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調査員A  作者: 香紫日月
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第三章【三】

 それから数日は講義が立て込んで俺は調査に赴けなかった。学業こそが本分だからそれに関しては雅さんは快諾してくれている。寧ろしっかり講義を受けてこいと発破をかけられたほどだ。期待されているのか調査員としてもう少ししっかりして欲しいと思われているのかは謎だが、年若い見かけは変えられなくても知識でカバーしろと思われているのは確かだと思う。

 大学二年の授業は主に教養課程だ。俺は真面目に講義を聞きながらノートを取り授業に集中しているにも関わらず、頭の中では事件や雅さんのことを考えていた。

 講義が終わり自宅へ帰る際も事務所へ顔を出そうかとかそんなことばかり考えている。だが、そういう時に限ってレポート提出を言い渡されたり友人からサークルの助っ人を頼まれたりと時間を作れずにいる。

 そんなある日、大講義室で講義を受けていると後ろからコツンと何かが当たった。目を落とすと小さなメモが落ちている。中高生がよくやるアレだと分かり講師に見付からないようそっと拾い上げて広げると、親友であり幼馴染みの藤田からの手紙だった。

 そっと後方を見やると藤田が後ろの席から合図しているのが見える。そういえば、奴の顔を見るのは久しぶりだ。正確には講義で顔を合わせてはいるが、俺が雅さんの所でバイトを始めて以降、雅さんとトラブルに振り回される日々で講義の後は誰かと会話をする精神的余裕がないまま調査に走り回っていたからだ。

 俺が気付いていないだけで、この数日間に彼から声を掛けられているのに上の空でスルーしてしまっている可能性もあると思い手紙を読むと、講義の後に少し話しがしたいと書いてあった。

 講義が終わると皆、三々五々教室を出て行く。大学に入って分かったことだけど、校内を俯瞰して眺めると中々面白い。と言うのも、浪人して入ったり、社会人を経験してから学生に戻ったりと人材のバリエーションが豊富なのだ。

 服装も俺みたいにTシャツにジーパンの軽装もいれば、金田一耕助を思わせる袴に高下駄姿もいる。髪色も金髪ならまだ可愛い方で、紫やピンクや水色と男女問わず華やかだ。ただそれらも就活が始まる頃には総じて黒髪か地毛の色になるのは、僅かな自由を謳歌しているにすぎないからで、個性ってなんだろうと思わずにはいられない。

 旧帝国大学だからか学生の見た目と中身のギャップも凄くて海外からの留学生も多いから視野や思考がグローバルだ。俺はちなみに地味で目立たないタイプで成績も中の中。それでも遠くない将来、あるかなしかの個性を埋没させて生きていかなければならないのかと思うと少なからずこの現状に疑問を覚える。

 俺は最後に教室を出て藤田に指定された駐輪所へと向かった。

「悪かったな、呼び出して」

「何か用か、組長」

 組長と言ってもヤクザの組長でもクラスの組長でもない。本名は藤田五郎で、新撰組三番隊組長と同性同名なので自然と皆が組長と呼ぶようになった。

 藤田は五人姉弟の末っ子で上の四人が全て姉な上に四番目の姉とは双子だ。五人姉弟と聞くと貧乏子沢山と思いがちだが、藤田家は父親と姉の全てが、警察庁幹部、弁護士、検察官、裁判官と絵に描いたような法曹セレブ一家である。だが藤田が目指したのは理学部で将来は科捜研に入るのが目標だ。

 藤田の両親は法学部に進むよう説得したそうだが本人は聞き入れず今に至る。法学部に拘った両親もそこまで意思が堅いならと今は応援してくれているらしい。ちなみに双子の姉は音大に入り、今は欧州に留学中だ。

 法曹一家に生まれたとは思えない好人で、俺のお人好し度合いと比べても遜色ない。何度か誘われて家に行ったことがあるが、南山町の超高級住宅地の見上げる程の豪邸には毎度ビビらされる。家族は肩書きとは真逆な気さくで普通の家庭だが、県北部に住んでいた俺とセレブな藤田が幼馴染みなのは同じ空手道場に小学生の頃から通っていたからだ。

 天は二物を与えないと言うが藤田に関しては二物も三物も与えられているようで、成績よし、裕福、その上にイケメン、でもそれらが嫌味でない性格の良さから今までずっと良い関係を続けてこられている。

「ロードバイク、変えたんだな。えらく高級品じゃないか」

気さくな一家の気さくな末っ子だが、さすが目は肥えているらしく藤田は俺のロードバイクが以前のものよりレベルアップしたことにすぐに気が付いた。

「ああ、ちょっとトラブルで」

「最近道場に顔を出さないないけど、バイトが忙しいのか?」

 大学に入ってから空手道場に通うのが間遠になっていることには俺にも自覚がある。が、苦学生とまではいかないものの小遣いくらいは稼ぎたくてバイトに精を出しているのは確かだから藤田のその言葉に胸が傷んだ。嫌いとか面倒だから空手から離れた訳ではなく本当はもっと稽古をしたいし、雅さんと出会ってからはもっと強くならなくてはと思い始めたところなんだよな。

「実はバイトを変えたんだ」

「それでここ数日、慌てて帰っていたのか?」

「うん、まあ」

「歯切れが悪いな。今日呼び出したのは他でもない。四音が最近連絡が取れないって騒いでいてな」

 そう聞いて四音の顔を思い浮かべると条件反射のように心臓がバクバクと高鳴る。ああ四音、俺の心のオアシス。

恥ずかしながら生きてきた年数=彼女がいない歴の俺は二十歳になったいま絶賛モテ期を迎えている。その相手が藤田の双子の姉である四音で付き合い始めたのは四音に告白されたからだ。藤田と双子だけあってお嬢様然としつつも爽やかな気性が好ましく、今となっては俺の方がベタ惚れである。

 その四音が騒いでいると聞いて、俺がハッとして携帯を見るとチャット式のメッセージアプリに山のように連絡が届いていた。しかも既読マークが付いているから読みつつ放置した形だ。俺は青褪めた。

 芸大に進学した四音は現在オーストリアにピアノ留学中である。つまり物理的に距離がある訳で、藤田のように大学で顔だけは見かけるということすらできない。俺がメッセージを読んでいるのに何ら連絡を寄越さないことに不安を抱いて弟に鬼電をしているとしたら寧ろ四音らしい。

 俺は慌てて返信したが向こうは深夜で当然既読が付く筈もない。距離にも時間にも阻まれた俺は溜息を吐いた。

「そんなに落ち込まんでも朝になれば四音も安心するさ」

 藤田はそう慰めてくれたが、逆に今まで何をしていたんだと逆鱗に触れるかもしれない。今まで四音が怒った姿は見たことがないが、あの可愛い顔が怒り狂う様を想像するとゾッとする。

 藤田がイケメンなら四音は可愛らしい容貌である。お嬢様のわりにスパっと渡欧を決める芯の強さがあり、気になることや言うべきことはハッキリと口にするタイプだから俺が弁護士事務所の調査員になったり事件に巻き込まれたと知れたら何を言われるか分からないし、離れているからこそ心配をかけるだろう。もっとも、メッセージを既読スルーしたことを許してくれたらの話しだが。

「ここ数日、講義に出席しても慌てて帰っていたから四音にはバイトが忙しいらしいと言っておいたんだ。でもさすがに一旦帰国するなんて言われるとどうにもできなくて」

 で、今日こそは捕まえようと講義室で待ち構えていたらしいが、もしかして俺は声をかけられたのに無視をしたのか? それで苦肉の策として中高生がやるようなメモを投げる方法を取らざるを得なかったのだろう。講義終了後に声をかけてもスルーされる可能性があるかもしれないと思って。俺は俺自身を罵倒したくなった。

 八歳上とは言え女性弁護士の下で働く事になったなんて藤田姉弟にどう説明すれば良い? しかも高級ロードバイクまで与えられた挙げ句、あまつさえ事件に巻き込まれているのだ。自分の迂闊さを呪いたくなる。この状況は他人に誤解を与えかねない。早く説明しないと取り返しの付かないことになりそうで俺はとりあえず組長こと藤田にことの顛末を打ち明けた。

「人助けは素晴らしいがそれは危険すぎるだろ。しかもその襲われた弁護士の元で調査員のバイトだって? 大丈夫なのか、それ」

 そうだよな、今の俺の立場を知れば誰だって呆れるに決まっている。実際、県警の刑事にだって呆れられているのだから。

「で、弁護士を襲った犯人の目星とか桜山の遺体の死因は分かったのか?」

「それが相手はプロらしくて中々尻尾が掴めないらしい。遺体の死因も事件事故病死を考慮して調べると言ってたけど、背中に針が刺さったような痕はあるものの事件だとは言い切れないから法医ではなく監察医務院での解剖待ちなんだと」

 藤田は最近伸ばし始めた無精髭を撫でながら何か考え込んでいる。

「厄介なことになったな。下手をすれば両方ともお蔵入りになるかもしれんぞ」

 法曹一家の藤田の言葉はリアルだ。いや、リアルと言うよりこれが日本の捜査機関の現実なのだろう。例え容疑者が浮かんだとしても決定的な証拠が出ない限りは疑わしきは罰せず、つまり『疑わしきは被告人の利益に』がこの国の法律のあり方だ。

 桜山の遺体の方も明らかに殺害されたという物証が遺体から出ない限りは不詳の死として扱われてしまう。日本の年間の死者は解剖の限界を超えていて目に見えて殺害された遺体以外で死因がハッキリしないものは解剖すらされないのだ。

 桜山の遺体が監察医務院に運ばれたのは身体に針痕があったからだが、俺が鷺ノ杜雅の下で調査員をしていなければ警察は不詳の死で終わらせただろう。

「姉上に頼んで解剖を早めてもらおうか?」

 権力を傘にきた発言をシレっとする藤田に呆れた。藤田の姉達は四音以外はみな年が離れていて末の長男をとても可愛がっているし、両親も歳を取ってからの子なので藤田と四音には甘い。

 だが、ここで司法関係者が警察や監察医務院に横槍を入れたら警察や医務院側は圧力と見なすだろう。それが捜査や解剖結果を歪曲する危険性があるのではと思った俺は、藤田の提案を丁重に断った。

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