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調査員A  作者: 香紫日月
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第三章【四】

 藤田の俺を見る目が幾分冷ややかになったような気がした。マズイ、気を悪くさせたか? と思ったら、彼は俺の肩を大仰に叩き抱き寄せた。

「凄いな、歩夢」

「何が?」

「俺の家族は歩夢みたいな考え方はしないからさ。捜査が進展しないなら当たり前にどうなっているのかと警察の担当部署に言うし、起訴するかしないかの段階で調査した内容に漏れや不備があれば当然警察に文句を言うから、それが当然だと思ってた」

 藤田家の弱味は法曹一家故に視野が狭いことだろう。

「普通、社外秘事項は家族にも漏らさないんじゃねえのか?」

 藤田家は一家で司法が完結する家だから社外秘なんてないのだろうが、俺としては一家団欒時に仕事の、それも事件関係の話しはしたくない。そんな俺の心中を知ってか知らずか藤田は言葉を続ける。

「うちの家族の会話を聞いていると、圧力と受け取られることもあるんじゃないかって思ったことが割とあるんだよな。でも親父も姉ちゃん達も当たり前に話しているから、俺からしたらお前の考えの方が目から鱗だよ。でもそれが一般的な日本人の考え方なんだな」

 俺からすれば圧力と思われることを当たり前だと口にする方が怖いが、これはお互いの主観の違いだから俺と藤田のどちらが正しくてどちらが間違っているという問題ではない。

「普通に生きてる者としては、突然事件関係者になったり全く知らない事件なのに突然警察手帳を見せられて『ちょっとお話を』と言われること自体が、ドラマの世界のような出来事でしかないからな」

 所詮は他人事だ。でも当事者になる人は必ず存在していて、俺も正にそういう人物になってしまったのだ。

 話が長くなりそうだったので、俺と藤田は学内にあるカフェに移動して話しを続けた。暫く調査に行けそうにないし、お互いに語り合いたい気持ちが勝ったのだ。そこには俺が遭遇した事件だけに限らず、お互いの近況、何気ない日常の会話、そして四音のことも含まれる。

 藤田に近況の報告をしているうちに俺は自分への違和感を感じた。その違和感とは、自分が置かれた状況を冷静に俯瞰すると俺と雅さんの事件だからと、意固地になって調査に没頭してしまっていることだ。

 無論、警察や監察官を信じていない訳ではないが、ここ数日でドップリと浸かってしまった案件だけに俺は俺と雅さんのやり方でこの件の真相に近付きたいと思っている。どこまで近付けるかは見当が付かないが、自分で解決しようと強く誓っている。

 果たしてこの考え方は良いことなのだろうか? いやそんな筈はない。俺は所詮素人で学生だ。そんな俺の独断や思い込みで突っ走れば、それこそ俺と雅さんだけではなく最悪全く関係のない通りすがりの他人が危険に晒されるかもしれないし、桜山の遺体発見についても同様と考えておいても良いくらいだろう。

「俺、このまま突っ走って良いのかな」

 思わず弱音が出た。

「良いことではないな。俺もお前もまだ学生で、つまりド素人だ。警察や検察、熟練弁護士のように権力がある訳でもないから調べられることには限界がある」

 逆に言えば、司法の世界に身を置く者には他人のプライバシーを侵害するだけの権力があるってことで、俺はそれの指し示す現実に畏れを抱いた。思えば雅さんが襲われた原因や犯人を捜すことは即ち雅さんのプライバシーに土足で踏み込んでいるようなものなのだ。

 雅さんは何も言わないが、それは俺が調べても何も分かりはしないと知っているからなのだろうか。だから俺が事件に首を突っ込むことを静観しているのだろうか。ただ俺が関わり警察沙汰になったことでいずれは彼女の背後に潜む闇、もっと言えば彼女が抱える闇が暴かれるかもしれない。彼女は結果的に暴かれても良いと思っているのだろうか。それとも、彼女自身が闇の正体を知りたがっているのだろうか。

「そもそも、その弁護士には全く身に覚えのないことかもしれないんだろ?」

「どうかな。襲撃犯を追いかけようとした俺を止めたから、何かしら身に覚えがあると思うんだが。でも弁護士が恨みを買うものか?」

「被害者側からすれば、刑が思っていたものより重ければ恨むんじゃないか?」

「その際は上告すれば良いだろ?」

「棄却されたら恨みに変わるだろうよ。あとは冤罪なのに弁護士本人がそれを信じず量刑の軽減を目的とした仕事しかしてくれなかったとか」

 なるほど、確かにそれだと逮捕した警察や起訴した検察より弁護士を恨みたくなるかもしれない。でもそれで弁護士を殺害しようだなんて許されることではない。普段から粘着質で愚痴っぽい生活をしていたから警察に疑われたって線もあるし、そういう体質だからこそ弁護士に復讐しようと考えるのかもしれない。

「その弁護士の過去の依頼人の中に冤罪だと訴えている人間はいないのか?」

 それが分かれば苦労しない。

「俺がそんなことまで調べられると思うか?」

「過去の刑事裁判記録は検察で一件一五〇円で見られるぜ」

 そんなことは分かっているけど、そもそも雅さんが弁護人として引き受けた裁判記録だけを探し出すのは物理的に無理だ。事務所に保管してある資料を見られれば或いはだけど、それは隠し部屋に厳重に保管されていて俺はその部屋があることは知っていでも入り方は当然知らない。それに、ドイツ在中期間でのことがトラブルに発展しているなら俺ではお手上げである。

「監察医務院って、普段から解剖待ちが長いのか?」

 俺は桜山の事件の方にシフトチェンジした。

「最近、自殺者が多いだろ? で、明らかに自殺な遺体なら解剖はしないってのはお前も知っているだろうけど、例えば縊死の遺体があって首に吉川線に見える筋が付いていたら司法解剖に回すことになるが、事故か事件か判断できない遺体が増えているから監察医務院は大変だと姉貴が言ってた」

 この姉貴は恐らく次女のことだろう。藤田は姉の呼び方で長女から三女を分けている。長女は姉上、次女は姉貴、三女は姉ちゃんで、双子の姉は四音と名前で呼んでいる。その次女は弁護士で、言っていることは警察と同じだ。

 やはり藤田の親父か姉に早く解剖をするよう言ってもらった方が良いのだろうか。いやダメだ。これは個人的感情にすぎない。別府智也の遺体の他にも死因の特定が待たれる遺体があり、そしてその遺体にも戻ってくるのを待っている家族がいることを考えると特権の乱用をする気にはならない。

 そんなことを考えて暫く無口でいると、藤田がおずおずと口を開いた。

「歩夢、怒らないで聞いてくれるか?」

「なんだ?」

 藤田の顔が緊張している。本当に俺が怒りそうなことを言おうとしているようだが、そんな簡単に怒りゃしない。どれだけ付き合っていると思っているのか。小学生から今までの間に取っ組み合いの喧嘩だってしているのだ。今さら何を怖じけ付いているのやら。

「その鷺ノ杜弁護士って、本当に大丈夫なのか?」

「明瞭に述べろよ」

「弁護士は秘密を持つ依頼人の依頼は受けない。それじゃあ勝てるものにも勝てないからって姉貴もいつも言っている。でも、その別府なんたらって妻は夫の勤務先を秘匿したまま鷺ノ杜弁護士に離婚訴訟の依頼をしたんだろ? それを受けるなんて普通じゃない」

 普通じゃないときたか。確かに雅さん自体が普通じゃないからな。藤田が彼女に会ったら俺のように怒るか啞然とするかの二択だろうと考えると可笑しくなる。

「笑い事じゃないぜ」

 おっと口元が緩んでしまったようだ。

「事務所に隠し部屋まで作っているんだろ? 相当のやり手か隠し事が多いのか分からないが、何にせよ普通の弁護士じゃない。そんな女の下でバイトなんてして大丈夫なのかよ?」

 俺の心配をしてくれているのかと思うと感激してしまう。

「鷺ノ杜弁護士は人を信用していないんじゃないか? それじゃあ弁護士は勤まらない。ただ自分が人を信じられない人間だと気付いているなら司法修習を終えた後に検事を選ぶと思うんだけどな」

「どうなのかな。完全に人を信じられない人なら、そもそも俺をバイトに雇うことすら考えないと思う」

 隠し部屋に何があるのか俺は知らない。そこにある資料の量も分からないから彼女が引き受けた依頼数も分からないし内容なんてもっと分からない。でも別府千秋の依頼を引き受けた経緯からは彼女の不器用な優しさが滲み出ていた。ただこれは、俺が雅さんの言葉のニュアンスを汲み取ったものだから藤田に説明するのは難しい。

「姉貴に頼んで鷺ノ杜雅の経歴を調べてもらおうか?」

「いや、それはネットで簡単に調べられるだろ」

 と言ってから気付いた。そういえば弁護士会のホームページでは外国法事務弁護士の検索もできなかったか? そこで雅さんがドイツで司法の職に就いていたか否かは調べられる筈。ただ調べられるのは弁護士だけで検事や裁判官として奉職していたら分からない。ダメだ、一瞬にして浮かんだ考えが霧散した。

「それは登録番号と事務所住所だけだろ? もっと突っ込んだ情報を知りたくないのか?」

 俺は言葉に詰まった。弁護士会のホームページで調べられること以上の情報。本心では喉から手が出るほどに欲しい情報だ。でもそれは特権の乱用だよな。

「特権じゃない、ただのコネだ。コネは有功に使うべきだろ」

 藤田の言うことには一理ある。でもどうしても飛び付く気にならない。どうしてここまで頑なになるのか自分で自分に問いかけ、そして朧気ながらも自分の気持ちが分かったような気がした。

 俺は雅さんの秘密が知りたいんじゃない。彼女を信じたいだけなんだと。

「分かった、この件は家族には一切言わないよ」

 藤田の口調の歯切れの悪さは、四音の存在故だろう。

「けど、四音には話してやってくれよ」

「分かってる」

 四音に雅さんのことを誤解されたくないから、メールでのやり取りではなくオーストリアの夜が明けたらすぐに電話しよう。そう誓った瞬間、背後から声が飛んでくる。

「やっく〜ん♪」

 それは四音の声だった。

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