありがとう」
女は斬影に薬の入った小瓶を手渡す。
貴重な薬と言う割には思いの外安く、斬影は興味本位から財布の紐を弛めた。
薬を渡して、女は付け加えてきた。
「薬の効果は個人差があるから気を付けて。ほとんど変わらない人もいれば、赤ん坊にまで若返る人もいるから」
「……そういう事は先に言えよ」
女はそれだけ言うと、てきぱきと店じまいをし、そそくさとその場から姿を消す。
「…………」
斬影は暫くその場に立ち尽くしていた。
手の中ある小瓶を見詰める。
「さすがに赤ん坊にまで戻っちまったらたまんねぇな」
虚空を見上げ、
「……あいつで試してみるか」
そう呟いて、斬影は歩き始める。
それが事の始まりだった。