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ダンジョン+ハーレム+マスター  作者: 三島千廣
第2章「迷宮都市シルバーヴィラゴ」
39/302

Lv39「ヒルダ」





 

 早朝、街が目を覚ます前に蔵人は行動を開始した。土地の人間に尋ねれば、すぐに貸元チェチーリオの屋敷は判明した。石造りの巨大な門柱に、立派な鉄扉が嵌め込まれていた。

「なんだおまえは、こんな朝早くから。まだ、親分はお休みだぞ」

 門の脇にある詰所の中から見張り番をしていた子分らしき男が、大身の槍を抱えたまま蔵人に向かって誰何した。

「お頼み申します。直接、親分に会ってお願いしたいことがあるんで」

「だからってこんなに早く来ても意味がないんだって。親分はたいてい晩にたっぷりご酒を召し上がる上、昔っから宵っ張りなんだよ。用事がなけりゃたいてい昼まで起きてこねえぞ」

「それじゃあ、ここで待たしていただきます」

「随分と子細があるようだが。ちなみに、親分にはいったいどういった要件なんだよ。場合によっては口を利いてやってもいいぞ」

「金の無心で」

「またかあ。ったく、親分は気前がいいから、どいつもこいつも気軽に借りにきやがる。おまえ、少々の金なら街の金貸しで借りろよ。……ってもその格好じゃなあ。金貸しが相手にしねえか。いったい親分にいくら借りるつもりだ」

「へい、ほんの五十で」

「なんだ、たった五十なら俺が貸してやってもいいぞ。住まいと、家主の名前をいえよ」

「申し訳ねえが、たぶん俺の五十はあんたの五十とたぶん違うんで」

「すばり、いくらだ」

「五十万(ポンドル)

 親切な子分は目を向いて卒倒しかけた。







「なに、おもてに頭のおかしい浮浪者がいるって」

 リースフィールド街周辺を縄張りとする貸元チェチーリオは二日酔いでガンガン鳴り響くこめかみを指先で押さえながら低くうめいた。

 チェチーリオは今年で四十になる。顔つきは、苦みばしったかなりの男前であった。切れ長の瞳はカミソリのように鋭く、長い鷲鼻は精力の強さを想起させる、たっぷりとした黒髪をワックスで後ろに撫でつけていた。背丈はそれほど大きくないが、ひとたび歩けば、他を制する威圧感を備え持っていた。

「へい、なんでも金を借りたいのなんだのと、若ェのと押し問答してるらしくって」

 代貸のエンリコは低い声で答えた。

「このクソ暑いのにご苦労なこった。どうせはした金だろうに。おまえの才覚でいくらかやって追い払えや。外聞の悪ィ」

「それがなんでも、五十万(ポンドル)借りたいとかほざいていると。あそこは大通りに面してるんで、堅気衆もたくさん通りやす。たたき出そうにも手がつけられねえんで、困っておりやす」

「ほっとけほっとけ! ガキじゃあんめえし、このクソ暑い中、あんな日向にへばりついてちゃ、勝手に根を上げらぁな! 俺は、ひとっ風呂浴びてから出かけるぜ。帰りはいつになるかわからねえが、あとのことは頼んだぜ」






 蔵人は中のやりとりも知らず、門前に座り込んだ。季節は真夏である。遮蔽物のない蔵人の全身に陽光が直接降りかかる。日本とはまるで気候が違う。全体的にカラッとしているのである。しかし、湿度が低いとはいえ、気温はみるみるうちに上昇した。

 通りには風ひとつ吹かない無風状態だった。凪である。頭上には、巨大な入道雲が沸き立っている。高い建造物が周りにないためか、ますます大きく映った。強い日差しを浴び続ける蔵人の全身からたちまち汗が吹き出してきた。ボロきれのような上下の衣服はたちまちぐっしょりと濡れそぼった。次から次へと吹き出してくる汗も、ギラついた陽光が炙るようにしてたちまち蒸発させた。汗で濡れた部分が、陽光でキラキラと反射している。蒸発して残った塩分が真っ白に輝きだしたのだ。蔵人は、耳元からうなじを指先で払った。ザッと、砂をこするような塩の音が鳴った。

 途中、門が開いたと思うと、豪奢な造りの馬車が姿を見せた。

「おい、ちょっと待ってくれ!」

 蔵人が立ち上がって叫ぶ。おそらく中に居るだろうチェチーリオは顔すら見せず、そのまま街の中心部に走り去っていく。

 蔵人は無言のまま再び座りこむと、屋敷をにらむ形で座り直した。塞がったはずの肩口から脇腹にかけての傷口がわずかに開いた。じくじくと傷口からうっすら血が滲み出してきた。無言のまま耐えた。

 ふと、頭の上を影がさした。蔵人が顔を上げると、そこにはいまにも泣き出しそうに顔を歪ませたヒルダの姿があった。頭にかぶったウィンプルから身にまとう僧衣まで雪のように純白だった。彼女は無言のまま、蔵人の隣に座ると両手を組み合わせて目を閉じた。微動だにしないふたりの影が、陽の動きによってゆっくりと移動していく。

 太陽が完全に昇りきったところで、空に薄雲がベールをかけはじめた。次第に、低位置に灰色の雲が駆け足で迫ってくる。乱層雲だ。蔵人が、鼻先で水の匂いを感じた。

 夕立が降りはじめた。蔵人とヒルダの身体を、強い雨が容赦なく叩きはじめた。たちまち全身がずぶ濡れになった。雨脚がどんどん強くなっていく。ふたりは並んだまま、それでもその場をはなれなかった。気が遠くなるような長い時間雨に打たれながら、蔵人は脳のスイッチを切った。苦しい時間ほど長く感じるものである。スイッチを切って、神経を遮断せねばとうてい耐えられるものではない。

 やがて夕立が上がった。西の空が真っ赤に染まっている。チェチーリオの馬車は戻らない。空の向こう側に、虹がかかっていた。疲労で視点が細かくゆれた。指の腹で強くこすると、風景が次第に元へと戻っていく。

 蔵人が、隣に視線を向けると、赤い光に照らされながらヒルダは祈り続けている。

 真摯かつ一心不乱なその表情は、素直に美しいと感じられた。

 微動だにしないその姿勢。切り取った一片の宗教画のように見事だった。

 蔵人は、目を細めながら、ヒルダの横顔をジッと見やった。

 やがて、世界は夕闇に落ちる。

 夜空の星が宝石箱をひっくり返したように、瞬いていた。

 日中は、あれほど暑かったのに、急激に気温が下がっていく。

 身震いするような寒さだった。お嬢さま育ちのヒルダには芯から堪えるのであろう。それでも彼女は、全身を小刻みに震わせながら、一言も弱音を吐かなかった。

 彼女がここまでつきあう義理はない。

 だが、それを口に出すのは、彼女の気持ちを靴底で踏みにじる行為だった。

 自分の苦しみにはいくらでも耐えられるが、人の傷つく姿を直視するのはこたえた。

 やがて、満点の星空が消え果て、世界が水色に染まりだした。

 朝焼けが空を焦がしていく。たなびく雲が、実に幻想的だった。全体的に世界は無音である。これが、地上であるかというくらい静かだった。

 真っ赤に充血した瞳を凝らし、蔵人は再び来るはずであろう陽光の差す天を仰ぎ見た。

 朝焼けが消え去って、陽光が再び降りそそいだ。

 昨日、夕立が降ったために湿度が上がっているのか、不快指数は高まっていた。

 空は薄曇りで、風は昨日と同じく皆無だった。

 油照り、である。

 薄日がじりじりと大地を焦がし、照りつける。じっとしているだけで、頭の芯まで煮えるような暑さであった。蔵人の額から流れ出る汗が、地面に染みを作っている。それはみるみるうちに小さな池となった。池もやがて蒸発して消えた。

 周辺の住民が、壁際でヒソヒソと囁きあっていた。

 やがて、午後が過ぎ、西の空に夕焼けが見えはじめた。

 うだるような一日が終わりを告げようとしていた。

 同じように夜が来て、朝が来る。

 陽光を浴び続けながら、彫像のようにふたりはその場を動かなかった。

 座り続けて、三度、朝焼けを拝んだだろうか。

 蔵人の鉄壁の身体はともかく、ヒルダの体力は限界に近かった。同じ姿勢を取り続けるというのも困難である上、まともに睡眠を取っていないのである。か細い身体でたいした精神力だった。感嘆に値した。

 ヒルダのか細い身体が左右に揺れはじめ、夕焼けに染まって真っ赤に彩られたとき、馬車が通りの向こうに姿を見せた。詰所の子分たちが、鉄の門を慌てて左右に開閉する。

 蔵人たちの姿に気づいたのか、馬車がその場で停止した。小窓が開いて、四十ほどの男が顔を出した。チェチーリオである。彼は、詰所の子分を手招きするといった。

「おい、この若者と尼さんは、いつからここに居なさる」

「へい、昨日からずっと」

「ずっと、ずっとだって。あれからってことは、丸三日以上じゃねえか! なんで俺に知らせねえんだ、唐変木が!」

「けど、親分」

「けどもカカシもねえもんだ! さっさと水の一杯(いっぺぇ)でも持って来やがれ、気の利かねえやつだな、おい!」

「待ってくれ」

 蔵人は、片手を上げてチェチーリオの言葉を制した。座ったまま、ぐっと頭を垂れると、チェチーリオは馬車からひらりと飛び降りると、蔵人の前でかがみこんだ。

「オメエ、若いのに強情なやつだ。こっち尼さんはこれかい? いけねぇな。いくらテメエの(スケ)でも無理はさせるもんじゃねえ。女ってのは、あとあとまでのこういうことは忘れねぇもんだ。高くつくぜ」

「へい」

「銭が必要だってな。それも、五十万(ポンドル)も」

「へい」

「いったいなんに使うんだ。まあ、ここまでするんだ。よくせきのことだろうよ」

「へい」

「この俺も、曲りなりも親分と呼ばれる身の上だ。ここまでされて、貸せねえとはいわねぇが、五十万(ポンドル)といや大金だぜ。ウチは造作はこんなだが、内実は火の車なんだ。せめて、名前と住まいくれぇは聞かせてくんねぇか」

「名はクランド。住まいは勘弁してくれ」

「ふん。家主に迷惑がかかるってそんなところか。俺は金貸しじゃねえから利子なんざ取らねえが、カタくれぇは見繕って貰いてぇな。五十万(ポンドル)まるごと飛ばれた日にゃあ、カカアや娘共になにをいわれるか知れたもんぢゃねぇ。おっと、尼さんもそんな顔するねぇ。俺も生まれつき女にゃ弱いんでな」

 蔵人は、腰に差した白鷺を鞘ごと抜くと、手渡した。

「ほーう、こりゃスゲェ。俺ァ剣の目利きじゃねぇが、こいつは中々のシロモンだぜ。おい、リンクル。てめぇは実家が故買屋だったはずだ。こいつをどう見るよ」

 チェチーリオの隣に控えていた、黒いローブをまとった男が、白鷺の刀身をじっくりと検分してからいった。

「親分、こいつは相当な業物です。しっかりしたところに研ぎに出せば、百万(ポンドル)以上の買い手は余裕でつくかと」

「よし、とりあえずこいつはカタに預かっとくぜ。あくまで、銭は貸すだけだ。クランド、覚えておきな」

 チェチーリオが軽く顎を引くと、馬車から子分がずっしりとした革袋を取りだしてくる。

 ようやく手に入れた銭は、蔵人の腕にずしりと響いた。

「銀貨できっちり五十万(ポンドル)あるはずだ。数えるかい」

 蔵人が首を横に振ると、チェチーリオは自分の腰に差していた剣を抜き取って手渡した。

「丸腰じゃどうにも格好つかねえだろう。持ってけや。おまえさんの得物ほどではないが、それなりに使えるはずだぜ」

 蔵人が立ち上がって腰に剣を差すと若干ふらついた。

 隣に居たヒルダが慌てて両手を伸ばして支えた。

 ヒルダは、弱々しく満足気に微笑むと、蔵人の足にすがりつくようにして気を失った。






 蔵人はヒルダを背負って銀馬車亭にたどり着くと、辺りはすっかり闇に覆われていた。

 戻っていたバーンハードと軽く打ち合わせを行い、集合場所を決めた。

 バーンハードは装備を整えるために、かつての行きつけであった武器屋をまわるそうである。合流の時間は、深夜の一二時半に決まった。

 蔵人も最後の所用のため外出した。

 どのくらい時間が経過したのだろうか。銀馬車亭に戻ってみると、ヒルダは疲れきっているのか、いまだ、寝台に横たわったまま健康的な寝息を立てていた。

 蔵人は、いつもどおりに営業を行っている向かいの店のぼんやりとした明かりを眺め続けた。いくら考え続けても、ペラダンの魔術を破る有効な策は思いつかなかった。

 ただひとつ、光明があるとすれば、こちらの人的余裕としてバーンハードの力があった。

 勝てないまでも相討ちに持ちこむ。レイシーを助け出すことが出来れば、確実な勝利であった。ううん、と小さなうめき声を上げてヒルダが目を覚ました。彼女は、辺りを見回して自分の居場所を把握すると、蔵人の姿を見つけて息を飲んだ。

「あの、クランドさん。レイシーを助けに行くんですよね。やっぱり」

 蔵人は、外の淡い光を眺めながら無言だった。

「あの、すごい魔術師と戦って勝てる自信があるんですか」

「ないな」

 ヒルダは夜目にもわかるほどの愕然とした顔でその場に凍りついた。

 彼女の欲しかったのはそんな言葉ではなかった。ただ、勝つ。必ず勝利して帰ってくるというひとことが欲しかったのだ。ここが、ロムレス人と日本人の違いである。日本人はどんなことでも、必ず最悪の結果を考え、それに酔ってしまう部分がある。滅びの美学、とでもいうのであろうか。それに対して、ヒルダの頭の中にあるのはあくまでもハッピーエンドだけであった。

「じゃ、じゃあ。もお、逃げちゃいませんか! ほら、お金はできたじゃないですか。あとは、バーンハードさんに任せてふたりで逃げちゃいましょうよ! ねえ!」

「そんなことできるわけない。それに、ヒルダ。おまえは、本当にレイシーを見捨てられるっていうのか」

「そんな、そんなことできるわけないじゃないですかぁ」

 ヒルダは寝台から飛び降りると、蔵人の胸元にすがりついて大粒の涙をボロボロとこぼした。泣き笑いの表情で懸命に媚を作るが上手くいかないのか、しまいにはわっと泣き声を高くすると、両袖で顔を覆った。

「私、クランドさんは強いと思います。絵物語の騎士さまみたいに思えたんです。でも、現実はあんなに血だらけになって、まるっきり歯が立たなくて。私、怖くなって、かばってもらったのに逃げ出して。あんなバケモノ相手じゃ勝てないですよぉ。いいじゃないですか、ね。ね。逃げましょう。クランドさん、ひとりくらい私がどんなことしたって養ってあげますよう。だから、だから」

「俺は逃げない。ここで逃げ出すってのは、自分の運命から背を向けて、この先も生き続けるってことだ。そんな人生、俺は我慢ならないんだ」

「う、ううううっ」

「お、おい」

 ヒルダは泣き出すと、着ているものを片っ端から脱ぎだして、寝台に座りこんだ。

 白い肌が、表の店から差しこむわずかな明かりでふるえている。

「だったら、私も連れて行ってください」

「なんで、脱ぐんだよ」

「女の喜びを知らないまま、死にたくはないじゃないですか」

 ヒルダの頬を銀色の涙がひとすじ流れた。

 蔵人は、目をそっと細めると、彼女の細い背を両手で抱きしめて、唇を奪った。

 ちゅっちゅ、と小鳥のようについばむキスをかわす。

 顔を上げると、ヒルダの瞳が熱っぽく蔵人を見つめている。

 唇から、見えたピンクの舌がちろちろと艶かしく動いている。

 もはや言葉はいらなかった。蔵人は、寝台を軋ませてヒルダに近づいた。

「私、はじめてなんです。だから」

「ああ、任せろ」

「恥ずかしいよぉ」

 蔵人はヒルダを抱き寄せると、潤んだ瞳を正面から見つめた。

「ヒルダ、力抜いて」

「お願いします。もういちど、キス、して」

 蔵人は、ヒルダの小柄な身体にのしかかるようにすると、羞恥で顔を覆っていた彼女の手をそっとどかして、唇を合わせた。貪るようにして互いに舌と舌を絡み合わせる。

 ヒルダの両手が蔵人の頭にまわされると同時に、ふたりの影がひとつになる。

 窓枠を鳴らしながら、あたたかい風が吹き込んできた。






 寝台脇にあった時計が、午前零時を回った。

 先ほどの情事の余韻を残しているのか、身支度を終えたヒルダは頬を紅潮させながら、ブーツの紐を締め直していた蔵人にいった。

「さあ、そんじゃ張り切ってレイシー救出にいきましょうかっ。ふふん、クランドさんも知ってるでしょうが、私はなんと神聖魔術の使い手なのです。回復から補助までお手の物ですよ、実は! お役に立ちますよ、私は!」

 ヒルダは両手に腰を当てて宣言すると、象牙の白い杖をかざして、妙ちきりんな構えをとった。蔵人は苦笑すると、ヒルダの手を取って歩き出す。

「ふ、ふふふ。そうですそうです。素直にそうして紳士らしく振る舞えば良いのです」

 蔵人は、銀馬車亭を出ると大通りを無言で歩き続けた。

 はじめは、うれしげな表情を見せていたヒルダだったが、行き先が最初に聞いていた集合場所と違うことに気づいき、眉をひそめた。

「ね、ねえクランドさん。もしかして、ちょーっと行く道間違えてないですかね」

 路上に人影はない。街路の脇を動くのは、飲食店の生ゴミ目当てに集まってきた野良犬くらいだった。

「ちょっと、ちょっと、やっぱ違いますよ。こっちの方向じゃないです!」

「いや、いいんだ。もうすぐ、着く」

「もうすぐって」

 もしかして、と。手を引かれながらも、ヒルダの胸中に不安が大きく広がっていく。

 明らかに知っている大通りの角を曲がると、そこにはよく見慣れた建物があった。

「ねえ、嘘ですよね。こんなの、いまさら」

 蔵人は、ぐいぐいとヒルダの手を力づくで引っ張ると、大聖堂の大門の前に立たせて大声で訪いを告げた。

「開門、開門!」

 示し合わせていたのか、大扉は軋んだ音を立てながらゆっくりと開いた。

 そこには、司教のマルコと幾人かのシスターが燭台を掲げて待ち構えていた。

「これにて期限の七日間は経ち申した。シスターヒルデガルドは確かに教会へお返し申し上げる!」

 ありえないという風に、ヒルダが蔵人の顔を見上げた。頭巾の上に手を置いて、いい聞かせるようにいった。

「おまえからは一番大切なものをもらったんだ。このうえ命までくれなんていえねよ」

 蔵人はヒルダの絶叫を聞きながら無言で大聖堂から遠ざかっていった。

 待ち構えていたシスターたちがヒルダの身体を寄ってたかって押さえつけようとするが、あの小柄な身体のどこにそんな力があるのかというくらいの力ではねのけようとしていた。

 蔵人の裏切りをなじる声が、やがて細く長い泣き声に変わったとき、胃の腑が引き千切られるように、心が痛んだ。







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― 新着の感想 ―
[一言] 良い話なんだけど金を借りるのはバーンハードの仕事だったな 挙句武器を担保に取られて死地に向かうとは人が良いを通り越して馬鹿の領域に入ってる お話としてはこういう馬鹿は良いキャラなのは間違いな…
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