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ダンジョン+ハーレム+マスター  作者: 三島千廣
第2章「迷宮都市シルバーヴィラゴ」
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Lv44「運命の女」

 





 蔵人たちが屋敷を辞する直前に、シャイロックはせめて落ち込んでいるポルディナに一声かけてくれと頼みこんできた。

「いいですよー。あ、私は先に戻ってますから。ごゆっくりぃ」

 ヒルダはすでに蔵人が天地が逆さまにひっくり返ってもポルディナを購入できないと知ると、笑顔のまま袖をひらひら振って先に帰っていった。勝者の余裕である。

「いったいヒルダはなにと戦っているんだ」

 シャイロックは気を使ったのか、ポルディナを先に庭先に呼び出しておいてくれた。

 いくらか、心の準備は出来たが。元気づけるって、なにをいえばいいんだよ。

「シャイロックのおっさんもムチャぶりが過ぎるぜ」

 いくら美人でも奴隷である。

 しかも、並の価格ではなく常人には手の届かないレベルに達している。

 きみ、性欲異常者に目をつけられていて近々売却されるんだって?

 まあ、気を落とさないでがんばれや、がはは!

「ダメだ。……どんだけポルディナに恨みのある人間なんだよ」

 蔵人は自分の手のひらを顔に押し当てて、うめいた。

 いまにも崖から谷底に転落しそうになって、片手でギリギリの部分につかまっている人間の手のひらに放尿したあげくブレイクダンスを踊るような所業である。

 シャイロック屋敷の庭園は豪商にふさわしい手の込んだ造りのものだった。

 玉砂利を撒いて舗装した小道に沿って、街中とは思えないほど濃い緑の木々が日陰を作っている。時折、木々の下を吹き渡る涼風が肌に心地よかった。

 ロベリアに似た白やピンク、青や紫の花々が群生して咲いている。

 人工的な小川を望みながら佇むポルディナの姿は、花の妖精のようにはかなげだった。

 以前と同じお仕着せを着ているが、伏せられた切れ長の瞳には憂鬱の色が濃かった。

 ……ったく、なんて声かければいいんだ。さすがに、俺も戸惑うぜ。

「おーい、元気ねえな、どうしたんだよ」

「貴方は」

 特に良いセリフも思いつかなかったので、適当に手を挙げて声をかけると、戦狼族(ウェアウルフ)特有の犬耳をぴんと真上に立てたまま、少女が顔を向けた。

「なんかとんでもねえのに目ェつけられたんだってな。災難だな」

「勝手に屋敷の中を歩き回って良いのですか。人を呼びますよ」

 ポルディナは感情をこめずにいうと、再び視線を小川に戻した。

 彼女の印象的だった瞳が力を失っていた。

 当たり前か。こいつ、男に対するハードルがメダリスト級っぽいもんな。

 ダメだろ、あの人格崩壊小僧じゃ。

「シャイロックにいわれて来たんだよ。あのおっさんも気ィ遣いだよな」

「お話することはありません」

「まあ聞けよ。オークションなんだからさ、たとえばいきなり最後の瞬間に超カッコイイ救世主が飛び出してきてさ。おまえを買おうとしてる、腐れ貴族の手の出ないほどの高値を付けるわけだ。スゲェ大どんでん返しだろ? そんな展開になったりするかもしれねえじゃねえか? おまえ、そうなったら絶対にその男に惚れるだろ」

「そうですね。でも、間違いなくありえないでしょう。私に執着しているあの貴族はこのあたりの領主の一族だとか。後顧の憂いを覚えて、競り合う者すらいないでしょうね」

「そんな悲観的なことばっか考えんなよ……」

「だったら、貴方が買い上げてくれるとでもいうの! 勝手なことばかりいわないで!」

 時間が硬直する。

 蔵人としては、彼女がここまで感情的になって吠えるとは思わなかったのだ。

 気まずくなって視線を外そうとすると、彼女がしっぽをくたんと垂れ下げてしょんぼりしているのが見えた。

 ポルディナは自分が怒声を張り上げたことを恥じると、深く頭を下げた。

「申し訳ございません。たかが、奴隷風情が、お客さまに大変無礼な口利きを。お許し下さい」

 それは、氷のように無感情そうな彼女が見せた、はじめての感情だった。

「いや、勝手なことばっかいってるのは俺だよ。ごめんな、無神経で」

「奴隷に謝るなんて、おかしな人ですね。貴方も」

 ポルディナはそうつぶやくと、再び押し黙って小川の水面に視線を落とした。

 さらさらと、流れていく水の音だけが聞こえてくる。

 静まりかえった世界にいるというのに、ふたりの距離は、互いの息遣いも聞こえないほど隔たっていた。

 蔵人はその場にしゃがみこんで、熊笹を折りとると指先で器用に船の形を作ってみせた。

「それは」

「これは、俺の故郷のおもちゃでな。笹舟っていうんだ」

 蔵人はポルディナの手を取って小舟を握らせる。

 彼女は冷め切った表情で、そっと小舟を小川の流れに乗せた。

 夏の陽光が照り返す銀色のきらめきの中を、緑の小舟がすいすいと軽快に泳いでいく。

 だが、所詮は人工の川であった。

 小舟は、排水のくぼみに落ちると、真っ白な奔流に巻きこまれ、消えてしまった。

 ポルディナの哀しげな瞳が、その一点を見つめたまま小さく震えていた。

「私はあの笹舟のようなものです。どうあらがおうとも、やがて流れに呑みこまれてしまうでしょう」

 蔵人はたまらなくなって日差しの強まっている中空に視線を上げた。

 深い静寂の中、失せかけていた強い感情が沸々と湧き上がってくるのを感じた。






 蔵人は、シャイロックの屋敷を出ると、銀馬車亭には戻らず、冒険者組合(ギルド)の事務所に向かった。

 シャイロックは、ポルディナをオークションで競り落とすには最低でも五百万(ポンドル)以上は必要だといっていた。

 競売は水物である。 

 ならば、確実さを期すにはさらに百万上乗せして、六百万(ポンドル)は必要であった。日本円にして、おおよそ六千万円の大金である。日本で稼ごうと思えば、もはや銀行を襲うしか考えられない。

 そもそも、蔵人が日本に戻ってそれだけの金額を貯めようと思ったら一生額に汗して働いても不可能に近い金額だろう。

 しかも期限は来月までと切られている。残りは、二十日もなかった。冷静に考えて、誰もが不可能だと思う。

 だがやらねばならない。

 ポルディナに対する執着とは違う、なにかが心の奥底で煮えたぎっていた。

 不可能に挑む。

 不明確な人生の中で確かなものがあるとすれば、このダンジョンに挑み、能力以上のものを掴み取るのだ。ポルディナを買い取れるかどうかは、まさにその試金石といえた。

 蔵人が事務所の入口から飛びこむと、受付で自分の枝毛を探していたネリーが目を丸くして口を開いた。

「あれ、泣いて帰ったんじゃないんですか」

「な、わけねーだろ。そういえば、ネリー。組合の割引で道具や食料が安く買えるとかいってたよな。教えてくれ」

「ええ、まあいいですけど。なんですか、また買った店でいちゃもんつけて、私に構ってもらおうって作戦ですか」

「悪いが、もうおまえと遊んでる暇はないんでね。さ、早く」

「……んん。なんか随分真面目ですね、つまんない」

 蔵人はネリーに教えてもらった提携店で、荷物を入れるザックと一通りの食料、それに備品を買いこむと、ダンジョンへの移動方法を受付で確認した。

「もしかして本気でいまからダンジョンに潜るつもりですか。自殺行為ですよ」

「自殺行為はいいすぎだろう。なぜなら、今日から伝説がはじまるのだからな」

 蔵人がわざと高笑いをすると、ネリーは溝に嵌ってもがく犬コロを見る目つきをした。

「なんだよ」

「ま、どうでもいいですけど。それでは、こちらが潜行計画書になります。記入したら、ミスがないかチェックしますので、持ってきてください」

 ネリーはドライに徹すると、一枚の紙片を手渡してきた。

 ギルド(冒険者組合)が初心者に進める潜行計画書にクランのおおよその予定を記入しておけば、万が一の場合にギルド直営の救出隊を派遣した際に、生存率を高めることができるのである。

 ただし、高額のギルド(冒険者組合)資本の保険に入っていることを前提とする。

 かつかつの資金でやりくりするクランほど、保険へ加入する割合は低く、ほぼ毎日といっていいほどカウントされる死者の割合はこれらの“貧民組”といわれる人々がほとんどである。身、ひとつで田舎から出てきて、運良く冒険功績を上げて実力を積めば、結果として多額の金銭を得ることは自明の理である。

 つまり、冒険者になって初期の段階で死ななければ安全マージンに余裕が生まれ、どんどん死ににくくなってゆくのであった。

 これは、ギルド(冒険者組合)の根底の目標である、ダンジョン攻略の枷になっているとされる問題点のひとつでもあった。低階層でもコツをつかめば、それなりのモンスターを倒して、アイテムや素材をドロップできる。

 まともな職業に比べれば、四肢を欠損して不具者になったり命を落とす可能性ははるかに高いが、平民の年収を一日で得ることも少なくなかった。低層階で日がなうろついて狩りを行って生計を立てている者のほとんどが冒険者という部類に入るのであった。

「保険入りましょうよ。クランドが加入すると歩合が私に流れてくるんですよ。儲けさせてくださいよ。というか、入れ。私の財布を潤わせろ」

「保険なんざいらねぇぜ。人生はゼロサムゲーム。必ずお宝を持って帰ります」

「そういうことをのたまっている人は、高確率で骨も戻ってこないんですけど、本人が必要ないとおっしゃるのなら、あえてこちらも記入を勧めませんよ」

 ネリーは紙片をひらひら頭上で振ると、ダンジョンの説明をダルそうな口調で話しはじめた。

 深淵の迷宮(ラスト・エリュシオン)は最深部まで百層あり、公式に攻略された十七階までには、それぞれの下層へいく直前の降り口に、転移陣が設置されている。

 この転移陣は、ギルド(冒険者組合)によって厳重に管理されており、冒険をはじめたばかりの者が、では我々は事務所から最深部の十七階から……というわけにはいかない。

「つまり一階から地道に潜って、セーブポイントは自分たちで設置しやがれ、と」

「そういうこと。ズルはダメです」

「……ズルさせてくれよ」

「ダンジョン攻略については、公平さを保つ必要があるのです。地道に血反吐を吐いてくださいな」

 第一に、個人の努力によってプラスされていく冒険功績の公平な査定に響くという点があり、第二に、転移陣を使用するには、エネルギー源である魔石が高価であるという点があった。

 魔石は、ダンジョンの中でも入手することは可能だが、コンビニで雑誌を買うように気軽に手に入れられるものではなかった。ギルド(冒険者組合)の直営店で販売されているものは、公式価格で、ひとつ一万(ポンドル)、つまり約十万円はする高価なものだ。

 つまり、ひとつのクランが転移陣を使用してダンジョンに一度潜る計画を立てたら、すくなくとも一万(ポンドル)以上の戦果を上げて帰ってこなければ足が出るのである。

 もちろん管理や情報の共有を嫌うクランのほとんどは、自分たちがどこまでの階層まで潜っているかや、各階層の情報は秘匿している。各階層のマップやモンスターの出現場所、トラップの設置場所や、ビバークに適した幕営地、水場や鉱石の特殊素材の採掘場所は価千金の情報であり、タダでギルド(冒険者組合)に提供するようなクランは皆無であった。

「ちょっと、質問させてくれ。転移陣を敷設する技術がなかったり、魔石が買えなかったりするクランはどうするんだよ」

「低階層で死ぬまでウロウロしてろって感じですね。貧乏人と無能者(ノースキル)はとっとと死ね。あ、すいません。つい、本音が」

「おまえ正直すぎるぞ。少しは繕えよ」

「いや、だって、ねえ? また……会えますかね?」

「会えるよ! むしろ、ガンガン会うから!」

「えー」 

 冒険者とは博奕打ちである。

 自らの命をカタにして、日夜、闇の中で賽を振り続ける、アウトロー(無頼の徒)の総称でもあった。

「ついにダンジョンに挑むときが来た! って、なんか俺の想像していたワクワク感と違う」

 蔵人はついに深淵の迷宮(ラスト・エリュシオン)の第一階層に足を踏み入れたのである。

 ザックをかつぐと、食料や水を詰めこんだ重みが肩に重くのしかかった。総重量で、六十キロはあるだろう。人間は通常生活の中で、一日に経口摂取する水分の量は、一、五リットルは必要だとされている。

 迷宮探索においては、常に身体を酷使し、なおかつ携帯できる食料が乾き物を主としてとらえると、一日に三リットルは必要であるとする。単純に、水と食料を十日分ずつザックに詰めこんでも、ほとんどそれだけで満杯になってしまう。

 おまけに、蔵人のパーティ構成はひとりきりだった。孤独である。

 いや、ただ孤独なだけならば別に問題はそれほどないのだが(※蔵人は孤独に強かった)万が一の際に、援護をまるで受けられないのである。

「ま、一作目の勇者は常に孤独をしいられていた。俺もロムレス王家認定勇者だ。ダンジョンもひとりで挑むのがスジってもんよ」

 蔵人は、松明に火を灯すと、暗く湿った洞窟の中を歩き出した。

「なーんもないっすねえ」

 通りの店で買った適当な地図に目を走らせる。未知への冒険のため、蔵人の興奮は絶好調だった。DNAの監督である。

「なんか、財宝とかが見つかりそうな気がする。そうでなければ……」

 蔵人はなにも見つからなかった場合、かつてやっていたように通りすがりの冒険者から身ぐるみ剥ぐつもりだった。盗賊の論理である。

 しばらく歩くと、足元の岩肌になにか動く物体を目にした。

 手に持った松明をかざすと、それらは粘液質な形態を持ったままじりじりと近づいてくる。

「ひとつ、ふたつ、みっつ。もしかして、こいつがダンジョン名物のモンスターってやつですかぁ!」

 色は透き通った水色である。

 粘液状な物体たちは次第に酔っぱらいが吐いたゲロのような匂いを放射させながら、団子状に身体を固着させた。口らしき部分はなく、死んだ魚のような色の目玉がこちらを静かに見つめていた。

 アメーバゲル。

 深淵の迷宮(ラスト・エリュシオン)全域に渡って生息する、ザコモンスターである。

「うっひょおおおっ。狩れぇっ、狩れやあああっ!!」

 だが、アメーバゲルも蔵人と会うタイミングを完全に間違えていた。

 幾多の激戦を乗り越えていた蔵人からすれば、もの珍しさこそあれ、恐怖の対象ではなかった。握った剣を勢いよく引き抜いた。

 長剣が凄まじいスピードで銀線を描いた。

 瞬く間にザコモンスターがバラバラとなった。

 蔵人は拍子抜けした体で、アメーバゲルの残骸を見るとため息を吐いた。

「というか、ただの泥団子みたいなもんじゃねーか。こんなもん何万匹殺しても意味が無いような気がする。なにもドロップしないし」

 蔵人は長剣に水をかけて布で丁寧に拭き取ると、あまりの敵の弱さに愕然とした。

 松明のほのかな灯りを、モンスターの死骸に向ける。そこには、お宝も金目のものも別段見受けられなかった。現実は非常だった。

「よし、次からはモンスターを見たら積極的に逃げよう」

 意気込む蔵人に死角はなかった。

 おおよそ三十分後。

「なぜだ……」

 道に迷う子羊の姿があった。

 ロクに地図を読まなかったのが悪いせいか、すでに現在地すら蔵人はわからなくなっていた。ザックを下ろして、地べたに座りこむ。ヒンヤリとした冷気が尻を襲った。

「寂しいよおお、ヒルダぁあ、レイシーぃい」

 おまけにちょっと泣きが入っていた。

 蔵人は両膝を抱えこんで座り、少しだけ迷ってしまった自分に酔うと気が済んだのか、ザックから乾燥肉と黒パンをかじりながら、闇に浸った。

 静寂が強すぎて聴覚が麻痺してくる。蔵人は腹いっぱい食料を詰めこむと、ザックからシュラフを引き出して転がり込んだ。軽く放屁をすると目をつむった。昼間会ったポルディナという亜人娘の肢体が脳裏をよぎった。

 素直に気の毒だと思うし、すべてを諦めきった瞳が無性に頭の中に焼きついて離れないのだった。

「にしても、五百万、いや六百万(ポンドル)か。だいたい、六千万かぁ。札束にすると、一万円札が一枚一グラムだとすると、六キロくらいか。実際、生活しててお目にはかからないよ。いくら、ひと一人買うとしても、どうなんだろうか」

 蔵人はくだらない妄想をしながらウトウトしていると、いつしか寝入ってしまったのだろう。枕元で燃やしていた松明の炎がわずかに揺れた。遠くで男たちの悲鳴が聞こえる。

「なんだよ、うるせえなあ」

 まどろみをおかされた蔵人がシュラフから顔を出すと、洞窟のはるか向こう側で、数人の男たちが争う音が聞こえてきた。

 蔵人は舌打ちをすると、シュラフから立ち上がり松明を引き寄せた。

 鉄の塊がぶつかり合う音と共に、灯りの向こう側に三人の冒険者らしき男たちと、いままで見たことのない奇妙なモンスターの姿があった。

 まず目につくのは猿に似た顔である。

 その怪物は幼児が描く人間の絵のように、巨大な猿顔から直接手足が生えており、胴体というものがまったく存在していなかった。

 頭部の真下から突き出た足の細さでは、どう考えてもその重みを支えきれそうには見えないのに、その怪物は物理法則を超越して踊るようにデコボコした足元を気にせずに跳躍していた。毛むくじゃらの両手には、木の枝に植物性のツルで縛った石が固定されていた。モンスターの武器は極めて原始的な石斧だった。

 頭に手足だけが生えたような冗談の塊のようなモンスターは、デビルエイプと称される低階層に多数見られる種族だった。

 彼らは好んでダンジョン内のコウモリや昆虫を食べる。腕力はそれほど強くなく、ある程度の冒険者なら苦もなく倒せるレベルの生物だった。

 しかし、蔵人の目の前で恐慌状態に陥っている三人の冒険者にとってはそう映っていないらしかった。

 頭に鉢金を巻いた男は小ぶりのナイフを抜いて立ち向かっているが、完全に腰が抜けていた。

 かなりの巨躯を持つ重戦士タイプの男は、座り込んだままトゲつき棍棒を握り締めまるで動こうとしない。

 残りの一人は、武器すら持たずに、ふたりに対して声援を送るにとどまっていた。

「ひいいいいっ、ポーキー! 援護だ、援護しろおぉお!」

 鉢金は、周囲をぴょんぴょん跳ね回るデビルエイプに向かってナイフをやたらめったら振り回している。素人丸出しだった。

「あ、ああああ。お、おで、こわくて、腰が、腰が」

「フム。このモンスターは、デビルエイプですね。僕の記憶によるとそれほどの強さはありません。さ、オズワルド、ポーキー。協力して足を狙ってください。やつの弱点は、その貧弱な脚部です」

「カール、てめえ隠れてないで助けろよおおっ。ひいいいっ、サル顔が、巨大なサル顔が襲ってくるううっ!」

 鉢金ことオズワルドに対して、カールと呼ばれた小男は、岩陰から顔だけを出しながらそっとつぶやいた。

「あと、補足として、デビルエイプはつかまえた獲物のハラワタをすべて引き出して、まだ生きていいるうちにモリモリかじるそうですよ」

「いやだあああっ!」

 オズワルドは小娘のように泣き喚きながら座りこんだまま、ションベンを垂れ流しはじめた。

 最初に出会ったクランのあまりのみじめさに、蔵人はさすがに手助けする気になった。

「おいおい、ガキみてぇに泣き喚くなっての。おい、そこのメガネ。あのデカザルの弱点は足だってか」

「あ、はい。脚部を捻挫しただけで動けなくなって死ぬらしいです」

「なんとまあ、はかない生き物だこと」

 蔵人はデビルエイプに向かって真っ直ぐに駆け出すと、長剣を水平に構えた。

 奇妙な舞いを続けていたモンスターは、蔵人の突撃を察知すると、本能的に危機を察したのか、攻撃対象を切り替えた。

「もう、おせえよ!」

 蔵人はデビルエイプの振り回す石斧の単調な動きを、身をかがめてかわすと、長剣を細長い足に叩きこんだ。鋭い刃は枯れ木のような両足を楽々切断すると、デビルエイプは簡単にバランスを失ってその場にひっくり返った。

「は、はっはは! ありがとうよ、そこのアンタ。この腐れモンスターが! こっからはオズワルドさまのターンだぜ!」

 先程まで泣き喚いていたオズワルドは、デビルエイプが動けなくなると見るや、やおら立ち上がってもはや無抵抗になった相手にナイフを叩きこみはじめた。動けなくなったモンスターを仕留めるのは至極容易だった。血飛沫を飛び散らせて切り刻まれるデビルエイプは表情を変えずにくぐもった悲鳴を上げ続ける。

「おらおらおらあっ、下等生物がっ、クソザルがっ、劣等種族がっ! オズワルドさまの正義の剣を受けよっ、ぐあっ! こいつ、腕を振り回して抵抗しやがる! おい、ポーキー、タコ殴りのチャンスだっ、加勢しろや!」

「オズワルド、す、すごく、カッコ悪いん、だな」

「うっせーよ! 生き残ったオレたちが正義なんだっ!」

 オズワルドとポーキーが無抵抗のデビルエイプを仕留めたのはそれから十五分後だった。

「おうっ、危ないところを助けてもらってありがとなっ。あいつは、たぶんこの階のボスモンスターらしかったが、なんとか倒せたぜ! オレの名は、冒険者の大型ルーキー(新人)疾風のオズワルド! こいつらは、オレのクラン暁の陽炎団のメンバーで、デカいのが重戦士のポーキーで、ヒョロイのが学者で地図読み(マッパー)のカールだ! よろしくな!」

「え、なに? 暁の、なんだって」

 蔵人は一瞬、難聴になった。

「ふふん。オレは疾風のオズワルド! この大迷宮時代に終止符を打つ男、いうなれば未来の迷宮王。迷宮王にオレはなる!」

 オズワルドは自分の言葉に酔いながら、両手をばっ、と左右に広げて怒鳴った。隣に居たカールのメガネにつばきが降りかかる。いつものことなのか、動ぜず、冷静にハンカチを取りだすと無言でグラスを拭いはじめた。

「あーらら、やばいな。開始早々、いきなり重要人物に会っちゃったみたいだな」

 無論、会ってはいけない種類の人物である。

「その名乗りやめましょうよ、オズワルド。恥ずかしいし、キチガイみたいですよ」

「い、田舎モン丸出し、なんだな」

「てっめーらああ、その言い方はねえだろおおおっ。そんなんじゃ、この大迷宮時代で生き残っていけねーぞ!」

「なんですか、その大迷宮時代って? 常に道に迷ってそうな時代じゃないですか。それに、いっつもその言葉連呼してますけど、ぜんぜん流行ってませんからね。むしろ、白い目で見られてますからね。ギルド(冒険者組合)じゃ精薄扱いですよ。いいかげんにしないと、僕らこのクラン抜けますよ」

「いきなりクラン解散の危機!? へへっ、上等だ。いいじゃねーか。その程度の荒波乗り越えなきゃな。オレたちの絆が、いま試されてるぜっ」

「あ、先程はピンチのところを助かりました。僕は地図読み(マッパー)なんでできることがあれば」

「そっか。実は、道に迷ったみたいでな。上までの道を教えてもらえるか」

「はい。僕らもいちど引き返して装備を整えようと思っていたところです」

「聞けよォおおおおお、人の話しぃいいいっ!」

 オズワルドの虚しい叫びがダンジョン内に木霊した。

 蔵人は無事、事務所にまでたどり着けたが、六百万(ポンドル)までの道はいまだ遠い。






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