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ダンジョン+ハーレム+マスター  作者: 三島千廣
第5章「エトリア遠征」
137/302

Lv137「異世界のインフォームドコンセント」



 小エルフたちと皆がほどよく慣れた後、蔵人はリネットの負傷した足の治療のため医者を呼んだ。とはいっても、彼の存じ寄りで都合よく腕が立つ知り合いなどいない。即座にネリーと相談して、出た結論とは、ギルドを頼るというありきたりの一手であった。

 組合を通して屋敷まで派遣されたのは、専属医師であるノーマッドである。

 リネットは奴隷牧場で受けた傷が元で右脚を引きずるようになっていたのだ。本人は特に気にしていないフリを続けていたが、彼女の人生はこれからである。

 蔵人は、できれば彼女の脚を早急に治療してあげたかった。

 邸内の一室には、診察を受けるリネットを囲むようにして、蔵人、ネリー、ポルディナ、ドロテア、シズカ、ルシルが立ち会っていた。

 ノーマッドはお馴染みの鳥のような仮面をつけたまま、裂傷の跡が残る右ふくらはぎを仔細に診察した。

「ふーむ」

 まじないの一種なのか、それとも防疫に関する意味合いがあるのか、ノーマッドは常に鳥を模した仮面をかぶったままである。灰色の仮面に隠された彼の表情は窺い知ることはできない。医師として動揺を面に出さないという意味合いならば、それは成功していた。 (ただのコスプレ趣味なら変態確定だがな……)

「おい、どうなんだよ。リネットの脚は。元通りになんのかよ」

 椅子に座ったままおとなしくしていたリネットも、やはり昔のように歩きたいのだろう。

 祈るように両手を合わせたまま、泣き出しそうな面持ちだ。長耳をピクピクと小刻みに震わせている。エルフ族が無意識に行う不安のあらわれだった。

「なんとかいったらどうなんだ」

「無理だ」

「なんだとおっ!?」

「……とはいわねぇ。なんにしろ、いますぐどうこうはできねぇな。けぇるぞ」 

 ノーマッドは助手の看護婦に声をかけると、面のくちばしをふるふると振った。

 蔵人の癇癪が一瞬で爆発した。

「けぇるぞ、じゃねんだよ、鳥頭!! リネットを治さないうちに、この屋敷から生きて帰れると思ったのか?」

「ちょっ!? 早まるでない、クランド!」

 蔵人が立ち上がって剣を手にかけた。ドロテアが動揺して止めに入る。ノーマッドが腰を浮かせかけたとき、素早く背後に回ったシズカが短剣を首筋に突きつけた。

「待て。おまえが手を汚すまでもない」

 シズカの全身から背筋が凍るような殺気が放出される。さすがのノーマッドも狂気を感じたのか、怯えたように手を振った。

「冗談だ。ったく、若ェのはすぐカッとなるから始末に負えねえや」

「やっぱり殺すか」

 シズカがためらいなく、スっと短剣を横に引く。ノーマッドの首筋へと、糸のような赤い線が描かれた。そこまですると思っていなかった全員が、息を呑む。蔵人も、少し引いていた。

「埋めるのは裏庭でよろしいでしょうか、ご主人さま」

 ポルディナがしっぽを振りながらノーマッドの肩に手を置いた。彼女の特徴的な黒曜石にも似た瞳がギラギラと凶暴な輝きを帯びていた。

 彼女もシズカに負けず劣らずキチっていた。殺す気、満々である。蔵人はさながら制御不能に陥った関東軍を前にした大本営のような気分になり、顔には表さずとも心の中で右往左往しはじめる。

「おい、なんで着々と俺を殺す相談してるんだよ。俺はただの医者だぜ?」 

「ただの医者だろうが、この家では俺の気分がルールなんだ。あきらめろ。つーわけで、おまえら、とりあえず、ストップ! ストップな!! 旦那のいうことを聞けない奥さまは悪い奥さまだからねっ! クサンチッペだかんね!!」

 蔵人はわりと必死になって叫ぶが、ふたりはよく躾けられた猟犬のように、サッとノーマッドを離した。

「というわけで、一旦仕切りなおしましょうか。変態鳥ジジィ」

 ネリーが両腕を組みながら薄く笑った。ふたりは旧知の間柄である。ノーマッドは恨めしそうな声で彼女をなじった。

「なんで、おまえさんはそんなに他人事みてぇな口調なんでェ。少しは止める素振りくらい見せてくれてもいいと思うぜ」

「……あなたが事務所で割ったあの壺、結局私の給料から天引きされたんですよ。止めるわけないでしょう」

「ひでぇな、オイ」

「ひどくない。さ、お話を続けましょうか。できるだけ、真実に沿って、私たちの意向に添う方向でお願いしますね」

「まったく、医者をなんだと思ってやがんだ、おまえたち。結論からいうと、この娘の脚は、大事な腱の部分をひどくやられている。切り裂かれたあと、ロクに治療をしなかったせいで、おかしなふうに繋がってしまった。こいつを、根本から治すには、右のふくらはぎにメスを入れて切開し、繋ぎ直す施術を行う必要性がある。いや、手術自体はそれほど難しいものではないが、一度切れた部分をそのまままくっつけても元の通りになるはずがねえ。腱の筋を再生させるには、特殊な薬である“世界樹の枝”が必要なんだ。へへ、そこのおっぱいのデカイエルフの姉ちゃん。ぴくりと来たね。そうだ、“世界樹の枝”自体はメジャーな治療薬で、上から下までピンキリだ。だが、切開を伴う術式を行うに当たって、損傷した身体の一部を再生させるには、どうしても、この特殊薬剤が必要になるんだ」

「おい、世界樹ってなんだ?」

「隣国エトリアにある有名な樹じゃよ。エトリア共和国における主要商品でその効き目は抜群じゃ。クランドや。お主は、時折、子供でも知ってるようなことを知らんのう」

「情報サンクス」

 蔵人は感謝の意味を込めてドロテアの巨乳を揉みほぐした。

「胸を揉むな!」

 ドロテアは蔵人の手の甲をつねった。

「いや、お礼も込めてだな」

「意味がわからんのじゃ!」

「痛いよ! ンな引っぱたかなくてもいいじゃんか!!」

「ご主人さま。私の胸なら、いつでもご自由に」

「ビッチじゃ。ビッチ発言じゃ!」

「あなたたち、これ以上ふざけるなら退出させますよ」

 ネリーが半ギレ気味にいった。蔵人、ドロテア、ポルディナは謝罪した。

「続けるぜ。ハッキリいうと、この世界樹の枝は、現在俺の手にはない。というか、そもそもが、近頃ロムレスに入ってくる量自体が少なくなっている。理由は詳しくは知らん。ここ、数年は普通に注文をすれば購入できたものが買えなくなっている。買えたとしても、質が悪く値段は天井知らずだ」

「少々値が貼っても構わねぇよ。そいつを、手に入れてくれねえか」

「クランドさん。そんな、無理していますぐ治さなくても」

 リネットが、弱々しくほほ笑んだ。蔵人のこめかみに青筋が浮く。

「ノーマッド。リネットのケガは、早く治すにこしたことはねぇんだろ」

「そうだ。この娘はこれからが成長期だ。ケガをしたのが、ここ数ヶ月なら、早ければ早いほど治りはいい。時間が経ってからのほうがハッキリいって後遺症は大きく残るだろう。別に、意地悪いってけぇるといったわけじゃねえ。俺も医者だ、治せる患者ならパッパッと治してやりてぇのさ。だが、肝心要の回復剤がなければどうにもならねぇ。こればっかりはな」

「先ほど、その世界樹の枝とかいう薬剤の値段はピンキリだといっていたが、現在の相場はどのくらいなのだ?」

「リネットを治す程度のものでも、いまの価格じゃ百万P(ポンドル)はくだらねえだろうな」

「百万P(ポンドル)だって!? たまげたな!!」

 一同は息を呑んだ。日本円にして、一千万円を超える額である。右から左に動かせる値段ではなかった。リネットの表情があっという間に沈んでいく。なまじ治せる可能性を提示されただけあって、その反動は大きかった。彼女は、呆然としながら、柳の枝のように細くなった自分の右足を撫でていた。

「そんな、大金。……とても」

「つけ加えていうとだな、手術をするのにそれほど日にちは待てねぇ。年が明ける前にカタをつけにゃあならん。たぶん、筋と筋との間によくない鉱物が嵌り込んでやがるからな」

「お金を貯める、時間もないんですね」

 リネットは貧しい家庭で育った。百万P(ポンドル)などという大金は、彼女が生きてきた人生の中でとうてい無縁な額であった。払う、などということがどれだけ無茶なことであるか、身に染みて知っているのだ。リネットは、なにもかもあきらめきった表情で皆に視線を合わせると、無理矢理、ほほ笑んで見せた。無理をいってすまない、申し訳ないという気持ちが全面に押し出されていた。本当は、元通り、いやそこまでいかなくても、誰かの手を煩わせたりしない程度に回復させたいのだ。時間をかければ、歩いたり、木に登ったりはできるが、この先一生だと考えれば、まだほんの少女である彼女にはどれほど酷な現実だろうか。

「リネット」

「あ、そんな顔しないでくださいっ。ほら、別に皆さんのお手を煩わせないように、そのうちできるようになりますからっ。ね、ドロテア。あたしって、結構器用なんだよねっ。コツとか掴むの得意な方だしね。だから、ね。クランドさんも、そんな顔しないで」

 健気である。

 この場にいる大人を傷つけないように、悲しみをこらえて気を使っているのだ。

 蔵人は、彼女の潤みきった瞳を見ただけで、胸の奥が真っ赤に焼けた火箸で掻き回されるような強い痛みを感じた。

「人の話は最後まで聞くもんだぜ。それに、おまえたちがやる気があるっていうなら、まだ手はねェわけでもねぇ」

「なにか、方法があるっていうのか? その、裏から手を回して、世界樹の枝を手に入れる方法ってやつが」

「生憎とそんなもんがあれば俺がいちいち人さまに教えて回ると思ってんのかい?」

「……そうか。残った方法は、たったひとつ。直接エトリアに買いつけにゆく」

 シズカが思い出したかのようにつぶやくと、ノーマッドはつば広帽の縁を押さえて、肩をゆらした。

「そう。この場にいて買おうとするから、どうしたって高値がつく。貧乏人に残された方法は、たったひとつ。危険を冒して隣国まで赴き、ヴィルヘルム山脈の頂上にあるとされる世界樹まで直接脚を運び、現地調達するほか手はねェ」

「隣の国へ行くってか。そんな方法があるなら先にいってくれりゃいいのによ」

「クランド。その方法を誰も思いつかなかったと思うかえ? そうではない。その方法は実現不可能なのじゃ」

「んえ!?」

「ご主人さま。ロムレスは、もう長い間、エトリアとは交戦状態なのでございます。王宮の要人でもなければ、早々に隣国へ渡る許可は降りないかと思われます」

「もっとも、長らく表立って戦争にはなっておらんがの。せいぜいが小競り合いくらいじゃ」

「韓国と北朝鮮みたいなもんか……」

「カンコク? なにをいっているかわからんが、田舎の兄ちゃんじゃ案外知らなくても無理はねえよ。そもそも、宣戦布告を互いに行ってから、百年近く経つが、小競り合い程度は起きても、この間のようなステップエルフとのいくさのように、軍団同士の激突などは一度も起こっていない。そうでなきゃ、俺みたいに腕の立つ医者が、冒険者相手にフラフラやっちゃあいられねぇ。軍医として、戦場に叩き込まれ、とうの昔にくたばってるだろうな。平和さまさまってもんだぜ」

「それじゃあ、なんで実現不可能な手をさも可能性ありげに話すのですか。本当にあなたって人は、男としても不能なだけでは飽き足らず、あまつさえなんの役にも立たない害物ですね。バカなの? 死ぬの? 死ねよ、インポ野郎」

「んぐっ!?」

「やだ、なに気持ち悪い声出して。変態鳥フェチジジィ。役立たず」

 怒りにこめかみを引きつらせたネリーが、氷のような視線でノーマッドに悪罵を矢継ぎ早に投げつけ続ける。不能であるノーマッドにはキツイ罵詈雑言の嵐である。

「エトリアの国境監視所はかなり厳重だと聞く。よしんば、侵入できたとしても、世界樹はかの国の重要な資源のひとつだ。守りもかなり固いのであろう。他国人が下手にうろつけば、かなり面倒なことになりかねない」

 シズカが苦渋に満ちた顔で、自分の髪を触りだした。彼女の気持ちがかなり不安定になりつつあるときの無意識の癖だった。

「そんじゃ、そっといって、一本くらい頂戴するってわけにはいかねぇよなあ。やっぱ」

「戸棚の菓子をちょろまかすようにいくわけないじゃろ。おまけに、エトリアはついぞ十年前、建国以来繁栄を極めた王族を平民中心の革命政府が倒して共和制を打ち立てた新興国家じゃ。特に、かの国は大の貴族嫌いで知られておる。平民出の軍人や商人ならともかく、貴族は絶対に入国を受けつけないことで有名じゃ。せめて、あの国に対してツテでもあればの」

「ヴィクトワールに頼んで、どうにかならねえのか? あいつ、一応、お姫さま扱いなんだろう?」

 ネリーは困ったように、ふるふると首を左右に振った。

「それは、まずもって不可能だと思われます。確か、三年前、ウチの冒険者組合統括委員長《ギルドマスター》が国境線でエトリアの政治委員と会談を行った際、向こう側の同年輩の女性委員と意見の食い違いで掴み合いになったそうですから。確か、親善大使の交換自体がそこで打ち切られました」

「あのバカ」

 蔵人は見た目以上に煽り耐性のないヴィクトリアの顔を思い浮かべ顔をしかめた。

「せめて、なにか、向こう側とほかの繋がりがあれば、なんとかなるのだろうが」

 シズカがいらただしげに、眉間にシワを寄せ不機嫌そうな口調になる。

「……繋がり、知り合い。うーん、待てよ。たったひとつだけ、手がないわけでもないな」

 蔵人が組んでいた腕をほどいて、ニヤリと笑みを浮かべる。聡いポルディナは、それに思い当たったのか、主に従順な彼女にしては珍しく、あからさまに眉をひそめ、すぐにそのことを詫びた。






「がははっ。クランドよう! はじめてきたが、ぶちすごい家、建てたのう。こげな金、どこに隠しとったんじゃろか。余っとるなら、ちぃと分けてくれてもええじゃろー。にしても、呼ばれてすぐ、だいぶ急いできたけえ、汗、ダラダラじゃあ!」

 冒険者組合(ギルド)には、ダンジョン攻略をもっとも進めている五つのクランが存在した。そして、そのクランを率いるマスター五人を、冒険者たちは畏敬の念を込めて、五英傑と呼んだ。

 “聖騎士”ブリジット・フォーチュン。

 “狼王”テオドール。

 “魔導大帝”パンプキン。

 “死霊使い”ゴモリウス。

 そして、ロムレスの隣国エトリアにおける十年前の革命戦争で抜群の功名をあらわし、十三人からなる革命委員会において全会一致で“勇者”に認定された男の名を、

 アレクセイ・フセーヴォロドヴィチ・ユーシェンコ、といった。

「お茶でございます」

「おお! あんときの、犬の姉ちゃんじゃ! 元気しとったか! そげな風に逃げんでもいいじゃろー」

「なにか、この部屋。臭います」

「なんでじゃっ!?」

 ポルディナは応接間のソファにどっかと大股開きで座るアレクセイに茶を献じると、素早く主の背に隠れた。どうやら、以前組み伏せられたことが強烈なトラウマになっているらしい。澄ました顔で凍りついたように佇立している。アレクセイは鈍感なのか、そんなポルディナを見て、わしに惚れたんじゃろか! などと怪気炎を上げていた。

「相変わらずうっせーな」

「おいおい、そりゃないじゃろ! 久々に会ったダチに向かって冷たいのう! ああ、そうじゃな。今日、わざわざ家まで呼んでくれたのは、結婚祝いをくれるっちゅうことかのう!!」

「は? 結婚祝い? なんで? というか、ダチってなに? 誰が?」

「クランドが、わしに」

「え、結婚、したの? そら、おめでとう」

「ありがとう、ありがとうな!!」

 アレクセイの話を要約すると、彼は今回のステップエルフ戦争で知り合ったエイミーという女性と正式に式を挙げて夫婦になったらしい。アレクセイは、二十六。新妻のエイミーは十二歳らしい。

「十四も違うのか。ほとんど犯罪だな」

「がははっ。世の独り者たちは悔しいのう、悔しいのう。毎日、ズッコンバッコンやりまくりじゃ!! 女房と屋敷は新しけりゃ新しいほどええんじゃ!!」

 アレクセイは真っ白な歯を剥き出しにして、大口で笑った。平均的に見れば二枚目なのだが、こうして崩れた顔ばかり見せていては、女も寄ってこないだろう。黙っていればイイ男であるにも関わらず、激しい残念さがつきまとっていた。

「おまえ、女性すべてを敵まわすようなことを……」

 アレクセイのあけすけなバカ声にポルディナが眉をひそめた。どうやら、彼女とアレクセイは抜群に相性が悪いらしい。蔵人からしてみれば、小賢しい男よりも、アレクセイのような能天気なバカの方がよっぽど親しみやすいいのだが、人間同士のウマが合う合わないは、理性で制御できない部分が大きい。

「で、新婚祝いをくれるんじゃろ?」

「やらん!」

「ケチじゃのう……。ギルマスちゃんはねだったらくれたんじゃが」

 組合の統括管理者であるヴィクトリアのことをいっているのだろう。彼女は領主の娘で、シルバーヴィラゴにおいては実質統治者のようなものだ。ステップエルフ戦争の戦後処理もまったく終わらぬ現在、彼女にとって迷惑以外のなにものでもなかっただろう。

 憐れ、ヴィクトリア。

「ねだるって、ねだってくれるもんなのかよ」

「執務室の前で、半裸で三日ほど騒いだらの」

「それは普通に営業妨害っていうんだ。じゃなくて、今日はそんな話をするために呼んだわけじゃねえ」

「くれんかのう、お祝い」

「あーっ、うっせ、うっせ。ポル、適当に台所からなにか見繕ってこいや」

 ポルディナは速やかにその場を去ると、音もなく扉を出て行った。しばらくすると、山ほど芋を盛ったザルを、重そうに持ってきた。どしん、とテーブルを鳴らしながら芋の山が積み上がる。アレクセイは目の色を変えると、飛び上がってよろこんだ。

「うれしいのかよ、それ」

「おまっ、これっ、なんちゅうものを、なんちゅうものをっ」

 アレクセイは目をカッと見開いて涙をボロボロ流している。かなりの気持ち悪さだ。

「ちなみに、怒ってるわけじゃないよね。その涙」

「わしゃあ、わしゃあ、いま感動に胸を打ち震わせている。クランドよお。おまえが、ここまでわしらのことを祝福してくれとるなんて。ツンデレじゃのう、ツンデレじゃのう!

 よっしゃ! なんでもいうてみい。なんでも話聞いたるけえのう!!」

 蔵人は率直に、エトリアへの通行方法がないかと訊ねた。具体的には、入国方法について便宜を図ってくれと依頼した。折しも、アレクセイ本人が新妻を連れて里帰りを考えていたとのこと。蔵人は、新婚旅行に便乗することで、隣国エトリアへの切符を得ることに成功したのだった。蔵人は、玄関口でアレクセイを見送りながら、傍らで控えるポルディナに視点を移す。彼女は、目を伏せながらいつものように澄まし顔をしていた。頭上の犬耳が、ピクピクと蠢いている。組んでいた両腕をほどいて、いった。

「にしても、どうしてあんな芋くらいで、クソよろこんでたんだろーか」

「エトリアでは、新婚祝いに多産を祈願して芋を送るのが慣例となっているそうです。芋は地下茎に根を張り、ぽこぽこ子を作りますから。それに、芋はエトリアにおいて主食です。なお、芋の量が多ければ多いほどその人間に対する親愛度が高いとされます」

「おまえ、そんなことよく知ってたなぁ……。俺が知らないだけだったのか?」

「いえ、先ほどルッジ――彼女に聞いて知りました。彼に芋を送ったのは、ヴィクトワールが間違えて出入りの商人に大量誤発注したせいで、たくさん余っていたので、つい。いいかな、と」

 蔵人は人差し指でポルディナの頬をつついた。赤ちゃんの肌のようなやわらかさだ。彼女は、困ったように眉をわずかに寄せ、くうん、と小さく鳴いた。

「そんなに、嫌いなの? あいつのこと」

「いえ」

 ポルディナは蔵人を見ると、地を掃くようにしてしっぽを左右に大きく振った。






 シルバーヴィラゴから世界樹のあるエトリアのヴィルヘルム山系までは、高速馬車を使っても、往復で二十日はかかる。アレクセイ曰く、世界樹の生えている頂上までは道が整備されており、三日もかからないこと。余裕を持って行動しても、十二月の声を聞くまでには帰国できる算段がついた。

「そんじゃあ、サクっといって、世界樹の枝を手に入れてくるか」

 当然のことながら、蔵人と同行する人員の選定にもっとも時間がかかった。エトリア共和国の貴族アレルギーは有名なものであり、この時点で、半数近くが除外された。その一方、かつてエトリアを支配していた旧王族を倒した革命政府の主力は亜人が占めており、その権力の影響力は大きかった。また、共和国委員会の委員十三名の内、七名が亜人であることから、入国の際は比較的人間族以外に対する優遇措置が取られている事実もある。

 結果、メンバーは、ポルディナ・ドロテア・カレン・リザ・ルールー、の五人に絞られた。

(だいたい女は感情的になると、いくら理屈を説いたって時間の無駄だからな)

 蔵人は、夜半、五人を連れて夜逃げ同然に家を出た。自分なりに気配を殺して行動したのだが、幾人かは確実に気づいていただろう。厚い雲の切れ間から射す、月の光に屋敷の窓が照らし出される。ガラスにぴったり張りついているシズカの姿を遠目に見て、ちょっと心臓が止まりそうになった。

 反面、同行者に選ばれたポルディナたちの機嫌はうなぎのぼりだった。遊牧民族を除けば、ほとんどの人間が他国はおろか、自分の生まれた土地からほとんど離れないのが当然の生活をしている。城門の入口で、アレクセイ夫妻と合流すると、冒険者組合(ギルド)を通して発行された旅券を手渡される。

「ほい、これがポル、これがドロテア、カレンで、リザで、ルールーね」

 蔵人が旅券をひとりずつ手渡すと、否応なしに全員のテンションが高まった。リザは、歌いながらカレンと手を取って踊りだす始末だ。チラリとポルディナを見ると、しっぽを小刻みに左右に振りつつ、鼻をフンフンと鳴らしていた。本人には自覚はないらしいが、いつものお澄まし顔と比べれば一目瞭然のよろこびようだった。

「ほいじゃあ、夜も更けたけえ、さっさと出発するかの。おそらくここから十日もかからんじゃろー。気を楽にして、車に酔わんようにせんといけんよ」

 アレクセイは、新妻の手を引くと、赤ら顔でいった。すでに、一杯引っかけておるのか、顔には朱が差していた。今回は専用の馭者を雇っているので、ルールーも一緒である。

 八本足の軍馬スレイプニルが大きくいななくと、乾いた赤土を跳ね上げて夜のシルバーヴィラゴを出発した。馬車は、座席と寝台車二台が連結されているが、力強い八頭のスレイプニルは楽々と引いていく。アレクセイは、馬車に乗り込むとしばらくはしゃいでいたが、まもなく潰れた。妻のエイミーが詫びながら、アレクセイを後方の寝台車に移すと先頭車両は蔵人たちだけになった。

「おい、カレン。ちょっと覗いてみろ。あいつら、もうおっぱじめてんじゃねえか?」

「ばばばばば、ばかじゃないの? い、いいい、いくら新婚だって、いきなりそんなことやりはじめるなんて、あああ、ありえないでしょう!? 変態! スケベ!!」

「お褒めに与り恐悦至極」

「ほほほ、褒めてないわよッ!! スケベ! エッチ!!」

「姫さま、お気を沈めてくださいませ」

「クランドは通常運転じゃのう。しっかし、この距離でわらわたちがおるのに、いくらなんでも、そんなことはせんじゃろうて」

「いや、リザの考えは違うぞ。愛し合うふたりは、場所など関係ないのだ!」

「この黒っ子! アホじゃないの!?」

「なにおう! カレンの方がアホなのだ! 愛し合うふたりが密室に移動すれば、あとは自然の流れに沿って行動するのがふつう。リザは、そんなこと知っている」

 リザは、カレンを横目で見ながら、チッチッと舌を鳴らして人差し指を振った。

「おふたりとも、落ち着いて――」

 ルールーが喧嘩の仲裁に入ろうと身を乗り出したとき、背後の車から、少女の甘い嬌声が聞こえた。ポルディナを含めた、獣耳と長耳の総計五つがそろって、ピクっと蠢いた。

「なんだあ? いま、なんか聞こえたような気が?」

 全員がジッと押し黙った。世界は沈黙に包まれる。車輪がガタゴトと激しく鳴る音のみが蔵人の耳にクローズアップされた。亜人の聴力は、人間よりもはるかにすぐれている。

 蔵人も、ほかの皆を真似て耳を澄ませるが、車輪が道をすべる轟音が響くだけで、期待していた艶やかな声は、まるっきり捉えることができなかった。

「あんだよ。なーんも聞こえねえじゃねえか。つまんねーの!?」

 両腕を頭の後ろで組んでひっくり返る。辺りを見渡して、絶句した。ランタンの淡い光に照らされながら、全員が興奮した顔で耳をピクピクさせている。幾人かは、スカートをギュッと掴みながら、股をこすり合わせるようにして、モジモジしていた。リザのアーモンド型の瞳と視線が交錯した。ドロっとした熱い炎が燃え盛っている。

「いっ!?」

 太ももに伸ばされた指の動きに背筋がぞわっと来た。ポルディナが、息を荒げながら、自分の片胸を切なそうに揉みしだいていた。発情しきったメスの匂いが車内に満ちる。

「ま、待った! もちつけ、もとい落ち着け! 皆の衆!! 旅は長い。それに、こんなところでは、その、雰囲気というか、そのロマンチックさが欠けているというか。んだっ」

 リザとドロテアが同時にしがみついて来た。むにゅっとやわらかい乳房が押しつけられ、蔵人は目を白黒させた。

「クランドぉ、リザ。切ないのだ」

「わらわは、もお、わらわは我慢できそうもないのじゃ、のお……」

「ああ、あんたが悪いんだからね! だ、だから、あたしのカラダの責任、ちゃんと取ってよね……」

「クランドさま。哀れと思えば、なにとぞお情けを……」

「ちょっ、全員同時は、さすがにこの俺も、腰がヤバイかもかもだし。ポ、ポルディナ。ポルちゃん。こいつらを、とめ、止めて……。え? なんで、なんで君は脱いでるのかな。ちょ、ちょっと待って! チンコ勝手にいじんないで! ダメぇ! それペロペロしちゃらめなのおおっ!! ここではイヤーッ!!」

 このあと無茶苦茶エッチした。







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