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ダンジョン+ハーレム+マスター  作者: 三島千廣
第3章「ステップエルフ戦役」
102/302

Lv102「寄る辺なき者」


 

 シズカは、その男が最初、誰に向かって話しかけているかまるで理解できなかった。

「そこのレディ。よろしければこの僕と、一曲踊っていただけませんか」

 男がややかがみこんだせいで、顔の上に影が落ちた。

 歳の頃は、二十を過ぎたばかりか。灰色の髪を上品そうに撫でつけ、いかにも優しげな顔立ちをしていた。惚けたように男の顔を眺めていると、やがて自分が夜会に出席していたことを思い出した。長らく過去の記憶を反芻していたせいか、脳が上手く働かない。

(名前。この男の名前は……)

 持っていた中身もそのままのグラスをテーブルに置いて、なんと断ろうかと考えていると、困ったような声で男がもう一度、声をかけてきた。

「あれー、シズカ。いまのは、僕なりのユーモアだったんだけどな。もしかして、本気で僕のこと忘れちゃったわけではないよねえ」

 焦ったような声が、ようやく脳に染み入ってきた。

 断絶していたシズカの回線が一瞬のうちに残らず接続した。

 シズカは口をもごもごさせてから間を置き、とりあえず作り笑いをして見せた。

「いえ、ギルバートさまのお顔をお忘れするはずがありませんわ」

「よ、よかった。いくらなんでも、自分の婚約者に忘れられたら、さすがにこの僕も傷つくよ」

 ああ、そうだった。

 いまのいままで思いだせなかった。

 目の前の男は、先日、病が回復して床上げを行った兄から紹介された自分の婚約者だったのだ。

 ギルバート・アスカム。

 兄が娶った義理の姉の実家、アスカム家の遠縁に当たる男で、シズカの夫になる人物のことだった。

 薄れていた意識が覚醒するにつれて、徐々に自分がどこにいるかがはっきりしていった。

 すでに日は落ちて夜半だというのに、パーティーの会場は目が眩むほどのランプの明かりで真昼のように明るかった。

(そうだ。もう、私は、使命を遂行する必要はない。とうに、殺し屋稼業から足を洗ったんだ)

 華々しく着飾った紳士淑女の群れが、清潔な空気の中でピカピカに磨かれた銀食器のご馳走に目もくれず、楽しそうに笑い合っていた。

 もちろん彼らが話している話題は、誰をどう殺すとか、敵の隙を突くにはどのような方法が有効かとか、そのような物騒な話ではなかった。貴族にふさわしい、芸術や文化などの高尚な、“おはなし”、である。

 シズカはあのあと、唐突に都へと呼び戻された。長らく仕事を請け負っていた、尊き上のお方からである。シズカはてっきり、暗殺目標である志門蔵人の殺害の遅延や、それに伴う仲間の異常なまでの失踪に関して問いただされる、場合によって命を失う覚悟を決めて故郷である王都ロムレスガーデンに戻ったのであった。

 尊きお方からの命令は、単純に命を解き、あまつさえ、なんのペナルティもなしに組織からの解雇通知であった。

 組織をやめられるのは死ぬときだけだと覚悟していたシズカにとって、それは青天の霹靂だった。まず最初に、うれしさよりも困惑がまさった。

 尊きお方の言葉によれば、標的に対する殺害命令はなんらかの理由かは知らないが、解除されたらしい。単純に、想い人の安全が保証されたのはうれしかったが、残ったのはぽっかりと胸に空いた異様な喪失感だった。

 そして次なる金を稼ぐ方法を見つけねばならないことに、強い倦怠感を覚える。

 もっとも、実家に帰った時点で、その懊悩の種も解決していたことを知ったのであった。

 シズカが心ならずも金を稼ぐために没義道に落ちていたのは、病弱な兄の薬代を稼ぐためであった。

 それゆえに、立てないほど衰弱していたはずの兄、ベルトラン・ド・シャルパンチエが玄関にまで自分を迎えに出たことは夢であるとしか思えなかった。

「おかえり、シズカ。おまえには、いままでずいぶんと苦労をかけたね」

 長らく床についていたせいで、骨と皮同然ではあったが、兄の抱擁はもはやいつついえるのか、と心配する必要はないほどの力強さであった。兄の病状回復の理由はただひとつ。彼は、三公のひとりである司空(農産大臣)コンスタン・ド・ビヨーの娘に見初められたからであった。

 ベルトランは夏の体調がややマシであったある日、おそらく最後であろうと思われる遠乗りに、屋敷の近くにある人造湖へと涼みに出かけたのだった。彼は、痩せ衰えていれども、その類まれなる美しさは、衆に際立っていた。司空の娘は、その日のうちにベルトランを見初めると、矢も盾もなく恋の病に落ち、強権を発動して彼に嫁すことを熱望したのだった。

 落ちぶれたシャルパンチエ家にとっては、願ってもない幸運である。目端の効く忠僕が残っていたことも幸いして婚姻は速やかにまとまった。式自体は、ベルトランの体調が快癒してからということであったが、ビヨーの娘の入れこみようは半端ではなかった。金に糸目をつけず高価な薬や医者を注ぎ込み、ついには若き天才錬金術師で知られるカイン・カルリエの協力もあり、彼の病は完全に復調したのであった。

 ベルトランは病に侵されていなければ、剣の腕もあり、頭も切れた。妹であるシズカが、今日までどのように金穀を稼いでいたか、薄々気づいていなかったわけではない。

 彼は、手に入れた持てる力を結集させると、あっという間に妹の後暗い過去を洗い清めた。殺し屋としての後暗い過去は完全に脱臭され、ピカピカの貴婦人が即座に出来上がった。潰れかけていた屋敷は超特急で立て直され、去っていった家臣たちも再び寄り集まりかつての栄華を取り戻しつつあった。彼らも去りたくて去ったわけではない。主に求めるものがなくなれば、ほかを探すのが当然の世界であった。

 シズカはもはや、日々を安楽に過ごすだけであり、思い悩むべきことはなくなったといえよう。代わりといって降りかかったのは、雨のように絶え間無く頭上に注ぐ縁談の波状攻撃であった。

「おまえも、来年で十六だ。いままで苦労をかけた。ロムレス一の夫を探してやるぞ」

 兄はあくまで好意で行っているのである。ワガママの通るような状況ではなかった。

 シャルパンチエの家は、歴としたロムレスの王族に繋がる、七由緒家のひとつであり、威を取り戻したいまとなっては、かつてのような気楽さで物事には望めない家風に戻っていたのであった。

 ギルバートはそんな中で選ばれた、毛並みの良さは天下一品の貴族であった。

「元気がないな、シズカ。君は長い間修道院にいたんだってね? このような騒がしい催しは苦手なのかな」

 シズカはギルバートの見当違いな気遣いに苦笑で答える以外なかった。なにしろ、彼女の空白の時間は都外の修道院で兄の快癒をひたすら祈るという、お涙頂戴の過去に改竄されていたのだった。人のいい婚約者の中で、シズカは物憂げではかない顔をした、男慣れしない世間知らずの娘として映っているのだった。

(誰だ、それは? まったく、世間というものは愚かなものだ……)

「それにしてもシズカ。今日のドレスはいつも以上に似合っているよ。可憐な君には黒がよく似合う」

「ギルバートさま、お戯れを」

 シズカはどさくさに紛れて自分の手を握ろうとするギルバートを上手くかわした。

 単純に、触られたくないという点もあったが、目の前の男の馴れ馴れしさにはいつまで経っても違和感しかなかった。

「シズカ。僕らは夫婦になるんだよ。そろそろ手くらい握らせてくれてもいいじゃないか」

「恥ずかしいです。それに、式を挙げるまでは、そのようなことは、神もお許しにはならないでしょう」

「君は本当に清純なんだねぇ。まるで、おとぎばなしから抜け出してきた、聖女さまのようだよ」

 ギルバートは感に堪えないというふうに、その整った面立ちを軽く紅潮させ目を伏せた。

(こいつ、真性阿呆か。そんな女が世界に存在するはずなかろう)

 なにが、清純だ。

 シズカはただひたすら恥じらう乙女を装いながら、腹の中でせせら笑った。

 そもそもが、自分は処女ですらない。シズカは、己のはじめてを捧げた男を思い出すと、自然と女の部分に熱を感じた。

 もっとも、目の前のチャラけたフニャ男の甘ったれ顔を見て即座に醒めたが。

 偽っている。ギルバートを。別段、悪いとも思わなかった。

(この男。初夜の褥で私が処女でないと知ったら、どんな顔をするかな)

「踊りも恥ずかしいなら、僕の部屋で語り合わないかな。なに、君が望まぬのなら、けして指一本触れたりしないよ。それが紳士というものだからね」

 ギルバートがさりげなく立ち上がってシズカの肩に手を回してくる。嫌悪感を顔に出さないよう、あらん限りの精神力を振り絞った。

「いけません、ギルバートさま。兄さまに叱られます」

 シズカがやんわりと拒否すると、ギルバートは残念そうに片眉を下げると肩をすくめた。

「仕方ない。無理強いしても、君を怯えさせるだけだしね。それは、僕の本意ではない。

 なら、ここでおとなしく君を見つめていよう」

(減点だ。愚か者め。女のひとりも説き伏せられず、この先は閨でどう振る舞うつもりなのだ)

 それから、シズカはギルバートのどうでもいい自慢話をグラス片手に延々と聞き続けた。

 この男には積極性というものがまるでない。押しがどうこうというわけではない。

 軟弱すぎるのだ。顔貌は整っていても、まるで男というものを感じられなかった。

(クランドならどうしただろう。きっと有無をいわさず私を無理やり部屋に引っ張りこんだろうな)

 いま思えば、クランドほど自分の欲に正直な男は中々いなかった。

 シズカにとっては、己を自制し上品に振舞うことを善として育った貴族のおぼっちゃま方は物足りなさ過ぎて、性的対象として見ることすらできなかったのだった。

 シズカとギルバートのふたりは、傍から見ればお似合いの美男美女であった。特にギルバートがいないときには、なにかにつけてちょっかいを出してきた男たちは遠巻きにして歯噛みしているのである。ロムレスには珍しい黒髪と黒目の美少女は、それでなくても目立つ。

(早く終わらないかな。部屋に戻って、編み物の続きをしたいな……)

「あらシズカ、ずいぶんと楽しそうね。もしかして、こちらが噂の婚約者の方かしらっ」

 シズカが意識を虚空に飛ばしていると、淡いブルーのドレスをまとった貴婦人が馴れ馴れしく話しかけてきた。金髪のくるくるした巻き毛が特徴的な少女は、口ひげを蓄えたダンディな二十過ぎくらいに見える紳士を連れて上品に微笑んでいた。

「シズカ? このご婦人は君のお友達かな。ぜひ、僕に紹介しておくれ」

「こちらは、隣家のゴドワーズ伯爵とその妻カタリーナさまでございます」

 ゴドワーズとギルバートは如才なくお互い名乗り合う。それを見ていた巻き毛の貴婦人、カタリーナがまだ幼さの残る声でシズカに詰め寄った。

「もうっ、そんな他人行儀なっ。私たちは幼なじみでしょ。まったく、いつもどおりクールなんですから」

 目の前でプリプリ怒っているのは、隣家に代々住むロッソ・ゴドワーズの妻であるカタリーナであり、ふたりとは子どものときからの顔見知り、いわゆる幼なじみの関係であった。ロッソ伯爵は、シズカより七つ上の二十二歳、カタリーナはひとつ下の十四歳であった。

「シズカ。君と会うのはボクたちの結婚式以来だね。それにしても相変わらずだな」

「伯爵、私は昔からこうですので」

 シズカの言葉を聞くと、ロッソは帽子をすくめてクックと口ひげを揺らして笑った。

 突如として現れた三人の仲の良さに疎外感を感じたのか、ギルバートがほっぽりだされた犬のように悲しげな表情を見せた。

「なに、女は女同士の積もる話もあるだろう。シズカの婚約者くん。ボクたちはボクたちで男の友情を深めようではないか」

 気を使ったロッソがギルバートを連れて席を立つと、テーブル席にはシズカとカタリーナだけになった。

(ロッソのやつ。私がカタリーナのこと苦手なの知ってるくせに。これなら、あのヘタレ男といっしょにいたほうがマシだ)

「んんふふふ。これで、ようやくふたりっきりになれましたわね、シズカぁ」

「別に私は望んでない」

「もおおう、すーぐそういうこというんですからあっ! 本当は親友の私に久々に出会えて嬉しいくせにっ。そんな恥ずかしがりのシズカも大好きですのっ」

 帰りたい。心の底からそう思った。カタリーナは昔から、やたらとおしゃべりが好きで、一度話しだしたら止まらないことで有名であり、同年代の貴族たちからは浮いた存在であった。

 別名、“おしゃべり小雀”。

 出来ればすぐさまなにかしら理由をつけて席を立ってしまいたいのだが、そうするとカタリーナはあからさまに涙を浮かべ激しく自虐するのが目に見えていた。もっとも、やたらと騒がしいことを除けば彼女は裏表のない人間だったので、シズカも心底嫌いだったというわけではなかった。

「――それでですね、ロッソったら。もう、また上の空ですの! ちゃんと、私のお話聞かなくてはダメですのよ」

「あー、聞いている。聞いている」

「その返事っ。そういう意地悪な、シズカはこうですっ」

「んひゃっ!? ば、バカ。どこを触っている」

 シズカはいきなり胸を揉んできたカタリーナから離れると、両手を交差して防御の構えを取った。

「む。以前よりかなり成長されましたね。この私を差し置いて」

「おまえは相変わらずペタンとしてツルンだな」

「放っておいてくださいな。ところで、こんな話をしたいわけではありません。本題に入りましょう。実際のところ、あの婚約者くん。ギルバートとはどうなんですの?」

「どうといわれても。兄上が決めた相手だ。私がどうこういえる立場ではない」

「ふうん。私が見る限りでは中々の男前で、やさしげな殿方に見えますが。どこが、気に入らないのですか」

「気に入らないって……。別に」

「別にって。これから、シズカが一生お仕えする方ですのよ。そこの辺りをちゃんと、考えておかないと。子どもが生まれてから離別では、それこそ後の人生を虚しく過ごすハメになりかねませんわ」

「結婚、か。そうだな、婚約者なら、結婚することになるんだろうな」

「もおおっ。なんで、そんなに他人事ですのっ。私は、シズカのことが心配です!」

 ヒートアップするカタリーナを見つめながら、シズカは再び自分の意識がドロドロとした沼の奥へと沈殿していく錯覚に襲われた。ざわめく周囲の貴族たちの声が間遠になっていく。ギルバートと結婚する。

 つまり、あの男の妻になるということは、自分の身体を許すということだ。

 セックスする。一糸纏わぬ姿になり、愛している振りを続けたまま、ドロドロの唾液を交換し、ギルバートをさもいとおしげに愛撫し、射精を導くのである。やがて、腹の中にあの男の子を宿し、さんざん苦しんだ挙句、欲しくもない子を産むのである。

 シズカは想像の中で、仁王立ちになったギルバートに奉仕する自分を想像し、激しい嫌悪感を感じた。

(いやだいやだいやだ。冗談じゃない、冗談じゃない、冗談じゃない!!)

「シズカ、どうしたのですかっ!? どこか気分でもっ」

「……いや、気にしないで。平気よ」

 胸が悪くなる、などというレベルではなかった。ドロドロに濁った汚水をハラワタの奥までブチ撒かれたような不快感が全身を襲った。背中全体の肌がぷつぷつと泡立つ。

 思わず席を立って、走り出した。

 会場の紳士や淑女の群れを突き飛ばし、不浄に向かった。

 途中、シズカに気づいたギルバートが声をかけてきたが、まるで耳には入らなかった。

「ふう」

 胃の中のものを残らず吐き出すと、気分はすっきりした。手水で清めたあとはもはや喧騒の中に戻る気もせずに、渡り廊下をどこへ向かうともなく歩いた。ときおり、やや冷たくなりはじめた夜風が頬を撫でる。

(そうだ。屋上に行けば、少しはマシな気分になれるかもしれない)

 シズカは誰もいないと決めつけ屋上に出ると、暗がりの中、ひと組の男女が抱き合ってキスをかわしているのに出くわした。

「失礼。さ、行くよ」

 まだ若い紳士は恥ずかしげに顔を隠す淑女の手を引いて、階下に去っていく。

 ふたりは恋仲なのだろう。傍目にも初々しく微笑ましい仕草である。

 いつもは気にもとめないカップルたちを見て、なぜか強い寂寥感に襲われた。

 胸が締め付けられるように苦しい。先ほどまで輝いていた天の星星が、突然色あせたように見えた。呼吸が、詰まった。息が苦しい。シズカが胸を抑えてその場にうずくまると、数人の荒々しい足音が背後から聞こえてきた。

「おんやぁ。おい、みんな! たいそう美しいご婦人の気分が悪いらしい。少し、我々で手を貸してあげようじゃないか!」

「おう。ほおお、これは美しいご婦人だ。こんなところでひとりぼっちとはお寂しいことで。是非とも慰めねば」

「なになに。大方飲みすぎたのであろう。さ、僕らの部屋で少し横になればすぐよくなるさ。皆も、そう思うだろう」

「異議なーし!!」

「気分がよくなったところで、皆で仲良く語らいましょうや。もちろん、雰囲気でそれ以上になっても、文句はないでしょうな」

「おいおいおーい。それじゃ、僕らがまるで無頼漢じゃないかぁ。聞き捨てならないな」

「なに、酒の酔いなど一汗かけばすぐ治る。俺たちの特製ジュースを飲んでいただこうじゃないか。もちろん、上の口だけではなく、下の方にもな」

 五人の男たちは、いわゆる不良貴族といわれる上流階級の子弟であった。

 今夜の招待客である彼らは、身なりこそやや着崩していたが、身につけた装飾品から相当な爵位を持つ家柄の人間であると知れた。

(まったく面倒なやつらだ……)

 たとえ武器を持たずとも、このような男たちの五人程度、相手ではない。

 ただ、少々気になるのは、今夜の自分はちょっと手加減が出来そうにないほど気分が荒れていることだった。

 シズカが物憂げに身を起こすと、好色に染まった瞳が崩れたドレスに這い回るのを感じた。いいようのない怒りがこみ上げてくるのが抑えきれない。徒手格闘の構えを取ろうとしたとき、場違いな声が屋上に走った。

「おまえたちっ! 僕の婚約者になにをするだーっ、おえぶっ!?」

 拳を握りしめて不良貴族たちに飛びかかった救い主は一発でその場にひっくり返った。

 男の一人がギルバートの攻撃を軽くかわして、肘を顔面に突き入れたのだった。

「ギルバート。おまえは、いったいなにがしたいのだ」

 呆れ果てた声が思わずもれる。呼応したように、男たちからいっせいに哄笑が起こった。

「なんだーこいつはっ!!」

「とんだ道化野郎だっ!! まったく、誰がここまで笑わせてくれといったよう!!」

「格好つけてこの娘を助けようとしたつもりかよっ! 腹がよじ切れるっ」

「ゲスが」

 シズカのつぶやき。酔いも手伝ってか、男たちの瞳がますます赤くなった。

「おいおい、お嬢ちゃん。俺たちをあんまり舐めてもらっちゃ困るぜ」

「そうそう。貴婦人らしく、やさしく姦してやろうと思ったのによう。そんな舐めた口の利き方してると、ムチャクチャコース追加しちゃうよん」

「出たっ! トーマスの無理くり鬼責めっ。キター!!」

「おい、テメーら。そこから、誰か入ってこないように見張ってろや。とりあえず、ここで一発ずつ使ってくぞ」

「ひーひひ。メス穴ちゃん。でも、安心しろよ。そのうち、おまえの方から俺たちにおねだりするよう上手に調教してやっから」

 男のひとりがそっと手を伸ばしてくる。

 肩に触れそうな位置に来たとき、シズカが吐き捨てた。

「私に触るな」

「あ?」

 男のマヌケヅラに向かってシズカの拳が突き刺さった。男はぐらりと上体を傾けると、白目を剥いて後頭部からモロに床へとひっくり返った。

「て、てめっ。な、ななななにしやがっ――」

 シズカは吃った男の喉笛に手刀を真っ直ぐ突き入れる。

 男は痛みのあまり、くの字に身体を折り曲げた。

 シズカは自分の胸元へ崩れ落ちる顎に膝をぶちこんだ。

 男は自分の舌をおもいきり噛みこむと、血を吐き出しながら崩れ落ちる。

 残ったうちのひとりが真っ青な顔で掴みかかってくる。

 シズカは身を伏せて足払いをかけた。妙なうめき声が響いた。

「ひにょんっ!?」

 男は勢いよく空を泳ぐと鉄柵までぽーんとすっ飛び顔面を打ちつけて昏倒した。

 シズカは逃げ出したふたりの背に向かって勢いよく跳躍した。

 両足を綺麗に揃えたドロップキックが背骨の中心部へと直撃した。男は悲痛な叫びを上げて隣を併走していた男を巻きこんで倒れた。最後に残ったひとりは、腰が抜けたまま立ち上がれず、涙を流して首を激しく左右に振っていた。

「なんだよおおっ!! オレたちがなにしたっていうんだああっ!!」

「黙れ」

 シズカはほっそりした足を高々と上げると、男の口元へ向かってヒールを叩き込む。

 男の前歯はシズカのヒールが上下するたびに辺りへと飛び散っていった。

「だしゅ、だしゅけてぇ」

「やだ」

 シズカは無慈悲に告げると、男の盆の窪に激しく手刀を打ち込んで黙らせた。

 額には薄く細かな汗がにじんでいた。やや荒くなった息を整えていると、闇の向こうからコツコツと軽い足音が染み出してきた。

「お見事お見事。やはり、シズカは荒事のときのほうがはるかに輝いて見えますです」

 ぱちぱち、と手を叩いて暗闇からひとりの女が姿を現した。

 ゆるく波打った金髪に、野暮ったい赤茶けたローブを羽織っている。

 美人といっていい容姿ではあるが、あいも変わらずその瞳には気だるげな妙な暗さがつきまとっていた。

「アルミエール……! いったい、なんの用だ」

 シズカが身を固くするのも無理はなかった。組織を抜けたシズカと、いまだ現役の彼女には、ある一点を除けば、実際に顔を合わせる必要性は皆無だった。

「なんの用だとは相変わらず冷たいですねぇ。久しぶりに会いに来た友達にそんなこといってはさすがのボクも気分を悪くするです」

「おまえの気分なぞどうでもいい。例の報告なら、書簡ですませろ。もう、私は組織とはなんの関係もない。それとも、ケジメをつけに来たのか」

「うううー。ほら、そういうところが、前職丸出しって部分なんですよう。足を洗ったのなら、それなりに一般常識を身につけたらいかがです?」

「大きなお世話だ。それとも世間話でもしに来たのか」

「えー、ボクとお茶してくれるですか!? それは、ちょっと感動です! 今夜はシズカのお部屋に泊まって朝まで女子会フィーバーですね!」

「……どうやら本気で裏の話ではなさそうだな。それと、女子会は拒否だ」

「あらら。残念です。いいもーん。そうしたら、ボクだってシズカに頼まれたこと教えてやらないです」

「あいつのことがなにかわかったのか!!」

「く、苦しいです。ちょっ、マジたんまですっ」

「話せっ! クランドは無事なのかっ! いま、どこに住んでいる! 息災かっ!! また、妙なことに首は突っこんでいないだろうなっ!!」

「お、マジで。ボクちん、死ねる……です……おぐえ」

「こらっ、勝手に吐くなっ! 情報を出し切るまで勝手に死ぬんじゃないっ!!」

 シズカは王都に呼び戻されてからもクランドのことを忘れたことはなかった。その為、顔見知りであった組織の殺し屋である(※結局抜けてなかった)蟲使いのアルミエールを雇い、密かに護衛と監視を頼んでいたのであった。

「だが、おかしいな。どうしてわざわざおまえ自身が都まで報告に来たのだ。伝令ひとつですむはずだろう」

「うーぐぐ、それはボクにも事情がありまして。これ以上、シモン・クランドの監視は続けられなくなったのですっ」

「金か。それとも、おまえが直々にクランドの暗殺を頼まれたのか」

「い、いえ、違います。物理上の問題で。……って、もしかして本気で知らなかったのデスです?」

「なにをだ」

「現在、シモン・クランドの住むシルバーヴィラゴは五十万の蛮族に攻められ、落城寸前とのもっぱらの噂です。もっとも、市井の人々にこの話が伝わるのは、あと数日はかかるでしょうが」

 シズカはアルミエールの腕から手を放すと、激しい虚脱感に襲われて硬直し、その場に立ちすくんだ。咳き込む少女の背中を見ながら、再び世界が歪むような目眩がやってきた。

 呆然と頭上の夜空を仰ぐ。

 月が妖しく笑っているように見えた。







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