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ダンジョン+ハーレム+マスター  作者: 三島千廣
第2章「迷宮都市シルバーヴィラゴ」
57/302

Lv57「第一階層」

 





 蔵人はクレイゴーレムを円を描くようにして激しく周りはじめた。

 目の前の泥の巨人はおおよそ四メートル。

 間近で見れば結構なものだった。

 メリアンデールのいっていたクレイゴーレムの動力源となっている核はすぐにわかった。

 首の喉仏部分にそれらしき灰色の魔石が、青みがかった淡い光を放って明滅している。

「わかりやすいが、アレを斬るのは骨だな、こりゃ」

 さすがに考えあぐねる。大きさと力は比例するものなのだ。

 先に動いたのはクレイゴーレムだった。鈍重な動きで掴みかかってくるが、さすがにあっさりと喰らうはずもなかった。

 迫り来る巨大なこぶしを機敏にかわす。

 背中側に移動すると剣を振るってアキレス腱の辺りを激しく斬りつけた。

 ぬちゃっとした泥のやわらかい手応えを感じる。

 ただそれだけだ。

 長剣を引き戻すと裂かれた部分はあっという間に周囲の泥が補填して元通りになった。

 無駄に斬りつけても意味がない。

 蔵人は距離をとると、落ちていたこぶし大の石を拾って、えいやと胴体に投げつけた。

「うええぇ」

 石ころはズブズブと胴体に沈んでいくと姿を消した。

 うかつに近づけば泥の海に取りこまれてジ・エンドである。

「さて、どうしたものか」

 戸惑った蔵人をクレイゴーレムの大きな足が襲った。踏みつけようと巨大な塊が頭上から降ってくる。転がりながら避けると、先ほどの場所が巨人の足で強烈な圧をかけられるのが見えた。ゆったりとした動きで足首が上げられる。平地がべっこりと足の形にへこんでいた。

 焦った蔵人が攻勢に出た。両手で柄をしっかり握り締めると泳ぐようにして深々と腰の辺りに斬撃を見舞う。激しく刃を叩きつけられた箇所の泥が飛び散った。

 だが、クレイゴーレムはなんの痛痒も感じないのか反転するとのろのろとした動きで両手を差し伸べてくる。背後に大きく飛びすさる。

 蚊に刺されたほども感じねえのか。

 敏捷性はないのだが異常な耐久性は通常の斬撃が通じないことを意味していた。

「こいつで、どうだっ!」

 蔵人は再び石ころを拾うと核に向かって投擲した。

 クレイゴーレムは右手を上げると弱点をあっさりカバーする。

 どうやら弱点を守る知能程度はあった。

 攻めあぐねているのを察したのか泥の巨人は両手を挙げて襲いかかってきた。

 蔵人は外套を闇夜に翻すと素早く反転して走り出した。石ころばかりの平地を駆け抜けると斜面を一気に滑り降ちる。

「ようし、ついてきやがったな」

 クレイゴーレムはときおり威嚇するように吠え声を上げるがあまりに距離がはなれすぎたせいか、最初に比べて恐怖感を感じなくなってきた。

 ――こいつ、見かけ倒しじゃね?

 とにかくノロマである。狭い限定的な場所で襲われれば危険かもしれないが、これほど開けた平地で対峙する分にはどうってことないような気分にさせるモンスターだった。

 むしろ、その単調な動きは滑稽さが勝った。

 泥の巨人は誘導されるまま、赤子のような素直さであとを追ってくる。

 その単純さは蔵人に哀れみを起こさせた。

 向かう場所は蓮が群生する池である。

 早朝に咲き誇り正午には閉じるピンクの蕾が辺り一面にうっすら見えた。

 頭上にあった月明かりが流れてくる分厚い雲に覆われ、周囲が瞬間的に闇夜に変貌した。

 ええいままよと、胸まで浸かる池にざんぶと飛びこんだ。

 器用に剣を咥えたまま泳いだ。遅れじとクレイゴーレムも池へと巨体を沈めてくる。

 予想通りだった。

 クレイゴーレムの身体は水溶性の泥で出来ており、水に浸かった瞬間にみるみるうちに溶け出していった。

「こいつ、自爆だろう」

 断末魔の悲鳴に似た咆哮がいまや水没しかかった巨体から発せられる。遠いはずだった喉仏の核がちょうどいい高さにまで降りてきた。

 蔵人に課せられたのは、無防備に露出された巨人の核に剣を打ち下ろす戦闘行為とはいえない作業だった。






 メリアンデールは窓際で震えながら飛び出していった蔵人の姿をじっと探していた。

(やっつけてなんていってないのに。ただ、そばにいてくれるだけでよかったのに)

 蔵人は確かに多少は剣が使えるようだが、そこまでは望んでいなかった。

 助かったという安堵感はまるでなく、大変なことをしてしまったという自責の念がはるかに大きかった。

 見上げるようなクレイゴーレムの巨体を見た途端、腰が抜けてしまった。街の暴漢とはまったく違う部類の恐ろしさである。代々錬金術師の名家に生まれ育ったメリアンデールは家出同然の形で飛び出してから少しは世間を知ったつもりになっていた。クランのひとりとしてダンジョンに潜った経験はあるが、あそこまで巨大なモンスターを直視したのは生まれてはじめてだった。

(勝てないよ、あんなのバケモノ。どうしよう、どうしよう! いまからわたしが行って。行ってどうなるっていうのよ! でもでもでも、クランドはわたしのために飛び出して行ったんだ! あんな怪物相手に!)

 メリアンデールが直接手にかけたモンスターといえば、不定形の弱小モンスターであるアメーバゲルくらいである。脅威とはいえない存在だった。

 蔵人が居なければ自分を脅かしていた声の存在を確かめることすらできなかった。

 こんなことで相棒だなんていえるのだろうか。

「ようし、勇気をだすのよ、メリアンデール!」

 カタカタ小刻みに震える右手首を左手でぎゅっとおさえて自らを鼓舞する。

 腰に下げた鞘からミスリル銀で造ったナイフを抜くと、目の前で月明かりにかざした。

 怯えを押し殺す。

「クランドを、助けないと」

 強く目を閉じると迷いは晴れた。メリアンデールは意を決して立ち上がると、玄関に向かって走り出す。扉を蹴りつけて一気に戸外へと躍り出た。周囲に視線を走らせる。格闘の気配はおろか、あらゆる生物が死に絶えてしまったように世界は静かだった。ナイフを腰だめにして警戒を切らさず駆け出した。緊張と恐怖で心臓が押しつぶされそうだった。

(無事でいて、クランド! きっと、なんとかしてみせる。自信はないけども!)

「あだーっ!?」

 格好つけて斜面を降りようとし、メリアンデールはバランスを崩して頭から突っ込んだ。

 ずさーっと音を立てながら転がっていくさまは中々に情けなかった。彼女は先天的に運動神経が欠如しているようだった。

「いだいーっ!」

 メリアンデールは涙目になりながら顔を上げる。そこにはあきれ果てた顔をした蔵人の姿があった。

「なにやってんの、おまえ」

「え、あ、だって。ゴーレム、そのクランドを助けなくっちゃって、その」

「そうか、心配して来てくれたのか。ありがとな」

「あ……!」

 差し伸べられた手を掴むことも忘れて男の顔に見入った。

 正直なところ、目の前の男を選んだ理由はそばにいて緊張しないレベルに落としていた部分があった。美男、男前、二枚目などいいかたは色々あるが、正直容姿のすぐれた男性は苦手だった。メリアンデールが蔵人に抱いた第一印象は、もさっとした垢抜けない感じだった。だから選んだというのに。はにかんだようななんとも男らしい笑顔を目にした途端、一瞬息が詰まったように感じたのだった。

「どしたん? どっか怪我でもしたか」

「いえ、別にわたしはだいじょぶです」

 メリアンデールは手をつかむと一気に引き上げられた。まるで、自分が羽毛になったかのように錯覚するほど力強さに満ちていた。

 気のせい気のせい、と胸の内でもごもごつぶやく。さっと顔を上げて蔵人に視線をあわせると、いつも通りの人を食ったようなとぼけた表情だった。

 膝のホコリを払ってまじまじと蔵人を見る。全身ずぶ濡れでところどころは粘った泥にまみれていた。あれほどのモンスターだ。よほどの激戦であったにも関わらず顔には疲労の色すら見せない。まさしく超人と呼ぶにふさわしい力だ。バクバクと興奮で胸が高鳴った。

「それにしても、クレイゴーレムはどうしたのですか」

 最初から気になっていた疑問を投げかけた。

「え、もうやっちまったぞ。ホラ」

 蔵人はこともなげにいうと、手にした核を放ってきた。メリアンデールは受けとり損ねて弾いてしまう。慌てて拾い、丹念に確認した。魔石に彫られた呪印が真っ二つに両断されている。すなわちそれは魔導生命体の死を意味していた。

(本当にやっつけちゃったんだ。わあ……)

「なんだよ」

 胸の前で腕組みをしている青年は、大柄であるという以外にそれほど特異性は見受けらなかった。けれどもあの巨人をこの短時間で倒したという事実を前にしてみると、とてつもない人物に見えてくるのが不思議だった。

「ぶえっくしょおおおおいっ!!」

 池の中での格闘になったのだろうか、冷え切った身体を外套で包みこみ震えている。

 なにはともあれ命の恩人である。

 メリアンデールの家には幸いなことに内湯が設えてあった。

 ロムレスでは風呂嫌いな人間は結構多いので勧めることに躊躇したが、蔵人は随分と風呂好き綺麗好きなようだった。なんでも彼の故郷の人間は病人でない限り、ほとんどの人間が毎日湯に浸かる習慣があるらしい。そういった点でもメリアンデールと気があった。綺麗好き清潔好きは女性にとってポイントが高い。手を引いて家に戻ると、風呂釜に火を入れた。沸かしたお湯がパイプを伝って風呂場のバスタブに流れる仕組みになっているのだ。

「なんだよ、一緒に入ってくれるんじゃねーの」

「ええええ、ないない。いくらなんでも、それはないよー」

 あくまでもからかっているだけと理解はしているが、強い気恥かしさにメリアンデールは顔を伏せた。だからいわずもいいことをいってしまった。

「……その、背中を流すくらいなら」

 蔵人がうきうきした表情であっという間に脱衣をすませる。しかもまったく前を隠そうとしないのだ。メリアンデールは成年の露出した男性器を生まれてはじめて直視して思わず硬直した。脳内が混乱して目の前にチカチカと真っ白な火花が散った。

「おい、早くしろよ」

「はい」

 小さな椅子に腰掛けた蔵人に背中向きになってもらう。いくらなんでも、前を洗うのは不可能だった。これだけは譲れないのだ。

(わあ、広くておっきな背中だ。傷だらけだし、ゴツゴツしてる)

 彼女がはじめて見た男性の裸体は巌のようにたくましかった。彼女が知っている男性といえば、父親か兄か弟くらいであった。

 名のある錬金術師の家に生まれた彼女は当然ながら貴族階級であり、例え親子であっても庶民と同じように気安く接するということはなかった。男の兄弟も同様である。屋敷で会うのは朝と夜の儀礼的な挨拶だけであり、学問や礼儀作法、一族の秘術としての錬金術の講義はすべて女性の家庭教師や母親が担当した。

 メリアンデールの世界は十六の歳まで完全に閉じた世界で完結していたのであった。

「すごい木のコブみたいだぁ」

 張り出した肩の筋肉にぺたぺたと指を這わす。ぎゅぎゅっとつかんでみる。それからおもむろに自分の肩の肉をつまんでみた。

 これはもう根本的に違う構造としか思えない。

 メリアンデールが深い思索に入りこもうとすると、巨大な岩のような肩が小刻みにぶるるっと震えた。

「さみいから、お湯かけてくれるとうれしいんだけど」

「わっわわわっ! ごめんなさいっ」

 メリアンデールは激しく赤面した。






 蔵人が目を覚ますとすでに夜は明けていた。

 メリアンデールとの押し問答の末、同衾することは避けられた。

 つまりは、飼い犬よろしく彼女のベッドの下で毛布だけ借りて眠ったのだ。

 メリアンデールとのひとつベッドで寝ることを躊躇したのは別に不甲斐ない根性からということではない。断然ない。

 むしろ、一緒に寝ていたら鳴き叫ぶ彼女の頬を二、三発引っぱたいて無理やりねじこむくらいのことはしていただろう。

 そのくらいワイルドな男なのだ、俺は。

 だが、蔵人としても、自分を信じきった瞳で見つめる無垢な少女を無理やり組み伏して、いやそれはそれでそそるものがあるが、という力任せの技はできる限り避けたかった。どうせ抱くならば、その場限りの喰い散らかしではなく永続的な行動に繋げていきたい。大局的見地から物事を進めることこそ王道であり明日に強く太くリンクしていくという奇妙な哲学が働いたからであった。

「腹減ったな」

 寝ぼけ眼で鼻をヒクヒクさせる。パンを焼く香ばしさと、温めたミルク独特の匂いが入り混じったものが辺りに漂ってきた。

 昨日のゴーレムとの一戦の疲れはまるでない。むしろ、軽く身体を動かしたので調子がいいくらいだった。蔵人は大きく伸びをすると伸びた無精髭を爪の先でガリガリ掻いた。

「クランドー起きなさいですよー。さわやかな朝ですよー」

「んああ、おはよう。メリー」

「おはようございます、クランド。今日はとってもいい天気ですよ」

 メリアンデールは白いエプロンをかけてお玉を持ったまま、白い歯を見せて健やかな笑顔浮かべていた。

 一瞬、強くどきりとする。まるで、自分がずっとこの家で生活していたような気分になったのだ。ありえないことだが。

「さ、さ。席についてくださーい。クランドは、ここ」

「おう」

 メリアンデールに促されて卓に着くとそこには洋風の朝食が綺麗に並べられていた。

 茶色く焦げ目のほどよくついたトースト。

 温められたミルク。

 皮を剥かれてカップに鎮座するほこほこと湯気の立つゆでたまご。

 シャキシャキとした歯ごたえがありそうな野菜サラダ。

 真っ赤なジャムの添えられた純白のヨーグルト。

 搾りたてのオレンジジュース、などなど。

 完璧じゃないかと、と思ってついついメリアンデールの顔をじろじろと眺めてしまう。

 蔵人の視線に気づいた彼女は恥じらって自分の耳をもにょもにょいじっていた。

「まあいいや。それにしても、おまえってばちゃんと料理作れるんだな。俺は感心しました」

「あ、いえ。その、お口にあわないかもしれないけど、どぞどぞ」

「んんん。まあ、いっか。いただきまーす」

 蔵人は妙な雰囲気の中、少し気後れしつつも健啖さを見せてペロリと朝食をすべて平らげ、メリアンデールのヨーグルトも奪った。デザートも奪われた彼女が異様にニコニコしていたのは微妙に気になったが、とりあえずすべてを腹に収めた。暗喩的な意味でも。

 朝食をすませると、ふたりは冒険者組合(ギルド)の事務所に向かった。狙いはダンジョン攻略である。

「にしても、おまえの造ったアイテムもなかなかどうして使えるじゃないか」

「でしょー」

 にこにこ顔で応えるメリアンデール。蔵人が褒めたのは、メリアンデールが開発した荷物を圧縮する、マジカルコンプレッションバックである。

 形としてはどこも奇抜な部分はない。見かけはただの袋である。

 ただし、性能としてはずば抜けていた。  

 従来では異様にかさばり、重さも数十キロを超していた冒険道具を空間圧縮魔術を利用した絞り上げるタイプの袋に詰めこむことを可能とした超“万能袋”であった。

 似たようなアイテムは冒険者組合(ギルド)の公式グッズとして販売されていたが、メリアンデールの開発したバッグの圧縮率は公式グッズのほぼ五倍であり、腰に下げることを可能とした。

「さすがスーパーアルケミスト! にくいね!」

「いやっふうー! もっと褒めてっ」

 なお科学的なことは気にしてはいけない。異世界はすべてマジカルに牛耳られているのである。

「便利でしょー。道具もーかさばる寝袋もテントもコッヘルも燃料もお水もー、わたしの造った袋に入れてぎゅーっと絞ればあら不思議。こんなにコンパクト! 手のひらサイズに!」

「すげー、でもこれ生き物とか入れたらどうなるんだ」

「さあ?」

 お互いが顔を見あわせ無言になる。嫌な沈黙だった。

「でも単純にスゲーよな! メリー、おまえ天才じゃね?」

「えへへー。褒めて褒めてー」

「うりうり」

「でへへ」

 蔵人たちがそんなやりとりをしながら、いまや馴染み深い赤レンガの事務所に入っていくと、あいも変わらず立ち番をしている組合の番兵が驚きのあまり槍をとり落とした。

「いよっ」

 蔵人は馴染みの番兵に快活に挨拶をする。間髪置かず、深刻な様子で肩に手を置かれた。

「クランド、いまなら罪は軽い。さあ、その子を親御さんに返すんだ」

 メリアンデールがぱちくりと目をまん丸にして両者を見上げている。そういえば、女を同行して冒険者組合(ギルド)に来たことはなかったな、と思い返した。

「あんた、いま無茶苦茶失礼なこといってるからな。告訴もんだよ、これは」

「オレもいっしょに騎士団の駐屯地までつきあってやるから、な」

「人を犯罪者既定路線で話すのやめてくんねえかな」

「おまえがこんな美人といっしょってことは、もう犯罪としか思えねえだろ、常識的に考えて。略して常考」

「おまえがはじめて略したようにいうなよ。その表現むしろ手垢がつきまくって腐敗してるからね。むしろ、古すぎるからね。前世紀の遺物だからね」

「なに、え、うそ。それじゃ、この美人ちゃん、もしかしてじゃなく、おまえの関係者? 飲み屋の姉ちゃんとかじゃなくて?」

「ちっげーよ、離せよ、オラっ」

 蔵人が乱暴に手を振りほどくと番兵はマジ泣きの入った声で、ちくしょおおっと呻き声を漏らしていた。

 ふふんと鼻で笑いながら、足音も高らかにロビーを通過していくと、暇そうにペンを回転させていたネリーと目があった。

 彼女は蔵人の背に寄り添うようにして歩いている少女を見るとギョッとしてペンをとり落とした。なんだかすごく失礼であった。

「おいクランドが女連れてるぜ」

「どっからさらって来たんじゃねえの」

「結構かわいいな」

「娼婦だろ。娼婦にそれらしい格好させて連れこんでるんだ」

「新しい! その手があったか」

「その手があったかじゃないでしょ。まったくイヤラシイ」

「ケッ、どうせガバガバだろ。う、う、うらやましくなんかないんだからねっ」

 愚民たちの羨望が少々鬱陶しい。誇らしげに胸を張って歩く。周囲の異様な気配に気づいたメリアンデールが袖をちょいちょいと引いた。

「あの、わたしたちなぜか注目されてますけど」

「ほっとけ、さみしい人たちなんだよ」

「はあ」

 冒険者たちのたむろする場所を通り抜けていくと、真新しい大扉が見えた。チェックポイントなのだろうか、ギルドの係員がパスであるふたりの認識票を確認した。大扉を開けてさらに進むと、真っ直ぐな通路の脇に雑多な小店が軒を連ねていた。

「そーいえば前回もここ通ったんだよな。ロクなものは売ってなかったが」

 すでに一度通っているのでたいした興味も惹かれることはない。蔵人がずんずん先を歩いていくと、いっしょに歩いていたはずのメリアンデールの姿が遅れがちになった。どうやら、店のこまごまとした売り物に目をとられて立ち止まっては歩き、歩いては立ち止まっている。

「おい、なにやってるんだ。なにか、珍しいものでもあったか?」

「ねえ、これ見てくださいな。すっごくかわいいですよ」

「ただの土産物だな」

 メリアンデールもご多分にもれず女の性としてちまちまとした雑貨にやたらとこころ惹かれるらしい。彼女は七宝焼きで造られたバッジを手にとってキラキラした瞳で見つめている。ロムレスの国鳥である鷹をあしらった金色のバッジはいかにも素朴な造りであるが蔵人にその良さを理解するのは少し難しかった。

「おまえ何回もここに来てるんだろう。別に珍しくもないだろうが」

「えー、でも。いつもは、ひとりだからなんとなく気まずくて通り過ぎちゃって」

 メリアンデールは頬を膨らませると、不満そうに上目遣いをした。

「まあまあ、ニイちゃん。そうカタイことばっかいってると彼女さんにフラれちまうぜ!

 どうでえ、ギルド名物ダンジョンバッジ! いまならお安くしとくよ! 冒険の記念に買っていきなせえ!」

「いらんいらーん。行くぞ、メリー」

「ああん。記念バッジぃいい!」

 蔵人はメリアンデールの手を引いてその場を離れた。

「土産物など不要だよ。観光に来てるわけじゃねえんだ」

「でもお、欲しかったのに。くちばしがかわいいんですよ、あれ」

 しばらくの間はブツブツ愚痴をこぼしていた彼女だったが、人工物のないダンジョンに突入すると表情を引き締めてマジカルコンプレッションバックを開放して冒険の準備にとりかかった。

 ダンジョンの中は当然光など存在しない暗黒の世界である。

 冒険に欠かせない三要素とは、すなわち、

 光源、

 マップ、

 食料、

 の三種だといわれている。

 たとえ武器を失おうともダンジョンの地図さえあればモンスターから逃げ切ることは不可能ではない。

 ただし、それも地図を読みとれる光と行動を継続させるカロリー源が必須であった。

 明かりを発生させる魔術の使い手がクランにいれば話は別だが、魔術を使える仲間のいる集団の方が圧倒的に少ないのである。

 よってほとんどの冒険者は原始的な松明をもっとも多用した。

 第一に安価である。

 ほとんどが木ぎれに布を巻き、松脂や油を湿したもので誰にでも作成できるものだ。

 ランタンのように、光量及び取りまわしのよさに劣るが、資金であえぐ激貧冒険者には重宝された。

「わたしがいる以上アイテムに関しては不便させませんよー」

 メリアンデールは手提げ式ランタンを道具袋から出すと手の甲でコンコンと軽く叩く。

 まもなく周囲は昼間のように明るく照らし出され、洞窟内の凹凸や暗渠が容易に確認できた。

 曰くメリアンデール式ランタンは市販の油を入れて使用するものとは違って、中央のガラス部分にロムレスヒカリゴケを入れてあった。

 このコケ植物は振動に反応して長時間自己発光するという特性を持ち、通常時では永続性を持ち得ないものだが、メリアンデールの研究により培養に成功した特殊個体であった。

「十日に一度ほど水分を切らさなければ死滅することはないんですよ。ただ、ひとつだけ難点があるとすれば極度に直射日光に弱いのです」

「難儀な生物だな」

 自らは光り輝くことができても強い日光の下では生存できない哀しい人工生命体だった。

 ともあれ、蔵人とメリアンデールは音一つないダンジョンの探索に乗り出したのだ。

「えーと、次は右ですね。そうそうそこを右に折れてください。それから、まっすぐ行ったら左手に小部屋がありますがモンスターが潜んでる可能性が高いので避けましょう」

 また、彼女は地図を正確に読みとる能力も長け、公式地図とはいえかなりいい加減なルートを適宜修正する力があった。

「すごいじゃないかメリー。おまえがこれほど使える女だとは正直思わんかった」

「ふふん。もっと褒めてください、ふふん」

 メリアンデールは一定時間経つごとに自分と蔵人、それから通過した経路へと小瓶の中身の液体をふりかけていた。不思議に思い尋ねると、モンスター避けの薬剤だという。

「モンスターイヤンナールです」

 青色の薬剤は無臭でありほとんど水と変わらないように感じた。

「錬金術のたまものです。錬金術はすべてを可能にするのです」

「それはいいすぎ」

 確かにこまめに使用することによってダンジョン突入から一度も敵影を目にしていない。

 効果は抜群だがネーミングセンスはゼロであると蔵人は思った。

 しばらくは無言の行が続く。

 蔵人も特に必要がないので無駄口を叩いたりしない。夏だというのに地下に位置するダンジョンの内部は乾ききっており肌寒いくらいだった。

 生来おしゃべりなメリアンデールは無言の空気に気まずさを覚えたのか身体をもじもじさせて視線を送ってくる。

「なあ、ちょっといいか」

「はい、はい。なんでしょうーか!」

「たぶん、そんなに楽しい話にはならねーと思うぞ。おまえを襲ってたゴーレム。操ってたやつに心当たりあるか」

「うーん。それが、ないんですよねー。ほら、わたしってばここの地元の人間ではありませんし、越してきてから二ケ月くらいしか経ってないんですよ。あんまり外にも出かけないですしー。基本引きこもりなのです」

「引きこもりねえ。そういえば、以前組んでたやつらがいたっていってただろ」

「確かに一回ご一緒しただけですぐ別れましたけど。それ以来はギルドでも会ってませんよ」

「ほら、じゃ、他になんか思い当たることないのか。ちょっとしたことで、恨みを買うとか、恨みを買うとか、恨みを買うとか」

「うっわ、どんだけわたし恨まれまくってるんですか!? わたしのことなんだと思ってるんです!」

「ちょっとかわいい無神経なバカ」

「そんな、かわいいだなんて」

 メリアンデールは頬に手を当てながら尻をフリフリ動かした。

「おまえ後半部分は意図的に無視してるだろ。どっちにしても、あの程度のイヤガラセならそれほど根深いもんじゃねえだろ」

「そんなあ。わたしけっこう毎晩毎晩どしんどしんやられて精神的に来てたんですよ。不眠症にもなりかけてたし」

「甘い甘い。あんなもんは、ちょっとスケールのデカいガキの嫌がらせレベルだ。俺なら初日にゴーレムを特攻(トッこ)ませて自爆させてるよ」

「え、なにそれ。わたし、クランドの思考の方が怖いです。血も涙もないです」

「とりあえずは対処療法でいくしかないな。なにか変化があったり気づいたことがあったらすぐ教えるんだぞ」

「えっと、あっ、はい」

「なにニヤついてんだよ」

「……だってクランド、口は悪いけど結局のところわたしのこと心配してくれてるんですよね。その、うれしいなって」

「ふん。おまえが信用したところでパクッと食べてやろうかと思ってるだけだ」

「んふっ」

「笑うな、気持ち悪い」

「あー、あー、ひどいんだぁー」

「うっさいよ」

 蔵人たちは愚にもつかない会話をかわしながら迷宮探索を続けていく。おおよそ、二時間ほど歩いたところで小休止をとることにした。休む場所はなるべく見通しの効く壁を背にした平坦な場所に決めた。

 メリアンデールが空気を入れて膨らませるタイプの抗菌マットを地面に敷くと、慣れた感じでお湯を沸かしはじめた。

「なんか、こういうのっていいよな。キャンプみたいで、俺好き」

「ですよねー。ダンジョンの中って狭くて暗くてなんか怖いし危険だけど、こういう非日常的なところでお茶飲んだりお菓子食べたりするのっていいですよねー」

「だよな」

 もっとも俺にとってはこの世界のすべてが非日常にしか思えないんだけどな。

 嬉々として茶の用意をする彼女にしても、存在自体が完全に異文化であった。

 高い鼻に脱色や染髪ではない自然な茶髪。東洋人には絶対ないブルーの瞳。

 おまけに、聞こえてくる言葉はすべて日本語なのだ。蔵人は英語の成績など中高から現在の大学二回生に至るまで犬に食わせてやりたい程度のレベルだった。街角でウィッキーさんに会ったら目潰しして遁走する貧弱さである。

 それが、いまやバイリンガルのようにナチュラルに通じるのである。ときおり、脳みそが悲鳴を上げそうになる。拭えない違和感をなにかが無理やり押さえつけようとしている感すらあった。

「どしたんですか、いきなりぼーっとして」

「いや、なんでもねえよ。ほら、手際いいなと思って。おまえ、いい奥さんになれるよ」

 ごまかす風にいった言葉に狼狽したメリアンデールは、沸き立ったケトルを滑らせて蔵人の肝を大いに冷やしたのだった。






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