Lv46「道化と娼婦」
東の城門を抜けると、ゆるやかで起伏のない街道が平坦な地形に沿って真っ直ぐ南に向かって伸びていた。
領主の手によって定期的に補修されているのだろう、石畳の道には目立った損壊は見られず、付近の田畑へ耕作に出る百姓衆の姿がちらほら見られた。
目を遠方に向ければ、凹凸の激しい連山の波が、薄紫に霞んで稜線を描いている。
中でも一際大きく目立って巨大なのが、標高八千メートルを誇るロムレス王国一の竜王山である。
地球において、標高八千メートル峰といえば、ヒマラヤ及びカラコルム山脈にあたる。
多数のモンスターが跳梁跋扈するこの山は、地元民でもほとんど立ち入らない。周辺住民とモンスターたちの生活区域は、まるで互いが条約を結んだように、一部の区域から整然と分かれており、よほどの飢餓的状況が発生しない限り、両者は互いに接触することはなかった。
それだけに、邪龍王ヴリトラと称される竜種のモンスターが時期外れの夏季に姿を見せはじめたのは凶事であった。
「あのジジィ、いきなり生命保険勧めてきやがって。許さん」
蔵人はビスケス村方向に向かう乗り合い馬車に揺られながら低くつぶやいた。無論愚痴の対象は、道具屋の店主ドナテルロに対してのものだった。
「あまつさえ、竜のウロコの一枚でも剥いできたら、店ごと交換してやるだと。ふざけやがって」
竜の鱗は、あらゆる製品に加工できる超高級素材に分類される。
もっとも、竜の種類によってその値段は激しく上下するが、並のモンスターをチマチマ狩ったりするよりかは、はるかに効率的であった。
だが蔵人は理解していなかったが、邪竜王と称されるワイバーンは竜種とはいえ下級にあたりそこまでの価値はなかった。
常識的に考えて、蔵人が大クランを出し抜いて多大な賞金を得るなど最初から無理な話なのであった。
既に、邪龍王ヴリトラの出没が知られているのか、六人乗れる車の中には、蔵人を除けば村周りの行商人である中年男以外は誰もいなかった。
「それにしても、店子がふたりとは、随分とわびしいじゃありませんかあ。ええ。これでは、この暑さの下で汗を流して車を飛ばす馭者さんも、たまったもんじゃありませんですなぁ」
イアゴと名乗った四十過ぎくらいの行商人は、出発地点であるシルバーヴィラゴからいっしょに乗り合わせているが、やたらに無駄口を叩くのには閉口した。
蔵人は別に寡黙な性質ではないが、かれこれ四時間も意味のないことを延々と話されるとさすがにうんざりした。
「それにしても、クランドさん。あなた、わざわざ化け物退治にビスケス村にまでまいりなさるんで? まったく、若いもんは勇気があるというか、無鉄砲というか、なんというか。いえいえ、馬鹿にしているんじゃありませんよ。感心しているんでさぁ。そもそも、あたしだって、親方にいいつけられなきゃ、なにもこの時期にあんな危険な田舎くんだりまで大汗かいて行こうとは思いもしませんよ。だがねぇ、あたしもガキが五人、おまけに嬶の腹ン中にゃいつ産まれてもおかしくないのが一匹待ち構えているんで、上のモンの指示には逆らえませんわ。とにかく、銭を稼がにゃどうにもならんのですよ。そうそう、あたしが降りる予定の村ですが」
「なあ……」
「はい?」
蔵人はイアゴの頭を両手でつかんで固定すると、全力で半回転させた。
「ほぎぃっ」
イアゴはおかしな悲鳴を上げて、首の骨のごきっと鳴る音と同時に、真っ白な泡を吹いて前のめりに倒れこんだ。
蔵人はブーツの先で二三度イアゴの鼻先をつつくと、完全に動きが停止しているのを見て顔をほころばせた。
「うし。これで静かになったな」
蔵人がひと仕事終えた感じでぐるぐる肩を回していると、馬を操っていた馭者が、真っ青な顔色で幌の間から覗きこんでいた。
「ひ、人殺し」
「黙れ」
「だ、だって」
「おまえも迷惑そうにしていただろうが」
「なにも殺すことは」
「おまえが黙ってればわからん」
「……」
「おまえも永遠に沈黙したいのか」
「ひいいっ、黙りますっ黙りますうっ!」
「心配するなって、たぶん生きてるよ」
馭者の男が顔を硬直させたまま、手綱を硬く握り、もう客席の方を振り向こうとはしなかった。
蔵人は雑音から解放されると窓の向こうの麦畑を見やった。
黄金色に染まった海が延々と続いている。吹き抜ける風の心地よさにまぶたを閉じると、馬車が大きく揺れて急停車した。
「まずいぜ旦那、盗賊だァ!」
六十をとうに過ぎた老馭者は陽に焼けて赤黒く染まったシワだらけの顔をクシャクシャに歪めてしわがれた声を絞るように吐き出した。
「こんだァなんだい、まったく。いいかげんに、少しはくつろがせてくれい」
蔵人は目をつむったまま身体を弛緩させて興味のなさげな声を出した。
「……ダメだ、やつら襲った馬車を引き倒して道を塞ぎやがった。オレはこの年だ。走って逃げられやしねえ。ちきしょう、こんなところでお陀仏とは。前のやつらも運が悪かったが、早いか遅いかぐれぇの違いしかねえ」
「前のやつらって誰だ」
「誰って。女ばっかりだ。格好から見て堅気じゃあねえな。女衒と娼婦たちだ。旦那と同じ口で、ビスケス村に集まった兵隊相手にひと稼ぎってところだったが。かえぇそうに。野盗どもにつかまっちゃ、骨までしゃぶられて、あっちゅう間に死んじまうだろう。あああっ、盗賊ども五人もいる。ああ、神さま」
「ジイさん、神に祈るのはまだ早いんじゃねえか」
「そうです。とりあえず、逃げる順番を決めましょう。あたしが、一番太ってるから最初。次に、クランドさんですね。腰の剣は飾りじゃないでしょう。せいぜい持ちこたえてください。ジイさんは、……まあ半分棺桶に片足突っこんだようなもんだからあきらめてもらいましょう」
突如として、息を吹き返したイアゴが首を捻じ曲げたままいった。
蔵人は異様な光景に恐怖しながら視線をそらせた。
「おっさん、首丈夫なんスね」
「そんなことはどうでもいいんですよっ! あたしにゃ、嬶と五人のガキが腹すかせて待ってるんですっ。とにかく生き残らなければならないんですよ」
イアゴは猪首をすくませたまま、額に滝のような汗を流しながら力説する。
怒号したショックか、曲がった首が正位置に戻ったのは圧巻だった。
老馭者は落ち窪んだ瞳をギョロギョロさせながら、指先を震わせていた。
「あー、もう。俺がなんとかするから。ふたりは、そこで座ってろよ」
蔵人は剣の柄を握り締め、ザックの中から革袋を取り出して肩にかつぐと、馬車から躍り出た。
五人の盗賊は、娼婦と思われる四人ほどの女に剣を突きつけながら、降車した蔵人へといっせいに注意を向けた。
老馭者のいうとおり、狭い石畳の道のど真ん中には、荷馬車が横倒しになって、通路を封鎖する形になっていた。
車から引きずり出された女たちは荷馬車の前で座り込み、身体を寄せあっている。
彼女たちの目の前に、女衒らしい男の切り捨てられた遺体が転がっていた。
流れ出る真新しい真っ赤な血が、灰色の石畳を広く汚していた。
「まったく公共の道を汚しやがって。とんでもない野郎どもだな」
蔵人は愚痴りながら辺りに油断なく視線を這わせた。
人間であれば、倒れた馬車をよけて脇を通ることが出来る。
しかし、街道の縁には低い石造りの塀が延々と続いているので、少なくともある程度後退して、馬車を塀で囲われた通りから外の未舗装地帯へ出さねば、その先には進めないようになっていた。
「おい、そこの若造。生命が惜しければ、馬車の荷物と身につけているものすべて脱いでその場に伏せやがれ!」
「オリジナリティのないセリフをありがとう。だが、断る」
蔵人の言葉に盗賊の瞳がすっと細まる。
女に剣を突きつけていた男が黄ばんだ乱杭歯を剥き出しにしてがなり立てた。
「おもしれぇ、腹ごなしにぶっ殺してやるっ」
「アンタ、なにいきがってるんだいっ。早く謝っちまいなよ!」
娼婦の中で一番年かさの、二十そこそこの女が吠えた。
「うるせえ、淫売は黙ってろ!」
「あうっ」
男がいきり立って女の腹を蹴り上げる。蔵人に忠告した女は腹を押さえながら顔を伏せた。娼婦たちの悲鳴が辺りに木霊した。
「腐れ山賊が。貴様ら、この俺が成敗してくれるわ」
蔵人は革袋に手を突っこむと、柄が六十センチくらいのハンマーを取り出して構えた。
「なんのつもりだ。それで、おれたちとやるってのか?」
「ふふ。聞いて驚け。これはな、雷神のハンマーといって、深淵の迷宮で発掘された伝説の武器だ。街を出がけに道具屋のジジィが格安で譲ってくれたんだ。おまえらごときに使うのは惜しいが、斬り染めならぬ叩き染めといくぜ」
蔵人の自信有りげな表情に、盗賊たちは息を飲んで、後ずさった。娼婦たちの瞳に希望の火が灯る。それほどの、業物を持つ男なら腕の方も相当なものだろうと、期待するのも当然であった。一方青い顔をしているのは、弱者のみを狙って仕事を行う男たちである。
睨み合っていても埒があかないと理解したのか、頭目株らしき一番凶暴そうな面構えの男が前に進み出てくる。自然、蔵人と向きあった。
「なにィ! ちなみに、いくらしたんだ」
「いちきゅっぱ(※百九十八P)だ。大変お得だろう」
「それ、絶対騙されてるよ」
娼婦のひとりがつぶやくのが開戦の狼煙となった。
「うおおおっ!」
背の一番高い男が鉈を振りかざして駆け寄ってくる。蔵人は右足をひっかけて転ばせると、右腕を伸ばして男の即頭部にハンマーを叩きつけた。
ボゴッ、という頭蓋骨が陥没する音と共に、雷神のハンマーは頭部がすっぽ抜けて吹き飛んだ。馬車に隠れていたイアゴの足元でちょうど止まる。イアゴはハンマーの頭部を拾い上げると、側面の文字を読んで顔を上げた。
「ああ、これ先週ウチで叩き売りした廉価品ですわ」
「ふざけんなっ!」
「ぶっ殺す!」
激昂した男たちが怒声を上げた。娼婦たちの顔からみるみるうちに生気が薄れていく。
「また不良品か」
蔵人は切なげにつぶやくと、腰の長剣を鞘走らせた。剣を水平に構えたまま、男たちの輪に突っこんだ。銀線が斜めに走った。男は顔面を半分に断ち割られると、血潮を石畳に撒き散らして正面から倒れこんだ。
蔵人は続けざまに剣を振るうと、目の前の男の胸板を深々と両断した。男は革の胸当てごと両断されると、後方へと勢いよく倒れこんだ。
「わああっ!」
すぐ後ろにいた男は、倒れこんできた仲間の背を自分の持っていた剣で突き刺してしまい、狼狽して腕をはなした。蔵人は諸手突きで無手になった男の腹へと長剣を深々と埋めこんだ。
聖剣“白鷺”は男の胴体を田楽刺しに、すい臓、副腎、脊柱を完膚無きまでに破壊した。
最後に残った頭目は青白い顔で剣を構えている。あっという間に四人の手下を殺され、平静を失っていた。
己を鼓舞するように大声を出しながら駆け寄ってくる。
蔵人はすれ違いざまに、長剣を横殴りに男の顔へと叩きつけた。
頭目は目鼻を失って潰れた赤茄子のような顔面で断末魔を上げると、転がった馬車の車輪へ寄りかかるようにして絶命した。
蔵人が長剣についた血や脂を拭っていると、娼婦のひとりが口元を手で覆いながら近づいてくる。
「うそ」
五対一である。当然のことながら、蔵人が負けると決めてかかっていたのだった。
だが、結果を見れば圧倒的であった。
まだ、年若く小奇麗にしている(※レイシーの指示で)青年が見るからに獰猛な野獣たちを、小ウサギを狩るようにして屠ってしまったのであった。
蔵人が長剣を鞘に納めて快活に笑って見せる。
娼婦の一団はようやく安心したのか、堰を切ったように駆け寄って蔵人に抱きついた。
「やるじゃないか!」
「やった、やったあ!」
「凄いよ、兄さん!」
「怖かったよぉ」
蔵人はいっせいに四人もの女に飛びかかられ、脂粉の香りに包まれながら目を白黒させた。女たちは、本能的に媚びるようにして、自分の胸や身体を争って押し付けて、蔵人の顔中にキスの雨を降らせた。老馭者とイアゴは手を取りあって踊っている。不意に、歓声の嵐に負けないようにして、甲高い声が響いた。
「いやあ、なんというお強いお方だろうか。おいらァ、生まれてこのかたここまで腕の立つ御仁にゃお目にかかったことはねえぇや!」
蔵人が声の方向に目を転じると、横倒しになった馬車の影から奇妙な人物が踊るようにして近寄ってくるのが見えた。
背丈は蔵人の腰にも満たないだろう。緑の帽子にダブついたまだら衣装を着ていた。顔全体を真っ白に塗りたくっており、真っ赤な作り物の団子鼻をつけている。ただ、歩くにも妙な動作をとりいれており、異様な雰囲気を漂わせていた。
「お初にお目にかかりやす。おいらは、道化のフィリッポ。一同になり代わり深くお礼を申し上げまする」
フィリッポと名乗った道化は目をキラキラと輝かせて蔵人を見上げていた。白塗りの顔からは年齢はよくわからないが、声はやや高めの少年のものだった。彼の低身長はホルモン分泌の異常による小人症といわれるものと推察できた。
すげぇ、フリークスだ。その辺のモンスターよりずっと現実的かもしれん。
蔵人は祖父に連れられて見に行った女子プロの前座に出ていた小人プロレスを思いだし、感慨にふけった。
耽ると同時に、娼婦たちから多方向を同時に押され激しい尿意を感じた。
「旦那、いや兄貴と呼ばせてもらってようござんすかねぇ。兄貴たちはこれからどこへ行きなさるんで」
「その前にさ」
「その前に?」
「ションベンしてきていいか」
蔵人と娼婦たち一行は、合流して進むと、日が暮れた地点で野営に入った。
全員が焚き火を囲んでの酒宴である。
娼婦たちがつくった簡素な食事と、酒が進むうちに一同は打ち解けて笑い声の絶えない時間を過ごした。特に、際立って娼婦たちは蔵人をもてなした。
蔵人が娼婦たちのレベルに落とした低次元の下ネタをかます。負けじとフィリッポがそれに自分のネタをかぶせる。疲れと酔いがダブルチャージして、宴は尽きるところを知らなかった。
数時間後、焚き火を囲んだ宴会場は、良識人が目を背けたくなるような光景に陥っていた。
「んがあああっ」
「げひひ、金、金だ」
「すすすぅ」
老馭者やイアゴは痛飲した酒で完全に意識を失いひっくり返っている。辺りは、爆撃機の十字砲火を浴びたように、酒瓶やグラス、つまみの肴が散乱していた。
荒野の露営においては、火を絶やさないことが第一である。夏季とはいえ、日が落ちれば気温は急激に下がる。
また、各地を闊歩するモンスターのほとんどは比較的炎を恐れる傾向があった。
「はあああっ、ふうう」
蔵人は一行から離れて小便を終えると、器用に雫を振って落とした。夜空を見上げれば、宝石の破片を撒き散らしたような星々が白く冷たい輝きを放っていた。
「兄貴、兄貴」
「んあ、なんだ」
蔵人が声の方向を見やると、フィリッポが笑みを浮かべながら手招きをしている。外套の前を合わせて酔いに火照った顔を動かすと、フィリッポの隣には娼婦の中で一番年かさだった今年で二十三になるマリアの姿があった。
蔵人がそのままその場に立ちすくんでいると、業を煮やしたのかフィリッポが草むらを飛び跳ねながら近寄ってきた。蔵人は鼻先をこすりながら、酔いで濁った瞳に焦点を合わせながら訊いた。
「彼女が俺に用なのか」
「兄貴はにぶいなぁ。姐さんもみんなの前じゃ話づれぇから、こうして人目をはばかってるんで。それじゃあ、いつまでもこうしてるのは野暮天のきわみ。おいらは、ここで失礼させてもらいやすよ」
フィリッポはそう告げると、飛び跳ねるようにしてその場を去っていった。
「なんだかなぁ」
蔵人がゆっくりマリアのそばに歩み寄ると、彼女は緊張した面持ちでくちびるを動かした。
「あはは、悪いね。わざわざこんな風に呼び出すような真似しちゃって」
見れば、彼女も相当飲んでいたはずなのだが、髪も服装も乱れてはおらず、顔にはしっかりとした化粧がほどこされていた。蔵人を見上げる目元がどことなく潤んでいる。闇に溶け込むような濃い黒い髪が月と星影によってきらめいていた。
「ねえ、ふたりでゆっくり飲み直さないかい?」
蔵人は無言でうなずくと、マリアのあとをついてゆっくりと歩いた。一行の野営地から少し離れた場所に、こじんまりとした焚き火がしつらえてあり、すぐそばにはふたりが背を預けるのにちょうど良い倒木があった。
蔵人が無言のまま火の前の毛布に腰を下ろすと、マリアがちょこんとその隣に座った。
彼女はもじもじしながらも、そっと身体を蔵人の肩に預けると、言葉もなく大きな瞳をふるわせていた。
「いけないねえ、自分から誘っておいて黙っちまって。さ、なにはなくとも一献どうぞ」
蔵人はさかずきにつがれた酒を口元に含ませると、鼻先をかすめる脂粉の匂いで股間が徐々に硬直する前兆を覚えて、無意識に腰をややうしろに引いた。
「で、改まってなんの話だ。礼ならもう充分もらったし」
「充分だなんて、そんな冷たいことおいいでないよ。どうして、あたしがふたりっきりになりたがったか、わからないっていうのかい」
「さあ、ぜんぜん」
「んもぉ。あたしは、ごまかすのは性にあわないからいっちまうよ。クランド、あんたに惚れちまったんだよぉ」
マリアはうっとりした表情で蔵人を見やると、自分の髪の毛先をいじいじと弄んだ。
「そうか、そいつは大変だぁ」
「もしかして、まったく信じてないのかい。くやしいねえ」
「あいにくと、俺は自分のご面相が女受けのイイもんだと思ったことは一度もねぇ。今日会ったばかりの女に惚れましたといわれても、はいそうですかと、簡単にうなずけねえな」
「クランド、あんた勘違いしてる。女ってのは、男のツラなんかに惚れるもんじゃないんだよ。女が惚れんのは男の心意気ってやつさ。あの盗賊どもをばっさばっさと切り倒してくところを見て胸がすっとしたよう。あたしら、所詮自分の身体を売り買いしてる淫売かもしれないけど、誰にだって股を開くほどお安くはないんだ。こんなところをウロウロするしか脳のない盗賊どもにつかまったら、それこそボロくずのように扱われてどれほど安い淫売宿に叩き売られるかわかったもんじゃない。あんなゲスどもにいいようにされるくらいなら舌噛んで死のうってまで思ってたくらいさ。それを、クランドはおとぎ話の勇者さまみたいに片付けてくれたんだ。あたしの足りない頭がのぼせあがったってしょうがないじゃないかい。ねえ、信じておくれよ」
「信じるも信じねえも、ねえよ」
「うたぐってるのかい?」
「美人が俺に優しくするときなんてのは、俺をいいように使い倒そうとしてるときだろうよ」
「あんた、いままで女にずいぶんひどい目にあってきたんだねぇ。でも、安心おしよ。いいように使うもなにも、あたしが望んでるのは、クランドに抱いて欲しいってだけんなだから。それとも、こんな薄汚れた娼婦は抱く気にもならないかい」
「おまえは汚れてなんかいねえ」
「うそだよう」
「うそじゃない」
蔵人がマリアの手を取って自分のモノに導いた。
彼女は滾りに滾った、きかん坊に指を這わせると、目元を紅に染めて口元をほころばせた。
「すごい、元気」
「だろ」
マリアは蔵人の胸元に体当たりする勢いで飛び込むと、目をつぶって顔を上げた。
蔵人は久々に抱きしめた女の肉のやわらかさに陶然となりながら、ここに至っては、ごちゃごちゃ考えるのをやめて唇を吸った。
「んんっ……あふっ」
蔵人はキスを中断してマリアの両肩を抱えたま、瞳を見つめながらいった。
「いいのかよ。俺はかなりムチャクチャするぜ」
「いいんさ。商売抜きで抱かれるってのは、壊してほしいってことなの。あたしが、本気かどうかってのは、この身体に聞いてみてよ」
マリアはするすると衣服を脱ぐと生まれたままの姿になって、蔵人の目の前に身体を横たえた。
無論のこと、蔵人が躊躇するはずもない。
余すところなく、マリアの豊満な肉を平らげたのであった。
夜明け前に出発した一行は、その日の夕暮れに目的地であったビスケス村に到着した。
マリアは蔵人が考えていたよりはるかにサバサバした態度で別れると、手を振りながら邪竜王討伐のためにやってきた冒険者や兵隊たちの元に向かっていった。
これからひと稼ぎするにはちょうどよい時間なのだろう。
だが、昨夜は肌を合わせた女が生きる活計のためとはいえ、他の男たちに身体を開くと思えば胸中おだやかではなかった。
「まあ、しょうがねえか。さて、これからどうしようかな、と」
蔵人は小高い丘の上から立って、村の様子を窺った。竜王山の裾にある開けた広場のあちこちには、領主の兵と冒険者たちが張った無数の天幕が見えた。テントのそこかかしこら、夕食の炊煙が上がっている。反射的に胃の腑が悲鳴をきゅるきゅると上げた。
「黄金のなんたら団とかいう、厨二病クラン軍団とは顔合わせたくねーしなぁ」
蔵人の脳裏にギルドで会ったステファンという重騎士の顔が浮かんだ。
あのクソデブが。次、会ったら真っ先に殺す。
落ちていく真っ赤な夕日に目をしかめていると、外套を引く感覚に気づいた。
蔵人が視線を落とすと、そこには先ほど別れたはずのフィリッポが硬い表情のままくちびるを強く引き結んでいた。
「なんだ。おまえも、マリアたちといっしょに行ったんじゃねえのか」
「兄貴、おいらひとつ頼みてえことがありやしてわざわざ残りやした」
「なんだよ、いってみろ」
「おいらも、竜退治に連れてってくだせえ!」
蔵人は緊張でこわばった白塗りの顔を見ながら、またひとつお荷物をしょいこんだと、深くため息を吐いた。




