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Episode3:転がす

『帰りが遅くなりそうです。もしかしたら莉子が寝る頃家につくかも。助けて!!』


 お姉ちゃんからそんなメールが来たのは八時を回った頃。

 いつもだったらとっくに家に帰っているはずなのに、何の連絡もないからどうしたのかと心配してたんだけど、なんだそれ。あたしのケーキは?

 こんな時間にメール貰っても、もうどこのお店も閉まってるじゃん。クリスマスなのに、あたしにコンビニのケーキ食えってわけ? それともケーキのないクリスマスを過ごせってこと?

 はああーと声に出して呟いて、空しくダイニングテーブルに倒れ込んだ。

 お姉ちゃんが働いてるケーキ屋のケーキはあたしとお姉ちゃんの大好物。クリスマスは店員の特権で全種持って帰れる、だから今日の夜は二人でケーキ食べ放題だ、なんて二人で浮かれてたのは昨日の夜のこと。

 なのに、あの姉、帰ってこないってどういうこと! 助けてほしいのはこっちだっつーの。

 はああーとまた大きく溜息。

 駅前の方に行けば、まだやってるケーキ屋さんはあるかも。でもどうせ今の時間、駅前はカップルだらけなんだろう。そんなとこ行きたくない。

 行きたくないっていうのは、あたしが彼氏いないからとか、周りが羨ましいとかそういう理由じゃない。勘違いしないでね。

 ただあんなふうにどこでも二人の世界作っちゃって、それが鬱陶しくて仕方ない。近づきたくない。それだけ。

「そーいえば!」

 駅前というキーワードで思い出したことがある。確か遼太郎が、今日は駅前の食べ放題の店で高校のクラスメイトと集まるって言っていた。

 遼太郎というのはあたしの腐れ縁の幼馴染だ。

 小学校から高校まで全部一緒で、今もクラスこそ違うけれどなぜか事あるごとに遼太郎はあたしに構ってくる。正直鬱陶しい。

 でも今日ばっかりは遼太郎に感謝しなくちゃね。

 遼太郎はどんな理由があるのか知らないけれど、あたしのお願いしたことはたいてい何でも聞いてくれる。だからあたしはこれまでも遼太郎を便利に使ってきた。いやー持つべきは幼馴染だわ。

『今駅前だよね? お店が閉まる前にケーキ買って、あたしの家まで持ってくること。至急。すぐに。今すぐに。四個は食べる』

 自分でも一方的だと思う文面でさっそく遼太郎にメールを送る。電話しなかっただけ、あたしにしては気を遣った方だ。

 盛り上がっていてメールに気付かないかも、と頭の片隅で心配したけれど、それは杞憂に終わることになる。

 すぐに遼太郎から返信があった。

『任せろ!』

 最後についているハートマークは余計だけど、ともかくこれでケーキは食べられるみたい。

 何が食べたいかとケーキの種類を聞いてくると思ったんだけど、返信にはその一言以外に何もない。きっと店に着く頃には気付くだろう。

 あたしは早々と紅茶の準備に取りかかった。

 ケーキにはやっぱり紅茶でしょ。せっかくだからお姉ちゃんが隠し持ってる高級な茶葉を頂こう。

 あたしとの約束を破ったんだからこれくらいいいでしょ。

 お湯を沸かして紅茶をじっくりと蒸らす。遼太郎からの連絡を待ちながら、あたしは先に一杯目を楽しんでいた。

 と、がちゃりと玄関の開く音がした。

 遼太郎が来るにはまだ早すぎる。ということは、お姉ちゃん?

 それにしては全然中に入ってこないけど。

 あたしは紅茶を飲み干して、リビングのドアから廊下へと出た。

「莉子、お待たせ!」

 そこにいたのはお姉ちゃんではなく遼太郎だった。息を切らしてケーキの箱を掲げている。

「随分早かったね。駅前からだから結構かかると思ってた」

「まあな! 走ってきたからさ!」

 あの距離を? バカだこいつ。

 思ったけれど口には出さず、あたしはありがとうと言ってにっこり笑うと遼太郎に片手を差し出した。

 何を勘違いしたのか遼太郎は自分の手をあたしの手に重ねる。

「違う。ケーキ!」

「あ、ああ」

 どこか残念そうに遼太郎は手を引っ込めると、反対の手に持っていた箱をあたしにくれた。

「ありがとう。お金は今度渡すから。それじゃ!」

 ケーキケーキ! やっとあたしのクリスマスが始まる!

 歌い出したい気分であたしはリビングの方へ踵を返した。

「ちょっと待ったあ!」

 遼太郎の叫びにしぶしぶ振り返る。無視してやろうかとも思ったけれど、さすがに買ってきてもらった恩があるのでやめておく。

「何?」

 自分でもちょっとびっくりするくらい低くて不機嫌な声が出た。遼太郎も明らかに怯んだのが見ていてわかった。

「俺の分もあるから」

「何が?」

「その箱の中に。俺のケーキも入ってんの!」

「えー何でよ。あんた甘いもの嫌いでしょ」

 あたしは大の甘党で、昔からお菓子をよく食べていた。

 遼太郎はそんなあたしを見ると決まって、よくそんなもん食べれるな、太るぞ、なんてからかってきたものだ。ちなみにあたしにそんな口を利いた遼太郎はその後あたしに泣かされることになる。小学校までの話だけど。

「別に嫌いじゃねーよ。それにクリスマスだしたまにはケーキもいいかと思ったんだよ」

「ふーん?」

 なんだか言い訳みたく聞こえるのはあたしの気のせいだろうか。まあどうでもいいんだけど。

「じゃあちょっと待ってて。あたしの分だけお皿に移すから」

 めんどくさいと思いつつつも、あたしは今度こそリビングに向かった。けどまた遼太郎があたしを呼び止める。

「違うだろ! そこは一緒に食べる? ってなるところだろ!」

 遼太郎は必死になって言っていた。あたしはそれに眉をひそめる。

「何、あんたあたしと一緒にケーキ食べたくて自分の分も買ってきたの?」

 一体何が楽しくて幼馴染と顔を付き合わせてケーキを食べなくちゃいけないのか。

 あたしはさっぱり遼太郎の考えていることがわからなかった。

 遼太郎は少し黙ったあと、うつむきがちに頷いた。

「……おう」 

「ふーん? じゃああんたが一緒に食べたいって言ったらいいんじゃないの?」

 どこか拍子抜けしたように、ぱっと遼太郎が顔を上げる。え、いいの? とその顔に書いてある。

「一緒に食べたいです」

 うわーそんなに期待丸出しの顔されると思わなかった。

「却下。めんどくさい」

 最初から遼太郎とケーキを食べるなんて選択肢のなかったあたしはざっくりと言い放つ。

 萎れるかと思ったけれど、遼太郎は寂しそうに笑っただけだった。翻訳するなら、やっぱりね、という感じかな。

 わかってたならのらなきゃいいのに。

 けど遼太郎はあたしにこう言った。

「一緒に食べてくれたらケーキ二個分は驕ってやる」

「まあ中に入れば?」

 そこまで言うならケーキくらい一緒に食べてもいいや。というか喜んで一緒に食べる。

 ともかく、やっとあたしはリビングに戻ることができた。

 遼太郎はリビングに入ると、勝手知ったるという感じでお皿とフォークを出してくれた。

 あたしは二人分のティーカップを持って席に座る。遼太郎はあたしの真向かいに陣取った。

 待ちに待ったクリスマスケーキ。あたしは遼太郎がどうぞと言うよりも先に箱に手を伸ばした。

 箱を開けると何種類ものケーキが並んでいる。全部で五個。あたしの好きなケーキが四つと、小さめのプリンが入っていた。多分このプリンが遼太郎の分なんだろう。

 プリンって、やっぱり甘いもの嫌なんじゃん。

 あたしは箱から顔を上げると、呆れて遼太郎を見た。

「遼太郎、クラスでクリスマスパーティーだったんだよね? 何か嫌なことでもあったの?」

「は?」

「だってプリンって。もしかしてあたしに何か聞いてほしいから一緒に食べようって言ったんじゃないの?」

 あたしがそう言うと、遼太郎はあたしを憐れみの目で見つめた。

 何こいつ。失礼な目で見んじゃないわよ。

「莉子ってさ、鈍いよな。いや、知ってたんだけど」

「鈍い?」

「いや、いい。俺はどんな莉子でも……」

「よくわかんないけど、バカにしてんだったら出てってくれない?」

「え、ごめん! ま、まあそんなことより食べようぜ。俺取ってやるよ、どれからがいい?」

 あたしはまだ納得いかなくてじっと遼太郎を見ていたけれど、なんだか馬鹿馬鹿しくなってすぐにやめた。

 とにかくケーキを食べるのよ、あたしは!

 再び箱の中を眺める。さっきも思ったんだけど、全部あたしの好きな種類でどれから食べようか迷ってしまう。

 ていうか、遼太郎よくあたしの好きなのがわかったな。この辺が長い付き合いのおかげなんだろうか。

 てっきり店に着いてから、あたしに何がいいかを聞いてくるんだと思ってた。

「やっぱショートケーキからか?」

「あ、うん」

 遼太郎に聞かれて頷く。本当によく知ってる。

 不思議に思いながら遼太郎がケーキを皿に移すのを待つ。

「何?」

 あたしが見ているのに気付いて、遼太郎がぶっきらぼうに言った。

 少し顔が赤くなっている気がするけど何でだろう。部屋はそんなに暑くないのに。

「なんであたしの好きなやつがわかったのかなーと思って」

「……長い付き合いだからだろ」

「でもあたし何が好きとか言ったことあったっけ」

「あるんじゃないの。莉子の好みは大体わかるよ、俺」

 そんなもんだろうか。あたしは遼太郎の好きなものってイマイチよくわからないけど。

 でも遼太郎の言うことが本当なら、これからもおつかい頼めるってこと? やっぱり便利だなー。

「莉子」

「何よ」

「違うだろ! そこは便利だなーとか思うところじゃないだろ!」

「え、何であたしの思ったことわかったの」

「やっぱり思ってたのか……俺、かわいそう……」

「今日の遼太郎いつもの三倍くらい変」

 遼太郎は少し落ち込んでいるみたいだった。今の話のどこでそうなった。便利、って褒め言葉じゃん。

 あたしのお皿にショートケーキをのせると、遼太郎は箱からプリンを出してちびちび食べ始めた。

「甘……」

「やっぱり甘いの嫌いなんじゃん。ねえ、話があるんならさっさとしてよ」

 さっきうやむやにされた話題をもう一度振ってみる。本気で遼太郎を心配してるわけじゃないけど、幼馴染なんだし話ぐらい聞いてやってもいいかとは思っている。

 けど遼太郎は嫌そうに、というか情けなさそうに溜息をついただけ。

「ねえじゃあ何の用があって一緒に食べようとか言ったわけ?」

「用がないとダメなわけ?」

 遼太郎はなぜかイライラとしてそう言った。

 あたしが聞いてるのに!

 遼太郎はプリンを食べていたスプーンをびしっと突きつけてくる。

「莉子と一緒にいたいからだとか考えないわけ?」

「何であたしと一緒にいたいのよ?」

「あーもう!」

 遼太郎は乱暴にスプーンを机に置いた。お皿とぶつかって甲高い音がなる。不本意ながらあたしはその音にびくりと肩を縮めてしまった。

 急に大きい声出さないでよ!

 遼太郎を睨み付けると、遼太郎もあたしを睨み返してきた。……顔、真っ赤になってるんだけど。

 遼太郎は一度唇を噛むと、一息で言葉を吐き出した。

「好きなんだよ!」

 思わずきょとん、としてしまう。

「あたし?」

「莉子が好きだから、だから一緒にいたいし、いきなりケーキ買ってこいなんて言われても買いに行くし、駅からここまで走ってくるし!」

 え……嘘。遼太郎があたしを好きなんて。

 とはあたしは思わず。

 遼太郎の告白を聞いてあたしの心に浮かんだのは、ふーんそうなんだーというただそれだけ。

 びっくりしたし、遼太郎が本気らしいことも理解したけれど、いっそ面白いくらいどきどきしない。

「遼太郎、あたしのこと好きだったんだ」

「別に期待してなかったけどさ、もう少し反応してくれない?」

「いや、だって遼太郎のことそんなふうに思ったことなかったし」

「一応聞いとく。じゃあ俺を何だと思ってたわけ」

「幼馴染、兼あたしの言うこと聞いてくれる便利な人」

「せめて優しい人とかにはなりませんか」

 遼太郎は目の前でがっくり肩を落とした。

 どうしよう、ごめんなさいとか言った方がいいのかな。

 あたしが口を開こうとするよりも遼太郎が復活するのが早かった。

「莉子、ごめんなさいとか言うなよ! 今まではもういいから、これからは俺を男として見てくんない?」

「あのさ、遼太郎知ってると思うけど、あたし恋愛とか興味ない」

 あたしは恋愛と言われてもよくわからない。友達としゃべったり、大好きな甘いものを食べたりしている方が楽しいと思う。

 仮にも女子高生として自分でもどうかとは思うけれど、でも恋愛って無理してしてもしょうがないだろうし、興味ないもんは興味ないんだって。いつか自然に誰かを好きだと思ったときに考えたらいいかなーと思っている。

「知ってるけど、でも俺は莉子が好きだし莉子と付き合いたい」

 あたしに好きだと言って吹っ切れたのか、遼太郎はいつになく強気だ。

 らしくなくあたしは遼太郎にたじろいでしまう。でもこのまま押し切られて、はい付き合いましょう、なんてなるのはごめんだ。

「あたしがこんなこと言うのも変だけど、何であたしなの? 顔はお姉ちゃん似だしそこそこ美人だと思うけど、中身はこんなんだよ?」

「自分で美人だと思ってんだ」

「そこはどうでもいい」

「まあ初恋が莉子でずっと好きっていうのもあるんだけど。一番は、今みたいなところかな」

「どこよ」

 好奇心もあってあたしは真剣に遼太郎の話を聞いていた。

 遼太郎は愛しそうにあたしを見つめている。好きとか言われてなかったら、この視線も生温かくて気持ち悪いとしか思わなかった気がする。

 しょうがないけど認めよう、あたしは相当鈍いみたいだ。

「莉子ってさ、めちゃくちゃ外面いいじゃん? 高校でもいつもニコニコしてるし、誰にでも優しいし」

「その方がいろいろ上手くやってけるからね」

「でも本当は口悪いし人使い荒いし、めんどくさがりだし鈍感だし……」

「遼太郎、口塞がれたいの?」

「ごめん! 言い過ぎた! とにかくそういう素の莉子を俺だけが知ってる、俺には見せてくれると思ったらさー」

 何で自分のことを惚気られないといけないんだろう。あたしは容赦なく遼太郎の妄想を打ち砕いておいた。

「悪いけど、それあんたに愛想よくしてもあたしに何の得もないからだから」

「うん。わかってたけど実際言われるとダメージくらうわ」

 遼太郎はあははと力なく笑った。

 あーなんかもうめんどくさい。

 あたしはショートケーキを口に運んだ。遼太郎の話を聞いていたせいで、まだ一口も手をつけていなかったのだ。

 あー美味しい!

「でも莉子考えてみろよ」

 ん? とあたしは口を一杯にしたまま首を傾げる。

「莉子の本性を知ってる俺だったら、彼氏にしても楽だと思わない?」

「どういうこと」

 自分を売り込み始めた遼太郎。ていうかまだその話続けるの?

 あたしはしつこい訪問販売にあっている気分になる。せっかく美味しいケーキ食べてるのに。

「俺以外のやつが知ってる莉子は、愛想がいい莉子だからさ、付き合ってもそういう風に振る舞わなくちゃいけなくなる。それって莉子疲れるだろ? 俺だったら今のまんまでいい」

「そうともかぎらないでしょ。ていうかあたしは誰とも付き合う気ないの!」

「でも莉子」

「あーもうしつこい!」

 今度はあたしが遼太郎をフォークでびしっと指した。

 とりあえずあたしのケーキタイムを邪魔しないで!

「わかったから。あんたのこと少しは男として見てあげる! それであたしの反応伺ってれば?」

「まじで?」

「はいはいまじまじ」

「絶対俺のこと好きにさせてやるよ」

「はいはい頑張ってね」

 黙らせるために言ったんだけど、遼太郎はすっかりご機嫌になっている。

 それを見てあたしは、あ、ちょっと面白いかも、と思ってしまった。

 咄嗟に言った言葉だったけど、これからあたしの言動に遼太郎が振り回されるかと思うとわくわくしてしまう。

 あ、でも遼太郎にとってはあたしの自覚があるかないかの違いで、それほど前と変わらない境遇なのか。こんなに面白いんだったら、もっと早く告白してくれたらよかったのに。

「莉子、にやにやしてんぞ。どうせ俺を振り回そうとか思ってるんだろ?」

「わかっちゃう?」

「やっぱり。まあ振り回されてやるんだけどな!」

 いつか泣いて俺のことが好きだって言わせてやる、と遼太郎はぶつぶつ言っている。

 せいぜい頑張れば?

 あたしが遼太郎をどう思うようになるのかはあたしにだってわからない。もしかすると好きになることもあるんだろう。今はこれぽっちもそんな予感はしないけど。

 でも今大事なのはそんなことじゃなくて。

 あたしは最後の一口を頬張ると、笑顔で次のケーキを遼太郎に要求した。


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