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ダンジョン+ハーレム+マスター  作者: 三島千廣
第2章「迷宮都市シルバーヴィラゴ」
74/302

Lv74「第八階層」




 

 ダンジョン特有の暗く湿った独特の臭いが鼻先を漂ってくる。

 蔵人はアルテミシアの圧縮バックからランタンを取り出すと左手で捧げ持った。

 じんわりとした光がほのかに辺りを照らし出す。

 冒険者組合(ギルド)公式推奨のパタゴニャーン社製だが、メリアンデール製の光に慣れた蔵人にはいささか物足りない明るさだった。

「どうしたのだ」

「いや、なんでもねぇ。気をつけろよ」

「ああ。任せておけ。不肖、前衛は私が努めよう」

「いや、俺が前に出る。アルテミシアは読図に集中して欲しい」

「そうか。うむ、私がサポートに回ろう。妻が出しゃばるのも夫の体面を汚してしまうだろうしな。これぞ、内助の功というやつか。ふふ」

「んん? 夫?」

 なにはともあれ、第八階層の攻略がはじまった。

 入口付近は比較的広々とした道が続くが、やがてゆるい登りの傾斜へと変わっていった。

 ダンジョン内は整地された平坦な道を歩くのとは違い、重量を持った装備で挑めば、一キロの距離を進むのですら、一時間以上は優にかかった。

 一抱えもある浮石が無数に詰まった坂道を登りきると、大人が四人ほど並んで歩ける幅広道に到達した。不意に、アルテミシアの顔がこわばったのを見逃さなかった。

「クランド、気をつけろ。うじゃうじゃいる」

 アルテミシアは兜の目庇を下ろすと聖女の槍(ホーリーランス)の穂鞘を抜き取って構えた。蔵人が身を低くして前方に光を向けると、そこには九体ほどの異形の生物がウロウロと闊歩していた。

「なんだ、ありゃ。トカゲみてーだが、立って歩いていやがる」

「トカゲ人だ。牙や爪に毒がある。それに、近づくと毒液を吐きかけてくるぞ」

 トカゲ人。

 主に低階層を根城とするモンスターである。

 背丈は百二十センチほどであり、全身は硬いウロコで覆われている。

 頭部には鶏にあるような真っ赤なトサカを有し、主に直立歩行をする爬虫類だ。

 トカゲ人は蔵人たちを発見すると一様に動きを止め、ゆっくりとした動きで近づいてくる。

「おもしれぇ、やるってのかよ」

 蔵人は聖剣“黒獅子”を引き抜くと水平に構えた。

 すぐ横に、アルテミシアが穂先を揃えて並び立った。

 トカゲ人は真っ赤な舌をチロチロと動かすと示し合わせたかのように、いっせいに地を蹴って突進してきた。蔵人が動くよりも早くアルテミシアが動いていた。

「はっ!」

 白銀の穂先はまばゆい軌跡を描いて疾風のように繰り出された。

 パッと青黒い血が舞ったかと思うと、三体のトカゲ人は弾かれたように壁際に吹き飛んだ。ランタンの光が傷口を照らし出す。トカゲ人たちは、ぽっかりと頭部をくり抜かれ重なるような形で絶息していた。

 アルテミシアの目にも見えない突きが一瞬で三体を屠ったのであった。

 蔵人が呆然と立ちすくんでいると、アルテミシアは頭上で槍を旋回させながら群れの中へと突っ込んでいく。

 三メートルはある槍は異様な風切り音を立ててトカゲ人に振り下ろされた。

 ガッ、と骨を断ち割る音が響く。

 脳天を唐竹割りにされたトカゲ人は両腕を小刻みに動かしながらひっくり返り、乱杭歯を剥きだしにして血泡を吹いていた。恐怖というものをまるで感じないのか、残った五体が両腕を振り上げて襲いかかってくる。

 アルテミシアは長槍をすくい上げるようにして振り抜いた。

 接近していた一体は腰から胸を斜めに切り裂かれて吹き飛んだ。

 すぐ後ろの個体は弾き飛んだ同胞にぶつかって崩れ落ちる。

 残った三体は大きく口を開けると黄緑色をした毒液を吐いた。

 アルテミシアは長槍を目の前で風車のように素早く回転させた。

 凄まじい勢いで疾風の盾が出現する。

 トカゲ人の毒液は風圧で残らず吹き飛ばされ壁や天井を鋭く叩いた。

 合間を縫って蔵人が跳躍した。

 長剣が白い輝きを残して斜めに動いた。

 刃はトカゲ人の喉笛を切り裂き血煙を上げた。

 蔵人が地に降り立った瞬間、トカゲ人が背後から襲いかかった。

 トカゲ人の爪や牙には出血性の毒腺が走っており、傷つけられるだけで死に至る可能性もある強力なものだ。

 蔵人は振り返らずに剣を後方に繰り出した。“黒獅子”は刀身の半ばまでトカゲ人の胸板に深々と埋まった。

 素早く剣を抜き取って反転すると、背後ではアルテミシアが腰のロングソードを鞘走らせて残った二体を始末していた。

「やるじゃんか!」

 蔵人は口笛を吹いてアルテミシアの手並みを褒めた。アルテミシアは兜の目庇を上げると心持ち得意げに刃を懐紙で拭って清めてみせた。

「そういえば、その鞘。白鷺の」

 蔵人が指摘する。アルテミシアは指先でぴかぴか光る白金造りの鞘をつつくと、決まり悪げに眉を八の字にした。彼女が腰に下げている鞘は、邪竜王との戦いで蔵人が失ったロムレス三聖剣のひとつ“白鷺”を納めていたものであった。

 獅子族(ライオス)の騎士アルフレッドから譲り受け、幾多の危機を乗り越えた剣の片割れである。物に執着しない性格ではあったが、自分以外の腰にあるのを見ると、それなりに思うことがないわけではない。無言になった蔵人が気を損ねたと勘違いしたのか、アルテミシアはあたふたしながら早口で事情を説明しだした。

「ああ、これか。この鞘は渓谷で拾ったものだ。すまぬ、勝手にこのような真似を。ただ、おまえにはもう二度と会えないと思って。鞘だけは使わせてもらっていたのだ」

 アルテミシアは鞘を外すと主人の機嫌を窺う犬のように上目遣いで見上げてきた。

「そうじゃねえ、そういう意味でいったわけじゃねえから安心しな。うん、それはおまえにやるよ。好きに使ってくれよ」

「くれるのか。これを、私に」

 アルテミシアは目をぱちくりさせると、うっとりとした手つきで白金造りの鞘を撫でた。

 それから、ハッとした顔つきで小さく首を振った。

 彼女は無意識に行っているらしいが、やけに子供じみた仕草だった。

「でも、貰えない。クランドが大切にしていたものだろう。剣は騎士の魂だ。中身の方はとうとう見つからなかったが、この鞘だけでも相当な値打ちがあると故買屋の店主がいっていた」

「故買屋って大通りに店を構えているドナテルロのジジィのことか? ……ちなみにジジィはなんていってたん?」

「国宝ものだと。とても値はつけられないシロモノだといっていた」

「ふうん」

 蔵人はかつて地廻りの元締めチェチーリオに白鷺そのものを借金のカタにしたことを思い出した。そのときの剣そのものの価値は百万(ポンドル)程度だった。

「真に価値のあったのは鞘だったのか。ま、気にせず受け取ってくれよ。俺には、これがあるしな」

 蔵人が腰の聖剣“黒獅子”を叩く。アルテミシアは表情をほころばせると、鞘を胸に抱きしめたまま歓声を上げた。

「ありがとう。うれしいよ、クランド」

 元々が女神もかくやといった美貌である。一度は抱いたということすら幻に思えてくるような美しい笑顔であった。不意を突かれて、さすがの蔵人も胸が強く高鳴った。どう考えても順番が逆である。そういった意味では彼の情緒もかなり不安定であった。

(しっかし、こんな並外れた美女を片っ端からヤレちゃうってところがすでに現実感を欠いてるんだよなぁ。おいおい、一発ヤっちまった女相手にへどもどしてどうするよ、俺!)

 蔵人は平静を取り繕うと、アルテミシアを見ないようにして先を歩き出した。 

「んん。ま、そんなに喜んでもらえれば、こっちとしても、な。ううん、よしよし。まだ、冒険は端緒についたばかりだ。敵はこの先もゴロゴロ出てくるぞ。気を引き締めていこうな。おーっ!」

「お、お」

「おまえもやるんだよ。そら、おーっ!」

「そうか。勝手がわからなくてすまない。こうかな? おーっ!」

 蔵人はアルテミシアのぎこちない動きに、頬をほころばせた。

 トカゲ人を撃退した蔵人一行は、引き続き探索を行った。アルテミシアの献策は、なるべく正規のルートを外れず、未踏の場所を調べていくというものだった。確かに、公式マップ通りにダンジョンをなぞっていってもある程度のレベルのモンスターは湧くが、八階層程度のモンスターでは利が薄かった。

 先ほど倒したトカゲ人自体も所詮は低階層に生息する格しか持ち合わせておらず、皮や肉も再利用できないものであった。

「おっ。これなんか、食べられそうじゃないか?」

「アルテミシアさん。おそらくそれは毒キノコです」

 蔵人は冒険者組合(ギルド)出版の“ダンジョンとマテリアル” というポケット図鑑を片手に意気揚々とドヤ顔をする彼女をたしなめた。図鑑には、同じ図柄が記載されており、すぐ横には文盲にも理解できるよう、ドクロマークが付随して示されていた。

 黄色地に真ピンクの斑点など、どう見ても人間が口にして良い色合いではなかった。

「そうか。すまない、これはダメか」

 アルテミシアはションボリとすると、お帰り、と呟きながら毒キノコをもぎ取った場所に戻している。もっとも、もぎ取った時点でおそらくは再生不可能なのだが。

「今度はどうだ! これは、なにか良さげな薬草じゃないか? 色もまたよし」

 ションボリとしていたのもつかの間だった。アルテミシアは再び違うなにかを見つけたのか、満面に笑みを浮かべながら、駆け寄ってきた。

 蔵人の前に立つと、摘み取った花を自信げに手渡してくる。

 またもやあきらかに毒々しい色合いの花だった。

「なんスか。そして、花弁が赤・黄・白の三色が重なり合ってるって。これは、炎草といって口にすると火がついたように苦しみ走り回って悶絶死することから名づけられたらしいっスよ。頼むから書物を活用してくださいよ」

「クランドは字が読めないくせに」

「まあ、デマカセなんだが。それに、どう見てもファイアーフラワーにしか見えんし」

「意外に難しいな。いや、クランドに見せる前に、いっそ味見を」

「しちゃダメだからねっ」

 その後もアルテミシアの空回りは続いた。

「見つけた! この鉱石は価値があるんじゃないか?」

「今度こそっ。これは、さすがに新種ではっ。私は自分の才能が恐ろしい」

「もしかして、この鉱石も? こんなに良い真ピンクなのに」

「そろそろ当たるだろう。確率的にも」

「ダメもとで、……ダメ?」

 アルテミシアの意欲は見るからにほとばしっていたが、図鑑で確認するたびにハズレばかりだった。というか、ひとつくらいは換金できそうなものが見つかりそうなものだが、ことごとくすべてが的のあさってを通り過ぎる、という具合である。アルテミシアの顔は次第に曇っていく。蔵人は深くため息をついた。

(ああ、メリーと別れたの痛かったな。考えれば、彼女の知識はダンジョン攻略において必要不可欠だった)

「そう気にするなよ。俺もおまえも鑑定眼なんか元々ないんだから。根気よく探せば、そのうち素人目にもわかる宝箱のひとつやふたつ見つかるって」

 蔵人は意気消沈する彼女をなだめると再び探索を開始した。足場の悪い大きな岩がゴロゴロ転がる場所を延々と歩き続けていると、段々と気分が滅入ってくる。

(それにしても、この世界の女はみんな我慢強いなぁ)

 アルテミシアは無言で表情ひとつ変えずに黙々と歩いている。背丈が平均よりやや上回っている部分を除けば、彼女は華奢な部類に入るだろう。平均よりも鍛えられているとはいえ、スタミナだけは抜群の蔵人と伍して行軍するのは苦痛であろう。

 おおよそ、五十分に一度小休止を取りながら、八階層の中程まで来た部分で野営を決断した。なるべく、視界の開けていて後方が壁になっている部分にテントを設営する。

 蔵人とアルテミシアのふたりきりのクランである。休憩は交互に六時間ずつ取ることになった。両者とも駆け出しではないので、休憩の重要性を知っていた。火を熾して、干し肉と黒パン、戻した乾燥野菜を入れただけのスープを腹に詰めこむと天幕に潜り込んだ。

 周囲には、おおよそ十メートル離れた場所に簡易的警報装置を設置してある。パタゴニャーン社製の魔力を封じた水晶で、生物がラインを割って侵入するとけたたましい音が鳴り響くものであった。

「寝るときくらいは、鎧を外したらどうだ」

「しかし、万が一の場合を思ってだな」

 蔵人はアルテミシアが甲冑をつけたままシュラフに入るのを見てあきれたようにつぶやいた。彼女は兜こそ外しているものの、重そうな白銀の胸当てや籠手をつけたまま横になろうとしていた。

 このままでは、身体を休めるという本来の目的を果たせないのである。

「いいんだよ。そのために俺が起きてるんだから。おまえは、肩の力を抜いてリラックスしろよ。そう、まるで自分の部屋に居ると錯覚するぐらいの脱力加減で」

「ばか。そんな風にいくか。でも、私ももう少しおまえを信じるとしよう。要所要所で休むのも戦いのうちだからな」

「そうそう。なんなら、ハダカでも一向に構わないんだよん」

 アルテミシアは蔵人を困ったように睨むと、口元に手を当ててクスクス笑いを漏らした。

 ふたりは交互に休んで体力を回復させると、野営地を引き払い残りのマップ部分を総ざらいしはじめた。とはいえ、この辺りの低階層は長い年月の間に餓狼のような冒険者たちによって骨までしゃぶり尽くされており、めぼしい素材も鉱石も薬草もあまりなかった。

「とはいえ、この冒険してるって雰囲気が俺は気に入っている」

 蔵人は拾った棒を振り回しながら、鼻歌混じりで歩き続ける。当初は注意していたアルテミシアも次第に神経が麻痺してきたのか、幼児のひとり遊びを見守る母親のように笑みを浮かべるだけになった。

 変化が起きたのは、行程の三分の二を消化したあたりだった。

 ランタンのほのかなともしびの向こうに、誰かが倒れているのを先行していた蔵人が発見した。

 倒れていたのはまだ若い男だった。年齢は二十歳前後。中肉中背で白っぽいダブついたローブを羽織っている。男はうつ伏せのまま意識を失っており、頭から血を流していた。衣服のあちこちは激しい裂け目が生じていて、真新しい血がにじんでいた。

「なんだ野郎か」

 膝をついて覗きこんでいた蔵人は一瞬で興味を失うと、立ち上がって手のひらの埃を払った。男を助けてもフラグが生じない。彼の世界の鉄則である。

 立ち去ろうとする蔵人の外套の裾をアルテミシアが掴んだ。彼女の目は深い森のような碧を静かにたたえていた。蔵人は降参するように両手を上げるとため息を吐いた。

「わかった。わかったから、そんな目をするな。まるで、俺が悪人みたいじゃねえか」

 アルテミシアは男の背を抱えるようにして起こすと手ずから水筒の水を飲ませた。弱い者傷ついた者を放っておけない彼女の美徳であるが、蔵人はちょっと面白くなかった。

「この男の服装、王研の者だな」

「王研?」

「王立迷宮探索研究所。街の西のはずれにある、ダンジョンについて専門に研究している機関だと聞いたことがある。定期的に冒険者を雇って各階を調査して回っていると聞いたことがあるが。うん、気がついたようだな」

 研究者である男は小さく身じろぎをすると、ゆっくり目を開けた。薄茶色の髪に大きな鳶色の瞳。弱々しい顔つきは、青白い肌と相まって学者の典型そのものだった。

「ここは……」

「気づいたのか、大事ないか」

 アルテミシアがやわらかく微笑むと男は頬を染めて顔を赤らめた。ムカついた蔵人が男の肩を蹴った。男は小さく呻くと横倒しになって悲鳴を上げた。

「気づいたんならさっさ立てや」

「こら、クランド! もお」

 アルテミシアが軽くたしなめの声を発する。男は蹴られたことを意に介せず、突如として立ち上がると、顔面を蒼白にして震えだした。

「大変だ!! こんなことしている場合じゃない! 教授が、教授がっ!!」

 男の名はジョンといい王立迷宮探索研究所の研究員だった。慌てていた彼の話を要約すると、学術調査のためにダンジョンを潜っていたところ、突如としてトカゲ人の群れに強襲を受けたとのことだった。

 護衛として二十人ほどの冒険者を雇っていたが、トカゲ人の数が多すぎどうにもならない。唯一逃げ出せたジョンが助けを呼ぼうと走り回った際、思った以上に出血の量が多く力尽きて倒れてしまったらしい。

 ジョンは残った研究資金のすべてを渡すので教授たちを助けて欲しいとアルテミシアに懇願した。彼女のまとっている装備や風格からしてあきらかにリーダーと決めつけたのだ。

 アルテミシアがジョンの間違いを訂正すると、今度は蔵人に向かって必死な形相ですがりついてくる。今度はさすがの蔵人も蹴倒すことは出来なかった。決断するやいなや、ジョンを先導として現場に向かって走り出す。

 蔵人は、どうやらダンジョン内では厄介事からはどうしても手を切れないらしいと、あきらめた。

「もう、間にあわないんじゃねーの!」

「こらっ、またおまえはそのようなことを」

「いえ。僕が倒れてから、時間は十分と経っていません。なんとしても、敬愛する教授をお助けせねばっ」

「教授? って、アンタの先生か」

「ええ。教授はこの道二十年の専門家です。いつもは、研究室にこもって、フィールドワークは僕らに任せっきりなのに。それに、教授は身体がお弱いのです。ああ、あの方こそロムレスの至宝! 教授の身に万が一のことがあれば、ダンジョン研究は百年は遅れが生じますっ!」

 駆けながらしゃべるのでジョンの速度は蔵人たちからみるみるはなれていった。

 蔵人は舌打ちをするとジョンを軽々と腰抱きにして走り出す。並外れた膂力であった。

「すいませっ――」

「バカ。余裕もないのにベラベラしゃべんなっ! それにタダで助けるってわけじゃねぇ。もう口を開くな、舌噛むぞっ」

(にしても、二十年の専門家なんてそんなロートルのおっさん、こんな穴ぐらに潜らせる事自体間違ってんだよな)

 ジョンはうつむきながら、教授教授とブツブツつぶやいている。

 幾度か細かい分岐を過ぎて、やや開けた地点に到達すると、その広場には目を覆うような惨劇がいまだ続いていた。

「おいおい。さすがに多すぎじゃねーの、これは」

「のんびりしている場合じゃない! ゆくぞ! クランド!!」

 アルテミシアは槍を振り回して大軍に突撃していく。

 蔵人は、首の骨を傾けて、コキっと鳴らすと剣の柄に手をかけた。

「やだああっ!!」

「いだああああっ、いだっ! じぬううううっ」

「だずげっ、だずげでっ!!」

 トカゲ人はそれぞれ分散して逃げ惑う冒険者たちへ群がっていた。

 彼らは、冷えた爬虫類独特の目つきで、もはや抵抗の意思をなくしている男たちに爪や牙を思う存分突き立てていた。

 トカゲ人の毒は出血性である。血液の凝固作用を阻害する成分があるため、ひとたび傷つけられると血は止まらない。

 それぞれが、ひとりに三体ほどの割合でのしかかり、首筋や鎧の覆いがない部分に牙や爪を立てている。

「おぶっ、おぶろえっ!!」

 首筋をギザギザした牙で噛み切られた男は白目を剥いて、赤黒い舌をだらりと垂らし絶命していく。ジョンはあまりの凄絶な光景を目の当たりにし、その場へ座りこんでしまった。 

 四十体ほどのトカゲ人が暴れているのは壮観だった。

 壁際の隅には白っぽい服を着た研究者の男が三人ほど固まっている。

 その前に重装備の五人ほどの冒険者たちが集まって十体の猛攻をなんとか防いでいるが、誰もが著しく激しい損傷を受けており、その命は風前の灯火だった。

 義憤に駆られたアルテミシアの動きは素早かった。

 彼女は気合一閃、聖女の槍(ホーリーランス)を悪魔の群れに投擲した。

 長槍は空を切り裂きながら真っ直ぐ飛ぶと、射線上のトカゲ人を三体まとめて串刺しにした。槍はトカゲ人を縫いつけたまま、奇妙に隆起した岩肌の壁にぶつかると轟音を響かせ突き立った。

 仲間を殺されたことで脅威と認識したのか、すべてのトカゲ人が顔を上げて視線を一箇所に集中させた。

 アルテミシアは雄々しく仁王立ちになると、白金造りの鞘からスラリとロングソードを引き抜き、上段に構えた。絵物語の騎士もかくやといった凛々しい立ち姿に、傷ついた男たちの瞳に希望の色が色濃くなっていく。赤地に白十字を染め抜いたサーコートが一際大きく人々の目に映った。

「ゆくぞ、外道共め!!」

 叫ぶが早いか、アルテミシアは地を蹴って突進した。

「ちょ、待っ、俺の出番っ」

 出遅れた蔵人が狼狽した声を上げる。

 同時に、敵前に飛びこんだ彼女の剣が水平に振り抜かれた。

 真っ白な刃の光跡は闇を引き裂いて流れる。

 溶けたバターのように軽々と両断された二体の首が跳ね飛んだ。

 トカゲ人は、青黒い体液を勢いよく噴出させると、腕を振りながら数歩進んで、どうと地に倒れた。

「おおおっ!」

 アルテミシアに向かって五体のトカゲ人が襲いかかってくる。

 彼らは巧みにぐるりと囲み、連携をとって攻撃を開始した。

 彼女は、腕を伸ばして迫り来る爪を弾き飛ばすと、踊るような動きで円回転した。

 一瞬の静寂の後、五体のトカゲ人は胸、腹、首、腰、顔面をそれぞれ断ち割られ体液を飛び散らせながらその場に崩れ落ちる。

「す、すごい」

 座りこんでいるジョンが感嘆の言葉を漏らした。その隣では、ようやく抜剣した蔵人が口をあんぐり開けてその場に固まっていた。

(確かに強いとは思っていたが、ここまでとは……。あれ、俺の存在いらなくね? 俺って、もしかして添え物じゃね?)

 アルテミシアの業は正当な剣術を習ったものにしかできない、洗練された動きであった。

 蔵人にはとうてい真似できない動きである。

 瞬く間に四分の一の仲間を斃されたトカゲ人は、いまやアルテミシアひとりを的に絞り集結しはじめていた。異形の生物は足並みを揃えて聖女に殺到する。落ち着き払ったアルテミシアが剣を構え直した瞬間、黒い影が背後から弾丸のように飛び出した。

「クランド!!」

 蔵人は外套をはためかせてトカゲ人の群れに真正面から突っこむと長剣を振り回した。

 刃は狐円を描くと同時にトカゲ人の首が虚空に舞った。

 目の前に居るトカゲ人の脳天へと全力で剣を打ち下ろす。深々と両断された頭蓋から、灰褐色の塊が流れて辺りに飛び散った。後ろも見ずに剣を繰り出した。刃は後方のトカゲ人の腹を断ち割ると内蔵を辺りに撒き散らした。

 二体が同時に襲いかかってくる。

 一体の胸もとを蹴飛ばして転がすと水平に刃を振るった。

 顔面を叩き割られたトカゲ人が奇声を発して後方に倒れる。

 蔵人は身体を反転させると外套を振り回した。黒外套は凄まじい勢いで周囲のトカゲ人の顔面を叩いた。

 蔵人は身を低くして刃を寝かせ、突きを見舞った。長剣は灰色のウロコを引き裂いて心臓を破壊すると、突き出したのと同速度で引き抜かれた。

 蔵人はまだ倒れているトカゲ人の胸に足をかけ、両手に持った長剣を振り下ろす。刃はトカゲ人の胸を刺し貫くと、地面ごと縫いつけた。顔を上げて周囲を見回す。

 蔵人が六体のトカゲ人を倒している間に、アルテミシアも五体の敵を打倒していた。劣勢だった護衛の冒険者たちも反撃に転じている。一番そばにいたトカゲ人を叩き斬ったときには、十体余りに数を減じたトカゲ人たちが逃げ出しはじめていた。

「ふざけんよおっ、この爬虫類があっ!!」

「仲間の敵だああっ!!」

「おい、ちょっと待て。深追いは危険だ」

 戦況の攻守は完全に逆転した。仲間をいいように殺されまくった冒険者たちは、逃げ惑うトカゲ人を追って洞窟の奥へと突き進んでいく。ふたりの男が闇に溶け込んで見えなくなったかと思うと、続けざま発狂した猿のような悲鳴が辺りをつんざいた。

「うわっと!」

 闇の奥から軽々となにかが放り出された。

 それは、綺麗な放物線を描くと、蔵人の足元に液体を飛び散らせて転がった。

 瞬間的に飛び退ってかわす。

 直視すると同時に理解した。蔵人はこみ上げてきた嘔吐感に耐えながら、眉間にしわを寄せて外套で自分の鼻と口を覆った。

 固体の正体は、男が巨大な力で圧縮され、押し固められて肉団子と化したものだった。

 腕や足が無理やりねじ曲げられてひとつの毬のように変化している。玉の中心部に覗く男の顔は、目を見開いたまま無念の形相を貼りつけていた。

「気をつけろ、クランド。なにか来るぞ」

 アルテミシアが尖った鼻梁をピクと震わせた。彼女は回収した槍を構えると闇の向こうをにらみつけたまま微動だにしない。

 やがて、誰の耳にも聞こえる大きさの地響きが迫ってきた。

 一拍を置いて巨大な個体が近づいてくる。

 パラパラと洞窟の天井に付着した岩苔が剥離し、辺りに降り積もっていく。腹の底に響くような振動が、折り重なるようにして辺りに積み上がっていた死体を震わせた。

「ヤッテクレタナ、ニンゲンドモメガ」

 その声は反響して蔵人たちの耳朶を打った。

 闇からぬっと姿をあらわした巨体は博物館の恐竜を想起させた。

 全長は十メートルはあるだろうか、全身は濃い灰色のウロコがびっしり生えていた。長い年月を経ているのだろう、ウロコの外側の部分には緑色のコケがびっしりと付着している。輝く瞳は爛々として周囲を睥睨していた。

 特徴から推察するにトカゲ人の上位種と考えられるであろう生き物は、他の個体とは違ってトサカがきらびやかな金色に輝いていた。人間語を操ることから知能は高いのだろう。股間には革の腰巻をまとっており、腰には巨大なそりのある刀を吊っていた。

「これが、世に聞くキングトカゲか。私もはじめて見る」

 アルテミシアは緊張した様子でつぶやくと、白い喉を小さく鳴らした。

 蔵人が再びキングトカゲに目を向ける。

 爬虫類の王は両手にそれぞれ男と女を握りこんでいた。

 ひとりは先ほどトカゲ人を追っていった冒険者である。

 もうひとりは若い女だろうか。

 ぐったりとして顔を伏せている。

 長い髪が垂れていて生きているのか死んでいるのか確かめることはできなかった。

「きょ、教授だ」

「へ?」

 ヘタレていたジョンが大声を上げた。

 その声に釣られて蔵人が振り返ると同時だった。

 背後の巨大モンスターキングトカゲがなにかを握りつぶすイヤな音が響き渡った。


 




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