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源氏の君を求めて2

作者: WAIai
掲載日:2026/09/20

「ーほら」

珠は紫式部の娘賢子と鞠で遊んでいた。

鞠は高く上がり、青空に映える。

庭は優しい光で満ちており、母親の紫式部も回廊で見つめている。

その顔は穏やかなもので、二人とも安心して遊んでいた。

「珠、えい!!」

「あ、やりましたね。ほら」

「きゃ!! あはは。楽しい」

十の賢子は元気いっぱいで、鞠を投げてくる。

珠は取り損ねて、鞠を追っていくと、目の前に沓が見えた。

え、と驚いていると、庭の隅に隠れていたらしく、直衣姿の男性が従者を伴い、立っていた。

その姿は凛々しく、着ている直衣も見事なもので、珠の勘が働く。

ーもしかして、偉い御方なのでは…?

その場に座り込もうとすると、男性が手を振り、止めさせる。

「珠、賢子、下がりなさい」

「はい。失礼いたします」

珠は賢子を抱えると、回廊を上がり、御簾の中に隠れる。

ー今の御方…。紫式部様も気づいたらしいですわ。

胸はどきどきしていた。

あまりにも整った顔立ちで、普段、男性と付き合いがない珠でも、緊張する御方だった。

御簾の中から覗けば、紫式部が回廊に手をつき、男性に頭を下げている。

ー道長様ではなくて、その、あの…。

珠は興味津々で御簾の中から外を覗く。

賢子が袖を引っ張ってきたので、鞠を手渡すと、奥へ一旦、引っ込む。

「ここで静かにしていられますか?」

「うん。大丈夫」

「すぐ戻りますから、お願いいたします」

珠は元の場所へ急いで戻ると、紫式部が男性に向き合っていた。

男性は太陽の光を全身に受け、まばゆい姿だった。

珠は顔を赤くし、胸を押さえる。

恋とはこういうものかと、自分なりに解釈していると、紫式部が声をかける。

「まさかいらっしゃるとは、思いませんでしたわ…。全く、私の非礼をお許しくださいませ」

「そんなにかしこばらなくていい。気楽にせよ」

紫式部は丁寧に言葉を選んでいる姿から、相手の男性がとても高貴な身分だと受け取る。

ー私の予想だと…。まあ、どうしましょう!!

珠はどきどきしながら、両手を頬に当てる。

道長でないとしたら、紫式部が緊張するのは一人しかいない。

珠は息を殺すと、御簾の中から二人の姿を覗き込む。

確証はないが、紫式部の様子から、あり得ないと叫びそうになった。

ーお、落ち着くのよ、私。今、邪魔したら、紫式部様の品が落ちてしまう。

珠はぐっと唇を噛むと、なるべく気配を消すように心がける。

「今日はどういった御用件で…?」

「ああ。物語の書き手に会いたいものだったから。まずかったかな?」

「そ、そんなことはございませんが…。私こそ名誉なことでございます」

「そうか。良かった、会いに来て。あなたは聡明な御方だ」

男性は微笑むと、珠は「きゃあ」と口の中で叫ぶ。

何と表現していいものか、天が与えた美とでもいうか、彼の香りが漂ってきそうな勢いだった。

自然も応援するように、風が吹いていく。

紫式部は畏まったまま、言葉を続ける。

「物語でしたら、できましたら、お届けにあがりましたのに。本当に申し訳ございません」

「いやいい。私がたまには外に出たかったのでな。それと、ーおい」

男性の従者が動き、紫式部の前に小さな壺が置かれる。

珠も何だろうと思っていると、男性が柔らかく言ってくる。

「ー蜂蜜だ。身体にいいので持ってきた」

「そ、そんな…。高価なものをいただくなんて…!!」

「いや、お前には頑張って欲しくてな。彰子も物語を楽しみにしているし。私もどうなるのか、先が気になって、気になって、眠れないほどだ」

ほほと笑い、男性は落ち着かせようと、空気の流れを変えようと試みたようだった。

紫式部は頭を下げたまま、言葉を発する。

「も、もったいない御言葉…!! 紫式部、心にしみいります」

「そうか。良かったら、子ども達にも食べさせてやりなさい」

「ありがたく存じます!! 私の子どものことまで考えてくださるなんて、何と度量の大きな御方なのでしょう」

紫式部は涙を零したのか、袖を目に当てる。

自分の書いたものが評価されれば、嬉しいに決まっている。

しかも上流階級の貴族、それも賢者に続きが読みたいと催促されれば、やる気もわいてくる。

ー素晴らしいですわ、紫式部様!!

珠も涙を零すと、ぐずり鼻を啜る。

主人の喜びは珠の喜びで、また主人の悲しみは珠の悲しみだった。

ー良かった…。あの御方ならこの世も…。

政のことはよく分からないが、男性と道長がいれば、この世の中は安泰だと珠は手を合わせる。

神に近い存在、滅多に会える身分ではなかった。

「いま、書いてあるものはあるか?」

「それは…。少しのみですが」

「それでいい。持っていってもいいか?」

「その、途中ですので、お見せするのは…」

「いいから、見せてみろ」

「はい」

紫式部が動いたので、珠は卓の上にある紙を素早く手に取ると、御簾越しに紫式部に渡す。

紫式部が動こうとすると、男性の従者が動き、丸められた紙を男性に渡すのだった。

「どれどれ」

男性は紙を広げると、さあっと目を通していく。

紫式部はまた頭を下げ、感想を待つ。

珠も手に汗が浮かび、

ーどうか気に入りますように!!

心の中で応援すると、男性は顔を上げ、微笑む。

「面白い!! 面白い物語だ。よく書けている」

「ありがとうございます。もったいない御言葉」

「うむ。続きが気になるから、早く書きなさい。彰子には私が口頭で伝えておくから」

「え、彰子様に…? あ、あの物語が終わってからのほうが」

「意地悪する。ーこれを紫式部に返せ」

男性は従者に命ずると、扇を広げ、上機嫌に笑う。

その声は鳥達と同調し、癒やしの時となる。

「それでは、また」

「はい…。何も御用意できませんで、申し訳ございません」

「そんなことはない。ー行くぞ」

男性は従者を連れて去っていく。

紫式部は気配が消えるまで、じっとしていると、急によろけた。

「紫式部様!!」

珠が御簾を上げ、身体を支えると、紫式部は微笑んでくる。

「ありがとう、珠」

「大丈夫ですか? 横になられては…?」

「少し気が張って疲れたものだから。気にしなくて大丈夫よ」

「本当に大丈夫ですか? だって今の御方ー」

「しー。口は災いの門」

紫式部は人差し指を口に当てると、珠に口外するなと命ずる。

珠はしっかりうなずくと、紫式部の身体を起こし、背中を撫でる。

それから壺に注目する。

「紫式部様、せっかくいただいたのですから、少し召し上がりますか…?」

「そうね。賢子!! 賢子!!」

紫式部が呼ぶと、賢子は鞠を持って静かにやって来た。

珠が鞠を受け取ると、賢子は紫式部に抱かれ、

「甘いものをいただきますか?」

「甘い物…? 何でしょうか?」

「少しだけですわよ」

壺が開かれ、紫式部は指を少しだけ触れさせると、賢子の口に運ぶ。

すると賢子はびっくりしたように、驚いた声を出す。

「あまーい!! 美味しい!!」

「美味しい? 良かった。珠は…?」

「わ、私はもらったら失礼なような気がいたします」

「でもせっかくですので、ほら」

紫式部が手ですくうと、蜂蜜は金色の輝きを放ち、この世のものとは思えない品物だった。

珠は好奇心に勝てず、失礼と紫式部にことわると、彼女の手を舐め、目を丸くする。

「お、美味しい…!! こんなに甘いなんて!!」

「内緒ですよ、他の者には」

「は、はい…!! 紫式部様も召し上がっては?」

「そうですわね。…私もそれでは失礼して」

口に指を入れると、艶かしい姿となり、珠は目を細める。

「美味しいですわ。少しずついただきましょう」

「は、はい…!! 貴重なものをご馳走様でした」

珠が頭を下げると、紫式部が壺をしまう。

「さて、そろそろ執筆しましょうか。今ので良い案が浮かんだので」

「本当ですか!? ぜ、ぜひよろしくお願いいたします」

早く早くと急かす珠に、紫式部は袖を口に当てると、ほほと笑う。

「では中に入りましょうか」

珠はうなずくと、賢子と手を結び、御簾の中に入っていくのだった。

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