Lv178「守護獣狩り」
正月期間は終了した。止まっていた時計の針がコチコチと音を立てて動き出すかのように、世間さまも活動を再開しはじめた。
思えば蔵人が積極的に動き出すのを見た女たちは、白昼の線路に竜が蛇行するのを見たかのような驚きをそれぞれ浮かべていた。
やるぞ、となれば結構にマメではあった。妥協せず、骨身を惜しまず、見ている人が感心するくらいの情熱を傾けて準備に取りかかった。
連日、朝焼けと共に家を飛び出し、人々が寝静まった頃に帰宅した。最初は、またぞろ悪い癖がでたのか、心配しはじめた女たちであったが、蔵人は外を飛び回って自分の足でダンジョンの情報を集めていたのだ。通常の受付業務を終えて帰宅したネリーと膝詰めで夜を徹して語り合うこともしばし。なにか、艶めいたことを抜けがけで行っていると勘違いした数人が部屋の前で聞き耳を立てるがすべて徒労に終わった。
昨年の秋口は、なんとか第九階層の攻略を終えていたが、戦争やそのあとのゴタゴタで、迷宮探索自体は四ヶ月以上、活動停止していた。このままでは阿呆な学生サークルのように空中分解してしまう。それだけは避けなければならなかった。
クラン「ダンジョンマスター」は夏場に発生する蚊柱ではない。
それを証明しなければならないときがきていた。
他クランはそれぞれ独自の基本理念のもと、攻略を着々と進めている。蔵人が立ち上げた「ダンジョンマスター」というクランの名が名実ともにこのまま苔むすか、それとも歴史の表舞台へと大きく飛翔するかの第一歩であった。
蔵人は、嫁たちを、一室に呼び集めると、ダンジョン攻略の作戦会議を行った。
女三人集まれば姦しいとはいったものだが、彼女たちは訓練を受けた警察犬のごとく、従順かつ神妙に押し黙っている。
いや、よく見ると幾人かは吹き出すのをこらえているようでもあった。
「んじゃま、正式には第一回ダンジョン攻略会議な。ネリー、書記を頼む」
「わかりました」
ネリーは、部屋の壁へと大きな紙を貼りつけると、チョークを持った。蔵人が瞳をわずかに動かすと、阿吽の呼吸でポルディナが椅子を用意する。どっかと腰を下ろすと、当然のように隣へと細身の女学者が寄り添うように立った。
「ホントはルッジの方がそれらしいんだけどな」
「どういう基準なのか、とりあえず聞いてもいいかい」
無論、メガネだからだ。女教師みたいでエロいし。とは、とてもではないが、いえない。
「んー、まず、第一に、大筋となる基本の骨子を決める」
「ふむ。もちろん、私たちの目的は、最終階層への到達だな」
アルテミシアが、立ったまま両腕を組んで、いった。蔵人は、ローブの上からはみ出している、たわわな双丘に眼球を激しく動かしつつ、顎に指を当てながら渋く決めた。
「ふむ。Hか。それともJか」
「意味はわからないが、どうせまたくだらないことを考えていますね」
「いでえっ! いたいよっ! チョークを額に押しつけんでくれっ!」
「いえ。少し、偏っているみたいなので、中身を均等にしようかと」
ネリーが白墨を引き寄せると、蔵人の額に残った白点からほんのり粉が吹いた。
「やめろって! 中身がマジでズレるから!」
「だいじょぶです。容積は変わりませんから」
「やめでえええっ!!」
ネリーは蔵人がイヤイヤをしても、まったく無視して白墨を握る指先に力を込め続ける。
即座に、ポルディナほか数名の蔵人原理主義者たちが止めに入った。
「君たちに任せていると、話が進まない。とりあえず、ボクが進行役を務めるよ」
「ああ、頼むわ」
「とりあえず、クランドの考えは、特に捻った部分もなくストレートに最終階層までの攻略達成。我らのクランの位置は、去年、ようやく第九階層の攻略を終えて、いわゆる“守護獣”が存在するといわれる、第十階層の入口付近というわけだ」
「はい、質問」
「では、レイシーくん。どうぞ」
「あの、あたしはまるでダンジョンとかは素人でよくわかんないんだけど、その“守護獣”ってのはなに?」
「ああ、俺もそれは知りたいな」
「いや、君にはさんざん説明したと思ったが。年が明けたから忘れてしまったのか。この際だ。全員に説明しておくとしよう。アルテミシアやメリーやネリーには聞き飽きた話だろうが、しばらく我慢して欲しい。我々が挑むべき深淵の迷宮は、伝説によれば百階層までの最深部を誇る大陸一の暗渠と呼ばれている。この場合は、あくまで伝説であって、実際に生きている人間でそれを目にしたものは現存しない。だが、とりあえずは百層までと考えておこう。残りは実際に到達してから考えればいい。かつて、この大陸を統一した初代国王ロムレスは、最終戦争で使用した“神器”をダンジョンに封印した。それは、どれもが完全な能力を発揮すれば、強大すぎる力だと謳われているからだ。十二の神器のふたつは王家が保存し、ひとつはボクのビブリオニアス家に下賜されたこの星の魔道書」
ルッジはそういうと、手にした本をぱらりとめくってみせ、話を続けた。
「残りの十は、ダンジョンに隠され、ひとつひとつが十層ごとに配置された“守護獣”に固く守らされているとの話だ」
「しつもーん」
「はい、ヒルダくん。なんだい」
「でもでも。そんな強力なアイテムなら、とうに下層へ到達したクランが残らず回収しているんじゃないでしょうか」
「ヒルダ。たぶん、それはないよ」
アルテミシアが、隣に座っている少女の額に手を乗せていった。
「なぜに!?」
「五英傑を含め、すべてのクランは守護獣の間を素通りして、どんどん先に進んでいる。彼らのほとんどは、十層の時点でボスである“守護獣”メタルゴーレムの洗礼を受けて、わざわざ苦労してあるかどうかもわからない古代十二神器の入手を捨ててかかり、下層へ進むスピードを選んだからなのだ」
「ふん。その、“守護獣”とやらは強いのか」
目をつむったままでいたヴィクトワールが緑色の瞳を光らせながら鼻を鳴らした。
「――強い。かけ値なしにね。記録によれば、二十年前、冒険者組合が派遣した精鋭千が作戦開始後、半日で全滅している。“守護獣”のいるボス部屋には、いまでもうずたかく積もった白骨の山が波打ち、次の挑戦者を待ち受けているとのことだ。五英傑の中では、“狼王”テオドールが唯一挑戦したらしいが、雇い入れた前陣の半ばを失って、攻略を断念したらしい。それ以来、ダンジョンでは“守護獣”に正面から挑むものは、コレ扱いさ」
ルッジは長い人差し指で、己の頭のすぐ上にくるくると円を描いてみせた。
「でも、クランドはそんなこと気にはしないわよね」
カレンが、長いツインテの片っぽをいじりながら流し目をくれると、蔵人は元気よくそれに応じた。
「おうっ」
「いまのは、褒めたんじゃないわよ。ったく」
「考えによっては好都合だ。だって、わざわざ先んじてるやつらが、俺らのためにわざわざお宝を残しておいてくれたようなもんだ。俺って、RPGでも、隅から隅までアイテム回収しないと気がすまない性格なんだよね。ま、苦労して手に入れた宝物があとでクズだったことなんて、往々にしてあるけどよ。伝説がウソかホントかなんて、自分の目で確かめてみないとわからないだろ。な」
蔵人はオモチャをまえにした子供のように、キラキラした瞳で皆をぐるりと見渡した。
底抜けの好奇心が全身からはちきれそうにあふれ出ている。
ダンジョンの攻略は文字通りの命懸けだ。けれども、彼の屈託がなく無邪気なよろこびようを見ているうちに、全員の身体にたとえようもない熱気が自然と伝播していった。
「ま。クランドだからな」
「しょうがないですね」
「仕方のないやつだな」
「ハナも頑張りますよー」
「すべてわらわに任せておけ」
「ご主人さまについていきます」
それぞれが口々に叫ぶと、熱気は渦となって勢いを増していく。酒精など舐めもしないでも、全員が酔ったような目で蔵人を一心に見つめていた。
「じゃ、あとは細かいことを詰めていくことにしよう。ボクたちの目的は、スタンダードに最下層までの攻略。それと――守護獣狩りだ」
第十階層の攻略がはじまった。屋敷の留守はリネットに任せ、久方ぶりに、冒険者組合のある赤レンガへと足を踏み入れた。屋敷の中に設置しておいた、ダンジョンまで直通で飛べる転移陣が、子供たちのイタズラによって損傷したからである。ついていないといえばついていない。
蔵人を先頭に、ポルディナ、シズカ、アルテミシア、ハナ、メリアンデール、ヒルダ、レイシー、ヴィクトワール、ルッジ、カレン、ドロテア、リザ、ルールー、ネリー、ルシルの計十六名である。
「ん……ちょっと待った。なんか、余計なモンが混ざってないか」
「こーら、おチビ。なんで、勝手についてきてんのよ」
カレンが、幼女エルフであるルシルを背後から軽々と抱きかかえる。
ルシルは、頭に鉢金を巻き、お鍋の蓋の盾、果物ナイフを腰に差し冒険に参加する気満々である。むふーと鼻息荒く瞳をキラキラさせて、決意も新たな表情は幼いながらも凛々しかった。
蔵人は、腰をやや曲げて、抱っこされているルシルに耳を近づける。幼女は、耳元へとこしょこしょ内緒話をするように、いま、現在自分がなぜここにいるかを説明してみせた。
「……え、なに? クランドは飲んだくれでいっつもゴロゴロしてて頼りないからわたしがついていってあげる。ありがたく思っていいよ、だと? 困ったな、いまからひっ返すのはゲンが悪い。というわけで、カレン。お守り決定な」
「えー! ちょっ、冗談でしょ?」
カレン。戦う前からハンデ決定。それを見ていたシズカは肩にかかった髪を払いながら、ちらりと背後を見やっていった。
「いまさらひとりくらい、あしでまといが増えても変わらない。早くゆこう」
「ちょっと待て。なぜ、いま、私を見た。なぜだ」
沸点の低いヴィクトワールがいつもどおりのメイド装束で激昂した。戦国SLGなら煽り耐性ゼロに等しく、速攻で罠に嵌って自壊する駄目ユニットである。
「あはは。だって、しょうがないですよお嬢さま。その格好ですもの」
「おまえが質入れした鎧を請け出さないから悪いんだろうがあっ」
「そんなこといって、もう、とっくに流れちゃってますよ。わがままな、お嬢さまですね」
「私か? 私のせいかッ!?」
「その代わりといってはなんですが、お嬢さまのお仕着せを冒険用の丈夫なものに変えました。布地は、耐火・耐冷に加えて、強固な呪印により鋼を超える強度を保った防刃性を保持しております。これもすべて、質に入れた鎧による代価のたまものですよ」
「あれは、先祖伝来の甲冑だったのだぞ……!」
「けらけら」
「笑うなよおおっ」
「ふむ。というか、君たちの漫才につき合っていたら時間がいくらあっても足りない。クランド。先を急ぐことを提案する」
「俺はルッジ先生の意見に賛成。ルシルの面倒はカレンが責任をもって見ること。んでは、仕切り直しで再出発だ」
一行は、事務所の一室に借り受けてある転移陣からダンジョン内に飛んだ。
昨年、ルッジやアルテミシアと攻略を終えた、十階層へと続く階段の真上である。
「なんだ。もう着いたのか。ずいぶんと便利なものがあるものだ」
ヴィクトワールはダンジョン内独特の、かび臭い空気に眉をしかめながら、つぶやいた。
「便利なだけに、たけーんだよ」
蔵人は手にした魔石を腰の革袋に放り込むと、まばらに浮いた自分の顎鬚を掻いた。
転移陣を始動させるには、エネルギー源である魔石が必要とされる。
だが、この魔石は昨今の諸色高のあおりを受けて、かつて、ひとつ一万Pであったものが、現在では、単価が五万Pまで跳ね上がっている。蔵人一行は、二十人足らずと、冒険者クランの中では、最小単位に等しいほどであるが、一度の冒険でそれなりに結果を出さねば、生活的にも「厳しい」のである。
「さあ、お宝ざっくざくですよー。クランドさん」
「そろそろ見つかってくんないとマジでやばいかな」
蔵人は、杖を軸にしてくるくる踊るヒルダを見ながら、やや不安な面持ちになった。ルッジ、アルテミシア、メリアンデールの三人を除けば、事実上ほかの全員はダンジョンに潜るのも作戦行動に着手するのもはじめてなのだ。
また、彼女たちが、蔵人と決定的に違う部分は、女性であるという点にもある。当然ながら、月のものによって極端にパフォーマンスが落ちる可能性も考慮しなければならない。不安を孕んだ攻略は、いま、その端緒についたのだった。
「それで、隊列はどのように組むつもりなのかしら」
地図に目を落としていたネリーが顔を上げていった。
「基本は以前決めたやつでいいだろ。ルールーは先行して、様子を探っておいてくれ。前衛は、ヴィクトワール、シズカ、ポルディナ、ドロテア、アルテミシア、ハナ。あとは、てけとーに散ってくれ」
「いや、適当はまずいだろう。しょうがない、みんな。昨日、話しておいたとおり、それぞれ配置についてくれ」
蔵人に代わってルッジが指示を飛ばすと全員が素早く各々の定位置に着く。
十階層に降りて、自然の洞窟をしばらく進んでいると、ルールーが音も立てずに舞い戻り前方の状況を報告した。
「クランドさま。ここから、千歩先に十体ほどのモンスターを発見しました」
ルッジが手際よくルールーから魔物の特徴を聞き出すと、その正体を断定した。
オーガクラブ。
体高は百五十を超えず、巨大なハサミを持つカニのモンスターである。
濃い緑色の甲羅を持ち、雑食性で岩苔から動植物までなんでも喰らう。
蔵人たちが、やや広めの膨らみに到達すると、オーガクラブたちは待っていましたとばかりに、口元から泡を吹き出しつつ、ゾロゾロと姿を見せはじめた。
「うわあ、デカイカニさんやぁ……」
「カニみそいっぱい食べられますねっ」
ヒルダが興奮しながらぴょんぴょんと跳ねる。
「またアホなこといって。オーガクラブの挟力は人間の胴体くらい軽く切り飛ばすのですよ。ふたつ身になりたくなければ用心しないと」
ネリーの言葉にヒルダは、あわあわと慌てふためくと、素早く蔵人の背に隠れた。
「んじゃま、諸君やってくれたまえ」
「お任せ下さいご主人さま」
「わらわに任せい」
「お嬢さま、ふぁいと。おー!」
「ばかっ、おまえもいくのだ!」
解き放たれた猟犬のように、ヴィクトワール、シズカ、ポルディナ、ドロテア、アルテミシア、ハナの六名がオーガクラブに向かって突撃していった。
ヴィクトワールは先祖伝来の十王剣を、シズカは曲刀を、ポルディナは大薙刀を、ドロテアは名剣アスカロンを、アルテミシアは聖女の槍を手にして襲いかかる。ちなみに、ハナだけ素手であった。
彼女たちは、嫁たちの中でも最大火力を誇る六枚看板だ。
キチン質の甲羅を、卵の殻を割るように安々と破壊すると、瞬きする暇もなく十体のオーガクラブを狩り尽くしてみせた。
「ご主人さま。敵を一掃しました」
「お、おう。ご苦労さま……」
ポルディナは、素早く報告を終えると、無表情なままジッと上目遣いで見上げてくる。
手にした大薙刀には生々しい魔物の体液が付着していた。見れば、ポルディナはしっぽを左右に激しく振りながら、褒めて褒めてっ、と猛烈にアピールしている。蔵人が、若干引き気味に右手で頭を撫でてやると、くすぐったそうに目を細めた。
「ポルディナばっかりずるいのじゃ! わらわは三体も倒したぞ!」
「ハナも二体倒したましたよっ」
「わ、わかったからとりあえず、順番な。そこに並んで」
蔵人は、己の手柄を誇る嫁たちを順繰りにハグして功績を称えた。
憐れなカニの残骸を蹴散らかしてさらに先へと進む。
十階層の道幅は思ったよりも広く、五人程度なら横になって歩ける余裕があった。
次に現れたのは、キノコ系のモンスターであった。
ストレングスマタンゴ。
大きさは二メートルを超え、全身は黒みがかった異形の怪物である。このモンスター、菌糸系にして珍しく状態異常の能力を持たない代わり、パワーに特化したタイプの変異種である。大体において、キノコ系モンスターは菌糸の塊であるからには、その防御力は軟弱極まりないが、ストレングスマタンゴは例外的に硬かった。
しかし、まとめて七体ほど現れたパワー系菌糸類の運命は、蔵人たちに出会ったことによって即座に終止符が打たれていた。
まず、ドロテアが火属性の魔術である火炎弾を出会い頭に叩き込んだ。
ずば抜けた膂力を誇るストレングスマタンゴは、表面をこんがり焼かれて、一瞬、硬直する。
その隙を狙って、シズカとヴィクトワールが素早く長剣で切りつけ、動きの鈍くなったところで、ハナとポルディナがタコ殴りにした。
強烈な負荷を受けて、姿を保てなくなったストレングスマタンゴは、バラバラに砕けて四散した。
「次ッ!」
槍を振るって残心を解かず、眼光鋭くあたりを睥睨するアルテミシアの姿は、まばゆい甲冑の輝きや、美しい姿勢によって、絵物語から抜け出てきた騎士のように決まっていた。
「わたしたち。あんまりやることないですね」
メリアンデールが、ほうっ、と息を細く吐きながら目をパチクリさせた。
濃いブルーの瞳。ランタンの淡い光とないまぜになって、不思議な色合いを醸している。
「と、とりあえず先に進もうか……」
ルールーの索敵効果もあってか、攻略は順調に進んだ。十六人もいれば、さすがに、移動スピードは落ち気味だが、強靭な前衛火力がそれを補った。
蔵人は、出現した途端に屠られるモンスターたちに合掌しながら、行動時間が半日を過ぎた時点で野営の準備に取りかかった。空間圧縮させておいたテントなどの物資一式を引き出すと、平らかつ、ふた張りほど張れる、見通しのよい場所を選んで、一夜の宿とした。
蔵人は、ほとんど戦っていないくせに、早々にテント内に引っ込むと寝転がる。嫁たちは、あたりまえのように甲斐甲斐しく食事の準備に取りかかる。みっつほどの大鍋が、簡易的なカマドに並べられ、その腹に赤々と火を受ける。タオルを姉さんかぶりにしたレイシーが、手際よく食材を鍋の中にぶち込んでいく。本日のメニューは野菜たっぷりの鳥鍋であった。
「ふんふんふー。ねえ、ポルディナ。ヒルダとリザの姿見えないんだけど。どこにいるか知らないかしら?」
だんだんと、肉を骨ごと刻んでいたポルディナは、しっぽの先ですぐそばの影を指し示した。見れば、物陰に隠れるようにしてふたりは、仕事をサボっていた。
「ダンゴムシごろごろー。ねえ、知ってます? これって、食べれるんらしいですよ!」
「わ! ホントなのか? ヒルダは物知りなのだ。お鍋さんに入れてもいいか?」
「いいわけないでしょっ! なに、またサボってるの?」
「わひっ、出たっ。レイシーなのだ!」
「人を鬼かなにかのように。いいから、遊んでないで、樽から水を汲んで来てちょうだい」
ダンゴムシを棒でつついていたふたりは、パタパタとその場を逃げるようにして駆け出していった。肉と野菜がいい感じで煮上げられたところで、テントの中からゴソゴソと蔵人が這い出てくる。行動時間は優に十二Hを超えているので、皆の空腹もかなりのものだった。
蔵人たちは、車座になって鍋を囲むと、仲よく食事にとりかかった。ゴロっとした、ニンジンやキャベツ、トロトロになった鳥肉にマスタードを利かせて口中に運ぶと、熱い肉汁がジュワッと噴き出し、疲れきった身体に滋養を与えてくれる。
「けど、これだけの物資を圧縮できるバックを開発したメリーはやっぱ天才だな」
「そんなことないですよ。だいたい、似たようなものは冒険者組合でも売ってますし」
探索には常に物資の供給がつきまとう。高価な魔石を使用した転移が、気安く使用できない以上、一度の冒険に必要とされる物資は、人員に比例して膨大な量が必要とされた。食料は乾燥品などを用いれば、ある程度の軽減は望めるが、水だけは例外である。ダンジョンはあくまで洞窟であり、地の底である以上、あらかじめ見当がついていない限り、突発的に飲用に適した水場に出くわす確率は限りなく低かった。
また、湧水の染み出る場所を確保できたとしても、探索に全神経を集中させる人員を運搬に多く割く愚は、可能な限り回避したいのが人情である。冒険者は常に突如として湧き出るモンスターとの戦闘に備えなければならず、荷運びで疲れきっていればいざというとき力が出しきれない可能性は、すぐさま死に直結するからだ。
とりとめのない会話が終わると、全員で手分けして後始末を行い、ふたりの見張り番を残して、テントの中へと引き上げていった。これだけの人数がいれば、モンスターの襲来や不測の事態に備えての見張りも、余裕はある。
蔵人はマミー型のシュラフに身体をすべり込ませると、ギュウギュウ詰めになったテントの中で目をつむった。寝ろといっても早々に寝ないのが女の習性である。隣で、ヒルダとレイシーがひそひそ囁きあっている声が、徐々に間遠になっていく。
ダンジョンの中は、地上よりもはるかにあたたかい気温ではあるが、それでも冷蔵庫の中程度には寒い。蔵人は湯たんぽがわりにルシルを抱いているので、むしろ汗ばむほどではあった。ミルクのような、子供の独特の甘い匂いを嗅いでいるうちに目蓋が重く垂れ下がっていく。若いので性欲はあるが無理やりこらえた。
やがて朝になる。
といっても、深い窖の中では陽も射さず、いまいちピンと来ないが時間的には、寝ついてから十時間程度は経過していた。
「んでば、再び行動開始だ」
第十階層攻略二日目。いままでの平坦な道は突如として途切れ、目の前には切り立った崖が広がっていた。いままで、多数の冒険者が降りていったのであろう。なんとかひとひとりが進めそうな道には、踏み跡が残っている。先人たちのルート工作の痕跡はかなりしっかりしたもので、たいした苦労もなく崖をトラバースしながら降りてゆく。二百メートルほど下降したところで、大きな広間らしきものが飛び込んできた。ランタンをかざすと、昨夜、蔵人たちより先に到着していた冒険者たちの幕営跡が、見受けられた。カマドの数やテントの張り跡から推測するに、少なくとも三十人以上のクランである。
「なんだ、先を越されていたのか」
「ご主人さま」
「んん?」
「前のグループはそれほど離れた位置にいません。まだ、近くにおります」
「うん。犬コロのいうとおりね。ニンゲンたちの足音、まだそう遠くない」
ポルディナが犬耳を、カレンがエルフ特有の長耳をぴくぴくさせながら、神経質そうに誰もいないはずの暗渠を睨みながら、そういった。戦狼族やエルフの耳のよさは特別なので間違いはない。
「下手に近づかないほうがいいな。先にいかせよう」
「ボクもクランドの意見に賛成だ。下手にかち合って無用な摩擦はできるだけ起こしたくないからね」
蔵人の意見にルッジが同意した。行動開始から、一時間も経過していないが、一行は小休止を入れることにした。岩に腰かけてルシルをあやしていると、カップをお盆に乗せて運んでくるハナの姿が見えた。
「勇者さま、お茶でございます」
「おう。ハナか。あんがとよ。どうだい、はじめてのダンジョンは。少しは眠れたか」
「ハナはいつでもぐっすりですよー。たっぷり寝たので元気いっぱいです」
「おまえが一番若いからな。いててっ、こら腕を引っ張るな。別にルシルを忘れてたわけじゃねーよ!」
「こらー、ルシル。勇者さまをくつろがせてあげなくちゃいけないですよー。お姉さんとあっちで遊びましょうねー。それでは、ごゆっくりー」
ハナは無茶苦茶に手足を動かす幼女エルフを、ひょいと抱きかかえると、遠ざかっていった。蔵人は、首を左右に動かしながら肩を回すと、カップの茶を啜りながら、ほっとひと息吐いた。ふと、足元を見ると、ブーツのひもが解けかかっていた。蔵人の靴は、この世界に来てあつらえた特別性の革靴で、片方で一キロ近い重さであるが、その分ソールは頑丈にできている。今日も、かなりの距離を歩くだろう。ひもを締め直そうと手を伸ばすと、音もなく駆け寄ったポルディナが跪き、器用に結び直しはじめた。
「ご主人さま。きつくはございませんか?」
「ああ、いい感じだ。ありがとうな」
蔵人はポルディナの奇跡のキューティクルをやさしく撫でる。栗色の髪は、ほわほわと綿毛のように軽くなめらかでお風呂に入りたてのようだった。
(もっふもふのふわふわさんだ……)
ときどき犬耳の中を掻いてやると、ポルディナは気持ちよさげに低く呻いて、目元をじんわりと赤くさせる。たぶん、気持ちがよいのだろう。
(いつも思うんだが、この中に指を入れたらどうなるんだろうか)
「ふあっ」
指の先をつい、と突っ込む。
ポルディナは切なそうに、一瞬、硬直し、手にしていた靴ひもを取り落とした。瞳は漣が立った湖面のように震え、指先がわなないている。背筋に、ゾクゾクと痺れるような電流を覚え、やや前かがみになった。
ふと視線を感じ、顔を上げると、いつの間にかルシルが干し肉の切れっ端を咥えながら、不思議そうに恍惚の表情を浮かべるポルディナに見入っていた。
少し離れた場所では、若干、引き気味のハナが、冷たい視線を送っている。
蔵人は、ひとつ大きく咳払いをすると、犬耳から人差し指を抜き取り、素知らぬ顔で口笛を吹くのであった。




