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愛することはない?では実家に帰ります、よしなに

掲載日:2026/10/24

10/27ランクイン致しました。多くの方々に読んで頂けて感謝感激です。

誤字報告もいつもお世話になっております。ありがとうございました。

1 位[日間]総合 - すべて

1 位[日間]総合 - 短編

1 位[日間]異世界〔恋愛〕 - すべて

1 位[日間]異世界〔恋愛〕 - 短編

アデライード・ド・ヴァレンティアは、一年の婚約期間を経て、今日王都の大聖堂で豪華な結婚式を挙げ、ブラックウッド公爵家の邸での披露宴を早目に抜けて、侍女に身体中を磨かれ、ダマスクローズの香油を塗られて、扇情的な薄桃色のピラピラな夜着を着せられて、夫婦の寝室へと案内されたところだった。


自身が身に纏う布地の少なさに、ソファーに座って夫となったブラックウッド次期公爵であるエドガーを待つのも恥ずかしく、暫し思案した後、大きな夫婦の寝台にちょこんと腰かけて、ドアから夫が入ってくるのを待っていた。


あまりに長い時間が過ぎたので、もしかしたら招待客からお酒を飲まされ過ぎて寝てしまったのかもしれないわねぇ、なんてぼんやり考えている所に、ドタドタと慌ただしい足音がして、ノックもなくドアが開いた。


エドガーは薄茶色の髪に翠の瞳が美しい男ではあったけれども、目の前にいる彼は不機嫌さを隠そうともせずに眉間に深いシワを寄せ、親の仇のようなイライラした様子をみせていて、とても新妻を思いやる夫の風情ではない。


そして深く息を吸うと、

「お前を愛することはない!私には真実の愛が、最愛が居る。結婚したからと言って私の愛を求めるような真似をするな!お前は次期公爵夫人としての執務だけしていろ!わかったか」

そう戦場での敵大将への名乗り上げのように絶叫し、肩を怒らせてアデライードの返事も聞かずに部屋から出ていった。


アデライードは、今しがた叫ばれた言葉を反芻して、

「まあまあ、あの方って、ああいう人だったのねぇ。婚約期間は上手に貴族令息らしく振る舞っていらしたのにねぇ」

と独り言ちた後、じゃあ、まあ私室へと戻りましょうかとのんびり立ち上がって、隣の部屋へと入っていった。


そして、しばらくライティングデスクで書き物をして、朝からの疲れもあったのでベッドに横になるとすぐに眠りに落ちたのだった。


瞼に光を感じて目覚めれば、昨晩は厚いカーテンが引かれていなくて燦々と部屋に朝日が入っていた。

アデライードは枕元の呼び鈴をチリンチリンと鳴らした、が、昨日はせっせと世話を焼いてくれた専属侍女のジュリアはいっこうに現れない。


再度、呼び鈴を鳴らすもジュリアはやはり現れず、それどころかメイド一人もやって来なかった。

アデライードはベッドからのっそりと起き上がれば、昨晩薄暗い中で見た、ピッラピラスッケスケな夜着から自分の胸の頂上や臍まで透けて見えるので、このままじゃあ困ったわねぇと小首を傾げて考え込んだ。


そして、寝具からシーツを何枚も引っぺ剥がして、古代の賢者よろしく身体にぐるぐると巻き付けて当座を凌いだ、そう思ってベランダへと出た。


アデライードは嫁ぐ時に、ヴァレンティア侯爵家から侍女やメイド、護衛騎士を連れてくる予定であったけれど、婚約期間中にブラックウッド家から自身の専属侍女や護衛騎士を用意したと言われ、紹介されていたので、連れてこなかったのだが。


昨日の今日で世話を焼かない使用人ねぇ、と思いながら庭で草取りをしている庭師とその手元の小僧を見つけて手招きをした。


庭師は小僧に何か言うと、小僧はアデライードの部屋の前に生えている大きな木をスルスルと登り、枝からベランダの欄干へと跳び移った。


「おはよう、これをヴァレンティア侯爵家に届けておくれ」

アデライードがそう言って、昨夜認めた手紙を手渡すと、その小僧は小さく頷いて、また枝へ跳び移り木を降りてチラリと庭師を見てから、走り去ったのだった。


それから今度は部屋を出て大階段をシーツ巻き姿で優雅に降りて行けば、それを目にしたメイドや執事が驚きの声を上げてどこぞへと走って行った。


まあまあ、朝から走り回るなんて、公爵家の使用人とは思えないわねぇとアデライードがその様子を眺めていれば、奥から転がるように出てきた侍女長と家令が、

「これは、奥様。どうしたのですか!そんな姿で」

「なぜそんな姿で現れたのです!」

と目を見開いて大声で叫んだ、侍女長は走りながらキャーと言う奇声も上げていた。


「専属侍女のジュリアもメイドも呼び鈴を鳴らしても来ないのですもの。しょうがないじゃない?でも足首まで隠れているからハレンチではないわぁ」

そう言うので、まあまあまあまあと多くの瞬きをした侍女長に手を引かれて部屋へと連れていかれた。


「奥様、そのような姿で出歩かれるとは次期公爵夫人ともあろう方が、」

「あら、それ辞めるわよぉ」


侍女長が上から叱りつけようと声を上げたのに被せて、アデライードがのんびりした声で否定した。


「え!?」


「辞めるわぁ。ブラックウッド公爵令息が愛することはないと言って部屋を出て行ったのですもの、わたくしもこの家から出ていくわぁ」


「そんな!そんなこと出来る訳無いじゃありませんか!」


「なぁぁぜ?」


「結婚式も披露宴もして、婚姻届も王宮へと届けてございますから!」


「でも初夜は無かったわ。『お前を愛することは無い、私の愛を求めるような真似をするな』ってブラックウッド公爵令息が仰ってたもの、わたくしは実家に帰りますわぁ」


侍女長はその言葉に息を呑んで、まじまじと目の前で小首を傾げて微笑を湛えているアデライードを見た。


朝日に輝く黄金の髪、この国の王族と同じロイヤルブルーの瞳。

抜けるようなシミ一つ無い白い肌、黄金比に配置された目鼻口の美しい顔。

シーツを巻き付けた道化のような姿からもわかる耽美的なプロポーション。


この美しい若夫人の口から、モーニングの卵はオムレツよと言うような軽い口調、でも言葉は『実家に帰る』と言う重い内容で、言葉と表情が結び付かない。


「か、勝手なことを言わないで下さい。昨日婚礼をした花嫁が翌朝帰るなど醜聞ですよ」


「ええ、そうよぉ。でもそれをしたのはブラックウッド家でしょう?

わたくしが気にすることなど一つも無いわ。


あれかしら?夫に省みられ無い妻は無礼を働いても許されると言う思いがこちらにはあるのかしら?

フフフ、わたくしがヴァレンティア侯爵家の者であることは夫がどうであれ変わらないのにねぇ。


公爵家の使用人は面白いことを考えるのねぇ、侍女を連れてこないからと言って、ヴァレンティア家の娘がたった一人で婚家に来る訳が無いでしょうに」

非常識を責めるはずが、アデライードの世間話のような口から出てくる言葉に侍女長の身体がブルブルと震え出した。


「と、とりあえずお召し物をお着替え致しましょう」


侍女長はアデライードを直視できなくて、衣装室へと向かう後ろから、

「では、わたくしが持ち込んだ衣装から選んで頂戴な。公爵家が用意してらした衣装は一度も袖を通さずにしておきましょう。その方が後の処理がしやすいわぁ」

と声が飛んできて、侍女長はヒィと奇声を上げたのだった。



着替えと化粧を終えた頃、ドアがノックされて家令が朝食の準備が整ったとドアの向こうで告げてきた。


「じゃあ、時間もあるし頂くわ」


濃紺のデイドレスで美しく装ったアデライードが部屋から出てくると、先程とは打って変わって、ドアの前には家令と執事、護衛騎士が恭しく並び、騎士のエスコートで階段を降りれば、メイドたちがズラリと並んで頭を下げていた。


メイドの後ろに隠れるように専属侍女のジュリアが震えて頭を下げていたけれども、アデライードは目に入らないのか声もかけずに通り過ぎた。


公爵家の食堂で席に着いたアデライードの前にスープとパン、サラダが置かれた。

その時、アデライードは誰に言うとは無しに


「毒見は?ここでしてみせて」


小首を傾げてそう言ったので、壁際に並んでいたメイドも執事も目を丸くして、厨房から料理長が飛び出してきた。


「何か不手際が」

料理長がアデライードにそう問いかけると、

「いいえ、だって専属侍女が婚姻の翌日に呼び鈴を無視する家風でしょ。悪戯にスープに塩を多く入れたりカビたパンを出したりするのかしらと思ったのよぉ。どうしたの、ここで毒見をしてみせて」


穏やかな笑顔でそう言うアデライードに、料理長は失礼しますと小さく呟いて、家令から渡されたスプーンでスープの毒見をした。


「も、問題無いと思うのですが」

おどおどとそう答えると、にこりとアデライードが笑いかけて

「そう、じゃあ頂くわ。あら、コンソメ美味しいわね」

そうして朝食が始まったのだった。


食後の紅茶を家令がアデライードのカップに満たし、その爽やかな香りが鼻腔を擽った。



「若奥様、当家の至らなさをお詫び申し上げます。公爵ご夫妻にも一報を届けましたし、エドガー様にも直ぐにお戻り頂いて若奥様へと謝罪するようにきちんと致しますので、寛大な心でお許し下さいませんか」


家令が難しい顔をして頭を下げた。


「面白いことを言うのねぇ。パトロンの機嫌を取らずに無下にして、機嫌を損ねてから対処するのでしょう?不思議ねぇ。公爵ご夫妻もせめて息子によくよく理解をさせてから領地へ帰られたら良かったのに。


ブラックウッド公爵令息も、そんなに嫌なら婚約期間中に解消を言い出せば良かったし、最愛を娶りたくば貴族籍から抜けたら良かったのよ。


どうして、昨日ブラックウッド公爵籍に入ったばかりのわたくしが彼を導く重責を負い、寛大な心で無礼を許さねばならないのかしらぁ」

アデライードは紅茶に角砂糖を二つ入れて、くるくるとスプーンで溶かしながらそう答えてフフと笑った。


その言葉に家令は唇を噛み締めて、顔を上げることが出来なかった。


「まあ、百歩譲ってお飾りの妻にしたいのならば、ヴァレンティア家は些か上級過ぎたのでは無いかしら?

爵位が下だと思っているのかもしれないけれど、祖母は王妹ですし、父は国王陛下の従兄弟でしょう。母は西の辺境伯の娘で帝国との貿易を一手に担う明星商会の会頭よ。お飾りが過ぎるのではなくて?

せめて経済男爵、いやいや準男爵くらいのお宅であればもしかしたら、名家としての爵位も武器になったのでしょうけれどねぇ」


そう言って侍女長の顔を見て目を細めて笑いかけた。


「わ、私からは何とも」

侍女長は目を逸らして口ごもった。


「そうそう、家令のあなた。あなた達のお給料もカツカツでしょうけれど、わたくしの持参金は返してもらうから触って貰っては困るわよ。持参金の口座を、」

アデライードが持参金について話し始めた瞬間に、食堂の入口から執事が飛び込んできて、家令に話しかけた。


「ダグラス様、今エントランスにヴァレンティア女侯爵様が、弁護士先生とロドウェル銀行頭取をお連れになって、一緒にいらっしゃいました」


「えええ、もう!?弁護士は兎も角なぜ銀行家まで」

執事の言葉に家令は飛び上がって驚いて悲鳴のような声を上げた。


「それは当然でしょう。婚姻と言う次世代まで続く契約を反古にした家に融資するほど銀行家は甘く有りませんもの。お姉様ったらお仕事がお早くて。もうわたくしの口座は閉じられたようね。昨日あなたに預けた金子、わたくし金貨一枚使って無いのですもの預けたままあるのよね?


じゃあ侍女長、メイドに荷物を纏めさせておいてね、ではよしなに」


アデライードの言葉に身を震わせながら、侍女長が青い顔をして震える声でハイと答えた。



エントランスにアデライードが顔を見せると、真っ赤なドレスに大きなつばのある羽帽子を被った女侯爵であるイザベラが駆け寄ってきて、


「あらアデラ、泣き濡れて目が腫れて…無いわね。まあ泣くことも無いわよね、ブラックウッド家の婚前契約義務違反による婚姻無効だわ。あなたの戸籍が汚れることも無いものね、先生それで間違いないわね?」


と力強く話し出した。


隣にいた眼鏡をかけた四十代ほどの紳士が、眼鏡をクイッと持ち上げて

「はい。夫婦としての関係を深める間もなく婚姻を悪意の遺棄によって拒否している状況ですので、言い逃れなど出来ませんよ!婚前契約に従ってすぐ無効の手続きに入ります」

とはっきりした口調で答えた。


弁護士の隣の小太りの中年男性が

「お嬢様、口座は閉じて参りましたので持参金はほとんど確保しております。手持ちの金子と嫁入り道具などはこの後残って私とヴァレンティア家の執事で確認してお持ちしますので、このまま一先ずお帰り下さっても大丈夫でございますよ」

と食えない笑顔を貼り付けて話しかけてきた。


「まあ、ご丁寧に。ロドウェル頭取の迅速なご対応に感謝致しますわ。ではよしなに、ごきげんよう」

アデライードはにこやかな笑みを返して、振り向きもせず姉のイザベラと共にヴァレンティア家の豪奢な馬車に乗って帰って行った。



それから、家令にブラックウッド家に貸してある融資を即回収するとロドウェルが宣言し、アデライードの持参金の金子やら嫁入り道具を除いた資産にペタペタと赤札を張り始め、弁護士は婚姻無効の控えをエドガーの執務机に置いた後、王宮へと手続きに向かった。


公爵夫妻が帰ってきて、赤札だらけの惨状に悲鳴をあげた時、髪を乱してエドガーが帰ってきたけれど、もうどうにもならない状況となっていた。


結局、建国時に王弟が臣籍降下して出来た由緒正しいブラックウッド公爵家は、王都のすぐそばの猫の額ほどの元王領地であった領地をアデライードの慰謝料としてヴァレンティア侯爵家に渡して、爵位を返納したのだった。


元公爵夫妻はどこかでひっそり余生を過ごすと言って国を出て行った。


自分の家の方が爵位が高いからヴァレンティア侯爵家は言うことを聞くはずだ、と思い込んで横柄な態度を取ったエドガーは、ヴァレンティア侯爵家は侯爵家とは言え、現国王と血も近く、裕福で、武力も持っている名家であることを、銀行家のロドウェルから嘲笑されながら教えられて、悔し涙を流していると、早く出ていけと尻を蹴られて、邸から追い出された。


それでも、これで最愛と一緒になれると思い直して、彼女に与えていた家に行けば、そこは蛻の殻で、

「あの女は花屋では無く花売り。売るのは花だけじゃない、身も売るのです、あなたに売ったみたいにね。金の無いあなたに売る物は無いと早々に撤退したのは商売人としては優秀な女でしたな」

追いかけてきたロドウェルからそう言われて、唖然としている側から、その家にも赤札を貼られて取り上げられてしまった。


結局、エドガーはその身を最愛と同じく花売りに落としたとか、その元請けはロドウェルだったとか、そう言う噂をアデライードは姉から聞かされたのだった。


ヴァレンティア女侯爵のイザベラは、ブラックウッド公爵領を王家に寄進した。

元は王領地であったのだから、王家が持つべきだと言って。

その献身に王家が応えて、一つ空いた公爵位を賜ったのだった。


一年をエドガーの婚約者として、一日を妻として過ごしてきたアデライードだったが、今度は王家の第二王子と婚約を結んで、一年後にまた盛大な式を挙げ、今度は無事に初夜も過ごして名実ともに王子妃となった。


「まあまあ、ありがとう存じます。では、よしなに」

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