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Epilogue:それから 1

調子に乗ったら長くなってしまったのでわけました。

三人称視点で書いていますのでご了承ください。


追記。

すみません、名前を間違えるという痛恨のミスをしました。改稿はその訂正です。

ご迷惑をおかけしました。

「おはよう、杏奈」

「お、おはよう吉川くん」

 おそるおそる、といった風に返事をした田辺杏奈に、吉川慶太は満足そうにうなずいた。そして、一度だけぽんと杏奈の頭を撫でる。

「慶太って……」

「呼ばないからね!」

 ふうん、と慶太は言ったきり、杏奈から手を引いた。

 それを見て、杏奈はほっと胸をなでおろした。その顔がうっすら赤く染まる。

 今彼らがいるのは高校の玄関だ。登校時間とあってちらほらと生徒が入ってきては、靴を履き替え校内に去っていく。

 玄関には等間隔にスチール製の大きな下駄箱が並んでいる。杏奈と慶太は同じクラスなので、当然同じ場所の下駄箱を使う。

 だから、これまでにも何度か登校時に会ったことはある。

 以前までならおはよう、と一言交わして終わりでそれ以上お互い気にも留めなかった。

 クリスマスの日以来玄関で会ったのはこれが初めてだが、明らかに以前とは違う慶太の反応が杏奈にはくすぐったい。

 あれから教室で、杏奈はたびたび慶太からの視線を感じていたが、努めてそちらを見ないようにしていた。自意識過剰な気もしたし、万が一慶太がこちらを見ていたとしても、それをどんな風に受け止めればいいかわからなかったからである。

 それが、今日はまるでクリスマスの続きのように杏奈と呼ばれ、頭を撫でられ、嫌でも慶太のことを意識してしまっていた。

 慶太は靴を履き替えながら横目で杏奈の様子を窺う。上履きに片足を入れて、まるで先に行ってほしいとでも言うように、杏奈は靴ひもを結び直していた。

 そうはいかないよ。

 慶太は面白そうに笑って、両手を空けるために置かれた杏奈の鞄を担ぎ上げた。そのことに、杏奈は気付いた様子もない。

 自分の横に立ち止まって動く気配のない慶太に、早く行って、と杏奈は心の中で念じる。しかし願いが通じることもなく、すぐに靴ひもは結び終わってしまった。

 杏奈はこれ以上時間をつぶす方法も思いつかず、途方にくれて顔を上げた。と、横に置いたはずの鞄がない。

 あ、と驚いて声をあげ、思わず慶太を振り仰いだ。

「わたしの鞄……」

「ほら、行くよ杏奈」

 そこにはしてやったりといった風な慶太の笑顔。クラスの女子が見たら、今日の天気みたいに爽やかだ、と言うかもしれないその顔が、杏奈には魔王みたいに思えた。

 ああそうだ、この人はとても意地悪なんだった。

 今更のように思い出すが、もう遅い。杏奈は大人しく慶太の隣に並んで教室への廊下を歩き始めた。

 特に何かを話すわけでもなく、二人はゆっくりと教室へ進む。玄関からは階段を一階分上り、二教室分の廊下を通るだけ。時間にすれば五分もかからない。

 それでも杏奈にとっては長い長い道のりに感じられた。

 横にいる慶太は高校では結構な有名人なのだ。主に女子に。

 その慶太がご機嫌で女子を伴って歩いているのだから、自然すれ違う人の目が杏奈の上を滑っていく。

 いたたまれない思いを抱えながら、杏奈は俯いて自分の爪先に集中していた。

 そのせいか杏奈は自分のクラスに着いたのも知らず、教室の戸の前を通り過ぎてしまった。すると、慶太の腕が伸びて、杏奈の右手を掴んだ。

「杏奈、こっちだよ」

 はっと顔をあげると、タイミングよく慶太の向こうで教室の戸が開いた。

「あ、吉川君だーおはよ……って杏奈!」

「え?」

 突然呼ばれた自分の名前に反応して声の主を見ると、驚いて固まっている友人が一人。

 口を押さえて、人差し指を二人に向けている。どうしたのかと思って彼女の指先を辿ると、杏奈の視線は慶太に掴まれた自分の右手にぶつかった。

 傍から見れば、まるで仲良く手を繋いでいるような、と思い至って杏奈の頭が真っ白になる。

「ち、違う! ちがうよ」

「何が違うの杏奈?」

 慶太も杏奈と同じく示された指先をたどり、それから杏奈の顔を見てにっこり笑う。

 それに杏奈は信じられないと言うように、目を大きく見開いた。

 固まっていた女子は急に我に返ったようで、勢いよく杏奈の両肩に手を置いた。

「詳しく聞かせてもらうわよ! 何があったの! そういえばあんたクリスマスのときにいなくなったよね! 今から思えば吉川君もいなかった気がする!」

「何もないよ! ちがう、ちがうから」

「じゃあまた後でね、杏奈」

「ほら、何が違うの、杏奈って呼び捨てされといて」

 駄目押しのような慶太のにっこりに送り出されて、杏奈は友人に押されるまま廊下を押し流されていった。

 友人に後ろ向きに歩かされながら、戸のところでひらひらと手を振る慶太を見つめる。

 そして、その手に持ってもらったままだった自分の鞄に今更気付いて、わたしのかばん、と今生の別れのように情けなく杏奈は呟いた。

 杏奈が女子トイレの中に連れ込まれていくのを最後まで見送って、やっと慶太は教室に入った。

 ちょっと可哀そうなことをしたかな、と思うものの、まあ外堀から埋めるのも大事か、と慶太は一人で納得する。

 杏奈の席まで進み、机の上に鞄を置く。と、ちゃりと軽い音が鳴り、慶太はその鞄にキーホルダーが付けられていたことに気付いた。

 例のうさぎの片割れである。慶太の鞄にもしっかりとうさぎが付けられている。

 自然に頬が緩み、慶太はそのうさぎに指先で触れる。

「あ、慶太。何やってんだ? そこお前の席じゃないだろ」

「遼太郎か。いや、べつに何でもない」

 後ろから声をかけられて、慶太はそちらへ振り返った。

 遼太郎は今やってきたばかりのようで、ちょうど杏奈の真横にある自分の席へと座った。

 慶太も遼太郎の右斜め後ろの席へ鞄を下ろし、一限は何だったろうかと思いながら鞄の中をごそごそと探った。

「今日の一限は英語だっけ?」

「おお。そういや辞書持ってきた? 紙の辞書じゃないと駄目だとか本当わけわかんねーよな。何のために電子辞書があると思ってんだっつーの」

「ああ確かに。そういや……」

「遼太郎、いるでしょ!」

 ばーん、と音がしそうな程に勢いよく、教室の前方の戸が開いた。

 まだちらほらとしかいない生徒が皆、その音に驚いて一体誰だと視線を向けた。

「莉子?」

 遼太郎は驚きながらも、栗原莉子が自分に会いに来たことで声を弾ませる。その視線の先では莉子が、いきなりクラスに登場したことに対して、驚かせてごめんねーと愛想よく微笑んでいた。

 それから遼太郎の姿を認めると、迷いなくそこに向かってきた。

 莉子と遼太郎が幼馴染であるのは周知のことである。だからすぐに周囲は関心を失い、それぞれが中断したことに戻っていった。

 慶太だけが莉子と遼太郎のことを高みの見物で見守る。と、莉子が遼太郎の席の前にしゃがみ、机上に両腕をのせた。

「あのね、遼太郎」

 普段は絶対に遼太郎に向けようとは思わない、外行きの笑顔を取り繕って莉子は呼び掛けた。

 向けられた遼太郎は一瞬莉子から目を逸らし、一呼吸をおいて視線を戻す。

 莉子が何か企んでいることはわかるものの、それでも嬉しいと思ってしまう自分が情けない。莉子がこんなふうに笑っているのを見るのは久しぶりなのだから、と自分で自分を慰めた。

 慶太は傍観を決め込んでいた。が、わざとらしく首をかしげての上目遣いを見て、聞こえないようにあざとい、と呟いた。

「辞書貸してほしいんだけど、英語の」

「これ?」

 遼太郎は机の上に出したばかりの辞書を片手で持ちあげて聞いた。それに莉子は嬉しそうにうなずく。

「一限目なの。貸して?」

 言外に貸しなさいよ、といういつもの莉子の声が聞こえる。それでも遼太郎は莉子の口からお願いされたことの感動に浸っていた。

 しかしはっと気付いて現実に引き戻される。

「俺も一限英語なんだけど」

「うん、知ってる」

 それが何か、とでも言うように莉子は表情を崩さない。

「辞書忘れたらペナルティあるんだよな、確か」

「そうだね」

 負けられない戦いがある、と遼太郎は思った。どれだけ莉子が可愛くお願い、なんて言ってきても、感謝されるチャンスだとしても、目先の欲に飛びつけば酷い目に遭うのは自分だ。

 しかし莉子は遼太郎の心を見透かすように、もう一度お願いの言葉を口にした。

「貸して?」

 その声に遼太郎の心がぐらりと揺さぶられた。気のせいか、莉子の目が潤んでいるように見えた。

 目の前で繰り広げられる莉子と遼太郎の攻防を見ながら、まあ、栗原さんも俺と同じくらいは性格ねじれてるからなあ、と慶太は思った。

 あと十秒、と呟き、心の中でカウントを始める。

 クリスマスに何があったか、大まかに遼太郎から聞いていた、というか聞かされた。自覚した栗原さんに勝とうなんて、遼太郎も無謀なことをする。

 カウントを五まで数えたときに、慶太の目の前で遼太郎はがっくり肩を落とした。

「いいよ! 持ってけよ!」

「ありがとう、さすが遼太郎、頼りになるー」

 そう言うと莉子はさっと遼太郎の手から辞書を奪い取った。

 机についた手を支えにして立ちあがると、わざとらしく辞書を胸に抱える。

 泣き笑いのように顔を歪ませている遼太郎を見て、莉子は勝ち誇って顎を反らした。

 そのまま莉子は立ち去ろうと一歩を踏み出し、何かを思いついたようにくるりともう一度遼太郎を見た。

 遼太郎が何、と口を開く前に、素早く耳元に屈んで莉子は囁く。

「そういう優しいとこ、結構好きだよ?」

 それから何事もなかったように辞書を抱え直すと、莉子は教室を出て行った。

 後に残された遼太郎は、意味もなくあーと呻くと、頭を抱えて机に伏せた。

「おいそこの阿呆」

「なんだよほっとけよ」

 慶太は呆れて遼太郎の背中を見つめる。

「悶えてるとこ邪魔して悪いけど、あと五分で授業始まる」

「うわ、俺どうしよ!」

 がたっ、と椅子をずらして遼太郎は立ち上がった。

 英語のペナルティは厳しいことで生徒の間では有名だ。うっかり莉子に辞書を貸してしまったものの、まだ助かる道はないかと遼太郎は慶太に目で訴えた。

 対して慶太は、まだ耳赤いって教えた方がいいんだろうか、と考えながら、あまりに哀れな遼太郎に救いの手を差し伸べてやる。

「図書室で借りれるんじゃない?」

「その手があったかぁ!」

 行ってくる、と去り際に言って遼太郎は廊下に飛び出した。

 入れ違いになって、ぐったりした杏奈が友人に連れられて入ってくる。

 杏奈の友人である女子はちらちらと慶太に何か言いた気な視線を向けてくるが、それには気付かない振りをする。

 杏奈が着席するのを眺めながら、慶太は後で何の話したのか聞いてみよう、とほくそ笑むのだった。


日向が誰推しなのかがバレバレですね。

どのキャラも好きなんだけどなー

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