表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダンジョン+ハーレム+マスター  作者: 三島千廣
第1章「遥かなる旅路」
18/302

Lv18「峠にて」






 蔵人は九十九折の上り道を息せき切って駆け上がった。

 往路とは違い、勾配の傾斜が厳しい復路を短時間で移動するのは困難を極めた。

 登山の原則では、上りは歩幅を狭め一定の速度で歩行する。大股での歩行は足への負荷が大きすぎ長時間の高速移動には向かないのである。

 だが、蔵人はすべての原則を無視して全力で駆けた。その遥か後ろに、リネットの姿が付かず離れず見えた。山の中腹まで行くと、周囲の住民すら立ち入らない獣道へと分けいっていく。頭上の青空は、純白のいわし雲がゆっくりと東に動いている。峠路が右へと大きく弧を描いている場所で、前方から小さな影が近づいてきた。

 咄嗟に身構えた蔵人に飛び込んできたのは、里で留守をしているはずのルシルだった。

「おまえ、どうしてここに」

 まだ年端もいかぬ幼児には下りの道ですら相当な苦痛であったのだろう。彼女は汗だくになりながら、身振り手振りで、なにかを伝えようとしているが言葉を話せぬ身の上では、細かな部分までは咄嗟に理解できなかった。

 立ち止まって息を整えていたリネットが、顔をひきつらせながら崖の端を指差す。

 そこには、武装した若い男が三人。

 そして、二メートルは優に超える棍棒を片手にした巨大なオークが佇立していた。

「おーっと、道案内ごくろうさん、おちびちゃん」

「あとはおまえだけみたいだな、さあ、そこの兄さん。アンタがどこの誰だか知らないが、回れ右して山を降りることだ。そうすりゃ命までは取らねえよ」

 蔵人は、街道の途中であらかたの理由をリネットには説明し終えていた。

 ドロテアが奴隷を奪った商人が追っ手をこの山に差し向けていたこと。

 その中に、かつて彼女の婚約者だった男がいたこと。そして、街で聞いた噂はかなり信憑性の高いものであり、場合によっては最悪の事態も想定しなければならないこと。

 悪い予感はすべて的中した。

 ドロテアの剣や魔術は優れている。

 けれども、逃がすはずのないルシルをわざと里から放流してリネットまで線を繋いだことを考えれば、里も子どもたちも商人が金で雇った無頼の徒にとっくに落ちていると考えるのが妥当だった。

「いちいち聞く必要もないが、もう他のみんなは見つかったのか」

「兄ちゃん、男はあきらめが肝心だ。そこまで知ってるってことは、もうたまたま行き会った通りすがりってことで目こぼしするこたぁできねえぜ。そうよ、ジョシュヤ商会はいままで一度も商品を逃がしたことがねえってのが自慢でね。それが、あのエルフのアマぁ、随分と長いこと逃げまわりやがって。たまたま、山で出くわしたのは運の尽きよ」

「ドロテアがおまえらごときチンピラに捕まるとは思えねぇが」

「あの、アマっ娘の腕はこのオレが一番よく知ってんだ! 見ろ!」

 男が唾を飛ばしながら、真っ赤な顔で右の眼帯をずらす。そこには、若い娘なら目にしただけで卒倒しそうな酷いきずあとが右の顔半分を大きくえぐり走っていた。

「あの女は場所を襲った時に、いきなり有無もいわさず切りつけやがった。このオレを誰だと思ってやがる! とらえた女は離さねえ、黒蜘蛛の異名を持つ女衒のフォルカーさまよ。確かに真っ向から勝負すりゃ、ちーと難しいが、なに、あの女の元婚約者ってやつを連れてって脅してやったらイチコロよ。しおらしく縛られやがって、くひひひ。いいかっ、そこのハーフエルフの小娘を連れてきゃ仕事は完了なんだ。旦那からはたっぷり報奨金は貰えるし、オレの傷ついた名前も癒せるってもんだ。今日の夜が楽しみだぜェ」

 蔵人は表情を消したまま、フォルカーのよく動く舌先を見つめていた。

 三人の男はまだしも、後ろのオークは勝負にすらなりそうもなかった。

 おまけに、蔵人は丸腰である。

 これでは、自分を犠牲にしてもリネットたちを逃せるかどうかもわからない。

 冷たい汗が背筋を伝った。

「あの、ドロテアってエルフ女はよう、小生意気だが信じられねえくれェの上玉よ。あの、ムチムチした胸といい、張り出したでかいケツといい、ふひひ。オレも女衒をやってて二十年近いが、あれほどのモノは数えるほどしか拝んだことがねぇや。くっくっくっ、酒を肴に、跪かせて、オレのモノに奉仕させてやるぜ。口ン中によぉ、しこたまぶち込んでやるう。いまから、楽しみで楽しみでうずうずしてやがんだぁ。もっとも、アイツらとっくにはじめてるかもしんねぇよな。オークも一匹いることだしよぉ」

「んおおおおっ」

 突如としてフォルカーの後ろにいたオークが咆吼した。

「どわっ」

「なにしやがる、やめろっ。ダニオ。なにしやがるっ!」

 ダニオと呼ばれたオークは、仲間であるはずのふたりを突き飛ばすと棍棒を放り捨て、鼻を鳴らしながら充血した瞳でリネットを見た。

 ダニオの股間は下穿きを突き破らんほどにいきり立ち反り返っていた。

「ひ」

「エルフぅうう、おらの好きなエルフぅの娘っ子の匂いだあぁああっ」

「おい、この腐れ畜生がっ、亜人野郎がっ! やめろっ、クソっ、ハーフエルフはガキばっかだったから安心してたのにっ、なんだそこの娘はギリギリ射程距離範囲なのかよっ。こいつ、サカってやがるっ! 畜生、計画がっ!」

「ううう、エルフゥ、おら、おらもう、もう」

「おまえにも、あとでもちっと育った方を喰わせてやるっていってんじゃねえか!」

「おらぁ、年増はきれぇだぁ!!」

 ドロテアが聞いたら激昂しそうな暴言を吐いた。

 情欲を煮えたぎらせたオークの視線にとらえられ、リネットは歯をカチカチ鳴らしながら、足をふらつかせている。ダニオは本能的にリネットが繁殖可能なことを察し、たぎった性欲をぶつけようとしている。蔵人はしゃがみこんで小石を握ると叫んだ。

「走れ!」

 合図と同時にリネットはルシルの手を引いて急斜面の崖を下りはじめた。

 耳を劈く雄叫び声を上げながら、どんぶり茶碗ほどある両手を突き出し、ダニオが襲いかかってきた。

 蔵人は、身をかがめて左足を突き出すと、ダニオはつまづいたまま頭から急斜面へと転がり落ちていった。

 フォルカーが、剣を抜いて挑みかかってくる。

 蔵人は頭から転がって草むらに身をかわした。

 背中を熱い感触が走った。浅く剣先が裂いたのだ。

 赤毛の男がものすごい形相でもう一度剣を振りかぶるのが見えた。

 剣線の直線上に自分の頭がある。致命傷を避けるために身をよじった。

 草むらを刃物が叩く。枯れ切った葉が宙に舞った。

 フォルカーが両手に剣を腰に据えたまま突っ込んでくる。

 握っていた石で受けた。じんと激しい衝撃が脳を直撃した。

 フォルカーの手から剣が転がり落ちた。

 飛びついて拾うと、飛び込んでくる赤毛の男の剣を正面から受け止めた。

 刃先が頬を抉る。熱い血がぱっと迸り、左目の視界を覆った。

 赤毛の男の胸に前蹴りを浴びせる。男がたたらを踏んだ。

 肩から渾身の力を込めてぶつかった。

 男は、長い悲鳴を伸ばしながら渓谷へと落ちていった。

 身をよじると同時に、フォルカーが短剣を横薙ぎに振るった。

 脇腹を深く抉られ息が詰まる。

 頭の中へと焼けた鉄串が刺されたように、視界が真っ赤に燃えた。

 喉仏に血の塊が逆流する。

 蔵人は涙を流しながら飲み込むと、握っていた石を投げつけた。

 フォルカーは肩を打たれバランスが崩れる。

 蔵人の剣が真円を描いた。

 フォルカーは迎え撃つうように短剣を垂直に振り下ろした。

 高い金属音と共に、短剣が跳ね上がる。

 折り返すように剣が風を巻いて走った。ドス黒い血が背後の杉の木に叩きつけられた。

 蔵人の剣がフォルカーの喉元を深々と横に割った。フォルカーは信じられないというように左目を見開きながら、峠路に転がり、杉の根元にぶつかってとまった。

 残った一人は一番年若い。目をつぶりながら剣を握り締め駆け寄ってくる。

 蔵人は、身をかがめながら低い位置で刃を振り回した。男のあえぐような声が響く。剣先はちょうど男の膝頭を断ち割った。

 蔵人は倒れ込んでくる男ともつれ合うと、顎に拳を叩きつけ上になった。男は幼児のように顔をくしゃくしゃにして手を振って命乞いをした。

「あと何人だ!」

「う、うええ」

「手間取らせるな! あと追っ手は何人残ってるんだ!」

「オークがぁあ、あと一匹。それと、ベルナルドの親方と、かき集めてきた冒険者たちが、十人。なああ、頼むよ。助けてくれよぉおお」

「そうか、よ」

 蔵人は、刃を寝かせるようにして男の喉笛を滑らせると深々と頚動脈を断ち割った。

 あと、十二人。

 胸元の紋章に意識を集中させると、心臓の鼓動がいっそう強く脈打つのがわかった。頬の血を拭うと既に傷口がふさがっている。背中と脇腹の痛みで、気を抜けばいまにも意識を失いそうだ。瞳の奥で火花が弾け、全身を覆う寒気が強まった。膝を突きそうな倦怠感が背中に覆いかぶさってくる。蔵人は、割れそうなくらい奥歯を噛み締めて待っていると、それらはまるで最初からなにもなかったかのように、干いていった。胸元の紋章が淡く輝いている。光が次第に薄れていくうちに、峠の向こう側から数人の足音が近づいてきた。

「ああっ、おまえら」

「野郎っ、てめえかぁっ、ふざけやがって!」

「覚悟しろよぉお、この野郎!」

 仲間の死骸に気づいたのか、四人の男が剣を抜き放ち迫ってくる。

 蔵人は、震える手で剣を握り締めると陽光が煌く雲の向こうを見上げた。

 ふと、陽が陰った。

 黒ずくめの小柄な人物が遮るようにして、横手の雑木林から道に飛び出し、男たちの前に割って入った。

「な、なんでえ、てめえ、は」

 黒い頭巾を被っており表情は見えないが、瞳だけはすべてを捨て去ったような暗い虚無感が宿っていた。蝙蝠のように黒い外套を羽織っている。足首まで届きそうなそれは、吹き上げてくる山谷風に煽られ波打っている。塵埃を吸って全体的に灰がかっていた。厚手の生地で出来た上下も闇のように黒い。盛り上がった胸元から、女性だと判断できた。腰にはその身にそぐわない大きな曲刀を佩いている。足元のブーツだけがやけに真新しかった。

(こいつ、確か牢獄であったアサシン娘じゃねえか。まだ、つけまわしてやがったのかよ)

 蔵人は、女騎士ヴィクトワールがシズカと呼んでいたのを思い出した。

「どう考えても助けに来ましたって、目つきじゃないよな」

 シズカが曲刀に手を掛ける。蔵人の中に、あのときの悪夢がまざまざと思い浮かんだ。

「おい、どけやぁ、こちとら取り込みちゅ」

 男が肩に手を置こうと伸ばした先が、空間から削り取られる。

 鮮血が濡れ雑巾を叩きつけたように、黒い外套を叩いた。

「ああああああっ」

 男が叫ぶと同時に、シズカの腰から抜き放たれた曲刀が空を割って走った。

 並んでいたふたりの男の首が、崩れるようにかしいで前後にゆっくりと落ちた。

 コマ送りの画像を見ているようだった。

 シズカは、深く腰を落とすと外套を跳ね上げ直線に刃を走らせる。構える動作も出来ないままに、隣の首が落ちるのを眺めていた大男の心臓が破壊された。残ったひとりは剣を投げ捨て降りてきた道を駆けていく。その背中に、シズカの投げた短剣が深々と刺さった。

「一瞬かよ」

 瞬きをする間に四人屠ってみせた。

 蔵人はシズカの技量に隔絶したものを感じ、身震いした。 

 シズカの孤影がにじるように迫って来る。皆のことがなければとっくに逃げ出していたと、唇を噛み締めながら、自然距離をとった。

「なあ、ちょっと待て。いまは、まずいんだ。勝負なしにしようや」

 シズカは上段に曲刀を構え、獣が飛びかかる寸前のように腰を落として身体をたわめた。

 どうあがいても、相打ちすら無理そうな気がする。

 冒険者くずれのゴロツキや、力自慢の亜人程度なら身を捨てて戦えば活路が開けそうな気がする。

 だが、この女だけには叶いそうもない。そもそも剣の技量が違いすぎる。蔵人は元々はただの大学生だ。真っ当な剣術を習得した相手では、一合ですら持ちそうもない。

 シズカという少女の腕は紛れもなく本物だ。

 不死の力といっても、首を落とされて生きている自信はさすがにない。

 蔵人のこめかみを、黒ずんだ汗が滲んだ。

 均衡が崩れたのは本当に偶然だった。

 崖の向こうからオークの巨体が飛び出したと思うと、右手一本でシズカの足首をつかみ逆さ釣りに持ち上げた。

「くたばったんじゃねえのかよ、畜生め!」

 蔵人は躊躇することなく身を翻すと雑木林に身を躍らせた。豚を踏み潰したような悲鳴が背後から上がる。逆さまのままシズカがオークのダニオに切りつけたのだ。

 振り返る暇はない。とにかく、距離を稼ぐことだ。

 顔を打つ枝をものともせず、夢中で駆けた。右足を置いた地面が大きく凹んだ。

 蔵人の身体が一瞬止まった。

「うげらぶっ」

 空を切って飛来する音を聞いた瞬間、背中に強い衝撃を受けた。咳き込みながら転がると、身体をくのじに折って血をはくシズカが見えた。ダニオが子猫を投げつけるように放ったのだ。

「オンナぁああ、オンナぁああっ、もう、おで、だれでもいいいどどおおぉお」

 口のはしから泡を吐き散らしながら、ダニオが怒張を尖らせて突進してくる。

「やらせろおおおおおっ」

 ダニオは奪った曲刀を振り回しながら、雑木林をなぎ払って近づいてくる。右胸から腹にまで渡る浅い切り口から血が滲んでいる。動き回れるのは、たいした痛手ではないからだろう。額の傷跡から流れる血で両目の視界を封じられているとしても、この状況でやりあうのは御免だった。

「どうやら、お目当てはおまえのようだな。自慢の砦で勝負したらどうだ」

 シズカは立ちあがろうとするが、顔しかめてしゃがみこむ。右足首を強く痛めていた。

「ここでおまえが片づけられるのを見るのがモアベターなんだがな」

 シズカは無言のまま、腰に差していた短剣を抜こうと右手を伸ばす。

 蔵人は脊髄反射で跳躍すると、背後の木に隠れ様子をうかがう。

 シズカが鞘に手をかけた瞬間、顔を伏せた。悲鳴を噛み殺している。くいしばった口元から血の雫が地面を打った。

「なんだ、手首もやっちまったか。これじゃあ、ついにお仕舞いだな。……おっと、そんな目で見るなよ。俺にはまだ、やることがあるんでな、あとは頼むわ」

 シズカはうつむいたまま声ひとつ上げない。剣の達人といえど、得物を失い利き手と逃げ足が使えねば、膂力においてはオーク相手では分が悪そうだ。

 ほつれた頭巾がほどけ、黒髪が流れた。シズカの横顔にはなんの表情も見えない。自分がこれから味わう屈辱も、そして結果の死も。発情してなおかつ手負いのオークがこの少女にどうふるまうか想像できないはずもない。おそらくは、女として生まれてきたことを後悔するほどの痛みを味わうことになるだろう。

「追ってきたおまえが悪いんだぞ。俺はマザーテレサじゃねえんだ」

 蔵人の脳裏に、真珠の首飾りを抱きしめたまま切なそうに笑った女の顔が淡く浮かび上がった。握りしめていた優越感がみるみるしぼんでいく。舌打ちをとめられなかった。

 まったく、俺ってやつはどこまでバカなんだろうな、自分でもイヤになる。

「ひとつ、貸しだ。バカおんな」

 蔵人は、シズカの外套を無理やり引き千切ると身に纏った。

「こっちだ、クソ豚がぁあああ!! 穴が欲しけりゃここまで来やがれ!」

 やぶれかぶれの怒声を上げると、巨躯に向かって真っ直ぐ向かっていった。






 隠れ里の物置小屋には、淫猥な空気が漂っていた。

 食料の麦の詰まった袋や薪や炭などは場を開けるように部屋の隅へと高々と積み上げられている。中央には美貌のエルフが半裸にされたまま転がされていた。どこから持ち込んだのだろうか、男たちが囲むようにして酒宴をはじめていた。

「おい、残りの一匹はまだつかまらねえのか」

 座の中心にいる頬のそげ落ちた五十年配の男が顎をしゃくった、

 一味の大将株であるベルナルドだ。

「へい、先ほど見に行かせましたんで、もうじきでさあ」

「早くしろや、こっちのお楽しみがまだ控えてるんだ、なあ」

 ドロテアは殺意を込めた視線で無言の抗議を示し顔をそむける。

「おいおい、そう嫌うなって。これから、俺たちはぁ一晩中仲良くするんだからよう。つまりは兄妹になるってことだ!」

「兄妹たぁーお頭もうめえことをいいなさる。オレたちゃ今夜から穴兄弟ってことだ!」

 ベルナルドの言葉に追従するように、子分たちがどっと笑い声を上げた。中でもひとり場違いのように華奢な男が青い顔をしたまま、黙々と盃を口に運んでいた。女と見まごうほどの繊細な容姿をしたエルフ。かつてドロテアの婚約者だったラルフであった。

「おい、兄弟。なに、黙りこくってやがんだぁあ! もう、女房でもなんでもねえんだろぉ! あ? それとも、なにか俺たちのやることが気に入らねーってのか!」

「いや、僕は」

「おいおい、さすがに自分から騙した相手を目の前にしちゃあ、酔いも中々まわらねーだろおよ。おっ、ついでやれ、たっぷりとな」

 青い顔をしたラルフは注がれた盃に目をやると、すべてを忘れるかのように一気に飲み干した。男たちから歓声が上がる。

「にしても、久々に痛快だったぜ。いままで手を煩わせたこの女がこの青瓢箪をちいとつついてやったらあっさり剣を捨てやがった」

「おいラルフよう、このアマまだおまえに未練タラタラじゃねえか。よけりゃあくれてやってもいいぜえ。もちろん俺らがさんざんこいつの穴を使い倒したあとで良きゃあよ!」

「そいつは、傑作だ! テメエが都に出ておもしろおかしく暮らしてぇ為に、混じりものとはいえ、同族を売り捌き、あまつさえ元の女房すら俺たちに叩き売っちまうなんて。おめえもとんだ悪党だぜ!!」

 男たちの哄笑のあとに、ラルフのひきつった笑いが続く。

 すると、いままで黙っていたオークの男が無言のまま拳をラルフの顔面に叩きつけた。

 紙切れのように華奢な身体は宙に舞うと部屋の板塀にぶち当たる。

 男たちの笑いが途絶え、静寂が満ちた。

「なにが、おかしい」

 オークの瞳にはなんの感情も映し出されていない。突き出した鼻をかすめるように突き出た牙は見るからに凶悪だった。

「い、いえ。なでぃぼおかじくあでぃまぜぇん」

 ラルフは鼻面から血を垂れ流したままうつむいた。

「オレはな誇り高きオーク族の戦士、アロルドだ。自分の女房を売り払って下賤に笑う汚い男は許せん」

 ベルナルドがにやりとした。

「で、おまえさんはこの女は抱かねえんで?」

「当然、抱く」

 どっと座が沸き返る。

 アロルドは、上半身を肌脱ぎになると、筋骨隆々の身体を見せると、両腕に力こぶを作ってみせた。そこには人間がいくら鍛えてもたどり着けない種族の壁があった。

「とゆーわけだ、ドロテア。オークの旦那がおまえをお望みだ。濡れたか?」

「ゲスが」

 ドロテアは、近づけたベルナルドの面体に唾を吐きかけた。

「おもしれえ、よし、簡単には突っ込まん。おい、アレを持って来い」

「あれ、ああ、あれですね、お頭。ひひひ、この高慢ちきな女がどれだけ乱れるか見ものですぜ」

 ベルナルドに命じられた男が自分の額を叩くと、軽やかに小屋を駆け出していった。

「なにをするつもりじゃ」

「なーに、とっておきのモノでおまえの本性をさらけ出してやろって寸法さ。こいつを使えば男を知らぬ処女も、どれだけ男に飽きた淫売でもよがり狂って正気じゃいられなくなる。おまえは、すぐにでもここにいる全員に懇願したくなるはずだ。どうぞお願いします、旦那さま。わたしをかわいがってください、ってな」

「愚かなことを。わらわは、おまえたちがなにをしようと屈しはしない」

 ベルナルドは、むっちりとした身体を横たえたまま強気な姿勢を崩さぬドロテアを舐めるように視姦する。

「おっと変な気は起こすなよ。おまえが剣だけではなく魔術も一流ってのは先刻承知済みなんだ。もし、ちょっとでもおかしな動きを見せてみろ。とらえてあるガキどもがあっという間に何匹かまとめて冷たくなるぜ。くふふ」

「死ね、外道が!」

「まったく、たまんねえ、たまんねえよ。おまえみたいな上玉を手に入れられるなんて。最初は、逃げられたガキを追うなんてつまんねぇ腐れ仕事押しつけやがってなんて思ってたがよ。へへ、こんな余録に与れるなんてツキが少しは回ってきたかねぇ」

「お頭、おいら、おいらもう暴発しそうでぇ!」

「ずるいッスよぉおおっ」

 若い男の二人組が、ドロテアの豊かな双丘を見つめながら激しく地団駄を踏んだ。

「焦るなよ。順番だ、順番」

「地獄に、落ちろ」

「その減らず口がどれだけもつかな」

 ベルナルドは、子分が持ってきた小瓶を受け取ると、若く精力の有り余る二人組の男に放り投げた。

「よし、てめえら。特別に、そいつを使う権利をやろう。ドロテアの乳房にこってりと塗りつけてやれ。こいつを取り寄せんのは苦労したぜえ。もっとも効果は抜群だがなぁ」

 ドロテアを囲む男たち全員の瞳に暗いものが宿った。

「おい、そろそろ暗くなってきた、火ぃ入れろ」

 子分たちは手際よく大きなランプを幾つか用意すると、灯芯に火をつける。

 後ろ手に縛られたドロテアのむっちりとした胸元から真っ白な腹、そして細く長く美しい足がくっきり照らし出される。

 男たちは忍び笑いを漏らしながら、両手に媚薬をまぶす。

「や、やめろ」

「観念しろや。素直に従えば、気持ちよーくしてやるからよ」

 ドロテアは卑猥な言葉に耐えながら己の軽率さを恥じた。

 どうして、いまさらラルフの命などと子どもたちを天秤に掛けたのだろうか。

 逃げ出すチャンスは幾度もあった。

 それでも、ラルフのすがるような目を見るたびに気力が萎えていった。

 愛しているだのなんだのと、言葉を幾度かわそうとも、男女が最後に行き着く先は、肌を重ね合わせて肉欲を充足させることである。最後の一線をもったいぶった自分が悪かったのか。結果としては、得意の剣も魔術も震えずこうして男たちにいいようにされている。

 視界の隅で、ただ鬱然と酒を舐めるラルフの背中が小さく映った。

 ドロテアはこんなことなら最後に好いた男に身体を与えてやればよかったと、心の底から後悔した。もう、理性を保っていられそうにない。自分が自分でなくなってしまう。薄れる意識の中、思い出されるのは華奢で儚げな優男の顔ではなく、快活でどこか憎めない笑顔だった。

 ドロテアが腹ばいになった瞬間、真っ白な臀部が突き出されるようにして震えた。

 無言のまま幾人かが立ち上がる。ベルナルドはもはや制止をしようとはせず、酒精の残った上唇を舌で舐め上げた。

「おい、もう我慢できんぞ」

 アロルドが激しく吠えながら立ち上がった。目つきが理性を失っている。まともな会話はできそうにもないレベルにまで達していた。

 これ以上焦らせば、自分が殺されかねない。

 ベルナルドが合図を出そうと腰を浮かしかけた時に、出口の扉から鈍い音が響いた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ