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調査員A  作者: 香紫日月
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第四章 【三】

 混乱する俺の前で雅さんは華やかに笑った。

「藤田四音さんと双子の弟さんの五郎くんね。思い出したわ、確かお姉さんの事務所でのパーティーで一度お会いしているわね」

 正確には今の事務所を構えた時に開いた際の事務所とパートナー弁護士のお披露目のパーティーらしい。お金持ちの思考らしい行為だが、フリーランスの弁護士にとっては人脈作りの重要な場なのだろう。そんなことよりも四音と藤田がその場にいたこと、何より二人は雅さんのことを知らないのに雅さんは二人を知っていたことの方に俺は驚いた。

 どれほどの規模の事務所でどれほどの招待客がいたのかは分からないが、少なくとも双子が招待客を覚えていない規模のパーティーだったことは想像に易い。そこで会った人の全てを覚えるのは無理だし、出席した側からしたら藤田の親族であっても仕事には関わり合いのない双子を重要視する人間はいないだろう。そんな中で双子を覚えていたなんて視野が広い上に集中力が凄い。

「あんな人いきれの中、私達の姿を見たんですか?」

 四音の言葉は、事務所内がごった返していて目星を付けた人物のところへ行かなければ一言も言葉を交わさないまま会場を後にせざるを得なかっただろうことを意味する。

「ドイツから帰国してすぐだったし、貴女達が制服姿で大人しく座っていて」

 そこから先の雅さんの言葉は四音が恥ずかしそうに悲鳴を上げて止められた。

「やめて下さい、あの日の事を思い出すと悪寒が走るんです」

「あら、とても大人しくて好感が持てたから覚えていたのよ。大人の集まりに駆り出されて大変だなとも思ったし」

 あ、これは褒めているように見せかけた恫喝だと俺は気付いた。不用意にドイツのことを持ち出した四音への警告だ。これ以上は何も言うなという意味の。四音は恥ずかしさのあまり顔が真っ赤になっているだけで雅さんの警告には気付いていないようだが、それでも効果は覿面だ。

 制服ってのと雅さんの帰国って言葉から推察するに恐らく二人は高校の制服を着てパーティーに参加したのだろう。その姿なら俺も知っているが、ただ可愛いとしか思えなかったから四音にとって黒歴史なのは意外だ。

「ふふ、可愛い方ね。歩夢くんの彼女?」

 最後通牒の一言だ。四音は顔を赤らめながら突然訪ねたことへの謝辞を述べ、五郎に帰るよと言い手を引っ張っている。肝心要のことは結局一切聞けずじまいで俺としても少し残念だが、雅さんの鉄壁のガードを考えると、やはり踏み込んではいけない部分なのだろう。依頼案件から隠し部屋まで追求する気でいた四音の思惑はあっさり瓦解することにもなったが、俺はかえってこれで良かったんだと思った。だってそれを知れば、最悪四音まであの黒づくめに付け狙われるかもしれないのだから。

「やっくん、今夜家族全員が揃っての夕食なの。やっくんも来て」

 へえ、珍しい。警察官僚や検察官、弁護士、裁判官までもが四女の帰国に合わせて仕事を調整して団欒を楽しむのか。そんな場に俺が邪魔して良いのかと迷ったが、それは雅さんが背中を押してくれた。

「素敵なご家族ね。歩夢くんも是非行ってらっしゃいな」

 てな訳で今夜藤田家を訪ねることはアッサリ決まり、俺は四音と藤田を事務所の外に送る。

「本当に伺っても良いのかな?」

「勿論だよ、もう伝えてあるから。みんな是非にって言ってたから絶対に来てね」

 さすが四音、用意周到だ。でも是非にって言葉が逆に来るなって意味に受け取れてしまうのは穿ちすぎだろうか。いやここは京都ではなく名古屋だ。素直に好意と受け取ろう。

「分かった、今夜行くよ」

 そこで俺達は散会となった。

 事務所へ戻ると雅さんがやや不機嫌面で俺を待っていて、俺は雅さんの個人情報や調査している内容を安易に幼馴染みに話したことを謝った。

「気にしなくて良いわ。他の人間ならともかく、藤田家の人間ならそのことは知っているだろうし」

 弁護士をしている次女の藤田二葉とはパーティー後からそれなりに親交があり情報交換もしていると言われて、俺は弁護士の世界も案外狭いんだなと思った。

「それにしても四音ちゃんだっけ? 可愛い子ね。オーストリアでピアノ留学中って聞いていたけど、さすがに向こうにいると物事をハッキリ言うようになるのね」

「俺もビックリしました。すっかり欧州ナイズされていて」

「まあ、海外では日本人みたく曖昧な表現をしてたら何ひとつ伝わらないし」

 雅さんは藤田家の事情に相当精通しているようだ。

「二葉さんとは親しいんですか?」

「そんなに親しくはないわ。時々食事をする程度よ」

 それってかなり親しいんじゃ? と思ったけど、それは喉元で封印した。

「四音ちゃんとはお付き合いをしているの?」

 うーん、これは雅さんのプライベートに踏み込んだ逆襲なのか、それとも単なる興味なのか。後者だったら雅さんらしくない気がするけど、雅さんは余計なことを敢えて言わない性格だし、加えて私的なことを口にするのを怖れているのだとしたら? 

 ドイツのことは言いたくないってのは四音と五郎の意識をはぐらかすための方便みたいなものだと思っていたけど、突っ慳貪とした態度やプライベートを秘匿する行為が何かを怖れているからだとしたら? それが俺の存在で少しは緩和されていると考えるのは傲慢だろうけど、少しでも雅さんの気持ちが軽くなるならと思って俺はわざと軽口を叩いた。

「ええ、お互いベタ惚れです」

 雅さんの口元からクスっと笑い声が零れる。それがこの上なく嬉しく感じた。

「ところで、まだ授業は忙しい?」

 俺は気を引き締めた。これ以降は仕事の話題になると察したからだ。

「まだ二年で教養課程なので講義は多いんです」

「あら、じゃあ今まで無理して調査に走り回ってくれていたのかしら?」

 場合によったらバイトを辞めさせられそうな雰囲気になって俺は慌てて手を振って否定した。

「いえ、休講になっていた授業が復活して身動きできなくなっていただけで、週明けからはバイトに復帰できそうですから」

「それなら安心したわ。これでも歩夢くんの調査能力を買っているのよ」

 やっぱり弁護士って人種は人たらしだと俺はこのとき思った。

「その後、何か警察から言ってきましたか?」

「土谷刑事からはまだ何も」

 それは雅さんのプライベートを俺が知ってしまったことをカモフラージュすることも兼ねているから、今更土谷刑事が来てドイツ在住云々言い出してもあまり意味がないだろう。

「桜山の方は?」

「別府智也の死因は未だ分からず」

 やっぱりそうか。解剖の優先順位が低いのだろう。冷蔵庫保管はされているだろうけど、時間が立つにつれ死因の特定に影響が出るんじゃないかと思うとこちらの方が焦る。ここはやはり四音が言うように藤田家の力を借りた方が良いのだろうか。でも、それを決めるのは俺じゃなくて雅さんだ。

「あの、藤田家と親しいのなら、解剖を早めるように頼んでもらっては?」

 そう口にした瞬間、雅さんは鬼の形相になった。

「なぜ、私が他人にお願いをしなきゃいけないのかしら?」

 しまった、プライドを傷付けてしまったようだ。

「警察、監察医務院共に事件性は低いと判断して優先度が高い遺体の解剖をしているのでしょ? そこに横槍を入れることは捜査自体に難癖を付けるのと同じことよ。この事件の真相だけ分かれば良いのなら私だって急かすわ。でもこの仕事を続けるのなら捜査機関に敵を作るのは得策じゃない。それに私達だけでなく皆が大切な人の死の真相を待ち望んでいるのよ」

 その言葉には雅さんがこの仕事をする上での強い覚悟が滲み出ていた。自分さえ良ければそれで良いと思う人間が増えてきたからこそそれに迎合してしまってはいけないのだと。殊に他人の秘匿した人生に切り込む仕事だからこそ自分さえ良ければ、又は自分の依頼さえ無事に終わればなんて考えていたら弁護士は続けられないのだと雅さんは言いたいのだろう。

 無論、自分勝手な弁護士が存在するのも事実だが、雅さんは雅さんの中にある正義に則って仕事に向き合おうとしているのだ。プライドとはまた違う信念が分かり、俺は自らを恥じた。

「すみません、余計なことを言いました」

「良いのよ。コネがあると誰もがそれに縋りたくなるものだし、智也の遺体には針痕があったから本来ならもっと早く解剖して当然だと思うし。ただ、勘違いしているようだけど藤田家はコネに頼ったことはないわよ」

「へ?」

「あそこの一家って、法曹一家と思えないほどに世の規律に従順なのよね」

「あの、本当に双葉さんとは時々食事をする程度の仲なんですか?」

「そうよ」

 少し面倒くさそうな声。だけどそこには確かな親愛の情が含まれていて、藤田家の次女とは相当親しいと確信できた。であるなら、尚更コネに頼らないと言う雅さんの信念には逆らうべきじゃない。きっと藤田二葉もそういう思考だから雅さんと気が合ったのだろう。

 ただ俺は別の原因もあるのではと少しだけ穿った考え方をした。もしドイツで司法の世界に奉職していたとして、もしその時の判断ミスで捜査に横槍を入れたことがあったとしたら? それが痛恨のミスになり今のトラブルに繋がっているとしたら? それがあるから今の信念を抱くことになったのだとしたら?

 考え始めるとキリがないが、雅さんは俺に自分のプライベートを話し気はなさそうだから打ち明けてもらえる日まで辛抱強く待つしかない。気になるのはドイツ時代のことや最近襲われたことを藤田家の次女は知っているのかってことだけど、二人が知己だってことは雅さんの交友関係を調べている警察がいずれ知ることになるだろうし、そうなればあっちにも事情を聞きに行くだろう。

 そう考えると今度は警察の捜査がヤブ蛇になりはしないかと心配になる。親しくしている相手に雅さんが秘密にしていること、そしてトラブルに巻き込まれていることを知られてしまうのは、果たして被害者を守ることになるのだろうか?

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