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調査員A  作者: 香紫日月
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第四章【四】

 突如無口になった俺が何を考えているのか雅さんにはお見通しだったのだろう。

「そんなに心配しなくても、そこは警察もちゃんと弁えているわ」

 事件発生後、現場周辺で行われる聞き込みは地取りと呼ばれ、並行して行われる被害者の交友関係を対象にした捜査は鑑取りと呼ばれる。鑑取り捜査ではそれこそ被害者さえも忘れているほどの些細なことさえ警察は発掘する。その際に事件に絡みそうな人間や恨みを持つ人間をも調べ上げられる。

 そんな警察の動きに反応して襲撃者が増えるなんてことはないのだろうか? 勿論、そんなことをすれば聞き込みをした人物の中に犯人がいると自ら教えているようなものだからそんな素人のような愚は犯さないだろうが、自分を捨ててでも目的を果たしたい輩が存在していたらどうなるのだろう?

 そのことを雅さんに告げると、彼女はキョトンとした顔でそこまで考えたことはなかったと呟いたが、それが俺には意外だった。

 初めて出会った時のあの高飛車な態度や服装から俺はこの人はバリバリのキャリアウーマンだと察した。その後、弁護士を生業にしていると知った時も何の疑いもなくやり手の弁護士だと思った。だが意外にも俺が指摘した警察の聞き込みから波及する危うさを想定していなかったなんて、そんなことあるのだろうか?

 それを雅さんに伝えると彼女は少しだけ恥じ入るような顔で言った。

「会社組織に属したことのないフリーランスは、どれほど難関と言われる資格を有していても結局のところ世間知らずなんでしょうね」

 自分が狙われる理由を知らない筈はないだろう。でなければ事務所に隠し部屋を作ってそこに依頼に関する書類を隠したりはしない。彼女は狙われる理由を知っている。でもそのことを現実的に捉えることができていないのかと思い、俺は自分が考えた仮定を捲し立てた。

「例えばAはBを殺したいが度胸がない。ところが、関係者である自分への聞き込みで名前を顔も知らないCという人間がBを襲撃したと知り、今ならCが犯人だと思わせられると考えてAがBを殺そうと試みる」

 つまり関係者の中に情報が広まることで事件が大きくなり容疑者が増えはしないのかと言うと、雅さんの口元から呆れたような溜息が漏れた。

「よくそこまで考え付くものね。警察か探偵に向いているかも」

 雅さんは苦笑まじりにそう言ったけど、俺の考えはそんなに飛躍しているのかな? だけど、雅さんはそこで急にハッとしたような表情をした。

「どうかしました?」

「今回の一連の事件だけど、全て繋がっているのかも」

「どういうことですか?」

「別府智也の愛人とされている女性の名前、覚えてる?」

「堂城絵里ですよね」

「そう、その堂城絵里がタクトフル電子から告発された横領犯なのよ」

「ええ!?」

 どういうことだろう? 社内不倫は特段に不思議なことではないが、他人の夫を寝取ったと思われる人物と企業の横領犯が同一人物だなんて確率としてはかなり低いだろうに、そんなことが成立するなんて。しかも、告発した側の企業は刑事告発はせず穏便に済ませて欲しいと希望している。堂城絵里って一体何者なんだろう。もしかして、別府千秋などより要注意人物なのかもしれないし、智也の死に確実に絡んでいるとしか思えない。

「雅さんは、別府智也の死には事件性があると思いますか?」

 解剖が終わっていないから今は何とも言えないというのが正直な考えだろうが、かと言って調査をする身としては何かしら指針なものが欲しいとも思うし、何より堂城絵里だ。愛人であり横領犯でもある人物の調査は必須だろう。

「私は現場もご遺体も見ていないから答えようがないわね。歩夢くんの感触は?」

 俺はあの日発見した遺体を頭に思い浮かべた。そもそもあの家に入ったのは別府智也が愛人としけ込んでいる家だと思っていたからで、最初から不信感は持っていた。近付いて最新の大型エアコンの室外機がフル回転しているのは情事にでも耽っているのだろうと思ったけど、あの日は平日のど真ん中だった。だからエアコンの消し忘れかと考えを改めたんだよな。

 でもエアコンが気になって不覚にも家の中に入ったら智也が横たわっていた。あの時は昼寝をしているだけかと思ったけど、近付いてみたらやけに蒼白い顔色をしていて只事じゃないと思ったし、着衣は乱れるどころかこれから出勤するってくらいに整えられていてそれが逆に不審に思えたのと、自宅で人が亡くなった場合は例え病死でも警察に通報しなくてはならないという知識があったから警察と救急の両方に連絡したのだが、俺は一緒にいたであろう愛人も同じ知識を持っていたから敢えて逃げたんだと考えた。

 警察と救急車が到着するまでに遺体周辺を見て回ったけど何も出てこなかったし、見える範囲の肌に外傷はなかった。ただあの時は俺も相当パニックに陥っていたから記憶は曖昧だ。

「そうですね、決定打には程遠いですね。あ、でも」

 あの時、生死の確認のために頸動脈に触れたけど、肌がやけに冷たかった印象がある。遺体だから当然だけど、俺はあの冷たさに引っ掛かりを覚えたことを思い出した。

「最初は腹上死で、面倒事に巻き込まれたくない愛人が適切な処置も通報もせずに逃げたんだと思ったんですけど」

「今は違うの?」

「ええ、あの冷たさはエアコンの温度設定が最低温度になっていたのもあるけど、死後それなりに時間が経過してたんじゃないのかなと。遺体なんて見るのも触るの初めてだから、ただの勘ですけど」

 エアコンの温度を最低にしたこと自体が、今となっては作為的に思えてくる。

「どうやら、今すぐに調べなきゃならないのは妻の千秋ではなく堂城絵里ね」

「そういえば、智也は愛人と共に愛人宅で起居しているから、そこに内容証明を送ったんですよね」

「ええ」

「そもそも住所自体がデタラメだった訳ですが、遺体が見付かった家には表札は掛けられてなくて、それも怪しいって思った点ではあるんですけど、少し引っ掛かりませんか?」

 正妻が愛人宅を知っていたことは探偵など使って調べれば判明するだろうから不審な点はない。だがそこまでして調べた住所がマンションの建築予定地で番地さえ決まっていないなんて有り得るのだろうか? このことにも誰かの思惑を感じずにはいられない。

「妻の千秋は、愛人宅の住所をわざと虚偽のものにしたんじゃないでしょうか?」

「どうしてそんなことをする必要があると思うの? 人間、何か行動を起こす時には動機が必要よ。発作的に何かをする以外、絶対に動機がある筈」

 さすが弁護士、話が論理的だ。

「愛人云々自体が嘘の申告だったら?」

「それも動機のひとつになるけど、ならどうして愛人の存在をでっち上げる必要に迫られたのかも考えないと」

「何かから目を反らさせるためとか」

「その何かとは?」

「横領ですかね、現段階では」

 と言ったものの、そうなると横領を隠したい企業の思惑に別府千秋も絡んでいることになるし、となると智也に愛人がいたか否かが覆ることにもなる。

「どちらにせよ、千秋の主張するように智也の愛人が本当に存在するのか。その愛人は本当に堂城絵里なのか。絵里はどこにいるのかを明らかにしないと進めないわね」

 真実を突き止めるためには遠回りすることも必要なんだ。

「その愛人の存在云々も千秋の嘘だったら完全に暗礁に乗り上げますね」

「そんなことはないわ。さすがに暗礁に乗り上げてしまう前には智也の解剖結果が届く筈」

 病死か殺人かで判断基準は真逆になるけど、少なくとも絵里の所在か解剖結果のどちらかが分かれば調査のとっかかりにはなる。

「千秋を追い回せば絵里に繋がるんでしょうか?」

「今はそれしか策がないわ」

「確かに」

 俺はこの先、千秋の尾行をする傍ら桜山のあの家の周辺を堂城絵里の写真を持って走り回るだけだ。この調査で千秋の勤務先が分かるかもしれない。そうすれば、彼女とタクトフル電子の関係も分かるだろう。

 しばらくバイトから遠ざかっていて事件のことを考えなかったけど、雅さんと話していると俄然ヤル気が増す。だが、そこで雅さんから水を差された。

「じゃあ、来週からまたお願いね。今日は藤田家へ行くんでしょ?」

 そうだった。最近どうにも曜日の感覚が鈍くなっているが、よく考えたら今日は金曜。だから藤田家では家族揃っての晩餐を計画したのだろう。それにしてもあの豪邸に汗だくのままで行くのは気が引けるから一旦帰宅してシャワーと着替えを済ませなくてはなるまい。

「では、また来週から宜しくお願いします」

 本当はすぐにでも調査に赴きたかったが、世間が金曜の夜に突入するなら普段通る人が通らなかったり、いつもは家にいる人がいない可能性が大きい。そのことは調査に支障を来すばかりか徒労に終わることを示唆しているから俺は素直に帰る旨を伝えて頭を垂れた。

「こちらこそ」

 さて、事務所を後にした俺は一目散に自宅に帰ってシャワーを浴びて清潔な服に着替えると地下鉄と徒歩で藤田家へ向かった。何せ南山町の豪邸である。だから汗をダラダラ流してロードバイクでとはさすがに避けたかったのだ。

 藤田家に到着すると余所者扱いされることはなく皆が歓待してくれたが、ほんの五分ほど次女で弁護士の二葉さんと二人きりになった時に彼女から雅さんの下で働いているの? と問われ、俺は鷺ノ杜雅には気を付けろとか警告じみたことを言われるかと思ってドキドキしながら身構えた。

「雅ちゃん、鼻っ柱が強いでしょ」

「ええ、まあ」

 そうですねとも言えず曖昧な返事をしたら二葉さんはクスリと笑った。

「この仕事は気が強くないとできないし、弁が立つから言葉尻は厳しく感じると思うのだけど」

 本当にその通りだと俺は心の中で強く頷く。

「あの子、ああ見えて繊細なところがあるから宜しく頼むわ」

 まるで妹を気遣うようなその言葉を聞いて、二葉さんは俺が思う以上に雅さんと親しく彼女のプライベートに詳しいのではと思った。

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