Lv291「いかにしてこの恋と向き合うか」
宮殿に戻った蔵人は即座に捕らわれていたドロテアたちと面会することが許された。
「ずいぶん急だな」
「私に文句をいうな。姉上自らそう仰せられたのだ」
錠のカギを持ったリーチャが前を向いたままいった。
ちょっと冷たくはないだろうか?
いいや。彼女の尻の形はいい。それだけですべてを許せそうになる。
ここは宮殿の地下にある牢の一角だ。蔵人からしてみれば気の遠くなるような、長い長いスペースにどこまでも廊下が続いているように見える。
その一番端の部屋。なかなかに凝った造作の一室でドロテアと足枷を嵌められたポルディナの姿を見つけ、蔵人は深い安堵の息を漏らした。
「ご主人さまっ。ご無事だったのですねっ!」
ポルディナは尾を千切れんばかりに左右に振りまくった挙句、がしゃんと格子にぶつかった。
――ん? ぶつかった!
「って微妙に大きくなってるッ」
久方ぶりに再開した忠犬ポルディナは親指サイズから、三十センチほどの豆柴サイズにボリュームアップしていた。
もっとも成人女性を無理やり縮小した感じなので、違和感は否めなかったが。
「ご主人さま。ポルディナは、いつもいつもあなたさまのことだけを考えて日々を過ごしておりました」
ポルディナは仔犬に戻ったみたく、くふんきゅるーんと鼻にかかった甘え声で鳴きまくり、格子の前でかがんでいる蔵人の顔をべろべろとそれこそ手加減抜きに舐めまくった。
よく見ると、彼女は無意識だがショーツをぐしょぐしょに濡らして床も小さな池を作っている。うれしさのあまりに失禁したのだろう。愛犬を長らく放置するとこういう行為を取ることはままある。蔵人は複雑な心持のまま、それでもやはりほっこりした。
「感動の再会に水を差すようだが、すぐカギを開けるから待っていろ。そう、長くは許容できんぞ」
「そんな。意地悪いわないでよ。久々に会えたんだぜ? おまえたちには人の心ってものがないのかよ」
「面会時間は三十分だ」
「そこをなんとか」
「三時間だ」
「もひとつおまけして」
「三日間」
「まだいける?」
「三年だ」
「サービスよすぎだろ」
「みなもそういうのだ。なぜだろう?」
「あとでな。自分のベッドのなかで好きなだけ考えて」
そんなにこの地下帝国に留まる気はなかったが、ある程度の時間を得られたので蔵人はよしとした。
牢内は蔵人が起居していた場所と変わらず、かなり豪勢な調度品であふれていた。
蔵人は豆柴大のポルディナを膝の上に乗せると、頭をいい子いい子しながらソファの上でひっくり返っている物体を指差した。
「そこで転がってるセイウチみたいなのなに?」
「ドロテアです。どうも、彼女ここに運ばれてからぜんぜん目を覚まさないので」
「そりゃまずいじゃんっ」
蔵人はポルディナをそっと床に置くとすかさずソファに駆け寄って様子を見た。
(相も変わらず。寝っ転がってもまるで型崩れのないミラクルなおっぱいだが)
この都に打ち上げられてからかなりの日数が経っている。
どこも異常がないのに目を覚まさないというのはさすがにまずい傾向だ。
「なんてこった。あの豊満なドロテアが食い散らかしたフライドチキンの骨みたいになっちまうなんて……」
「ご主人さま。これは私の目測ですが、彼女の体形は別段変わっていないのでは」
「こういう場合美女が目を覚ますのはな王子さまのキスなんだ。俺は王子さまってガラじゃあねぇがやってみる価値はあるだろう。てなわけで、むちゅう」
蔵人はソファに横たわるドロテアに本人の許可も得ずディープキスをかました。
まあ、唇と唇を合わせて好き放題したのだが。
ドロテアは昏々と眠り続けるだけで、一向に目を覚ます様子はない。
――なんかこれってダッチワイフを相手にしてるみてーで虚しいかも。
「なんてこった。もしかして俺の愛が足りないのか――」
ふざけたひとりごとを漏らす。くるっとドロテアから離れて向き直ると、背後にはポルディナとリーチャは仰向けになって目をつぶっていた。蔵人は真顔になった。
「おい。ちょっと聞くけど、なにしてるんだ。おまえら」
「ご主人さま、私は寝ております。くうくう」
「クランド。私も寝ているぞ。すうすう」
「あの、えっと……」
「主のキスなしでは起きれません。くうくう」
「私も、勇気ある殿方のキスなしでは起きれない。すうすう」
これがほんとの狸寝入りか。
蔵人はドロテアの豊乳を片手で揉みしだきながら、転がっている美女ふたりを注意深く観察した。もっともひとりはフィギュアサイズでそれほど食欲はそそられなかったが。
「よしっ」
蔵人はつまんでいたドロテアの乳首から人差し指と親指を放すと、まずリーチャに向かった。足音で主の挙動と位置を察したのか、ポルディナのしっぽが失意に小さく揺れた。
「じゃあ、むちゅうっといっちゃいましょうかねぇ」
蔵人がそばに寄ってリーチャの耳にこそっとささやく。
彼女は期待からか、太めで凛々しい眉をぴくぴくと小魚のように動かしている。
ここで思い出して欲しいのはポルディナという娘のサイズだ。
ちょいと立派なフィギュアサイズはある犬耳メイドを蔵人は抱きかかえながら、そっとリーチャの唇に近づけていく。
不穏な気配を感じたのか、純真な娘ふたりは、互いの唇があと数センチというところで示し合わせたかのように、パッと目を見開いた。
「軽い冗談じゃんかっ。んなムキになんなよっ」
リーチャは屈辱に唇を噛み締めながら涙目で剣を引き抜いた。
ポルディナはポルディナで不平を顔に出さないよう床に女の子座りしたままスカートの裾をぎゅうと強く掴んでいる。
「乙女の心を弄んでおいて」
「ンなことより今はドロテアだ。な? こっちのほうが大問題だろう」
「話をそらすな」
リーチャは目を三角にしていたが、蔵人が平身低頭謝るとよくやく機嫌を直した。
(ったく、ジョークの通じないお堅いやっちゃ。からかうのも命がけだぜ)
ならば最初からやらなければいいのだが、とりあえず思いついたことはなんでもトライしてあとで後悔するのがこの男の根源を成す基幹であるといえた。
長生きはできそうもない。
「しっかしドロテア子ちゃんもあれだけ熱烈な接吻をして起きないってなると、マジで心配になってくるよな。いつもなら、俺の顔ボコボコにされてるぞ」
「少しは懲りないのか……」
リーチャが呆れた顔で片目を閉じた。
「医者には見せたんだよな」
「はい。この国の医師が毎朝丁寧に診察を行ってくれたのですが、ドロテアは一向に目覚める気配がないのです」
腕のなかに抱きかかえられたポルディナが顔を見上げながら申告してくる。やはりポルディナもひとりでつきそっているのは心細かったのか、話が核心に近づくと気弱なふうに表情をこわばらせる。
「クランド。実のところ、水精霊医者は金創のたぐいは手慣れているが、身体の中身となるとそれほど経験を積んでいないのだ。そもそも、我らは根本的に陸に住む人たちとは身体の造りが違う。溺れる水精霊など聞いたこともないしな」
「と、いわれてもなぁ。地上に行けば医者なんざ街に幾らでもいるんだが、ここに連れてくるってわけにもいかないし。ちょっとショック療法でいってみるか」
「あの、本当によろしいのでしょうか」
「いいよいいよ。本人は寝入ってるんだし、この俺がすべて責任を取る。やってまえ」
不安げにドロテアの腹の上に立つポルディナ(三十センチ)に対して蔵人はなんの根拠もない自信に満ちあふれた態度で決行を促した。
リーチャは蔵人の背後で興味深そうにこれから起こることをジッと見守っている。
「それでは……まいりますっ」
ポルディナはいつもの冷静な態度からは考えられないやけっぱちの声で叫ぶと、ドロテアの腹の部分で猛烈に跳躍を繰り返しはじめた。
どうっ、どうっと。
ドロテアのぽてっとした微妙に脂肪がうっすらついたお腹が奇妙にへこむ。リーチャはすぐにその凄惨な光景に目を背け、蔵人の背に顔を埋めた。
「もしかして、まだ悪いもんが腹ンなかに溜まってるかもしれんし」
「ご主人っ、さまっ。それはっ、どういった! ことなのでっ、しょうかっ!」
「根拠などない。俺の直感がこうしろといっている」
「さすがっ、ですっ!」
ポルディナはハナから疑うという心はこれっぽっちもないらしい。
ただ、無防備なドロテアの腹の上を無言でどすどすやるのは、やはり精神的につらい部分があったのだろうか。意図なくしては話しかけたという感じだった。そうでなければ、これほど地響きを立ててともに生きてきた姉妹同然の娘の腹で跳ねることなどまずできない。
アクションは次の瞬間起きた。
ドロテアは眠ったまま唇を尖らすと「げほっ」と咳き込み、喉からぴゅーうと噴水のような水を吐き出した。
「やったぜぴったしカンカンッ」
蔵人が親指をパチリと慣らし、最後に大きくびよーんと弧を描いてこちら側に飛び跳ねたポルディナをキャッチした。ドロテアの腹はトランポリン代わりだ。
噴水のように吐き出されたドロテアが飲んでいた水のなかに、小さな黒い影がちらりと垣間見えた。
「おっ、おっ。ちょっと待った!」
背後に控えていたリーチャは俊敏に動くと落ちてきた物体を両手を広げてすくい上げるよう収める。
――それは、親指サイズくらいの小さなクジラだった。
彼か彼女か知らぬその生物は、手のひらに鎮座すると生意気にもおみおつけの貝がやるように、ぴゅっぴゅっと元気よく潮を吹くのだった。
「これは、眠りクジラ――」
「眠りクジラ? なんじゃそりゃ、珍妙な」
リーチャは手のなかにあるクジラの尾びれをつまむと、よく見えるようにぶらんと逆さに吊るし振って見せた。
「この水域ではけっこう珍しいぞ。大きい魚の喉から入って胃のなかに住み着くと、宿主を酔わせたような感じでまどろませて、自分がいると悟られぬよう入ってくる食物のおこぼれをちょうだいする生き物だ。きっと、このエルフはサイズが小さすぎて麻酔が利きすぎた感じになってしまったのだろう」
「はぁ……。またわけのわからんもんがいるんだなぁ」
蔵人は目蓋をごしごしこすりながら首をそっと伸ばした。
「ご主人さま。私が成敗してまいります」
「あっ、おい!」
ポルディナそういい放つと素早く蔵人の腕のなかをするりと抜けた。彼女は犬耳をぴこぴこ頭上に逆立てながら、リーチャがつまんでいたクジラを抱きかかえると、こきっとひねって、瞬く間にあの世へと送ってしまった。
「ふうっ。今日はクジラのステーキにいたしましょう」
「いや、食うとこねぇだろ……」
「お見事」
リーチャは流れるようなポルディナミニメイドの動きに両手をたしたし鳴らして叩きながら賛辞の声を送った。狩猟者である戦狼族の面目躍如である。
「ん、んんっ」
そうこうしているうちに、ソファで横になっていたドロテアがむずかりながらごそごそと動き出す。大きな桃のような胸がたゆんと揺れる。
「な、なんじゃ? ここは、いったどこじゃ……」
「やったぜ! 気づいた。ドロテアが目を覚ましたぞ」
「やりましたねご主人さま」
「とりあえずよかったな、クランド」
ポルディナとリーチャが目を細めてよろこぶ。
「ぬ……。なんか、身体がだるい……それに口元がぬちゃぬちゃするのう」
ドロテアはうげっと顔をしかめながら指先で唇を拭っている。蔵人は罪の意識に苛まれることなく、抜け抜けといった。
「ドロテア、それは気のせいだ! ひっさびさに目が覚めたから、まだ身体が慣れてないんだよっ。無理すんな。おまえは自分の身体を一番に考えてればいーんだっ!」
「な、なんじゃ。クランド。急に慌ておってからに……とりあえず、肩を貸してくれんか」
蔵人はドロテアを介助してソファに座らせると、あの湖で大亀に襲われた以降のできごとを簡潔に伝えた。
「かくかくしかじか」
「まるまるうまうまということじゃな」
「……伝わっているのか?」
リーチャは小首をかしげながらいった。
「ツーカーの仲ですので、おそらく」
ポルディナがあたりまえのように答えた。
「ともあれ、これまでの事情はよくわかった。水精霊の衆には我が夫クランドやポルディナ、そしてわらわ自身がたいそう世話になった。夫や妹分になり替わって礼をいわせてていただく。このとおり感謝しかない」
ドロテアはリーチャが女王の妹だと知ると、礼と真心をつくして感謝の意を表した。
「お、夫……? あ、あなたはクランドの妻ということなのか!」
リーチャが太い眉を上げて口を大きく開いた。
「む。確かにわらわの美貌とこの男は不釣り合いに見えるが、この上もなく好いておるゆえいっしょになったのは運命というものじゃな。今は満足しておるよ」
蔵人は隣り合ったドロテアがそっと肩に頭を乗せてくる感触で、少し気恥ずかしくなりリーチャから視線を逸らした。
「なにか、まずいことが?」
「いや、まずいもなにも……姉上は」
ポルディナがしっぽをゆっくり左右に振りながらリーチャを見上げている。蔵人は、リーチャの表情が心なしか青ざめはじめたのに気づき、立ち上がって近づいた。
「どうした。なにか、俺たちが夫婦であることに問題でも」
「その……実にいいにくいことなのだが……早まったか」
「りんごーん、りんごーんっ。面会時間終了のお知らせですうっ」
固まったリーチャを前に蔵人がややシリアスな雰囲気を醸し出していると、それをぶち壊すようにして、ベルを鳴らしながらひとりの人魚が牢の前に姿を見せた。
マーメイドメイドのチョコラッタである。
「クランドさまっ。もう、規定のお時間は終了ですよっ。また、明日にしてくださいな。チョコラッタが腕によりをかけた料理を振る舞っちゃいますっ」
テンション上げ上げの人魚さんは、尾びれで床をぴちぴち跳ねて、がちゃりこと牢の扉を開けて突入して来た。
ポルディナは本能的に目の前の人魚を警戒して、しっぽを立てながらチョコラッタのまわりをくるくると回転している。どうやら真に危険であるかそうでないかを太古から脈々と受け継がれた狼の血によって窺っているらしい。
「わ。これはこれはかわいいわんわんさんですねっ。おねーさんと遊びたいのかなっ。でも、今日はダメダメですよっ。チョコラッタはお仕事で大変忙しいのです。ごめんねっ」
蔵人は人差し指を立ててウインクしている人魚に対してポルディナが「ぴきぃ!」と額に青筋を立てたことに気づき、わからんでもない――と思う。確かに軽くむかつかんでもない。
「のう、リーチャ。わらわたちが敵意がないことを、この国の王女――そなたの姉上に伝えてもらえんじゃろうか? わらわたちはまだダンジョン攻略の途中。幾日も、このような水のなかで足踏みをしている暇はないのじゃ。それに、消えた我らを探して家族たちも心配しておるはず。のう、なんとか便宜を図ってもらえんかのう」
「家族のことを持ち出されると、確かに力になってやりたいとは思うのだが。こればかりは、ふたつ返事にはい、そうしますともいえない。この水精霊の都の存在は、そう簡単に外に知られてはならない機密事項。あなたたちを外に戻していいかどうかの判断は、私も安易にはくだせない。それに起き抜けでは身体がきついでしょう。違いますか?」
「そういえば、たっぷり寝ていたはずなのに、このだるさは、少し――」
リーチャは形のいい小鼻をヒクヒクさせると、ドロテアの手を握ってふうむと目を閉じた。
「ドロテア。あなたは火性を持っている。それもとびきりだ」
確かにリーチャがいうように、ドロテアは火属性魔術の特質を備えている。蔵人は耳元でわあわあわめくチョコラッタの口を手でふさぐとふたりの話に聞き入った。
「それが、なにかあるのかの?」
「仮にもここは水精霊が住まう水の土地。火属性のあなたとは根本的に互いを打ち消し合う力が働いてしまうのだ。せめて、あと数日静養しなくては、たとえ女王の許可が出ても、元来た地下水路を無事通るのは体力的に不可能」
「むむむ」
「ドロテア。リーチャのいうとおり、俺たちゃ形としては捕らわれの身だ。ポルディナの呪いも解けてないし……てか、ちょっと大きくなってるからほっとけばたぶん、元の大きさに戻るんだろうな? なあ、リーチャ。たぶん、ポルディナは身体がちっこいから牢の格子を抜けて逃げないよう鎖をつけたんだろうが、これじゃああんまりだよ。勝手に逃げたりしないから、枷をはずしてやってくんねぇか? そんくれーはおまえの裁量でできるだろう」
「まあ、それくらいなら」
「ご主人さま。どうか……私のことはお気になさらず」
「いい子だから。黙って俺のいうこと聞いて」
蔵人がポルディナを持ち上げ、額にちゅっとキスをするとたちまちおとなしくなった。
リーチャは速やかにポルディナの足枷を解くと、蔵人の顔をジッと見つめてきた。
「な、なんだよ……」
「クランド。姉上は、本当はとてもやさしくて、そして傷つきやすいどこにでもいる女なのです。それだけは、信じてください」
「だーかーらっ。クランドさま。女王さまがお呼びですって!」
とりあえずチョコラッタがうるさいので、蔵人は女王の私室に向かった。
実のところ、呼び出しと聞いても蔵人はそれほど苦に思わなかった。なぜなら、〈愛のゆりかご〉であのクソ忌々しいオウガシャークなるとんちきザメを退治して以降、女王の態度は格段に変わったからである。
まず、蔵人をニンゲン呼ばわりしなくなった。今朝の朝食は、生魚ではなくきちんとローストされていた。おやつに甘い砂糖菓子とうみメロンというフルーツがついていた。
(ふふ。どうやら、あの頑なな女王さまも、この俺の魅力にメロメロになったってことだな。ま、顔はレイシーと似過ぎて新味には欠けるが、美女には違いない。上手くストロベリートークであやして、なんとか元の場所に戻れるよう誘導せねば……)
女王の私室に入ったとき、蔵人はぼうっとしていた頭のなかに強烈な洗濯洗剤をしこたまぶっかけられて、うんとこさシェイクされたような気分になった。
落ち着いた色合いの壁は、ピンク色に塗り替えられ、あちこちは花柄模様に変化していた。
床も、天井も、品のいい青一色だった――どこか冷たい雰囲気はあったが――ものが、濃紺の様々なクリーム色に置き換えられ、安っぽいラブホテルの部屋を思わせた。
ベッドの天蓋もフリフリのレースが異様についた、小さな女の子が好きそうなものに変わっていた。
なによりベッドに腰かけている女王が身に着けているドレスがゴシックロリターふうのビビットピンクを基調としたものになっていた。これは引く。
「お、おう。待ったか……?」
「クランドさま。遅い、です。私、待ちくたびれてしまいました」
バルバラは扇で顔の半分を隠しながらそういうと、そっと目を伏せた。
なんというか。見ているだけでゾクゾクしてくるなんともいえない色気があった。
昨日から考えれば別人のような態度である。
「クランドさまーっ。給仕はチョコラッタがいたしますのでっ。女王さまのお相手をしていてくださいねっ!」
「ちょっ、待った! 行くな――」
チョコラッタは蔵人の背を押しまくって無理やりバルバラの隣に座らせると、おほほっと笑いながら部屋の外に出て行った。たぶん、昼食の準備をしにいったのであろう。
どうにもバルバラはおかしな具合だ。触れなば落ちんという風情である。
――いや、蔵人落ち着け。おまえはおにんにんがサラな童貞野郎じゃねえだろ。なにをおたおたしてやがんだ。こいつの顔を見ろ。幾度も抱いたレイシーそっくりじゃないか。怯えることはない。いつもどおり堂々と振る舞えばいい。呪文を唱えろ。詠唱は自己暗示だ。そらきた。女は、俺に、抱かれるためにある。
「その……バルバラ……なんだ」
「なん、でしょうか……?」
「部屋の模様替えしたのね。カワイイじゃん」
「本当? 本当に、そう思っていただけるのでしたら……うれしいですっ」
バルバラのいつになく穏やかな笑みを見て、蔵人は腸がとろけそうになった。
(なんだ、これ。もしかして……これが恋? なわけないか。とりあえず、機嫌を取っておこう。上手くチョメチョメに持ち込めるやも)
「な、なあ。バルバラ。ひとつ聞いていいか?」
「なんでしょうか、クランドさま」
そういえばいつの間にかさまづけになっている。蔵人は自らに調子に乗るな、これは壮大な罠かも知れんぞといい聞かせる。
「あー。俺はうだうだ前置きとかまわりくでーことが嫌いだから直で斬り込む」
「はいっ。とっても男らしいお方」
「だから、それだよ。なんでいきなりそんなに友好モードになってんの? 意味わかんないでしょ! ここ出る前、あんた俺のこと人間椅子扱いしてたでしょ?」
「人間椅子なんて、そんな……確かにあのときの私は、あなたさまの素晴らしさをなにひとつ理解しておらぬ愚かな女でした。いえ、口先だけでは決してお許しにはなられないでしょうね。ならば、私は、この身で反省していることを証明して見せますわ」
バルバラは思いつめた口調でそういうと、扇をベットの上に放って、床の上に四つん這いとなった。
――なにこの子。俺が目を離した隙に脳改造でもされたん?
蔵人の顔は国会議事堂の上にスフィンクスを見たような形相に変化した。
「私を。この反省のしるしを――受け取ってくださいまし」
バルバラは、意外や豊かな臀部を突き出すと、左右にフリフリと振って見せた。
蔵人は額に手を当てながら、くらりと軽い立ちくらみを覚える。
「その、なんだ。つまりは、乗れ、と?」
「クランドさま。私の謝罪を受け入れてくれる意思があるのならば、乗ってください。それこそが、水精霊の女王たる私の、誇りでもありますの」
いや、絶対これ違うよぉ。と蔵人は頭のなかで素数を数える。
かなり、いや、明白にサイコな状況である。
(考えろ。考えるんだマクガイバー。じゃない。蔵人よ、おまえの今まで得た経験のなかでこの困難を乗り越えるウルトラQ的発想を無理やりでも絞り出す――あ、終わった)
がちゃりこと、扉を開けてケータリングの台車を押してきたチョコラッタが固まっている。そりゃ固まる。蔵人は缶詰の底よりも冷たい神さまの奇跡的物語運びを恨んだ。
「な、なにをやっておられるのですか……女王さま。そのお姿は」
「とめないでっ……今、私は……罰を受けているのです……あまりにも不明過ぎる、度量の狭い自分の扉を……クランドさまにっ……押し開い……ああっ、早く押し開いてッ!」
終わった。
蔵人は脳裏にネバーエンディングストーリーの主題歌が流れるのを確かに聞いたのだ。
「つまり、女王さまはクランドさまに手厳しく当たった己の不明を恥じていると……そううことでお間違いないですねっ!」
「おい、ちょっと待て。なぜこの場面だけ聡い?」
なぜかチョコラッタの目がきらきらと輝いている。蔵人はこの大宇宙の広さと底知れない奥深さをわずかばかり知ることができて、少しだけ自分が賢くなった気がした。さあ、この扉を出て砂浜まで突っ走り入水しよう。その前にいっておくことを思い出した。
「おいチョコラッタ。別に俺が命令したわけじゃねぇからな」
「ええと、そういうのは別にいいんですけど。乗ってさしあげたらどうでしょうかっ。さすれば、女王さまも気がすむと思いますよっ」
「マジで?」
「マジもマジ。大マジ。伊達に、王女の乳母やっていませんって」
「くそ。信じたからな」
「ああっ……早く……クランドさまぁ」
バルバラは人差し指を咥えながら怨ずるような眼差しを投げかけてくる。
「大丈夫かよ。俺ってけっこう重いぜ」
「重みを、重みをくださいまし」
このシチュに興奮しているのか、それとも新たに見つけてしまった己のステージに興奮しきっているのか、バラバラは息を荒くしながら舌なめずりしている。
「よっと」
「はうっ……ううっ」
最近は計っていないが、蔵人はこの世界で鍛え抜かれて筋肉が増量され、体重は九十キロを超えていた。とてつもなく重いのだ。それを、茶碗すらロクに持ったことのないようなバルバラが両手両足を使っているとはいえ、支えられるものではない。
――案の定、数秒経たずに、バルバラはぺたんと崩れ落ちる。
「うおいっ。だから、いわんこっちちゃねえっ!」
蝶よ花よと育てられたお姫さまだ。
背骨が折れたのかと、蔵人は素早くバルバラを抱え上げた。
「ああっ……抱っこ……私、クランドさまに抱っこされているの……」
「女王さま。なんだかわからないけど、チョコラッタいたく感動しましたっ」
本格的に事態は混迷の度合いを増していくが、その終結点はどこにあるか誰も未だわからない。
「なあ、とりあえず落ち着いて食事をしようじゃないか。僕たちは、種族こそ違えど、同じ宇宙船地球号の乗組員。愛は食卓にあると頭の紡錘形の人もいっている」
「うやっ。そうですねっ。じゃ、仲よくお食事にしましょうっ」
チョコラッタが頭上にグーを突き出した。
蔵人はかなり気を使ってレディを食事に誘ったのはかなり久々なので、腕はだいぶ鈍っていたが、特に問題なく効果は発揮された。
「クランドさま。今日は、料理人によくいい聞かせて魚に焼きを入れておきました。お口に合えば、うれしいのですが」
「う、うん。とっても美味いよ。ちょっと、焦げてるけど。まあ、日本人のふたりにひとりはガンで死ぬっていうし……」
蔵人は生食以外好まない水棲種の調理法に茶々を入れず、ちょっと、いやだいぶ、いいやまだまだ、焼き目が若干つき過ぎた焼き魚をバリバリとやって笑みを浮かべた。
自分を殺すことはわりと得意な部類だ。頭のスイッチを切ってしまえばいい。それさえできれば、バラ色の世界にぐんと近づける。
上手くほじくると、焼き魚も食べる部分があってホッとした。煮つけやフルーツは取り立てて失敗なく、美味といえる部類に蔵人の腹は満足する。
「あの、クランドさま。夕食はなにか食べたいもの、ございます?」
バルバラは上目遣いでいった。
「クジラのステーキは勘弁ね」




