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ダンジョン+ハーレム+マスター  作者: 三島千廣
第4章「ハーレム完成」
113/302

Lv113「掟」






 蔵人が姫屋敷に帰ると、またひと騒動持ち上がった。遅れた結納代わりにと、女たちの実家から多数の進物と使者が代わる代わる家に訪れたのだった。奴隷であるポルディナと両親のいないレイシーを除けば皆、貴族や大商人など富裕層の家柄である。

 ヴィクトリアが上手く手回しをしたのか、どの家からも突然の婚儀にたいした悶着も起こらず、儀礼的な行事は七日ほどで終了した。どちらかといえば、各家庭からは厄介払いできたという安堵感がありありとみえ、彼女たちの困ったちゃん具合は一様にして知ることができた。その点では、誰もがそれほど家族愛に恵まれていたとは思えないという一点が、蔵人の心の中に一点のシミを残した。

 もっとも、物議を醸しそうだったポルディナの奴隷という身分に関しては、当人の希望でそのまま据え置かれることとなった。奴隷から主人に寵愛されて正式な妻になることはままあるが、彼女は己の身分をわきまえ、彼女のみ婚姻は形だけということになった。ポルディナはその生を終えるまで蔵人の所有物である。彼女には余人に理解し得ぬこだわりを持っていた。理由はおそらく彼女にしかわからないだろうし、蔵人も特に問いただそうとしなかった。

 ともあれ、すべてを一応の形で決着した蔵人は、久々にゆっくりと朝のまどろみを楽しんでいた。十一人もの妻を娶っていながら、忙しさのあまり、いまだ誰とも初夜をこなしていない。精力にあふれた蔵人にとってひとり寝はつらいものであったが、連戦の傷痕や体力の消耗は思った以上に大きかった。あっちの方はいきり立っているが、身体がついていかないという生殺しの状態である。カーテンの隙間から降り注ぐ朝日に眩しさを覚えながら、徐々に覚醒していく。下穿きを突き上げる朝勃ちに微妙な突っ張り感を覚え四肢を動かそうとするが、全身が絡め取られたように身動きができない。

「んあっ? な、なんだ……」

 鼻をヒクつかせると、シーツの中からむわっとした女独特の体臭が立ち昇る。両手の指を動かすと、やわらかな肉の弾力が確かにあった。そもそもが、火の気ない部屋なのに、ベッドの中は異様に高い体温で万遍なく暖かいのだ。

「おはよーう! 朝だよ、クランドっ。起きておき……て」

 勢いよく部屋の扉を開けたレイシーが目に入った。朝食の用意をしていたのだろうか、白のバンダナを巻いて手にしたお玉を振り上げたまま硬直したのがわかった。

「ねえ、なにこのふくらみ」

「うん。助けてくれ……金縛りだ。怪現象だ」

「えい」

 レイシーが勢いよく寝台の毛布をまくり上げる。そこには、蔵人の手足にギュッと抱きついている、ポルディナ、シズカ、ヒルダ、メリアンデールの姿があった。

「わー、大漁だね……」

「おい、ちょっと待て。実際問題、俺もいま把握したんだ。そんな目で見るのはやめてね」

「ふーん。あたしには、お料理だけさせて、おさんどん扱いなんだぁ」

「ああっ、調理器具無碍に扱っちゃらめえええっ」

 レイシーは無言でお玉を放ると、引き剥がした毛布を再び寝台の上に投げつけた。

「ちょっ!?」

 蔵人が唇を尖らせるやいなや、レイシーは素早い動きでもぞもぞと毛布の隙間から侵入してくる。上半身を這い上がってくる肉の重みとやわらかさに、自然といきり立った股間がなおのこと硬化した。

「ぷはっ」

 レイシーは蔵人の胸板と毛布の間から顔を出すと、邪気のない顔で笑った。

「おおう」

「えへへ。おはよう、クランド」

「んん、ああ、おはよう」

「ね、おはようのあいさつ、して」

 レイシーはちょんちょんと自分の唇をつつくとそっと眼をつむった。頭を抱き寄せてくちびるを合わせる。ぷっくりとしたそれから、甘いハッカのような香りが漂った。蔵人は彼女の唇を割って舌を滑りこませ、ツルツルとした歯の裏や歯茎の感触を楽しんだ。小さく動くレイシーの舌に己のものを巻きつかせながら唾液を送り込む。

「ん、んあっ……」

 切なげな吐息を漏らす頃、もそもそと毛布の中からメリアンデールが眼をしばたかせながら顔を出した。

「あ、おはようございます。クランドぉ」

「おはやう、メリー。しかし、なぜ当然のようにここにいるんだ」

「その、なんだかすごくさびしくなって、つい。あ、レイシーもおはようございます」

「おはよっ!」

 朝のセレモニーをすませたことで溜飲が下がったのか、レイシーは快活に返答する。

「ねえ、そのぉ。クランド、わたしもちゅー、して欲しいよ」

 メリアンデールは恥ずかしげに人差し指をくわえていった。当然のようにメリアンデールを抱きよせ、プルプルした唇を吸った。小ぶりなそれを舐め回しながら、蔵人は異様な興奮に包まれていた。

(やっべ。朝から、こんな美少女ふたりと代わる代わるベロチューしまくりで、俺って超勝ち組じゃね? しかも、両方とも俺の嫁ですし。例えばこんなことだって)

「やんっ」

「んんっ。もおっ、クランドえっちですっ」

「だははっ。よいではないか、よいではないか」

 蔵人はレイシーの胸に顔をうずめながら、右手でメリアンデールの乳房を鷲掴みにした。ふたりは、嫌がるどころか、むしろ「もっと触って。もっとかまって」オーラをぎゅんぎゅん出しまくっている。ふたりの瞳には蔵人に対する燃えるような熱が篭っており、それはすべて自発的に発露した愛情であった。

「とりあえず、起きるか」

 蔵人が身を起こすと、左腕にしがみついていたシズカが眠たげな表情で身体をくっつけてくる。かかっていた毛布を取っぱらうと足に絡まっていたポルディナが身体を小さくして尾をくるんと丸めた状態になっていた。もっとも体温の高い戦狼族(ウェアウルフ)である彼女は、本能的に四つん這いになって伸びをすると、恥ずかしげに頬を染めた。

「疲れてんのか? おまえが寝坊とは珍しいな」

「……申し訳ございません」

「て、いうかー。ポルディナにはクランドを起こしてくるように頼んだんだけど。なんで、いっしょにぬくぬくしてたのかな」

 寝台の縁に腰かけたレイシーが髪をかき上げながら鼻を天井に向ける。

「その、つい、あたたかくて。さ、ご主人さま。朝食が冷めますゆえ、ゆきましょう」

「あー、ごまかしたなー」

 うー、とうなりながら目をこすっているシズカ、が蔵人の裾につかまりながらぼうっとしている。

「あのお、ヒルダがぜんぜん起きてくれないんですけどぉ」

 メリアンデールがシーツの上でイモムシのように丸まったヒルダを指差しながら、困った声を出した。ヒルダは枕を抱きしめながら、くぅくぅと安らかな寝息を立てている。蔵人はあくびを噛み殺しながら、まばらな無精髭をこすった。

「とりあえず、寝せとこう」

 ヒルダは揺すっても起きる気配がないので、とりあえず寝台に放置した。食堂に移動すると、すでに残りの女たちは全員席についていた。片手を上げてあいさつをかわす。わらわらと寄ってくる彼女たちを円卓に無理やりつかせた。

 蔵人から微妙に遠い位置となったアルテミシアがヒラヒラと手を振っている。その隣のルッジは読んでいた本を閉じると、片目でウインクをしてみせた。

 しばらくすると、大鍋を抱えたヴィクトワールが背筋を伸ばして歩み寄ってくる。その後ろを、ポルディナ、レイシー、ハナが順番に湯気の立っている朝食を次々と運んでくる。

 蔵人は理解していなかったが、どうやら、この家の食事はとりあえず一定のローテーションを組んで回しているらしい。香ばしいスープと焦げた鶏肉の匂いを嗅ぐと、自然に腹がなった。如才なく隣に座っていたメリアンデールが、おかしそうに笑みをもらした。豪快な腹の虫を聞いたヴィクトワール。呆れたように片目をつぶった。

「さっさと起きてこないか、まったく。せっかくの料理が冷めてしまうではないか」

「おはようさん、ヴィクトワール。朝からそう、がなり立てるな。せっかくの美人がだいなしだぜ」

「軽口ばかり叩きおって、さっさと席につけ。……遅すぎるぞ」

「朝からやかましいことだ。クランドの気分を損ねるだろう。下女風情は黙って仕事にいそしめ」

「ああっ!?」

 蔵人の左隣りに座っていたシズカがすかさず肩を持ってヴィクトワールに噛みついた。

「誰が下女だ、誰が。シズカ、おまえの頭を鍋にブチこんだら少しは温まって、脳の動きもマシになるだろうな」

「クランド、襟が曲がっている。騎士として、身だしなみは必要不可欠だぞ」

「ああ」

「無視するなああッ!!」

 シズカはヴィクトワールの言葉を無視して、蔵人の襟元の乱れを甲斐甲斐しく直しはじめた。メリアンデールは両耳を手のひらで押さえ、またはじまった、という顔をする。

 なにしろ、このふたりは寄ると触ると日がな口論ばかりしているのである。最初は、オロオロと仲裁に入っていたアルテミシアやレイシーたちも、半ば彼女たちのことは無視するようになっていた。

「まあまあ、勇者さま。お嬢さまの気持ちも慮ってくださいな。子犬のようにきゃんきゃん吠えたてるのも、今朝の朝食は、腕によりをかけてつくったので冷めないうちに勇者さまに召し上がっていただきたいという新妻の繊細な気持ちのあらわれなんですよー」

「違う。というか、ハナ。今朝はおまえがスープ係のくせに、勝手にサボるからだろうが」

「お嬢さま、スープ係などというものはこの家に存在しません。ハナが怠ったのは調理全般です」

「なお悪いだろうが。あとで、お仕置きだからな」

「きゃうんっ。勇者さま改め旦那さまぁ、お嬢さまがハナをいじめるんですう」

 ハナは素早くヴィクトワールの視界から外れると、円卓の下に潜りこみ、蔵人の股間から顔をぴょこんと突き出した。朝一からかなりキワどい姿勢である。ヴィクトワールの面貌に憤怒の色がにじんだ。

「とりあえず、メシくらいゆっくり食わせてくれや」

 女三人寄れば姦しいとはいったものだが、いずれも良家の生まれである。朝食が比較的穏やかにすんだところで、全員は食堂から食後の一服を楽しむため談話室に移った。軽めのデザートをつついているところで、朝飯を食いっぱぐれたヒルダが半泣きで駆けこんできた。蔵人がヒルダを軽くいなしながら、カップの中身を飲み干していると、扉が開き、ひとりの女性が姿を現した。引き締まった身体にぴったりとした衣服は動きやすさを優先したステップエルフ独特のものである。彼女は、真っ直ぐ蔵人の前まで来ると、片膝をついて頭を下げ、貴人に対する礼を取った。

「おはようございます、クランドさま。王の命により、本日よりお仕えすることになりました、ルールーでございます。以後、なんなりとお申しつけくださいませ」

「久しぶりだなっ。……って聞いてないんですけどおおおおっ!?」

 蔵人が狼狽して声を上げると、隣りに控えていたポルディナが耳をピクっと立てて、わずかに身じろぎした。咄嗟に、カレンを見た。彼女は目を見開いて首をブンブン左右に振った。どうやら、ルールーが送られてきたことは知らなかったらしい。

「え? 仕えるって、なに? 期間限定で?」

「いえ、敢えていうなれば、私の命が尽きるまでということになりましょうか。もちろん、クランドさまのご意向がすべてでございますが」

 ルールーは主人の命を待つ忠犬さながらの信頼しきった瞳を蔵人に向けていた。

 変われば変わるものである。初対面のときから考えれば、あれほど人間である蔵人を忌み嫌い侮蔑しきっていた彼女は、完全に別人のようになっていた。

 いわゆる、ツン期からデレ期への自然的移行である。

 蔵人が呆気に取られていると、ルールーはその場にいた全員に対して、臣下の礼を取っていた。そこには命じられたからという強制的な部分は一切見られず、あくまでその場全員に対し主の妻に対する厳然たる礼があった。貴族であるシズカやアルテミシアはこのような儀礼は幼い頃から慣れきっているのか、あくまで自然に受けていたが、街家の生まれのレイシーに至ってはやたらと恐縮の体であった。

「そんで? いったい、あんたは父上にわざわざなにを命じられてきたっていうのよ」

 カレンは腕組みをしながら尊大に鼻を鳴らした。ぶっちゃけたところ、他家に嫁いだ以上、昔の自分を知っているルールーのことを少し煙ったく思っている様子であった。

「姫さまは、もうおわかりなのでは? 私が以前どこに仕えていたかを思い出して頂ければ」

「あ……!」

 カレンは口元に手を当てて長耳をピンと上向きに曲げた。どうやら、なにか思い当たることがあったらしい。焦れた蔵人が、先を促す。

「んで? 正解は?」

「私は以前、王の後宮で女官として仕えていました。云うなれば、今日からハーレムの管理を執り行わせて頂きます」

「ハーレムッ!?」

 蔵人は生唾を飲みこむと、肩をわななかせながら瞳を虚ろにした。ハーレムという言葉に男なら誰しも一度は憧れるであろう。絶世の美女を侍らせ、気の向くまま己に仕えさせ、その美肉を徹底的に飽食する。もちろん、避妊など細かいことは考える必要はない。王たるもの、無数の美女たちを片っ端から孕ませるのが目的なのである。

 日替わりで楽しむのもよし。

 並べて楽しむのもよし。

 もちろん、時間を気にする必要などもない。同じ床に寝て、夜が明けるまでまぐわい続け、気絶するように眠り、起きれば再び目の前の肉を貪り喰らえばよいのだ。妙なる香の中で粘液まみれになりながら、美酒に酔いしれつつこの世の極楽を味わうのだ。

「うへ、うへへへ。……は!?」

 斜め右前方にいるルッジの呆れた顔に気づき、思わず咳払いをする。後ろは、振り返らない。なんだか怖いからである。

「よし。みんな、ルールーの話を拝聴しよう。きっとこれからの生活に有意義なものをもたらしてくれるに違いない」

 ――主に俺の人生にたいして。

 ルールーの話はこうだった。蔵人が、故あって多数の妻を娶ることになったのは、ステップエルフの王であるクライアッド・カンとアンドリュー伯の代理人であるヴィクトリア・ド・バルテルミーを媒酌人に立てたことによって明白である。しかし、ひとくちにいって、「後宮」というものには秩序が必要である。

「私的な状況ではともかく、主、つまりクランドさまが娶った妻に対して、第一義として行うことは、子を作る、ということでございます」

「ええっ」

「あ、ああ」

「まあ、そうなのだが」

「そこまであからさまにいわれると、ちょっと」

「照れちゃいますねー」

 ルールーの話がかなり直接的な核心に触れたところで、全員が顔を赤らめた。朝食が過ぎてから、それほど時間は経っておらず、日はまだ中天にすらさしかかっていない。おまけに、婚姻に関する雑多な事象がありすぎて、彼女たちの誰も蔵人とは初夜を迎えていなかったのだった。数名を除けば、いまだ十代の多感な年頃なのである。この時代の女性は初潮が来れば、交わって子をなし、毎年のように子を産み続けて、そのうちの何人かがなんとか成長するという、厳しい生存競争の世界であった。

 だからといって、性にあけっぴろげというわけでもなく、宗教によっては男女の交合中に愛撫を許さない極端な教義すらあるくらいであり、現代人の尺度で個々の性知識における認識度を計ることはできない。アルテミシアに至っては、長身を縮こませて誰にも目が合わないようにしている始末であった。

「ちょっと。、これって朝一から話すようなことなのかしら」

 この世界では唯一の職業婦人といってもいい自立した生活を送っているネリーがやんわりとたしなめる。彼女は、この中でも日々多数の人間と接しているとしても、頭の中は既存のお堅い貞操観念にどっぷりと浸かっているのだ。そういった点では、酒場を経営していたレイシーや、性的にむしろ放埒だった宗教関係者を日々見ていたヒルダの方がわりとさばけていた。

「ネリーさま。むろん、大切な話でございます。奥方さまたちに、クランドさまの世継ぎを生んで頂き、シモン家の社稷を守り続けることが、このルールーにとって王に命じられた最重要課題でございます。クランドさまは、一世の英雄。主の万夫不当の勇、剛、胆を受け継ぐ子種を途切れさせるなど、世界に対する罪、といってもいいほどとおっしゃられておりました。皆さまも、そのおつもりで日々励んでいただく所存でございます」

「わーわーわー。えっちっちーですね。それで、それで具体的には?」

 顔を真っ赤にさせながらヒルダが先を促した。

「基本的には、クランドさまはお若いので、毎日奥さま方と閨を共にしていただきますが、七日に一度は、身体を休めていただきます。これは、まったく休みなく励むと身体を損なう恐れがあるので、間を空けると共に子種を濃くさせることで、孕みやすくさせることを主眼としています。ただし、クランドさまや奥方さまの気分が乗らないときや、月のものが訪れた際には、例外といたします。そして、ほかには、このようなものを用意させていただきました」

 ルールーはテーブルの上に小箱を置くと目を伏せた。

「これ、もしかしてクジですか?」

 メリアンデールがちょんちょんと箱の隅をつつく。

「クランドさまには毎晩、いたされたいときにはこの箱の中から札を引いていただきます。各自は、夕食後、いわゆる閨を共にされたい場合にこの箱の中へと、自分の名を記してある手札を入れておいていただき、あとは運命がすべてを決する、という具合ですね」

「クジ、なんですか」

 レイシーが複雑な表情で箱とルールーの顔を見比べた。その隣で不快そうにシズカが腕を組み鼻を鳴らした。

「こんなもの必要ない」

「なぜか聞いてもいいかい?」

 ルッジが怪訝そうに訊ねた。

「なぜならば、クランドは毎晩私と過ごしたいに決まっているからだ。だから、こんなものは必要ない。な?」

 シズカが甘えるような目つきで見上げてくる。小首をかしげる仕草ははかなげな雰囲気と小悪魔的な魅力が相まって庇護欲を誘った。

「……と、まあこのように自侭な行為によっては後宮は瓦解することもあり、ひいてはクランドさまの心の安定を損ないかねません。公平性を保つためには、各自が規律に沿って行動せねばならないのです。皆さま、是非ご理解のほどよろしくお願いします。すべては、主のためであるとお思いくださいませ」

 シズカは愚かではなかった。さも悔しそうに顔を歪めうつむいた。背後では、ここぞとばかりにヴィクトワールがほくそ笑む。邪気を感じ取ったのか、ふたりは顔がくっつくほどの距離で向き合うと、凄まじい闘志を剥き出しにして喧嘩犬のようににらみ合った。


 ルールーの意見はもっともだ。これだけ多数の妻の中、特定を相手に励んでばかりいては、不公平が生まれる。

「愛は平等に与えるべし」

(なんか、こう、俺の考えていた理想のハーレムとは違う。なんか違うよ……)

 女と寝ることすらルーチンワーク化しそうで、少し不満は残る。だが、この先の関係を長い目で見れば、クジという選択方法は、アリ、かもしれない。蔵人が恣意的に毎晩共に過ごす相手を選べば、そこにやはり少なからず不平不満が生まれるが、ツキを基準にしたこの方法なら選ばれなかった女もあきらめがつきやすい。クジだからしょうがない、といえばいいわけにも困らないであろう。

「というわけで、さっそく今宵からクランドさまのお相手を選ぼうと思いますが。やはり、ここは、いまだ肌を重ねていない方を優先的にしたいと思います。かなり、不躾ですが、奥方さまの中でまだお情けをいただいていない方、挙手願います」

 ルールーの言葉。全員は無言のまま誰も手を挙げなかった。

「訊ね方がまずかったでしょうか。それならば、もはやクランドさまにご寵愛を受けた方、挙手願います」

 全員無言。その場に凍りついた。

「それでは処女の方」

 全員がサッと手を挙げた。

 ここには嘘つきしかいない。

「……もおいいです」

 ルールーはちょっと涙目になった。

(それにしても、えっちの順番をクジ引きにするとは、中々おもいきった提案だったな)

 ルールーのやり方は、女たちにとっておおむね不満だった。なにしろ、彼女たちはまだ大多数が十代の半ばであり、夢見がちな年頃だ。家畜の種つけをするように、閨の順番をクジで決めるとなれば無味乾燥すぎて不平も出よう。

 蔵人は昼食をすませると、誰も供を連れずに姫屋敷を出ると、冒険者組合(ギルド)に向かった。女たちは実家から屋敷に運び入れた家財道具や、その他諸々の片付けに余念がない。屋敷には、それぞれひとりづつの個室が与えられ以後はそこで生活することになる。メリアンデールとルッジが協力して、姫屋敷の中にダンジョンへと飛ぶことができる転移陣を作成したために、もはやわざわざ組合の事務所まで出かける必要はほぼなくなった。潜りたくなれば、いつでも自宅からログ(潜行履歴)のある場所まで飛ぶことは可能なのであった。今回は、ゴタゴタがあった後で、念の為に様子見に行ったほうがいいと判断したからであった。

「ずいぶんと、さびれてるな」

 街を歩いているとイマイチ活気が薄れているのが理解できた。中心地に繋がる目抜き通りには、物売りの屋台は少なく、歩いているのはガラの悪い冒険者崩れが多いような気がした。

 やはりステップエルフとの戦争が関係しているのだろうか、物資の供給は一時的にストップしたせいで、屋台に並べられている細々とした雑貨や食品の値段はどれもが四割ほど高くなっていた。道のあちこちでは、怪我をした男や小さな子どもの物乞いが増えている。彼らは、体格のいい蔵人を見ると蜘蛛の子を散らしたように逃げていく。剣を吊っていかにも物騒な男はすべて敵に見えるらしい。貰いの上前を撥ねられると思ったのだろうか、目には怯えがあった。

 彼らは、比較的身なりのいい年配の男が通りかかるたび、あっという間に群がって喜捨をせがんでいた。十二歳くらいの一番年かさの少年が慣れた調子で口上を述べている。つい、足を止めてしまうような必死さを感じた。

「そこの道ゆく旦那さま。あわれと思えば、なにがしかのお恵みを。おいらたちは、ととさまかかさまをなくした憐れな孤児でございます。家には、五人の弟と四人の妹、腹をすかせたじいさまばあさまが、おいらがなにがしかの食いものを持ってくるのをつばくろの子のように口を開けて待っているんでございますっ」

「おめぐみをっ、おめぐみをっ!」

 まとわりつかれた中年の男は、忌々しそうに七つにもならないような少年を蹴飛ばすと足早にその場を去っていった。

 子どもたちは呆然とした様子で、突き飛ばされた仲間を見やるが、すぐさま次の獲物が通りかかると猟犬のように飛びかかっていく。父母をいくさで喪った彼らには同情をしている心の余裕も暇もないのだ。一日喰らわねば、それだけ確実に死が近づいていく。蔵人は、突きつけられた現実を目の当たりにして、頭から冷水をかけられた気になった。

「うううっ」

「おにいちゃっ、だいじょうぶっ、おにいちゃっ!!」

 突き飛ばされて塀に頭をぶつけた少年に、四つにもならないような妹が舌っ足らずな声を出し駆け寄った。少年は痛みをこらえうずくまっていたが、やがてこらえきれずに膝を抱えて、声を押し殺し泣き出した。

 小さな妹は、心配そうに兄の周りをうろつくと、小さな手を頭の上に乗せてさすりだした。向かいに店を広げている肉屋のオヤジは一顧だにしない。街には不幸が無限にあふれている。目の前の悲喜劇に構う暇すらないのだ。

「泣かにゃいで、ね。おにーちゃ、ね」

「ああああっ」

 兄はこらえきれずに大声を上げた。蔵人がそっと近づくと、少年は涙も拭かずに妹を背に隠し、敵意を露わにした。

「なんだよっ!! おいらは銭なんか持っちゃいねえぞっ!! アンに指一本でも触れてみろっ。おまえの目玉を掻き出してやるっ!!」

「にーちゃぁ、こあいようっ」

 少年は蔵人のことを人さらいとでも勘違いしたのか、追い詰められた獣のように牙を剥き出しにした。無理もない。蔵人は衣服だけは着替えたが、いまやボロボロになったツギハギだらけの外套を上からまとい、まるで乞食同然の風体だった。

 苦いものを噛み締めながら、胸元に手を入れた。腰には長大な剣を提げている。抜刀するかと勘違いした少年の瞳に絶望の色が刻まれた。蔵人は腰紐から革袋を抜き出すと、少年の足元に投げつけた。袋の紐がほどけて、無数の銅貨と銀貨があふれ出した。

「え、あ……」

 少年は呆然とした顔から突如として貨幣の山に飛びつくと両手を差し入れて貨幣を握り締めた。おおよそ、三万(ポンドル)はあったか。下層階級なら、十人程度の家族を優に数ヶ月は養えるほどだ。感謝の声を背中で聞きながら、蔵人の心は荒涼としたものに包まれていた。暗澹たる気分で道を歩く。蔵人には、今回のいくさで傷ついた戦災孤児をすべて救う金も権力もなかった。女たちの実家から受け取った進物や金子は彼女たち全員の嫁入り道具や屋敷の造作を整えるためにすべて使ってしまったのだ。

 蔵人は基本、金に無頓着な方で、ポルディナに預けていた金も無造作に扱っている内に残りは少なくなった。これに見かねて会計を買って出たのはネリーであった。彼女は現在、組合の仕事を休んでこれからの家計のやりくりに頭を悩ませている。

「人のことより、テメェの頭のハエを追えってか」

 十二人もの女を食わせるのは中々簡単ではない。

 肩にずしりと「責任」の二文字がのしかかる。

 そして、現実はさらに無情だった。

「ダンジョンに潜れないっ!?」

 ネリーが有給で休んでいる代わりに、冒険者組合(ギルド)の臨時受付を行っている男が迷惑そうに顔をしかめた。

「僕に文句をいわれても困りますよ。ともかく、今回のいくさで徴集された職員もかなり亡くなってしまい、再編には時間がかかるんですって。公平性を保つためにと、ダンジョンに潜ることは一時閉鎖という形になったんで」

「でも、ずーっと潜りっぱなしってやつもいるって聞くぞ。それはいいのかよっ」

「ああ、一部訂正すると彼らは自己責任ですから。むしろ勝手に潜って出てこないし、困ってるのはこっちなんですよ。そういわけで、新規はノー。お断りです。それに、難易度の高い下層を攻略するクランの人間は貴族をパトロンにしたり、元々富裕層だったりして、金には困っていない人間が多いんですってば。要するに、入口付近でウロウロする人たちが、中で素材を採ってきても、組合やその請けのお店じゃ買い取りができないってことなんですよ」

「でえええっ!? おおおおおい!! そんじゃ、ウチの家計はどうなんだよおおっ!! 俺は嫁さん貰ったばっかなんだぞおおおおっ!!」

「知りませんてっ、そんなのっ!! ほとんどの冒険者の方々は、クエスト受けたり日雇いに出て稼いでるみたいですけどッ!! くっ、苦しっ! 離してくださいよおっ!!」

「クッソ、この青びょうたんが!! ……んん? クエスト?」

 蔵人は男の襟元から手を放すと、思案顔になった。

「民間からの依頼ですよ。一応、ここ、メインはダンジョンですけど周辺地域からのクエストも有料で受けてるんですよ。ま、ほとんどが子供の使いっぱみたいなもんで、金になるものはほとんど売り切れ状態ですがね」

 受付の男は、引き出しからボードを取り出すと、貼り付けてある依頼書を見せた。

 ロムレス語の読めない蔵人にとって内容までは理解できないが、かろうじて依頼料程度は読めた。この世界の識字率は異常に低く、蔵人が文字が読めないことも、特に男にとって侮蔑の対象にはならなかった。それどころか、男はかなり生真面目な性格で、幼児に教え諭すように、ひとつひとつの依頼書を読み上げ、懇切丁寧に語り聞かせてくれた。

「……コレだッ!!」

 そのうちのひとつに目が止まったのか。蔵人は身をそらして、大きく叫んだ。

 背後で受付の順番待ちをしていたレンジャー職の少女が激しく怯える。

 彼女は栗色の髪を振り乱し涙目のまま硬直し、手にしていたカップを落として中身をブチまけ顔色を真っ青にした。






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